穏やかな日々、だったはずなのに
そんなこんなで地震の騒動も収まり、やっと日常が戻ってきた。
「先生、こないだは大活躍だったみたいねぇ」
「あ、あはは……いや、それほどでも……」
なんてことを、診察してるおばあちゃんから言われたりもするけどさ。
あの後急いで作って配布したビラで、私が奇跡の術を使ったわけじゃない、っていうのは何とか周知できた、と思う。
まあ結局、「そんな技術を知ってるなんて!」と、評判は上がったりしたのだけど、それでもガチ女神扱いよりはよっぽどましだろう。
……まあ、それで軍の方に心肺蘇生の仕方を教えに行くことになって、また仕事を増やしたとキーラから睨まれたけど……必要だってことも理解してくれてるので、煩くは言われなかった。
確かに、必要ではあるんだけど、自分から仕事増やしてるところもあるからなぁ。
もうちょっとこう、コントロールしたいのだけど。
「そういえばね、先生。お隣のジェシカが最近体の調子が良くないのだけど、足が悪くてこっちに来れないって」
「あ、そうなんですね。だったら、ええと……今日のお昼は空いてますから、往診に行きますよ」
ジェシカさんもまた高齢の方で、確かに足が弱ってはいた。
そこに体調不良で、足に力がはいらないのかも知れない。
そう考えて軽く答えた後に、自分でも思う。
だから、コントロールはどうした、と。
あ~、足の悪い人向けのシニアカーみたいな移動器具とか、タクシーみたいなサービスも作った方がいいのかなぁ。
……だから、企画を始めてどうする。いや、思いついたからにはもう止まれないのはわかってるのだけど。
まだまだ、これで一通りってわけにはいかないなぁ……。
何より、歩けない人達が誰かに声を届けるためにも、今情報通信網を整備してるんだし。
なんて考えていることはこれっぽっちも見せない笑顔で答えると、おばあちゃんはほっとしたように笑ってくれた。
「あらそう? ジェシカには私から伝えておくわね」
「ありがとうございます、そうしてくださると助かります」
そう頭を下げながら、午後からの行動を頭の中で修正していった。
そして、午後。ジェシカさんのお家へと訪問して、診察をすると。
「……うん、軽い肺炎みたいですね。
お薬出しておきますから、これを毎日、食後に三回このスプーンで一杯飲んでください。
最後まで飲み切ってくださいね」
予想通りだったので、例のキノコをすりつぶした粉末を出した。
ここのところ、清潔、除菌、という概念が広まってきたのか、肺炎とかも減ってきている。
けど、身体が弱くなってる人は、さすがにどうしようもないところもある。
かといって、無菌室に閉じ込めるだなんて、論外だしねぇ……。
「ああ、先生いつもありがとうございます。
……ふふ、なんだかね、最近は先生のお顔を見てるだけで気分が楽になる気がするの」
私が考えに浸っているところに、ふとそんな言葉が掛けられた。
……まって、だめ、そんなこと言われたら涙腺にきちゃうから!
「あはは、そう言ってもらえたら、何よりですよ。
実際、気持ちが体調に影響するってありますからね」
何とかぽろっと来るのを堪えつつ、笑顔で応対する。
笑ったりしてストレスが軽減されたら、体調にも良い影響がある、というのは間違いないみたい。
だからもし私の顔がそんな役に立つなら……ま、まあ、少しは女神っぽい役割もありなのかも知れない。
いや、積極的にやろうとは思わないし、何か別の役職名が欲しいけどね!?
「あらそうなの? だったら、毎日でも見たいけど、見られないのが残念だわ。
そうそう、残念と言えば……先生、今度の式典でスピーチするんですって?」
「え。そんなことまで聞いてるんですか……確かに、私、スピーチする予定ではありますけど」
「残念だわ、先生の晴れ姿が見られないだなんて」
お、おう……そこまで言ってもらえるのは嬉しくもあり、照れくさくもあり、ちょっと申し訳なくもあり。
えっと……どこまで言っていいんだろう。
「あ、ええと……あの、これは内緒なんですけどね?
私の姿は見せられないんですけど……」
「……まあ、そうなの? ふふ、良かった、当日が楽しみになってきたわ」
そう言ってくれたジェシカさんは、一層嬉しそうになった。
ああもう、こんな顔されたら、覚悟決めてしっかり良いスピーチするしかないじゃないか!
