上陸、その温度
「遠路ご苦労様でございます。
皆様方には、こちらの馬車をお使いいただきたく」
桟橋へと降り立つと、待ち受けていた騎士さんがそう言って馬車を指し示してくれた。
この辺り、下準備をしっかりしてるのはさすが魔王様。あるいはドロテアさん。
……ドロテアさんの比率が多いのかなと思ったのは、お嫁さん相手のひいき目と勘弁して欲しい。
ともあれ、案内に従って私達は複数の馬車に便乗した。
半数以上は船に残って待機、という形になっている。
もちろんというかなんというか、私とノーラさんは同じ馬車。
大荷物を積み込んだので、二人だけしか乗れなかった、というのもあるのだけど。
全員が乗り込んで、確認もされて、それから馬車が走り出した。
かなり念入りに確認していた辺り、相当に気を遣ってもらえてるのがわかる。
他にも、気を遣ってもらってるんだろうな~というのがあって。
「あの仕切ってた騎士さん、多分上級騎士だよね?」
「ですねぇ、あの鎧の立派さとか、身のこなしからして。
多分ですけど、かなり修練積んでる人の動きですよね」
ガタゴトと揺れる馬車の中、騒音に紛れるように私とノーラさんは言葉を交わす。
ノーラさんのおかげで板金に関する見識はかなり磨かれたと思う。
そしてゲルダさんやドロテアさんを間近で見ているのだから、達人の身のこなしはこれでもかと見せつけられている。
実践はともかく、見る目だけは肥えた私の目には、あの騎士さんはかなりの腕前に見えた。
とは言っても。
「でも多分、ノーラさんの方が強いですよね?」
「ん~……まあ、負けない自信はあるねぇ」
というくらいの腕前である、というのが申し訳ないのだけど。
むしろ、人間の常識と比べてゲルダさん達は逸脱しすぎているし、ノーラさんだって十二分に規格外だっていうのがわかっちゃうんだよね。
ドワーフだけあってパワーは比べものにならないし、身のこなしだとか斧を振るう技術だって高いのがわかる。
案内でついてくれてる人達全員相手でも、ノーラさん勝っちゃうんじゃないかな、というのが私の評価。
多分そう言ったら、ノーラさんは謙遜するんだろうけど。
「だったら、万が一があってもなんとかなる、かな。
多分、ないとは思うんですけど」
そう言いながら私は、馬車の小窓から外を眺める。
併走する騎士さん達は、ちらちらとこちらをおびえるように見ていた。
失礼だな、とは思わない。
私だって、この集団相手にどんな態度を取ればいいのかなんて、多分わからないだろうから。
「多分、大丈夫だとは思うけどねぇ。
あたしらに手を出すってことは、魔王様にケンカ売るってことだし、普通の人間はその怖さをわかってるだろうからさ」
「……普通じゃない人は、斜め上の考えで行動してくる、とも言えそうですけど」
「いないとは言わないけどさ、流石にそんな連中は数が少ないんじゃないかね?」
お気楽そうに言うノーラさん。
そう見えるだけで、周囲に気を配っているのもわかったりするんだけども。
「まあ実際、魔王様にケンカ売って、どんなメリットがあるんだって話ですしね」
「一時的には、身内での地位は上がるかも知れないけどさ、その後考えたら、ねぇ」
こう言ってはなんだけど、魔王様は私達にかなり目をかけてくださってる。
特に今回、危険な場所に送り出すということで、かなり気を遣ってくださってた。
その魔王様相手にケンカを売るなんて……国が滅ぶだけで済むのかな、と思わなくもない。
いや、そんな事情を知らない人ならふっかけてくるのかも知れないけども。
「できれば、後先考えられる人達だけであることを願うばかりですね……」
そんなことを考えられない人間達に生贄にされた私が言うのもなんだけれども。
なんて複雑な思いを抱えながら、私達はキルシュバウム王城へと運ばれていった。
そして休憩を挟みながら数時間あまり。
朝に着いた私達が王城へと辿り着いたのは夕方、日も落ちそうな頃合いだった。
とっくに終業時間を迎えていてもおかしくないのだけど、王様方はこの時間でも謁見の準備をして待っていてくれたらしい。
それだけ今回のお話があちらにとっては大事なのだと改めて感じる。
キルシュバウムとしては大博打も良いところ。
間違いなく得られるものは大きいが、下手を打てば人間の国全てを敵に回しかねない行為。
それでも手を組んでくれたのは、色々と今の大陸情勢に思うところもあったんじゃないだろうか。
もちろん、グレース様という身内への情もあったんだと思うけどね。
「では、しばらくこちらでお待ちください」
そう言って私達を案内してくれた騎士さんは一度退出をした。
それを見送った私達は、互いに顔を見合わせて、ほっとため息を吐いた。
無事にここまで来られたことは、やはり精神的に大きい。
「ここまでは無事に来ましたね~」
「そだねぇ、ここまでは」
「まあ、帰るまでがお仕事ですし、ね」
私のつぶやきに、ノーラさんが返してくれて、私もさらに返す。
ここまで無事に来られた、けれど、帰りまで無事かはわからない。
半分は敵地である、という意識は失わないでおかないと。
とか決意を新たにしていた私の隣で、ノーラさんが早速荷ほどきを始めた。
「あ、早速組み立てるんですか?」
「うん、目の前で組み立てることも考えたけどさ、やっぱり時間もちょいとかかるし」
答えながらもノーラさんの手は止まらずに動き、さくさくとそれが組み上がっていく。
流石ノーラさん、多分一番これに慣れているものね。
「確かにこれは、できればさくっとお見せしたいですしね」
なんて言ってる間に、それは完成。
持ってきた台車の上に載せて、これで移動も問題ない。
「後は、御前での話の進め方、ですか」
「そこはアーシャに任せた!」
ここまでの担当仕事を終えたノーラさんはお気楽に笑う。
いやわかってる、魔王様だって私にそういう役割を期待してこっちに派遣してきたんだから。
でも、それでもプレッシャーを感じるのは仕方ないと思うな!
だけど、ね。
「任せてください、できるだけ頑張ります!」
期待されたら、応えたくなっちゃうじゃない?
我ながら損な性格をしてるな、と思いながらも。
私は、そっと覚悟を決めていた。




