RE:DAYS6 -6- 『氷墓』
眼の前に現れた見知らぬノッカーは、やはりその身体こそ大型を超える程度で済んでいるものの、その体躯の全てが殺傷の為に進化したような姿をしていた。
それは、単なる例えではなく、その身体からは、無数の重火器が顔を覗かせていた。
まるで人間が人間を殺す為に作り上げた殺傷兵器を、己の意のままで全て繰り出せるような、その進化した指一本一本が、重火器のトリガーにかけられているような、そんな印象。
軟体ノッカーとは、間違いなく違う。そして、コンテナ部屋でさっき戦ったあの進化するノッカーとも、また別だ。
「ドウシテ…………ワタシダケ……」
呪いのような声がする。こいつもどうやら、所長の血を与えられて、知能を得ている。そうして、おそらくはかなり強い進化耐性を与えられている。だが、見た所耐性だけが働いており、進化の抑制は出来ていても、進化自体はしていないように思えた。
要は所長が耐性を得る為に作っていた実験の産物なのだろう。
結局所長はその耐性を得られなかったのだから当然だ。だからこそ、この、ただひたすらに人間の武器だけをその身体に取り込み続けたような、というよりも無理やり身体に武器を詰め込まれたような歪な姿は、失敗作としての所長の怒りのようなものすら感じる。肉体よりも、金属製の武装の部分の方が多い。
武装の重火器の合間合間の隙間を撃てば銃弾は当たるだろうが、それも大して意味は無いだろう。この武器の量であれば、爆発物か何かに当たって大惨事になる可能性の方が高い。
「ここに来て、人類の叡智との対決、か」
俺はイスルギを振るうが、その一撃は武装ノッカーの腕に弾かれる。
同等の金属がコイツの腕に仕組まれているのであれば、当たり前の話だ。
「クジョウ……ドウシテ……」
その目は、俺を見ていない。
「ヒナ……サキ……ニクイ……アア……」
その心は、憎しみしか抱いていない。
俺の隣をすり抜けて、その武装したノッカーは三叉路の真ん中へと走り出す。
ノッカーであり、知能があり、武装している。だが、理性だけが無い。
俺達を殺すという意思のみが、働いている。
まるでそれは、ノッカーという化け物の中に、無理やり俺達の中にいる、とある二人の力を詰め込んだような。そしてこいつの姿は、その二人の成れの果てそのものなのだ。だから、そいつを見た時に、怒りを示した人間が二人いたのだ。
"彼女"は、遠目でも分かったのだろう。
"彼女"もまた、存在は、知っていたのだろう。
だからきっと、あの二人は、このノッカーであり改造されている化け物を倒すべきは自分達だと判断したのだ。駆け出す武装ノッカーを追いかけようと後ろを振り向くと、丁度ヒナがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
そして、三叉路の真ん中、ゼロとヨミがいる空間を走り抜けた瞬間。
ヒナの担当であった右廊下が、その曲がり角の置くまで、氷で包まれた。
こちらに駆け寄りながら、ヒナがヨミに叫ぶ。
「撃つの禁止! 爆発するかもだから!」
ナナミもまた、こちらに駆け寄りながら俺に叫んだ。
「お兄……、キューさん! バトンターッチ!」
――彼女達の、因縁の相手。
それがどうしてこのタイミングで現れたのか、今なら分かる気がする。
――死んでたら、殺せないもんな。
ナナミとヒナが生きていた事。
それが、こいつが現れた理由なのだ。
思い返せば、あのノッカーが現れたのは曲がり角傍のドアだ。
つまりは、こいつは前の世界では、傍観を決め込んでいたという事になる。
何故なら、ナナミがいなかったから。
俺達の存在は、おそらく前の世界でも気付いていたはず。
けれど、このノッカーの憎しみは、前の世界ではナナミがいなかったことにより、解決していたのだ。だが、今はナナミが生きている。それに、同じく似た境遇のヒナまでが此処にいる。
前の世界でもヒナはいたが、このノッカーにとっての沸点の限界は、ナナミとヒナの同時存在だったのだろう。ナナミが生きていたからこそのイレギュラー。
けれどこれは、本来乗り越えるべきだった、イレギュラーだ。
俺は両足に力を込め跳躍し、三叉路の真ん中へ辿り着く前に武装ノッカーに追いつく。そしてヤツの肩を掴み、思い切り通路の後ろ側に放り投げた。
そのタイミングで、俺の横をナナミとヒナが駆け抜けて行く。
「死ぬなよ、ナナミ」
「もっちろん!」
「私には無いんスね! いいんスけど!」
そう言いながら、二人は"失敗作"へと向かっていった。
右の通路は、ナナミが氷壁で食い止めてある為、心配はなさそうだ。