そんな荒れる内心を押しとどめ、私はジェシカさんに笑顔を向けた。
そんなこんなで、式典の前日。
地震の影響で少し日程がずれたけど、式典そのものは行われることになった。
あの地震の後、ドワーフの皆様と巨人族が総出で建物の検査をしたのだけど、流石というか、修理が必要な建物はほとんどなかったらしい。
修理自体も大してかからず、復興自体はスムーズに進んだ。
また、情報通信網のケーブル自体も、被害はほとんどなかったらしい。
ということで、式典は中止にはならずに、実際に行われることとなった。
なので、前日リハーサルということで王城に向かったのだけど……。
「え。ちょっと待ってください、なんですかこの衣装」
「何とは何じゃ、そなたのリクエスト通り、シンプルな衣装じゃろ?」
私の声に、魔王様が不思議そうに答える、けれども。
そして、見せられた衣装は、確かにシンプルなワンピースだったけれども。
「これ、シンプルに見せかけて絶対めっちゃくちゃ手かかってますよね!?」
私の悲鳴のような言葉に、皆は苦笑を返すばかりで、否定の言葉は一つもない。
基本は、真っ白な生地の、胸元で一回ベルトで絞りが入るAラインのワンピース。
なんだけど……このシルクと見紛うつやつやとした光沢……絶対アラクネーさん達の糸で織ってるだろこれ。
そこに同じ色の糸で刺繍が細かく入っている。
胸元は大きく開いてるんだけど、精緻なレースが当てられており、若干透けているのが清楚な中にちょっとセクシーな感じが入って、これはこれで。
袖や裾にも同様のレースが入ってるから、おしとやかに見えて間近で見るとちょっと大胆、というデザインだ。
全体的に見れば……正直、神話の女神の衣装かな? と思ってしまう出来になっていた。
特にこのレース!
「これ絶対クリスがやったでしょ!」
衣装を用意してくれたステラさんご一行の中に紛れ込んでいたクリスを見つけて、食ってかかる。
クリスは、あはは~と気楽ないつもの笑顔を見せながら。
「いや~、さすがアーシャ、お目が高い!
ほら、親友の晴れ舞台となれば、これくらいはさぁ?」
「これくらいはって、あんたこれ、多分結構本気出したでしょ!?」
「え、当然じゃん」
きょとんとしたクリスの顔に、私はガクッとなる。
そうだ、こいつもこういう奴だった……。
施されているレースは、二層三層と複数の層で構成されていて、動く度に模様が変化していく。
それがまた、見るも不思議な、神話的な何かに見えてしまうのだ。
これが、グレース様辺りが着ていたら、私もすごーいと素直に感動していたと思う。
だが、自分が着るとなったら……どう考えても衣装負けすると思うな!
「まあまあ、一回着てみなよ、とりあえず」
「いや、この大勢の中でさらし者になるのはちょっと遠慮したい!」
「え、明日はもっと大勢の前に出るんだよ?」
「ぐあっ……」
クリスの言うことは至極もっともであり、私は絶句してしまう。
そうだよね、もう逃げられないところまで来てるんだよね……。
「ほれアーシャ、さっさと着替えぬかえ。そのためのリハーサルじゃろうが」
へこんでるところに、魔王様から声がかかる。
その言葉に振り向いて……私は絶句した。
纏っているのは、漆黒のドレス。
キラキラしたあの光沢は、やっぱりアラクネーさん達の糸から作った布なんだろう。
それが、立体裁断でもしたのかな? ってくらい魔王様の身体にばっちりフィット。
膝元からゆるやかに広がっていく、いわゆるマーメイドラインって奴なんだけど……これが、魔王様が着ると、凄い。
ボンキュボンな完璧なスタイルを完璧にトレースしてボディラインが露わになっているのに、いやらしすぎず、セクシーさと威厳が同時に表現されている。
魔王なのに神々しさすらあるよ、正直。
そんな魔王様を見て、言葉を失ってしまうのは仕方ないと思うんだ。
脳みそがこう、パンクしそうなくらいの衝撃を受けてるし。
「……これ、何をまじまじと見つめておるのかえ。
あまり見つめておると、またヤキモチを焼かれてしまうぞよ?」
「はっ!? あ、し、失礼いたしました、あまりの御美しさに、言葉を失ってしまいまして……」
「ふふ、世辞はよい。とはいえ、妾もこのドレスは気に入っておるのじゃがな」
そう言いながら姿見の前でチェックしている魔王様を見ながら。
え、私、あの人と一緒に舞台に立つの?
そう思うと私は、明日が来ないことを心の底から願ってしまった。
もちろん、その願いは叶えられないのだけれども。




