アーシャの休日:キーラ編
「よーし、次はこれいってみよ~!」
「ほうほう、これもまた中々……さすがクリス、いいチョイスだわ……」
「ふっふ~、でしょでしょ? こういうことはクリスちゃんにお任せ!」
この日、私とキーラはステラさんとこの服屋さんに来ていた。
おわかりのように、クリスも当然のような顔をしてついてきてるけども。
しかし今日ばかりは、ついてきてくれてありがとう、とも思う。
今日は、キーラに服を買ってあげようということでお店に来ているのだけど、見立て、という部分に関して、私は自信がない。
何せ、前世は「おしゃれ? なにそれおいしいの?」という生活を送っていた。
こっちに来てからも、のんびりおしゃれを楽しめるような生活は過ごしていなかった。
というか、この世界ではおしゃれ自体が貴族様の贅沢、みたいなところはあるからね。
もちろんその中でも、みんなそれぞれに工夫してちょっとでも素敵に、と涙ぐましい努力はしてたのだけど。
……私は、まあ、ほら、それ以外のことで忙しかったから……。
「ま、まって、私、こんな服は、ちょっと……」
そして、私と同じかそれ以上にそういうのと無縁だったらしいキーラは、さっきから顔を真っ赤にしている。
だが、いいおもちゃ、もとい素敵なモデルを手に入れたクリスと私がそれで止まってくれるわけもない。
「大丈夫大丈夫、似合ってるから、あたしの見立てに間違いはないから!」
「そ、そう言いながら……さっきから、露出が多いのばっかり持ってきてない……?」
ぐいぐいと来るクリスに、キーラもたじたじだ。
実際、クリスが持ってくる服は、結構大胆なものが多い。
といっても、こっちの世界的には、っていう程度のものではあるのだけど……。
いや、魔王様とかみたいな悪の女幹部的格好してる魔族の方もいらっしゃるので、一概には言えないが。
普段交流のある魔族の方が、魔王様を除けばドロテアさんとドミナス様、という地味というかお堅い服装の人達なので忘れがちだけども。
ああ、もしかしたらその影響で露出が多い服もそれなりにあるのかな?
そして、そんな服がキーラにはとても恥ずかしい、ということもわかる。
「こ、これなんか……胸が、見えすぎ……」
そう言いながらキーラは、胸元をかき合わせて何とか隠そうとする。
するのだけど……それはそれで、ボリュームが強調されたり、ちらほら隙間が見えたりして、これはこれで扇情的に見えるのがまた……いや、それは言わないでおいてあげよう、武士の情けじゃ。
お風呂では良く見てるのだけど、こうして服を着た状態で見ると、改めて思う。
キーラのお胸の戦闘力は、すごい。
さすが、ドロテアさん、魔王様につぐくらいの大きさなだけはある……。
なんだけど、それを恥ずかしがってかキーラは普段、だぶだぶで体の線が出にくい服を好む。
私から見たらすごくもったいなくも思うのだけど、キーラがどう思うかが大事なので、そこをどうこう言うつもりはない。
ない、のだけど……、でも着てもらいたいって思うのも仕方ないんじゃないかと思う。
これだけいい素材なんだからさ!!
「確かにちょっと胸は見えてるけど、私はそっちの方が可愛いと思うな」
「アーシャがそう言うなら……」
「切り替え早いな!?」
クリスの突っ込みも仕方ないかな、と思うくらいに、キーラはあっさりと意見を翻した。
……いかんいかん、また私の悪い虫が動きそうになってきたぞ、抑えろ、抑えるんだ。
でも実際、ドイツの民族衣装ディアンドルみたいなのもあるんだから、これくらいの胸の露出は許されるんじゃないかなーと思う。
基本は胸の下で絞りの入ったワンピース。
ちょっと胸元は開いてるけど、がっつり谷間が見えてる、とかではない。
ちらっとは見えるけど。
ああ、後、ちょ~っとスカートが普通の服に比べたら短いかな?
と言っても、足下まであるようなスカートが基本のこの世界では、の話。
ちらちら膝が見える程度、可愛いもんじゃないか。
……いや、やっぱり恥ずかしいかな?
