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昼行燈も使い様

 泣いていたキーラを宥めて慰めて、なんとか少し落ち着かせることができた。

 まだ時折、ひくっ、ひくっとしゃくりあげているけれども、何とかしゃべることはできそう。


「ほら、キーラ、これ飲んだら落ち着くよ」


 そう言いながら、コップに水を汲んできて渡してあげる。

 キーラはまだえぐえぐ言いながらもコップを受け取り、水を口に含む。

 ゆっくり、ゆっくり飲んでいくのを、私とゲルダさんは静かに見守っていた。


 コップの水を半分ほど飲んだくらいで、ほぉ……と吐息がこぼれる。

 うん、ちょっとずつ落ち着いてはきたみたいだ。


「キーラ、ここに来た事情は無理に話さなくても大丈夫。落ち着いてからで大丈夫だからね。

 どーせ、ここのお仕事は明日からが本番なんだから!」


 わざと軽く、明るく言ってみる。

 いや、実際半分は本当のことだ。キーラに何があったかはもちろん気になるけれど、それを無理に聞き出す必要はない。

 明日以降でも、全然大丈夫なのだから。


 だが、キーラは私を伺うような上目遣いでこちらを見ながら、小さく首を振った。

 ……涙目の美少女がやると、中々心臓に悪い仕草だな、これ。


「ううん、大丈夫、ありがとう」


 小さな声で、単語単語をつぶやくように。

 ちょっとだけ落ち着いたような、でもまだ揺れているような声だ。

 

