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アーシャの休日:ノーラ編

 そして、色々と周囲に影響を与えた式典から、しばらくしたある日の休日。

 私は、ノーラさんと二人で出かけていた。


「いやっほぉぉぉぉ!!」

「ひぃぃぃ!! ノーラさん! スピード出しすぎ!! 出し過ぎだからぁぁぁぁぁぁ!!!」


 颯爽と風を切りながら楽しげなノーラさんと、悲鳴を上げながら必死に車体へしがみつく私。

 

 そう。私たちは今、試作品の自動車で疾走していた。

 ……自前の魔力で走るこの車を、自動車と言っていいのかは正直微妙ではあるけども。

 

 ともあれ、馬車も走れる位に整備されている街道に出た私たちは、快調に車を走らせていた。


「ああ、ごめんごめん。

 いやね、こいつがあんまりにも調子よく走ってくれるからさぁ」


 私の悲鳴を聞いたノーラさんが、ケラケラと明るく笑いながらも、スピードを緩めてくれる。

 ……こういう、勢いと自制のバランスの良さをさらっと見せてくるところに、やっぱりこう見えてお姉さんなんだなぁ、って改めて思う。

 悪乗りはするけど、酷い暴走はしない。

 そうと感じさせないようにしながら、ちゃんと気遣ってくれている、それがノーラさんの魅力の一つなんだと改めて思う。


「ん? なんだいなんだい、あたしの顔をそんなに見つめて。

 もしかしてあたしに見蕩れちゃったかい?」


 私がじっと見つめていたのに気づいたのか、そんな風に茶化してくる。

 そんなこと言われたら、こっちだってちょっと悪戯心がくすぐられるじゃないか。


「そうだって言ったらどうします?」


 なんて冗談めかして言った途端、一瞬車が揺らいだ。

 すぐに立て直したあたりは流石だけど……ノーラさんも不意に攻められると弱いところがあるなぁ。

 そんな私をちらりと横目で若干もの言いたげに見た後、すぐにノーラさんは視線を前に戻した。


 この街道はそこまで馬車が多くなく、今も前にはひたすら道が続いている。

 だから、ちょっとくらい視線を外しても大きな問題はないとは思うけど、そこで外さないのがノーラさん。

 安全、という言葉の意味を誰よりもよく知ってるんだろうなぁ、なんて思ったりする。


 それでも言わずにはいられなかったのか、ノーラさんは少し唇を尖らせながらぼやく。


「まったく、アーシャ先生にも困ったもんだよ。

 こんな時にそんなこと言ってくるんだからさぁ」

「あはは、でも最初に言ってきたのはノーラさんじゃないですか」

「いやまあ、そうなんだけどね?」


 なんて会話をしながら、車は進んでいく。

 大体今は時速30kmくらいだろうか。

 夏の日差しの中、オープンカーに乗り風を切って走るのは、やはり心地いい。

 いや、オープンカーと言っても、スポーツカーみたいなのじゃなくて屋根のないジープみたいな形状なんだけどね、今の車は。

 まあそれでも、吹いてくる風に変わりはないし、隣にノーラさんがいれば楽しいことに違いはない。


 それに。


「でもほんと、この車調子よく走ってくれてますね~」

「だろ? あたしが作る物に間違いはないってのは良く言うけど、こいつはほんとに上手くできたと思うよ」


 そう言うとノーラさんは、ぽむって感じに軽くハンドルを叩きながら、ご満悦な表情で笑う。

 全く、ぶれることのない声で。


 時速30kmと言えば、この世界では結構な速度。多分普通の馬車だったら、それはもうガタガタと揺れるはずだ。

 ところが、この車はほとんど揺れを感じない走りを見せている。

 つまり、衝撃を吸収するサスペンションを導入しているのだ。


 自動車の試作品を走らせていて、やっぱり揺れは大きな問題になった。

 運転者を始めとする乗ってる人、物へのダメージが半端ない上に、車そのものにもダメージがくる。

 普通の馬車くらいの低速であれば問題はないが、それはあまりにももったいない。

 ということで相談を受けた私が、スプリングや板バネ、油圧ダンパーなんかの話をしたところ、一週間でとりあえずの形ができた。

 ……うん、私も意味がわからない。

 いくら私でも、サスペンションの詳細や、それに関わる各種設定だ何だ、油の選定調整だなんだなどわかるわけもない。

 なんだっけ、ウィッシュボーン? なんかそんな言葉を聞いたことがあるくらいだ。当然、意味はわからない。


 そんな状態からここまで衝撃の少ない車を作ったのだから、本当に驚愕に値する。

 