後は、万が一の為に、俺がヨミとゼロの護衛かナナミとヒナの援護、どちらに付くかだ。
どちらにすべきかを考えている所で、シズリが何事かと前の通路から戻ってくる。
そして状況をすぐに把握したのか、前の通路で戦っていたフタミを呼び寄せた。
「兄様! 一旦こちらへ! ここから先は、私と兄様、ゼロさんとヨミちゃん全員で前の通路を! キュー……さんは、左へ。大丈夫、気は配ります」
シズリが言うならば、間違い無い。今の彼女に、おそらく油断は無い。
だから、安心して俺も助太刀に行ける。
だが、その前に、俺はフタミに声をかける。
「フタミ、一刀と二刀、どっちが好みだ?」
一度、俺は二刀を使った記憶がある。その時の感触は、悪く無かった。そして、シズリが気を配るというならば、より前線で戦うべきはフタミだ。
ならば、俺のイスルギは、今この両拳に宿った進化の力を持つ俺が持つよりもフタミに持たせた方が良い。
「経験してるんだろ? だったら言うまでも無い」
生意気にもそう言って、手をこちらに出すフタミに向けて、俺は数歩近づき、イスルギを渡した。
「俺にとっても大事なもんだ、後で返せよ」
少しだけ、俺のイスルギの色味の方がくすんでいる、それは俺がイスルギと共に生き抜いて来た証だ。だから、同じ刀であっても、どちらが自分の物なのかは分かる。
「よし、これで両刀。存分に格好付けてこい」
俺はフタミにだけ聞こえるように囁くと、フタミはニヤリと笑って、前へ出た。
それを確認すると、俺も左廊下の武装ノッカーの元へ駆ける。
だが、ナナミが気を使ったのか、そちらもいつのまにか氷壁で分断されていた。
俺はナナミに悪いと思いつつも、その氷壁を渾身の力で叩き割る。
――いい加減、もう割れるまでに何度も殴るなんて事は、無い。
バラバラと砕け散る氷の粒の中を駆けながら、俺はナナミに謝罪する。
「悪い! もう一回張っといてくれ!」
ナナミは割れた氷壁に驚きつつも、不満そうな顔をして氷壁を張り直す。彼女が何か言う前に、俺はヒナに銃弾を浴びせようとしている武装ノッカーを殴り飛ばした。
「代わりに、助太刀するから許してくれ!」
そう言うと、ナナミも納得したようで、冷気が床を走った。
壁に叩きつけられた武装ノッカーだったが、すぐにこちらに向き直り、体内の重火器でこちらを蜂の巣にしようとしてくる。
「二人とも! 一旦俺の後ろに!」
そう言いながら俺は両手の形状を変化させ、その両手を盾のように二人の眼の前に掲げる。あの状態ではリロードはおそらく無理だ。
つまりあれだけの武装であっても、使い切らせたならこちらの勝ちだ。
数百発の弾丸を一斉に浴びても、俺の両腕は健在。
むしろ、それが少し怖いくらいだった。
守る為の両腕だが、その力を行使する度に、自分の理性が残っているかを考えてしまう。だがたった今、俺は二人の女性を守っている。だから、まだ俺の心はきっと大丈夫。それよりも目の前の、理性が残っていない化け物だ。
眼の前の銃声が止むと同時に、ナナミが俺の後ろから左手を出し、冷気を具現化させて、武装ノッカーとヤツが背にした壁を氷で固定させる。
それを確認すると同時に、俺は両拳から爪を出し、武装ノッカーの武装を剥いでいく。すると、その肉体が見え、ぞっとする。
武装の方が多い……どころでは無い。
こいつの身体には、肉という物が、殆ど存在しないのだ。
武装の中に、また武装、その姿はまるでノッカーではなく、ノッカーを模して作られた機械のようだった。それくらいに武器が敷き詰められている。
しかも、一番多いのが、おそらく手榴弾だ。
ヨミに撃つなと命令したヒナの判断は正しかった。
だが同時に、ヒナの熱線も危険だった。
ということは、ヒナはおそらくナナミの盾になる為だけにこちら側へ走ったのだ。
ヒナもおそらく、ノッカーとして死ぬことは無い。
だが、死なずとも銃弾に対してダメージは間違い無くだろう。そう考えると、俺が出張って来たことは、やはりそう悪く無い判断だったのだとホッとする。
ノッカーとしては彼女の方が先輩だが、俺はもう既に、彼女よりも余程進化の先にいる。とはいえ、武装があるヒナと、その頭脳の違いによって、どちらが上などということは無いのだが。
氷付けになり、動けなくなった武装ノッカーに、ナナミは優しく声をかける。
「ごめんね、私達だけ、生き延びちゃって」
それは、ある意味皮肉な話だった。"失敗作"はクジョウと呟いていた。そうして、ナナミが彼であるという事も知っていたのだろう。ということは情報を与えられた上で、実験の失敗のついでに、被験者を殺すために用意された存在がコイツだ。医療フロアにいたという事は職員のはず、だからおそらく二人は知り合いだったのだろう。
