天邪鬼な気持ち
「ほな、うちはこれで。ああ、仲間内に話は通しておきますさかい」
しばらく雑談をした後、ナスティさんは去って行った。
一瞬だけ、工房の方に目を向けて。
そんなナスティさんに手を振って見送り、姿が見えなくなってから、ぽつりとこぼしてしまう。
「ナスティさん、もしかしてこの工房周辺を見回ってたんですかね」
「ん? どうしてそう思ったんだ?」
私の唐突なつぶやきに、ゲルダさんは不思議そうな顔を向けてくる。
別に根拠がある話でもないから、なんとなく、だったのだけれども。
「なんとなく、なんですけど。私とゲルダさんが着いて、頃合いを見計らっていたかのような登場でしたし」
それに。
工房を見ていた去り際の横顔は、寂しそうな、別れを惜しむような顔だったから。
「この工房に悪さする人間だとかから守ろうとしていたのかな、なんて」
「それ自体はありえない話でもない、な。
ナスティはディアばあさんと随分仲が良かったから」
ゲルダさんの言葉に、なるほど、と頷く。
ナスティさんの表情には、一言で言えない色々なものがあったように思う。
二人は、どんな話をしていたのだろうか。どんな交流をしていたのだろうか。
きっとそれは、今となってはもう、二人だけしかわからないことなのだろう。
「ほんっと、私……責任重大ですねぇ。こんなに好かれてたディアさんの代わりだなんて」
もし、想像が当たっていたら、だけれども。
一癖も二癖もありそうなナスティさんからこれだけ慕われていた人の代わり、をしなければいけないわけだ。
……なんとも、重い。
はふ、とため息を一つ吐いたら。
「アーシャ。あなたはどうも一人で背負い込む癖があるみたいだ。
私もできる限りのことをするから、もう少し頼ってもらえないかな?」
さらっとゲルダさんがそう言って、微笑みかけてきた。
……絶妙のタイミングでそういう声をかけてくるのはやめて欲しい。
くらっときちゃうじゃないか。
「もうとっくに頼り切ってると思うんですけど、ね~」
へらりと笑って、そう返す。多分、返せた、と思う。
うん、察しのいいゲルダさんは、これくらいじゃ誤魔化されてくれない顔だ。
「でも、せっかくそう言っていただいたんですし、もう一つお願いしたいことがあるんですけど」
「ああもちろんだ、なんでも言ってくれ」
ああもう、なんでそんなに嬉しそうにするかな、この人。
あれか、クールドラゴンだと思ってたら、実はワンコ属性なのか、こう見えて。
でも私は犬を飼ったことがないから、付き合い方がわからないぞ!
とか、脳内で混乱しながらも、表向きは普通の表情を装う。
「実は、ドワーフの方に紹介していただけないかなって。
ディアさんの使ってた道具を確認してからですけど、作って欲しいものがいくつかあって」
「なるほど、あなたの言っていた医学では、また違う道具が必要になるのも道理だな」
「そういうことです」
流石にステンレスはないだろうけど、鉄でもいいから舌圧子……金属製のヘラは欲しい。手入れ大変そうだけど。
あれなしに素手で人の口内に触れるのは、唾液感染の恐れもあるから、ちょっと避けたいところ。
でも木べらとかだと多分、必要な硬さを得ようとしたら分厚くなって口内が見にくいと思うんだよねぇ。
聴診器が作れるとなおいいけれど、それはすぐには無理だろう。打診でしばらくは何とかするしかない。
他にもまだ、欲しいものはあるのだけれど。
「いずれにせよ、一度荷物を置いてからにしましょうか」
「それもそうだな。ではアーシャ、渡した鍵でドアを開けてくれ」
ゲルダさんに促され、こくんと頷いてみせる。
ポケットに入れていた鎖付きの鍵を取り出して、ドアのカギ穴に差し込む。
……捻る前に、一呼吸。
いよいよ、ここから始まるんだ。
そう思うと、少し緊張してしまうけれど。
もう、後戻りはできないしするつもりもないのだから。
自分に言い聞かせると、思い切ってドアを開けた。
「うわぁ……ん?」
開けた途端溢れてくる、嗅ぎなれた薬草の匂い。
一目でわかる、良く整理された道具棚、乾燥させた薬草の類。
使い込まれた釜は、しかし実によく手入れされていた。
そして、感じる違和感。
「あの、ゲルダさん。ディアさんが亡くなったのって、いつぐらいでした?」
「大体三か月くらい前、だが……ふむ」
「ええ、三か月誰も入っていなかった、にしては綺麗すぎるんですよね……埃もほとんどないし」
「そうだな、まるで誰かが最近掃除をしたかのような」
誰か、と聞いてすぐに浮かぶ顔が一つ。
工房の中に入りながら、私はゲルダさんに問いかけた。
「ねえ、ゲルダさん。確かグラスランナーってすごく手先が器用ですよね?」
「確かにその通りだが」
「中には、器用過ぎて鍵開けもできちゃう人もいちゃったりなんかして?」
「……ああ、確かにいるかも知れないな」
多分、同じ顔が浮かんだのだろう。
私たちは互いに顔を見合わせて苦笑した。
実際、グラスランナーはそれなりの数、盗賊として生計を立てている人もいると聞く。
といっても、街中での空き巣ではなくダンジョンなどに潜り、魔物がため込んだお宝をこっそりいただくのが主らしいが。
もしかしたら、彼女らからすればディアさんとの薬草取引は、稀なるまっとうな生活だったのかも知れない。
「これ、しっかりしなきゃ私、寝首かかれたりしそうですねぇ」
「さすがにそこまでは思い詰めていないと思うが」
でも不法侵入するくらいには思い入れがある、ということでもあるのだが、それは飲み込んだ。
そんな冗談を言い合いながら、見回した工房の中、広めの場所にとりあえず荷物を置いてもらう。
正直なところ、ちょっとだけ気が楽になった。
もちろん、ディアさんの後継として越えるべきハードルは越えないといけないのだけれど。
もし想像通りなら。
ナスティさんがあんなイケズをしてきた理由が、大事な場所を荒らされたくなかったからだとしたら。
それこそ、なんとも『かいらしい』ことじゃないか。
「さ、せっかく誰かさんが綺麗にしてくれてたんですし、しっかり使わせてもらいましょうっ」
私は腕まくりをして、荷物の片付けと道具の確認を始めることにした。