「ま、アーシャ先生の教え方が上手いんだよ、やっぱり」


 なんてノーラさんは言ってくれるけど……それをここまで実現するのは、どう考えたってノーラさん達の技術力だろうに。

 多分皆から『お前が言うな』って言われるだろうけど、ノーラさんだって自分の功績をアピールしたがらない。

 ……ドロテアさんといい、皆奥ゆかしすぎるんじゃないかな、と思う。

 いやまあ、だからこそ居心地がいいのもあるんだけど。


 そんなノーラさんの性格もまた……その、愛しいわけでもあるので。

 私としてもノーラさんの流儀に合わせないわけにはいかない。


「いえいえ、ノーラさんの作る物に間違いがないからですって」


 私の答えに、ノーラさんがいつものニンマリした笑みを見せた。


「ははっ、そうさね、あたしに任せておけば間違いはないよ!」


 こういうところに、ノーラさんの職人魂みたいなものを感じてしまう。

 何よりも、自分の仕事に対しての信頼感を喜ぶ、そんな人だ。


「よーし、間違いないって改めて言ってもらったわけだし、こっからまたテストといこうじゃないか!」

「へ? テストって、何の……?」


 実に活き活きとしたノーラさんの表情に、私は嫌な予感がして仕方がない。

 そして、それを裏付けるかのように、ノーラさんのニンマリとした笑みに、若干黒いものが混じる。


「そりゃもちろん、こいつでどこまでスピードが出るか、さ!」

「やっぱりそう来たかぁ!!

 ちょ、ちょっと待ってくださいね!?」


 慌てて私は、シートベルトを確認し、ついでにあちこちに設置した持ち手を握りしめる。

 スピードが出るようになった車は、やっぱり何かあったときに危険がある。

 まして、このオープンカーな構造では。

 なので、シートベルトも普通の乗用車の三点式ではなくレーシングカーみたいな四点式だ。


「おっけー、準備はいいかい?」

「心の準備は微妙ですが!」

「大丈夫、問題ない。あたしが一緒だからね!!」


 そう言ってノーラさんは、一気に魔力を注ぎ込んだ。

 

 ……後から聞いたのだけど、この時注ぎ込んだ魔力はまだ全力ではなく、速度も想定していた限界の七割くらいのものだったらしい。


「本気の全力は、あたし一人かゲルダさんにお願いするかだよ、さすがに」

「まってくれノーラさん、私とて別に不死身ではないんだぞ……?」


 なんてやりとりもあったりはしたけども。

 でもね、そんなことを知らない身としてはさ、結局すごい速さが出てるのに変わりはないわけで。


「うっひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ものすごい速度に、悲鳴を上げるしかできないのだった。





 流石に、最高速度チャレンジは短時間で終わった。

 ……後から冷静に考えれば、あの速度でもまだ大した振動を感じなかったのだけど……どんだけだ、ドワーフ特製サスペンション。


 それから、もう少しだけ走って。


「そろそろ休憩しましょっか」

「そだね、流石にあたしも少し疲れたよ」


 私がかけた声に、ノーラさんもうなずいた。

 さすがに、大分走って魔力も消耗したはずだしね。

 いや、ドミナス様が作ってくれた、魔力残存量を示すメーターはまだまだ半分どころでなく残ってたように見えたけど、それでも、慣れない人が1時間も走れば、休むべきだろう。

