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それぞれの手技

 色々と圧倒されつつも、ローストビーフはできあがり、他にも追加のおつまみを用意した。


「本当は、少し休ませて肉汁を落ち着かせてからの方がいいんですが……多分、待てないでしょうからね」


 と、困ったような顔でドロテアさんはローストビーフの皿を持ちながら言う。

 確かに、ドミナス様といい、ゲルダさんといい、ノーラさんといい……待ちきれないだろう、とは思う。


「それもそう、ですね……あれ、でも塊のまま持っていくんですか?」


 他のおつまみなどを持ちながら、私は小首を傾げた。

 私の問いに、ドロテアさんは小さく笑って。


「ええ、ほんの気休めにしかなりませんが、持っていく間に休ませるのと……少しだけ、あの飲兵衛にも働いてもらいましょう」


 そう言うと、片目をつぶりながらペロリと小さく舌を出して見せた。

 ドロテアさんがたまに見せるこういう仕草は、こう……心臓に、悪い。


「……アーシャ、だらしない顔になってる」


 そして、別の意味でも心臓に悪い。

 そっと見えないように私の背中をキーラが抓ってくるが、くすくすと笑っているドロテアさんにはお見通しみたいだ。

 う~ん……ドロテアさんの振動による感知って、どこまでわかるものなんだろうか……。

 キーラのジェラシーを受け止めながら、現実逃避のようにそんなことを考える。

 いやまあ、実際逃避なんだけどさ……。


 ともあれ、私達が部屋に戻ってくると、途端にドミナス様が食いついてきた。


「おかわり? おかわりもあるの?」

「ええ、ありますよ。でも、ちょっと待ってくださいね」


 待てのできない子犬のようにまとわりついてくるドミナス様をあしらいながら、ドロテアさんはテーブルにローストビーフの乗ったお皿を置いて。


「ゲルダ、少し働いてくださいな」


 そう言いながら、肉切用のナイフを取り出した。

 差し出されたナイフを見たゲルダさんはそれでわかったのか、こくりと頷きながらナイフを頷く。


「ああ、任された。どれくらいの厚みで切ればいい?」

「あまり厚く切られても困りますが、適当に薄ければいいですよ」

「適当、と言われるのが一番困るんだがな……」


 そう言いながら、本当にゲルダさんが適当にナイフを当てて、引いた。

 ……まるでそこに何もないかのようなスムーズさで。

 塊肉の端をまず切り落とすと、もう一度ナイフを入れて、すっと引く。

 ぺらり、業務用スライサーで切ったかのような薄さで、ローストビーフが一枚切り取られた。


 ちなみに、ちょっと厚みとでこぼこのある端っこはそっとドミナス様が持っていった。

 多分、頂戴って言ったら誰も取らなかったよ……? 


「こんな感じでいいか?」

「ここまでの薄さもいらないのですが……本当に器用ですね、ゲルダ」


 ゲルダさんの問いかけに、ドロテアさんが呆れたような声で返した。

 うん、っていうか人間技かこれ。どうやったら、こんな普通のナイフ使ってそんな薄さで切れるの……?


