大人の時間?
二人が寝入ってから、どれくらい経っただろうか。
私もうとうとしてたんだけど、はっと目が覚めた。
その、ね、お酒も結構飲んでたから……まあ、あれだ、うん。
お察しいただけたと思われる所用を終わらせるため、二人を起こさないようにしながら、なんとかベッドから抜け出す。
よいしょ、と伸びを一つ。ふぅ、と息を吐いてからベッドを振り返ったら、手を繋いで眠る天使が二人。可愛い。
あの天国から抜け出してしまったことを後悔するも、私は人間の尊厳を保つべく、向かうべき場所へと向かう。
途中、まだ明るい、飲み会をしてた場所を横切ると……。
「ありゃ、アーシャ先生、起きちまったのかい?」
呑気にノーラさんが声をかけてきた。
当然のように、ゲルダさんもドロテアさんも気づいていたらしく、視線を向けてくる。
まあ、気配や振動でわかっちゃうだろうからねぇ……。
「あ、はい、ちょっとお手洗いに。
……まだまだ元気そうですね、お三方とも」
「そりゃねぇ、二人とも強いったらありゃしない」
けらけらと笑うノーラさんの顔色も声も、普段とほとんど変わらない。
ちょっとだけ赤みがさしてるかな? ちょっとだけ大きいかな? くらいだ。
「ノーラさんには言われたくないな、正直」
「そうですよ、いくらドワーフが強いとはいえ、竜族と魔族相手に互角だなんて」
呆れたように言うゲルダさんもドロテアさんも、ほとんど普段と変わっていないのだけど、ね。
……蒸留酒が一樽空いてる上に、もう一樽も半分ほどなくなってるのは見なかったことにしよう……。
「あはは、楽しく飲んでる時ってのはそんなもんさ、違うかい?」
「否定はしないが……限度もあると思うぞ?」
楽しそうなノーラさんに苦笑交じりに応じるゲルダさん。その直後に、グラスをぐいっと煽ってるが。
ドロテアさんも何だかんだ、飲んでるしねぇ……。
「アーシャ、このままだといつまでも立ち話に付き合わされますよ。
とりあえず用事を済ませてらっしゃいな」
「あ、はい」
気を利かせてくれたドロテアさんの言うことに従って、一旦私はその場を離れた。
戻ってきた時には……うん、やっぱり全然変わってない三人がいた。
この三人にとってグラス一杯二杯のお酒なんて、水と大して変わらないんだろう。
「お、帰ってきた帰ってきた。
どうだいアーシャ先生も一緒に飲み直しってのは」
「それはまあ、もちろんいいんですけど……私、そんなに飲めませんからね?」
とんとんとさらっと自分の隣の席を指で叩いて勧めてくるノーラさん。
……ゲルダさんもドロテアさんも何も言ってこないところを見ると、何某か話がついた、と見るべきなのだろうか。
ドロテアさんは言うまでもなく、ゲルダさんも、こう見えてノーラさんもそのあたりそつがない。
私がいない間に淑女協定を結ぶくらいのことはやってのける、と思う。
ともあれ、憶測だけで考えても仕方ないので、私はノーラさんの隣に座った。
「んじゃ、アーシャ先生も来たことだし、乾杯しようか!」
「あ、はい。でも、私はワインの方ですからね、蒸留酒はだめですからね」
「あらでも、もうワインはありませんが……ああ、では、こうしたらどうですか?」
そう言いながら、ドロテアさんが蒸留酒のオレンジ果汁割りを作ってくれた。
それなら確かに大丈夫そう、ではあるんだけど……。
「ありがとうございます、いただきます、ね」
グラスを受け取って、しげしげと眺める。
……うん、匂い的には大丈夫だとは思うのだけど。
「では、改めて……あ~……私達の出会いに。これからの未来に。乾杯」
音頭を任されていたらしいゲルダさんが、恥ずかしがりながらも乾杯の合図をしてくれる。
私達もそれに合わせて唱和し、お互いのグラスを軽く打ち合わせた。
「ゲルダ、これからはあなたが風竜王なんですから、もっと堂々としないと」
「わかってるんだが、こう……まだ慣れていないのは仕方ないじゃないか」
