晴れの日
その後、リハーサルは滞りなく完了。
こういったことには慣れている魔王様と、裏で仕切ると生き生きしてくるドロテアさんコンビに引っ張られ、私もまあ、なんとかトチらずに済んだ。
他の皆様も、こういう式典には慣れているからか、段取り凄く良かったしね。
まあ、つまり。
恙なく式典当日を迎えてしまったわけだ。
「うわぁ。えらいことになってる……」
王城には、民衆に対して演説するためのバルコニーと、それに面した広場がある。
広場に皆集まって、バルコニーで演説する魔王様のお言葉を拝聴するわけだ。
そのバルコニーの後ろ、控えの間みたいなところからちらっと覗いて、私はため息を吐いた。
これがまた……えらい数集まってきちゃってる。
広場はもう、ぎっしり、という表現をしてもいいくらい。
「それはそうじゃろ、なんせこの数か月で色々な分野が発展しておるというのに、式典という形での発表はなかった。
そこに、今回はわざわざ式典まで開いて、じゃからの。
何があるのかと興味を惹かれても仕方あるまい」
「な、なるほど……。
……ちなみに、その、色々な分野が発展している、というのは……」
「もちろん、大概そなたのせいじゃろ」
「ですよねー……」
魔王様のお言葉に、がっくりとうなだれる。
つまり、この来場者数の遠因は、私、というわけだ。なんたる自業自得。
「大丈夫ですよ、アーシャ。
その発展の礎となったあなたを、尊敬しこそすれ、侮るような人はいません」
「うう、ありがとうございますドロテアさん……」
なだめるように私の頭を撫でてくれるドロテアさんの手を、私は素直に受け入れる。
なんせね、私、この人たちの前でこれから話さないといけないわけですからね?
ちょっとでもこう、精神安定剤的な物があったら、受け入れてしまうわけですよ!
ちなみに、風竜王であるゲルダさん、王族であるドミナス様は貴賓席に。
ドワーフのまとめ役であるノーラさんと工場長であるキーラは来賓席に座っているはずだ。
……ドロテアさんだけずるい、という声が上がったのは仕方ないことだけど、この配置になるのもまた仕方ないんだよね。
魔王様の側近、というだけでなく、司会進行もドロテアさんがやるものだから……。
「ドロテアさんも、やっぱりこういうの慣れてますよねぇ……」
「ええまあ、陛下の御傍にいるわけですから、ね」
「なるほど……私はやっぱり落ち着かないですねぇ」
そう言いながら、私は纏った衣装の裾を摘まむ。
身に付けてみて驚いたのだけど、ほんっとうに寸法がぴったり。
この辺り、ステラさんの見立てと腕は流石の一言。
これだけしっかりとした晴れ舞台の衣装だというのに、動きにくさも窮屈さもかけらもない。
で、まあ、その。
馬子にも衣装って言いますかね?
これだけ一生懸命作ってもらったものだと、当然、身体にはぴったりで、デザインも合っていて。
こう……似合ってるっていうか、良い感じだなぁ、って。
「ふふ、アーシャ、とてもよく似合ってますよ?」
「ふひゃぃ!? あ、ありがとう、ございます……?」
考えていたことを当てられたかのようなドロテアさんの言葉に、私は変な声を上げてしまった。
ドロテアさんは口元を抑えてくすくす笑い、魔王様はこう……爆笑をこらえてるのがまるわかりだ。
まさかこんな辱めが待っていようとは……。
しばらくしてようやっと笑いが収まった魔王様が、ちょっと目元を拭いながら、もう片手で外を指さす。
「単にそなたの晴れ姿を見たいと来たものもおるようじゃがな?」
「またまたご冗談を、そんな人いるわけ……あ、いた」
広場の隅に、『アーシャ様がんばれ!』と書かれた横断幕を掲げている集団があった。
遠目だからよくわからないけど、多分薬師三人娘を始めとする、あの時のアーシャ教入信者達……にしては数が多い。
……まさかあれか、後から入信した的な人達も来てる……?
これがまた、広場の隅の、誰にも迷惑かけない場所でひっそりと応援してくれてるのよ。
なんというか、私の性格をよくわかってるっていうか……私が嫌がりそうな形をしっかり避けてくれているのがね、こう……ちょっと、胸に来た。
「ほんにそなたは愛されておるのぉ、アーシャ」
「あ、あはは……そう、ですねぇ……」
さすがに、ね。
ここまでしてもらったら、私という存在が受け入れられていることを認めないわけにはいかない。
それはまだ、かなり照れくさいけれども。これ以上逃げるのは不誠実な気がするな、流石に。
……なぜそこまで!? っていう気持ちはまだ消えてないけども!
ないけども! 解説されたらされたで、穴掘って埋まってたくなるだろうから、私は言葉を飲みこむことしかできない。
ゲルダさん、キーラ、ノーラさん、ドロテアさん、ドミナス様。
皆からの愛情は、もうこれでもかってもらっている。
私がそれにふさわしい人間かはわからないのだけど……でも、皆の気持ちは疑いようもない。
そして、今あの子達が向けてくれている気持ちも、きっと本物なんだろう。
……私は、それに相応しい本物なんだろうか?
そんな自問自答……というか現実逃避をしている間にも時間は過ぎて。
式典の開幕を告げるファンファーレが、抜けるような青空へと響き渡った。
一人一人の技量が確かなことがわかる伸びやかな音が、一糸乱れず纏まって奏でられているのは壮観の一言。
そこに、腕が翼になっている女性型の魔物、ハルピュイア達が色とりどりのドレスを纏って空へと飛びあがり、群舞のように舞いながら歌い始めた。
最初はそれぞれに歌い、しかしすぐにまとまって奏でられる、美しいハーモニー。
それが、彼女らが飛び交いながら響いてくるものだから、右から、左から、上から……歌声に包まれていくような感覚を覚えてしまう。
全身を包み込んでくるような歌声、空を彩る鮮やかな乙女たち。
幻想的、としか言いようがない光景に、私も、集まった人達も、言葉を失っていた。
やがて歌声が少しずつ遠のき、演奏の音も引いていって……しかし、私達がその余韻にひたっていたところ。
カツン、カツンとドロテアさんがヒールの音を立てながらバルコニーへと進み出た。
ちなみに今日のドロテアさんは、魔王様を引き立てるかのような、薄いグレーでゆったりとしたローブ風の衣装。
本来ならとても地味な衣装のはずなんだけど……こう……ドロテアさんの場合、ご立派なお胸とむっちりとしたお尻が隠しきれなくて、逆に抑えられた色気が出ちゃってるんだよね……。
ちょっとだけ、目のやり場に困る。
……あれ、なんか来賓席から寒気がする視線を向けられた気がしたぞ?
怯える私を知ってか知らずか、ドロテアさんは平然とした態度でバルコニーへと進み出た。
これから、いよいよ式典が始まるのだ。
私は、高揚感だとか緊張だとか、色々な意味でどきどきし始めた。