まあでも、そんな服を着たキーラはほっそりとしてたおやかな印象を強くしながらも、同時に出てるところのインパクトを強烈にたたきつけてくる。
正直これは……なんかこう、色々くすぐられるものがあるのは否定できない。
流石に今ここでそれを暴走させるわけにはいかないから我慢するけどさ!
などと色々我慢してる横から、まだ慣れないながらも受け入れかけたキーラへとクリスが声をかける。
「まあでも実際さ、こういう衣装にも慣れないておかないと。
もうちょっとしたら、皆の前で花嫁衣装だよ?」
その言葉に、キーラが固まる。
そして私は、目を逸らして遠くを見る。
そうなんだよね、もうちょっとしたら、私達の結婚式なんだ。
そのための準備なんかもあるんだけど、そればっかりでも大変だからね、今日はその息抜きも兼ねている。
何しろ、王族であるドミナス様、風竜王になったゲルダさんが同時に結婚するわけだから、それはもう国家行事並みの扱いになってしまう。
いや、むしろ国家行事そのもの、かも知れないかな……。
そのプレッシャーは、こないだちょっと度胸を付けさせられた私はまだしも、まったく慣れてないキーラからすれば、それはもう重たくてしょうがないだろう。
そのプレッシャーをちょっとでも軽くしてもらおうと、実はついさっき用意されてる花嫁衣装を見せてもらったんだけど……これがもう、素敵なものでね。
素敵すぎて、逆にキーラにはプレッシャーになったところもあるみたいなのが……なんともままならない。
ということで、こうして色んな衣装を着せまくって耐性をつけさせる、あるいは引っかき回して気を紛らわせるつもりでキーラを着せ替え人形にしていたのだ。
まあ、クリスが現実を思い出させてくれたんだけどね!
「うう……皆の前……皆の、前……」
ああもう、キーラが動揺しちゃってるよ……って、なにクリス、その目配せ。
え、私に何言わせようっていうの? ええと、こんな時どうすれば……ええい、ままよ!
「大丈夫だよ、キーラ。式の時は、私が傍にいるんだから。
私だけ見ててくれたらいいから、ね?」
「アーシャ……うん、わかった……私もう、アーシャしか見ない」
私の言葉に、うっとりとした表情になるキーラ。
だが、私は見逃さなかった。その瞳の奥に、何か闇の色が見えたことを。
「いやまって、式の手順確認とかもあるんだから、リハーサルの時とかは私以外も見てね!?」
「あ、う、うん、そうだよね、そうしないと……つまずいちゃうかも知れないし」
はっとしたような顔になって、それからキーラはこくこくとうなずいて見せる。
危なかった……なんかよくわかんないけど、危なかったことだけはわかった。
まさか、こんなとこにまで闇落ちの危険性が潜んでいたとは。
となると今後は、頼ってもらうのと自立してもらうのと、バランスを取りながら、ということになるのかな。
なんかすごくバランス取りが難しい気がするなぁ……。
なんて悩んでるところに、クリスの脳天気な声が響く。
「うんうん、とりあえず話も付いたみたいだし、その服に慣れるために二人で街に散歩でも行ってきなよ」
「えっ、ええとこの格好、で……?」
クリスの声に、キーラがちょっとだけ、躊躇を見せる。そう、ちょっとだけ。
さっきよりは明らかに動揺が少ない。
……ああもう、これは、そうするしかないのかなぁ。
「そうだね、行こうか、キーラ。
私、その服を着たキーラと歩いてみたい」
「わかった、行こう」
「ほんとに早いな切り替え!!」
クリスが突っ込みをいれるけど……申し訳ないけど。私はちょっとだけ優越感を感じていた。
そして、キーラと二人で街に出たのだけども。
「な、なんだか皆に見られてる気がする……」
「あ~……それはまあ、そうかも、知れないけど」
おどおどとした感じのキーラに、私はそう返すしかできない。
実際、キーラは目立ってる、と言っていい。
何しろ元々の素材がいいところに、ステラさんとこの最新型、垢抜けたデザインの、まっさらなおろしたての服を着ているのだ、目立たないわけがない。
おまけに、目立つであろうところが目立つようにデザインされたものだしね。
まあ、ついでに……それなりに有名人となってしまった私と歩いているのだから、注目を集めてしまうのも仕方ない、かも知れない。
いやまてよ、だったら?