早速ダメ出しをするドロテアさんと、それに苦笑しながら返すゲルダさん。
そうだよなぁ、ゲルダさん、風竜王になるんだよねぇ。……原因の一人が私なんだけど、それは置いとこう。
「慣れさえしたら、ゲルダさん貫禄はあるんだし、大丈夫じゃないかい?」
「貫禄、か……ノーラさんに言われるのは少々どうかと思うところはあるのだが」
確かになぁ、ノーラさんなんだかんだ、姐御って感じの貫禄あるもんねぇ。
ゲルダさんが困ったように返すのもわかる。
というか……。
「というか、ゲルダさんもノーラさんもドロテアさんも、地位で言ったら結構なものですよね?」
風竜王に魔王様の側近に、ドワーフの取りまとめ役。
それぞれに、結構な立場にあたるはずだ。少なくとも支店長級、ゲルダさんは取締役とかそんな感じの。
私の言葉に、三人とも、あ~……と考え込む、が。
「地位で言ったら、アーシャもじゃないか?」
「そうですね、何しろ女神様ですから」
「やめてください、泣きますよ!?」
ゲルダさんとドロテアさんの息の合ったコンビネーションに、私は半分本気で止めに入った。
いやさ、言われるんじゃないかとは思ったんだよ、そして結構否定できないなとも思うんだよ!
最近、あの子達以外の人からも「あれ? 言われてみれば女神……?」みたいな視線をたまに受けることがあるし!
しかも直接言ってこないから否定もできないという……何このさらしもの状態!
ああ、思い出したらストレスが……こんな時は飲むに限る!
と、ぐいっとグラスを煽る。程よいアルコールの強さ、飲みやすいオレンジジュースの甘さと酸味。
さすがドロテアさん、絶妙の配分だ。
思わずゴクゴクと飲み干してしまう。
「あらアーシャ、もう飲んでしまったんですか?
おかわり作りますね」
と、甲斐甲斐しくドロテアさんがお酒を作ってくれようとしたんだけど。
「ありがとうございます。……でもちょっと待ってください、今の蒸留酒の量は多すぎます」
「あら?」
私の制止の声に、ドロテアさんはとぼけたような声を出しながら手を止めた。
てへ、って感じで小さく舌を出すけど……誤魔化されないからな! 可愛いけど誤魔化されないからな!
前世のカクテルに、スクリュードライバーというカクテルがあった。
平たく言えば、ウォッカのオレンジジュース割りで、とても飲みやすいカクテルなのだが……。
残念な別名があり、いわく、レディキラー。
柑橘系ジュースで割ったお酒はとても飲みやすく、特にウォッカは癖もそんなにないので、さらに飲みやすい。
……困ったことに、お酒の割合を多めにしても、そんなに気付かれないくらいに。
なので、これを女の子に飲ませて……という不埒者が結構いたらしい。
そのせいで、こんな不名誉な別名が付いてしまった、というわけだ。
カクテル自体はとても飲みやすくて美味しいだけに、なんというか、可哀そうだ。
で、それをドロテアさんは飲ませにきたのだけど……。
「流石アーシャ、気付かれてしまいましたか」
と、バレたのにまったく悪びれない。
これは、私が気づくと踏んでの悪戯だったのか……?
ちょっとだけ、あわよくば、があったような気もしないでもないけど……。
「ほら、言ったじゃないか。これで私とノーラさんの勝ちだな」
「飲んだ味で気付く、と思っていたのですが……。
仕方ないですね、今度二人に料理を作りに行きますよ」
「へへ~、やりぃ! 良い肉用意しとくからさ!」
って、まてぃ。
「何勝手に人を賭けのダシにしてんですか!?」
私は思わず声を上げた。
……ちょっと、笑いそうになってたけど。
無理矢理飲ませたり、騙し討ちするのはアルハラだ。
けど。一応、親しい友人の間での戯れの範疇に納まる範囲なら、まあいいと思う。
まあ……親しい友人の範囲に収まるかは、別問題なんだけど、さ。
そんなことを思いながら、濃度を調整したお酒を一口、私は飲み込んだ。