「いや、器用というかだな」

「おっとぉ、器用と聞いちゃあ、黙ってられないね!」


 ゲルダさんが何か答えようとしたところで、名乗りを上げる人がいた。

 そう、ノーラさんである。

 ぐいっとグラスを空けると、ゲルダさんからナイフを受け取り塊肉へと向かう。

 つんつん、と肉を指で突いたのは、柔らかさの確認だろうか。


 それからナイフを肉に当てると……これまたすぱっと、思い切りよく引き切った。


「……くっ、ちょっとだけあたしの方が厚い、か?」

「いや、それはそれで大したものなのだが……私はナイフに軽いエンチャントをかけながらだったから」

「なんだい、それであんなに切れたのかい。いや、無詠唱で使ってるんだから、それはそれで大したものだけどさ」

「私から言わせれば、純粋に技術だけでこの薄さを出せるノーラさんも大したものだよ」


 いつの間にか感想戦からお互いの健闘をたたえ合うフェーズに入っている二人。何だこれ。

 そんな二人に、ドロテアさんが呆れたような顔で声をかけた。


「まったく、二人とも食べ物で遊ばないでくださいな」

「そうそう。そもそも優劣は、薄さではなく美味しさでつけるべき。

 ここは第三者の私が判定しよう」


 さらっと入り込んできたドミナス様が、さっと二枚のローストビーフを自分のお皿にかっさらう。

 それから、まずはゲルダさんが切ったのを、さらに半分に切って口に運んだ。

 途端、また先程まで見せていた、恍惚とした表情になる。


「これは……さすがゲルダ、確かな噛み応えと、口どけの良さが両立されている……」


 なんかグルメリポーターみたいなことを言いながら、堪能することしばし。

 今度はノーラさんの方も同じように食べて。


「ノーラのも素晴らしい……お肉を食べている、その実感が私を満たす……」

「お~い、ドミナス様、帰ってきてくださ~い」


 なんかいつまでも帰ってこないような気がして、心配になって声をかけてしまう。

 そんなドミナス様を見てキーラはくすくす笑っているし、ドロテアさんは呆れ顔だ。


「まったく、ドミナスまで……まずアーシャに食べて欲しかったのに」


 その言葉に、ドミナス様がはっと硬直した。

 自分のお皿を見て、塊肉を見て、あわあわと覿面に慌てだす。


「だ、大丈夫ですよ、私別にそういうのこだわりませんから!

 むしろ美味しそうに食べてるドミナス様可愛いですから!」


 なんてフォローをするけど、ドミナス様はあわあわとするばかり。

 もう一度自分のお皿を見て……はっと何かに気づいた顔になって、私の顔を見上げた。

 半分になったローストビーフの一切れを摘まんで、私の方に差し出し。


「アーシャ、これ、食べて、あげる、からっ」

「や、だから、大丈夫です、気にしないで……」

「お、お願いっ、食べ、食べてっ」


 必死な形相のドミナス様にたじたじとなりながら、内心で思う。

 あかん、これこのまま断ってたら泣き出すやつや! と。

 まさかドミナス様を泣かすような真似もできないし、と私は腹を括る。


「わかりました、じゃあ、いただきます。あ~ん……」

「あ、あ~ん。……どう、美味しい?」


 必死なドミナス様に、返す言葉は決まっている。

 もぐもぐ、と咀嚼して、ごくんと飲み込んでから、私は片目をぱちんと閉じて見せた。


「もっちろん! すっごく美味しいですよ、ありがとうございます」


 私の返事を聞いて、ドミナス様がぱあぁっと明るい笑顔になる。

 うきうきご機嫌になった様子に、私もほっとしつつにこにこしていたところだった。


 くいくい、と袖が引かれる。


「ん?」

「……アーシャ、あ~ん」


 振り返るとそこには、オリーブの塩漬けを摘まんで差し出しているキーラがいた。

 ま、まさか、ここで対抗してくる、とはっ!

 え、でも、どうしようこれ……え~っと、と迷いながらキーラの顔と、摘まんだ指先を交互に見る。

 あ、だめだ、迷ってたらキーラも泣かせかねないっ!


 そう思った時には、キーラの差し出してたオリーブの塩漬けを口にしていた。

 だけど、さ。

 ローストビーフと違って、オリーブは小さい。

 ってことは、食べる時に、どうあがいても私の唇がキーラの指先をかすめてしまうわけで……。


「っ!?」

 

 感触で気付いたんだろうキーラが声にならない悲鳴を上げ、顔を真っ赤にする。

 ……当然、この場にいる色んな意味で猛者な方々が、そのことを見逃すわけもなくてさ……。


「よしアーシャ、次はこれを食べてみないか?」

「そんじゃ次は、あたしのこれだ」


 と、ゲルダさんもノーラさんも勧めてくる。

 割と小さめのおつまみを指でつまんで。


「ま、待ってください、ほら、そんなに食べたら私おなかいっぱいにっ!」

「あら、そうしたら私が膝枕で休ませてあげますから、ね?」


 逃げられない! ドロテアさんに背後に回り込まれた!

 そして結局、わちゃくちゃと食べさせられたり飲まされたり。


 ……なんてしてる時に、こっそりキーラが、その指先を大事そうに自分の唇に当てていたけど、私は見なかった振りをしたのだった。

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