そして、戦利品
「さ、ほんじゃアーシャ先生に歓迎の意を表して、こいつでも召し上がっていただこうかね!」
そう言いながらエルマさんが出してきたのは、ホットサンドだった。
パンの間にバターを塗って、ベーコンを挟んでフライパンで焼いたっぽい。
パニーニみたいなものだろうか。
「わ、わざわざ作ってくださったんですか!? ありがとうございます!
このバターとベーコンも国産ですよね? 牛もいるんですねぇ」
「ああ、この街の外っかわにね。水牛だっているよ」
「へ~……あ、じゃあ、チーズなんかもあったり?」
「ああ、もちろん。食に関してはそうそう困ることもないよ、この街は」
得意気な笑顔のエルマさんに笑顔で応じながら、今迄見聞きしてきたものを総合すると、だ。
どうも、気候も取れるものもイタリアに近いらしい。
完全に一緒でもないのだろうけれども、今のところはかなり近いと思って良さそうだ。
確か水牛の乳からモッツァレラチーズを作ってたとかも聞くし。
そんなことを考えながらレモン水を一口飲むと、私は思わず目を見開いた。
「え、甘っ、これ、砂糖入ってるんですか!?
わ、まさかそんなものまで取れるだなんて」
「へぇ、さすが、砂糖の味も知ってるんだ?
あたしゃこの街に来て初めて口にしたよ、砂糖なんて」
「ですよねぇ、貴重ですもんねぇ……」
薄味ではあるけれども、レモンの酸味とともに明確に感じる甘さに、私は思わず声をあげてしまう。
そう、現代日本では当たり前にあふれているが、砂糖はこの世界だとまだまだ貴重品なのだ。
「蜂蜜もあるんだけどね、それよりはこっちの方が驚いてもらえるかと思ってさ」
「いやほんと、びっくりしましたよ。嬉しい誤算だなぁ」
「なんだい、そんなに甘いものが好きなのかい?
だったらもっとサービスしようかね」
エルマさんは、それはもう嬉しそうにニコニコと。
これはあれかな、相当にもてなすのが好きなタイプの人なのかな。
ともあれ、貴重かもしれない砂糖を無駄に使わせるわけにもいかないので、私は軽く手を振って見せた。
「あ、いえ、それもあるんですけども」
「うん? あるんですけど?」
「ふむ、もしかして砂糖も治療に関係あるのかな?」
相変わらずの察しの良さを見せるゲルダさんに、エルマさんは不思議そうな顔を見せる。
「ゲルダさん、治療って、砂糖なんかどう使うってんですかい」
「いや、それは私もわからないのだけれどね。
アーシャは治療のことしか頭にないような子だから、きっとそうじゃないかなって」
「待って、待ってください、私そこまでじゃないですってば、本当に!」
あまりに買いかぶられた表現に、私は思わず制止の声を上げた。
そんな私を、二人は楽しそうに笑いながら見ている。
くそう、もしかしてからかわれた!? と思いながらも。
なんだかんだ、私も気が付いたら笑顔になっていた。
「ごちそう様でした、ありがとうございます」
「なぁに、これからお世話になるんだ、これくらい、ね」
ホットサンドを食べ終わり、レモン水を飲み切った私がぺこりと頭を下げると、エルマさんは明るく手を振ってくれる。
そうだよなぁ、これから頑張らないといけないんだ、と改めて思っていると。
「じゃあエルマさん、お代はここに置いておくよ」
「……ちょっとゲルダさん、そりゃぁ多過ぎってもんですよ?」
エルマさんは困ったように苦笑しながら、ゲルダさんが置いた銀貨を見ている。
そう、この国ではちゃんと貨幣が流通しているのだ。
金貨、銀貨、銅貨、といった形で。
詳しいレートはまだわからないけれど、銀貨1枚はそれなりのお値段なのだろう。
何しろホットサンドとレモン水二人分なのに十分なおつりがくるらしいのだから。
だが、エルマさんの抗議にゲルダさんはにこやかな笑みを浮かべ。
「いつもエルマさんには世話になっているからね」
そう言いながら、ぱちんと器用に片目をつぶってみせた。
だ・か・ら!
なんでそういう言動が一々自然ですかね、この人は!
天然ジゴロな大人系美人さんとか……私、ゲルダさんと街を歩いてたら誰かに刺されないかな……。
それはともかくとして、だ。
「すみませんゲルダさん、奢っていただいて」
「いや、まだ来たばかりで手持ちもそうないだろうから、気にしないでくれ」
ぺこりと頭を下げる私に対して、ゲルダさんは軽く笑ってみせる。
そう、何しろ魔女扱いで捕まりそのまま送られてきた私は、無一文だった。
正確には、魔王様から当座の資金は頂いたけれども、決して潤沢なわけではなく。
となると必然的にこうなるわけだ。
「それにどうせなら、ありがとうの方が嬉しいかな」
そう言って、ゲルダさんは笑って見せた。
まただよ、まただよこの人……。
とはいえそれもその通りなので、私は改めてゲルダさんに向き直って。
「はい、ありがとうございます、ゲルダさん」
にっこりと、心からの笑顔を返した。
その後、エルマさんに教えてもらった店やゲルダさんの知っている店を回っていけば、そろそろ日も傾き始める頃合い。
私たちは、ようやっとディアばあさんの工房へと向かっていた。
……大量の荷物を抱えて。
正確には、ゲルダさんが一人で大半を抱えて。
「すみませんゲルダさん、ほとんど持ってもらって……」
「なぁに、これくらい軽いものだ、気にしないでくれ」
申し訳なくて、私は何度も頭を下げる。
ここの市場で売っている物を、色々買いこんでしまったのだ。
それをまた、ゲルダさんは軽々と持ち運ぶし、遠慮するなとお金も出してくれるしで……。
いやほんと、出世払いで返しますから……多分ゲルダさんは笑って拒否するのだろうけども。
「しかし、こんなに大量のオリーブオイルやら蜜蝋やら、何に使うんだ?
薬草学とはまるで関係ないように思うのだが」
「ああ、実は、軟膏の材料になるんですよ。
でも、それとはまた別の使い方も考えてまして」
ゲルダさんの疑問に、ちょっと曖昧な返し方をしておいた。
考えていることのためには、まだまだ実験しないといけないことがある。
その実験が終わらないことには、はっきりとしたことは言えない。
「別の使い方? それは、私にも教えてもらえるのかな」
「もちろん、むしろ協力をお願いしたいことが……まだ、ちゃんと形になるかはわからないんですけど」
理屈の上ではできるはずだが、あくまでも元の世界での理屈だ。
まあ、最悪実験が失敗でも最低限は多分なんとかなる、とは思うのだけれども。
「それを確かめるためにも、ゲルダさんにはもうちょっとだけ協力してもらえたら、と思うんですけど」
「ああ、それはもちろん。私にできることなら、何でも言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます、結構大変かも知れませんけど、ね」
そう言いながら、私は市場で買ったもう一つの荷物……大量の布を抱え直した。
驚くことに、この国では綿花も取れるらしい。
そのため、これも国産の布、ということになる。
かなり丁寧な仕事がされていて、しっかりと糸が織り込まれた密度の濃い、良い布だ、と思う。
「その布は、包帯に使うのかな」
「それももちろんあるんですけどね」
そう言って私は、意味ありげに微笑んだ。