 例え、本人がまるで疲れた様子がなくても。


 ということで私たちは、休憩のため小高い丘の上へとやってきた。

 海が向こうに見えて、涼しい風も通り、休憩にはちょうどいいだろう場所。

 そこにある木陰へと私たちは腰を下ろした。


「実は今日は、お弁当作ってきたんですよ」

「おっと、そいつは嬉しいねぇ!」


 なんてやり取りしながら、作ってきたサンドイッチを一緒に食べたりしつつ。

 それも食べ終わって、さてどうしようか、というところで私はノーラさんに声をかけた。


「食べ終わった後すぐ動くのは良くないっていいますし、もうちょっと休憩していきましょ?」


 そう言いながら私は、ぽんぽんと自分の膝を叩いてみせる。

 それだけで意図が伝わったらしく、ノーラさんは一瞬目を丸くして。

 それからすぐにニンマリとした笑みを見せる。


「いいのかい? せっかく先生がそんなこと言ってくれるんだ、お言葉に甘えないとね」


 と、言うが早いか、ノーラさんはころんと寝転がり、私の膝に頭を乗せる。

 まあつまり、膝枕の体勢だ。


「ここまで、ずっとノーラさんに運転してもらってましたからね、これくらいはしないと」

「はは、こんなご褒美が待ってるなら、いっくらでも運転するよ」


 なんてやり取りをしながらも……ノーラさんは心地よさそうに目を閉じる。

 どうやらノーラさんは、魔力の量は私よりも大分多いみたい。

 魔術に対する適性は残念ながらないみたいだけど。

 だから今日はドライバーをしてくれたのだけど、長時間の運転が結構疲れるものってのは私も知っている。

 であれば、膝枕の一つや二つくらい、してあげて当然だろう。


 そして、ノーラさんの静かな吐息だけが聞こえることしばし。

 ノーラさんが、不意に声をかけてきた。


「ねぇ、アーシャ先生。なんでご褒美デートに、自動車のテストドライブなんて考えたんだい?」


 そう、この試作品ドライブは、実はデートを兼ねている。

 ここのところ皆にお世話になりっぱなしってことで、前々から約束してたことをようやっと実行できるようになったので、今日はノーラさんと出かけたのだ。


「ん~……なんとなく、なんですけど。

 ノーラさんは新しい物を作ろうとしてる時が一番楽しそうにしてるっていうのが一つ。

 それから……こうやって、二人で見知らぬところまで一緒に走って行くっていうの、好きなんじゃないかなって」


 私の返答に、ノーラさんはびっくりしたように言葉を失って。

 それから数秒後、くっくっくと抑えた声で笑い出した。


「いや~、まいった。さすがアーシャ先生だ、そこまでわかられてるんだねぇ……」


 そう告げるノーラさんの声は、とても満足そうなもの。

 よかった、どうやら外れてはいなかったみたいだ。


「そう、だね。あたしは、こうやってアーシャ先生と一緒に新しい物を作ってるのが一番楽しい。

 いや、前までみたいな生活も、嫌いじゃなかったよ?

 だけどさ、こうやって新しい物を作る楽しさを知っちまったら、もうだめだねぇ……。

 あたしのこの手は、こんなものが作れるのかって日々が新しい驚きでさ。

 どこまで行けるのか、どこまでも行きたいって思っちまってさぁ」


 ちょっとうとうとしてきたのだろうか、普段より少し緩い声で、つぶやくように言うノーラさん。

 さぁ……と風が流れて、ノーラさんの前髪を揺らす。

 それを撫で付けるように、そっと前髪を撫でれば、気持ちよさそうな吐息。


「私も、ノーラさんと色々作るの、楽しいですよ。

 でも、時々はちゃんとこうやって休んでくださいね?」

「うん、もちろんさ。

 特に、こうやってアーシャ先生が膝を貸してくれたら、ね。

 ああでも、できれば腕枕の方がもっといいかなぁ」

「……それ、休憩にならない気がするのは気のせいですかねぇ?」


 そんな冗談を言い合っているうちに、ノーラさんが寝息を立て始めた。

 それを邪魔しないように、私は黙ってノーラさんの頭をなで続けること、しばし。


「ここまで、お疲れ様でした。

 また一緒に、走っていきましょうね」


 そうささやいて。

 ちゅ、とその額に唇を落とした。




 それから小一時間ほどして目覚めたノーラさんはすっかり元気いっぱい。

 予定通りの行程を、予定よりも大分早く終えて、試作品の試験走行を無事に終えたのだった。

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