和やかな会食
その後、ワインだとかグラッパだとか、干し肉だとか。
メインではない品目についても条件を詰めて、交渉は終わった。
実は、干し肉もかなり生産量増えてるんだよね。
前にも言ったけど、耕作に魔力式モーターで動く耕運機が使えるようになって、収穫量が大きく増えた。
人間が消費する麦だけでなく、飼料としての穀類も生産量が増えている。
その結果、牛や豚に鶏などの生産量も増えつつある、というわけだ。
まだまだ人手も足りないし、そもそも動物だからそこまで劇的に増えるわけでもない。
と言っても、豚は結構多産だから、もうちょいしたら豚は爆発的に増えそう。
魔物の皆さんも、コボルト族とか畜産に関わるようになってきてくれてるから、人手不足の解消も目処は立ちつつある。
ということで、国内需要を満たすに十分な生産量が確保できた上で、さらに増えそうなんだよね。
その消費先として、キルシュバウムはどうか、となったわけだ。
何しろ『脱水』のおかげで干し肉はあっという間に作れちゃうから、現時点では輸出用としても優秀な加工食品だからさ。
将来的には缶詰とか、あるいは冷凍しての輸出とかも考えてはいるのだけど……少なくとも冷凍は、もうちょっと先かな。
キルシュバウムとの関係が相当に強固になってからじゃないと、なんで新鮮な肉を運んで来れたのか、っていう説明ができない。
国内的にも、冷凍加工の肉を流通させるなら冷凍庫や冷蔵庫の普及もさせたいところだし……。
やりたいことは山ほどあるけど、生産力もどんどん増えてるけど、それでもまだまだ、色々不足してる。
焦っても仕方ないから、一つずつ片付けていくしかないんだけど、ね。
で、今回の交渉も一つは片付いた、ということで。
「いやいや、有意義な話し合いができました。感謝いたします」
「いえいえ、とんでもないことでございます、こちらこそ感謝申し上げます」
頭を下げてくる国王様に、私は慌てて手を振り、それから頭を下げた。
グレース様もそうなんだけど、国王様も気さくにこうやって感謝を述べてくれるんだよねぇ。
この世界の常識だと、国王が頭を下げるだなんて滅多にないことなんだけど、国王様はそんなこと気にしてないみたい。
そういうところがまた、懐の深さというか器の大きさを思わせるんだと思う。
……あ、もう一人いたな、頭を下げて、むしろ器の大きさを思わせた人。
うん、やっぱりキルシュバウムを選んだのは、色んな意味で間違いじゃなかったんだろう。
二人の王様が見ている先は、そんなに大きく違わないんじゃないかって思うから。
そんなことを考えると、早く成果を報告したいな、とか思っちゃうけども、そういうわけにもいかない。
「それではこの後、食事を用意しています。
宴、というにはささやかですし、時間も少し遅くなってしまいましたが」
「ありがとうございます、喜んでご招待に与らせていただきたく思います」
国王様からの申し出に、私は頭を下げて応じた。
来る前にノーラさんとも言ってたけど、大体こういう場合って食事会が催されるものだからね。
さすがに、正式な国交のない私達相手に大々的なパーティはできないんだろうけど、それでも気を遣ってくださった形だ。
正直なところ、パーティとか開かれても、貴族でもなんでもない私達は対応に困ってしまうし。
一応、立ち居振る舞い的なものはドロテアさんに仕込んでもらったけど、会話の内容だとか、もっと細やかな部分は経験がないとどうしようもない。
なので、今回のような食事をするだけ、というのはむしろありがたいんだよね。
ということで、私達は食堂の方へ案内された。
食堂、って言っても王家の人達が使う、広くて豪華なもの。
豪華なんだけど、ケバケバしさがないというか落ち着いた雰囲気の内装で、私はかなり好み。
テーブルには白いテーブルクロスがかけられていて、ちゃんと人数分の席が用意されている。
人数は事前に通達できてなかったんだけど、この辺りは最初から調整できるように用意してたんだろう。
そこでばたばたさせてしまったのは、ちょっと申し訳ないけれど……。
で、基本的に特使ご一行は同じテーブルに座るんだけど、私とノーラさんは国王ご夫妻のテーブルとご一緒させていただくことになった。
まあ、こうやって食事を供にしての交流も大事だからね、仕方ない。
国王様ご夫妻はとてもお優しいし、会話もそれなりにしてちょっと打ち解けたから、緊張はしないのだけど……。
残念ながらというかなんというか、同じテーブルに、他の貴族の人もいるもんだからちょっと緊張する。
なので、それを気遣ったのか、王妃様が私達に積極的に話しかけてきてくれた。
「アーシャさん、あなたの着ているその服、随分と珍しい生地をお使いね?」
……いや、どうやら気遣いばかりもでないかも知れない。
食事がある程度進んでからかけられたお言葉に、私は笑顔で返しながら、頭の中でどこまで話して良いかを思い出しておく。
「さすが王妃殿下、お目が高い。
こちらの生地は確かに珍しいものでして……ただ、詳しい話はまだできないのです。
いずれ話せるようになりましたら、是非王妃殿下にも贈らせていただけたらと思います」
「あら、それは嬉しいわね、楽しみだわ」
私の言葉に、王妃様は結構あっさりと引き下がった。
言うまでもなく、私のこのシルクのような光沢を持つ服は、アラクネーさん達の糸で作られている。
当然私達の島でしか作れないし、生産量もそうそう増やせるものではない。
おまけに、衣服以外での使われ方も多いしね。
当然、おいそれとそんなことまで話すわけにはいかないので、さっきみたいな返答になってしまう。
で、王妃様としては、すぐに情報は入らなかったけれど、いずれ現物が手に入る、ということで焦る必要は無いと判断したみたいだ。
情報を手に入れてあわよくば生産、とかまでは考えてなかったのか、それとも……?
さすがに、それを問い詰めるわけにはいかないけれど。
「生地と言えば、先ほど見せていただいた木綿の生地も素晴らしかったですな。
そちらのドワーフの方、ノーラさんとおっしゃったか。あなたの着ている服も同じ生地で仕立てられているようだが」
同席していた貴族の方……確か公爵様だったか。王妃様の話に乗っかる形で話題を振ってきた。
けど、ねぇ。この人確か、さっきちょっと不穏な気配を見せてたんだよなぁ。
ということで、こっそりノーラさんに合図を送って警戒を促しておく。
「あはは、ありがとうございます。
あたしらドワーフは手先が器用な者が多いので、布を作るのにも役立ってるんですよ」
それに気付いたのか、それとも元々警戒していたのか、ノーラさんは淀みなく答えた。
嘘は吐いてない、という答え方で。
何しろ、その器用な手先で織機を改良しまくって、生産工場を作ったわけだからね。嘘は言ってない。
でも、そんな詳しい事情をベラベラしゃべるわけにはいかないし、この人相手だと尚更だ。
かといって、嘘を見破る魔術もあるらしいし、それをここで使ってないとも限らない。
であれば、嘘は吐かないで、しかし全ては話していない、という話し方に終始するのが無難というものだろう。
「なるほど、ドワーフと言えば金属加工ばかりのイメージがありましたが、私の見識が浅かったようですな。
こういった繊細な布も作れるとは……そちらの服の仕立ても?」
「ええ、そうですね、ドワーフの職人が」
愛想笑いを浮かべながら、ノーラさんは短めの返事を返していく。
私も、ニコニコと笑いながら。
来る前に危惧していたのとは別の意味で食事を楽しめないなぁ、と今更ながらに痛感するのだった。