「ねえ、キーラ。そんなに見られるのが恥ずかしいなら……こうしたら、どう?」
そう言いながら私はキーラの前で、肘を曲げて差し出してみた。
その仕草に……残念ながら伝わらなかったらしく、キーラはきょとんとした顔になる。
いや、これはこれで可愛いんだけどさ。
「腕、組みながら歩かない?
そしたら、少しは隠れるよ」
「うん、アーシャが言うなら……」
……ちょっとどころじゃなく心配になるな、この反応。
なんか、私がお願いしたことならなんでもやってくれそうな危うさがある。
やんないよ? そんな鬼畜なことしないよ?
頑張れ、私の理性。
なんて理性を叱咤した直後、それを揺るがす柔らかさが襲ってきた。
そう、キーラのご立派なお胸である。
今のキーラは胸の形がはっきりとわかるデザインの服を着ている。
その胸が、私の腕にしがみついてきた勢いで押しつけられてきたのだ。
……これはまずい。実にまずいですよ?
しかもこう、ぎゅって感じでしがみついてくるから、むにょんとした圧力が強烈に押しつけられてくる。
そのなんとも言えない柔らかさに、私はくらくらとしてしまう。
落ち着け、こういう時は素数を数えるんだ……1、2、3、4……って、それは整数だから、素数じゃ無いから!
混乱する私に、キーラはちょっと落ち着いたらしい声をかけてきた。
「……この格好でも、アーシャが傍にいるから、大丈夫、かも……」
「そ、そう? なら、良かったんだけど……」
私は落ち着かない、なんて口が裂けても言えやしない。
もし言ってしまえば、落ち込みながらそっと離れる未来が見える。それは、こう、色々まずい気がするっ!
となれば後は……私が理性を総動員しながら戦うのみ!
「じゃあ、行こうか」
「うん、じゃあ、あっち?」
そして私達は歩き出した、んだけど。
むにょん、むにょんと歩くたびに押しつけられてくる。
いや、多分わざとではないんだと思うんだけど、仕方ないとは思うんだけど。
落ち着かない、どころの話じゃ無いよね、これ!?
そんな私を知ってか知らずか、キーラは無邪気に散歩を楽しんでる。
普段よりも楽しそうなくらいだから、私は何も言えやしない。
後まあ……やっぱり、こうしてデートって感じで街を歩くと、新鮮な楽しさがあるのは、否定できない。
「……なんだか、楽しいね、アーシャ」
「うん、そう、だねぇ」
キーラの問いかけにそう返すけど……また、どきっとさせられてしまう。
私とキーラの身長は、ちょっと私の方が高いけど、ほとんど同じだ。
だから、これだけ密着した状態で顔を寄せられると、ほとんどキスしちゃいそうなくらい近くになることに今更気づく。
それはキーラも同じだったらしく、慌てて顔を背けられた。
多分これ、二人とも顔真っ赤にしてないかな……なんて、妙に焦ったり。
お互い顔を背けてしまって、沈黙が流れることしばし。
不意に、キーラがくすくすと笑い出した。
「ん、どうかしたの?」
「ううん、ちょっと、ね。
アーシャも真っ赤になってるから……私のことも、ちゃんとそういう風に意識してくれてるんだって思ったら、嬉しいなって」
言われて、気がついた。
私とキーラは工房で一緒に働くところから始まっているから、他の人達に比べて割と気安い関係だ。
だからその分、良くも悪くも緊張感というか普段と違う感じ、というものが少なかったのは否定できない。
……まあ、前皆でお泊まりした時はこう……そういうこともあったけどもさ。
そこで不安にさせてたのだったら、申し訳ないなぁ。
「そりゃぁ、意識してますとも。
じゃなかったら、こんな風に歩かないしね」
こんな風、と組んでいる腕を指させば、キーラも納得したように頷いてくれる。
「……これ、デート?」
「もちろん、デートだよ」
お互いに顔を見合わせ、今度は二人して笑い合う。
うん、なんだかこの空気、いいんじゃないかな。
「じゃあ、次は……そろそろ軽く何か食べようか?」
「そう、だね。何を食べたい?」
「ん~……そうだなぁ」
ひとしきり笑い合った後、私達はお昼を食べに歩き出す。
見上げた空は、夏から秋へと向かう爽やかな青。
少し涼しくなってきた風が、とても心地よかった。