 そんな状態でも、キーラは話し出してくれた。


「私、魔術は、使えるの。

 けど、威力があるようなのは使えなくて……」


 いわく、炎系統と氷系統の初級魔術は使えるらしい。

 しかしそれもあまり威力はない、らしく。


「ドミナス様に見せたけど、困ったような顔された……」


 その時のことを思いだしたのか、じわりと目じりに涙が浮かぶ。

 慌てて私はその肩を包みこむように抱き寄せ、落ち着かせようとする。

 そっと、縋るようにキーラの手が重ねられた。

 あ、ちっちゃい手、なんてどうでもいいことが浮かんでしまう。


「攻撃魔術で、他に使えるのはないか、聞かれたけど、私、なくて……」

「むぅ……すまない、確かにそれは仕方ない面もあるにはあるんだ。

 何しろこの国では、まず要求されるのは攻撃魔術なのだから」


 この国の防衛思想上、相手の船が海上に居る間にできる限りの攻撃を加えたい。

 となれば各種飛び道具が必要となるのだが、その中でも、火炎系や雷撃、風系統の攻撃魔術は船そのものへのダメージが期待できるため、特に重要になる。

 当然、キーラに期待されたのもそれだったわけだが。


「この国、というか私の居た国でもそうだったはずですよ。

 王都で凄い魔術師を見たって、攻撃魔術の凄さを村の人が語ってましたし」


 中世から近世程度の文明レベルであるこの世界では、火薬やそれに類する武器は発達していない。

 というか、それらの代わりを魔術が担っているというべきだろう。

 開発・育成コストはそれなりにかかるが、対人間に限って言えば絶大、魔物に対してもそれなりに有効な攻撃手段。

 例えば、徒歩で移動するしかない兵の集団に爆発する火球の魔術でも打ち込んだらどうなるか、想像に難くないだろう。

 だから魔術と言えば攻撃魔術、ついで治癒魔術というのがこの世界の常識だ。


「私、攻撃魔術、苦手……。

 お師匠様もほとんど教えてくれなかったし」

「……教えてくれなかった? なんで?」

「私には素質が無い、向いてないって」

「あ~、それは……」


 魔術が使えない私が言うのもなんだが、どうやら魔術には素質というものが相当に関係するらしい。

 私は全く使えないし、逆に使える人はそれこそRPGに出てきそうな魔術だって使える、とか。

 つまり、キーラは魔術師として失格、あるいは役立たずの烙印を押された。


 そしてその上で、この島に送られてきたのだ。それなりに貴重な魔術師であるのにも関わらず。

 それがどれだけキーラにとって屈辱であるか。

 また、周囲からどんな言葉がかけられたか。

 ……想像に難くない。


「ドミナス様も、攻撃魔術には向いてないって……」


 それは、とどめに等しい宣言だったろう。

 私は思わずキーラの肩を抱き寄せた。


 こんな時、なんて言えばいいのだろう。

 魔術の使えない私には、何も言うことができない。

 なんとも言えない沈黙が部屋を支配する。


 と、それまで黙って私達の話を聞いてたゲルダさんが、キーラの方をしばし見つめ、小首を傾げた。


「素質が無い……あなたの師匠は、本当にそう言ったのか?」

「え……うん、確かに」


 こくんと頷くキーラを見て、ゲルダさんは何やら思案気だ。


「どうかしたんですか?」

「いや、キーラは私から見てもかなりの魔力を有しているように見える。

 これで素質が無い、だなんて滅多にあることではないはずなんだが……」


 と、随分不思議そうにキーラを見ている。

 なるほど、それは確かに、と私も首をひねっていると、キーラが凄く恥ずかしそうに口を開いた。


「あの……使える魔術、一つだけ……でも、使えないから……」

「うん? ……ああ、使えるけど、あまり有用じゃないっていうこと?」

「そういえば、ドミナスも攻撃魔術に向いてない、とは言ったみたいだが、使えないとは言ってないわけだな?」


 私とゲルダさんの問いかけに、キーラはこくん、と頷く。


 先程言ったように、魔術の花形は攻撃魔術。

 それ以外の魔術は使い物にならない、と馬鹿にされることもあるらしい。

 RPG脳な私からすれば、そういう魔術を使いこなしてこそ、だと思うのだが。


「ちなみに、どんな魔術が使えるんだ?」


 ゲルダさんがさらっと、聞いた。

 このあたりの間の取り方とか、コミュニケーション能力高いな、と思う。

 それでもキーラは、しばらくもごもごと口ごもり……やっと、口を開いた。


「私が使えるのは、『脱水』……」

「『脱水』? 初めて聞く魔術だな……」

「……『脱水』ですと?」


 ゲルダさんの反応にキーラがますます小さくなったので、慌てて慰め、励ましなどしつつ、私は目を光らせながら詳しい話を聞く。

 

「水気を飛ばす魔術……服の乾燥とかには使えるんだけど」

「な、なるほど……それは、う~ん……」


 と、ゲルダさんは思案顔、なのだが。

 私は、思わずキーラにずずいと詰め寄り、がしっとその両肩を掴んだ。


「キーラ、それ、服の水気だけ飛ばすってことよね?」

「え、あ、うん……」


 私の勢いに驚いたのか、キーラは目をぱちぱちさせながら、さらに小声になりつつも答えてくれる。


「もしかしてキーラ、山育ち? ていうか海が近くにないとこで育った?」

「あ、うん、なんで、わかったの?」


 わからいでか。そんな魔術が海の近くで使えたら大儲け、女神様扱いに決まってる。


「ねえ、その魔術って、一度に全部飛ばすしかできない?

 それとも、例えば半分だけとか加減して飛ばすことできる?」

「た、多分、できる、はず……」


 素晴らしい。まさかそんなことができる魔術があっただなんて。


「ちなみに、一日でどれくらい使える? あ、どれくらいの水飛ばせる?」

「ええと……多分、大きな木桶くらいだったら、何回でも……?」

「なん、ですと……」


 個人の持つ魔力は、使ってもしばらくすると回復する。

 その回復量は個人の持つ最大魔力に依存するらしいのだが……ゲルダさんが認める程の魔力を持つキーラは、その回復量が半端ないらしい。

 こまめにだったら、一日中使うことも不可能ではないそうだ。


 その説明を聞いた私は、プルプルと身を震わせてしまう。

 キーラもゲルダさんも、私を心配そうにのぞき込んできた。

 いやごめんなさい、これ、病気とかそういうのじゃないから、大丈夫、大丈夫。


 私は、改めてキーラのほっそりとした両肩を掴んだ。


「キーラ」

「あ、何……?」

「あなた、最っ高」


 とびっきりの笑顔で、最高の賛辞を贈る。

 突然のことに、キーラは目を瞬かせながら、言葉を発することができない。

 

「任せときなさいキーラ。

 あなたは役立たずどころか、最高の魔術師だって私が教えてあげる」


 きっぱりと力強く言い切った私の顔を、キーラは茫然と見つめて。

 震える唇を、開いた。


「そう、なの……? 私、役立たずじゃ、ない……?」

「もっちろん! むしろ、最っ高!」


 私の声に、キーラは顔をくしゃっと歪ませて。

 勢いよく、私の胸に飛び込んできた。


 慌てて抱き留めた私の背中を、ゲルダさんが支えてくれる。

 再び泣き出したキーラを、今度は落ち着いた気持ちで抱きしめ、ぽんぽん、と背中を撫でて上げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キーラ可愛い(’ヮ’*) 今後違うよって描写が出てくるかもしれませんが、勝手ながら現時点のゲルダさんはギザっ歯枠で脳内再生させていただきました。 [気になる点] 恐らく高価だろう眼鏡をか…
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