武装ノッカーは顔の造形も残ったままだ。つまりはナナミはこのノッカーの、元の人物を知っている。
「死んだ方が、マシだったかもしれないッスけどね」
ヒナが自嘲気味に呟く。この地獄に対して、それも救いの一つなのは、おそらく耐えきれず自死を選んだ被験者達がいたという話を聞いた限りでは、理解出来る。
詳しい数こそ聞いていないが、自死があったというのは、ナムか誰かから確か聞いた覚えがある。
「アァッ……ニクイ……」
呟くノッカーに、二人の顔が曇る。
「あぁ、なら終わりにしよう」
俺が二人にそう言うと、二人は頷き、数歩後ろへ下がる。
「私が向こうまで被害が出ない程度の厚さの氷壁を張ります。ヒナさんはあの手榴弾のどれかを氷壁を通して撃ち抜いてもらえたら……」
ナナミはそう言いながら、もう少しだけ後ろへ下がるように俺達に指示する。
「ん、了解ッス。一応、何かあったら怖いんで、フタミく……じゃないやキューさんは盾出しといてください。ナナミちゃん、すぐ隠れようね」
「場所は意識しとくから、やったれ、ヒナ」
二人を守れても後ろまで何かしらの武装が飛ぶのが怖い、だから俺は後ろにいる人間組に脅威が迫っても反応出来る位置に陣取る。
ニシシっと笑うヒナ、その隣で、ナナミは厚い氷壁を作り始める。
向こうで、何かを呟き続けるノッカーが見えた。
本来失ってしまったままの心を、失ったままでいた方が幸せだったノッカーですら、不幸にする所長の行動を、もはや許せるはずが無い。ノッカーだって、人間だったのだ。
「……安らかにな」
「じゃあ、行きます……氷墓」
それはきっと、ナナミも感じた事なのだろう。だからこそ、その呼び名は初めて聞いた。"失敗作"すら包み込む程の冷気が、左側通路の全てを凍らせる程の冷気が立ち込め、通路には氷漬けの悲しい存在が、憎しみの表情のまま、こちらを見ていた。
俺は両腕をもう一度変型させ、盾を作る。
ヒナはそれを確認すると、指を銃に見立て、ノッカーに向ける。その人差し指にいつもより強い光が集まると、ヒナはいつもの台詞よりも強い掛け声と共に、熱線を発射した。
「っっばーん!」
そう言うと共に放たれた熱線は氷墓に小さな穴を開けてゆき、氷漬けの"失敗作"の身体の中の手榴弾を撃ち抜く。その瞬間、眩い光がノッカーから放たれた。
「俺の後ろに!」
俺はそう言いながら盾を強く構えると、ナナミが作り出した氷墓を打ち砕いて尚、こちらに届く程の衝撃が俺達を襲う。そして、その衝撃を受けて、爆発する次の衝撃、それを受けて、爆発する次の衝撃。
俺達は、身体に仕込まれた手榴弾が一度に爆発して終わりだと思っていた。
だが、実際は時間差。
一度爆発したということをトリガーにして、体内の奥で防弾布か何かに守られていた次の手榴弾のピンが抜かれるような処置が取られていたのだろう。
生命は最初の爆発で潰えているはずだが、爆発は何度も起こる。
威力を見誤っていた。
俺の腕にいくつもの破片が一度に突き刺さる。
痛みは無いが、それは所長の悪意や、俺達の想像の至らなさを理解するには充分なギミックだった。ナナミがいつも通りの氷壁を張っていたならば、被害は免れなかっただろう。
爆発が止み、まずはノッカーの死亡を確認してから、二人を確認する。表情は明るく無かったが、怪我は無さそうだ。だがナナミは、俺の腕を見て少し申し訳無さそうな顔をしている。
そして次に彼女は右側の通路に張ってあった氷壁を確認するが、あちらもなんとか無事のようだった。向こうでは不安そうな顔をした皆が見えた。
どうやら、三叉路の前の廊下からくるノッカーは殲滅が終わったらしい。
「ヒナ、方向バトンタッチな。ナナミはまた真ん中で」
俺は、まだ残ったままの右側の氷壁を叩き割ると、フタミが俺の腕を見てなんとも言えない顔をしながら、俺のイスルギを手渡してきた。
それは正しく、俺が彼に貸した方のイスルギで、彼にもその違いが分かったことに少し嬉しさを覚えた。
皆が俺の腕を見て心配そうにしていたが、俺はその形状をすぐに人間のそれに戻すと、もう既に傷は塞がっていて、逆にそれを見て少し引いていた。
「引くな引くな、マジックだとでも思っとけよ」
フタミまでが引き気味だったのは、流石に突っ込みたかったが、言うのも無粋なのでやめておいた。
おそらく、これで三叉路の前と左については心配が無いだろう。残るは、中途半端な右。
俺は、フタミに目で合図して、俺はイスルギを手に進む。
「皆は警戒しつつ休憩しててくれ。ちょっと、男同士で、遊んでくる」
俺はそう言うと、フタミは苦笑しながら俺の後をついてきた。
思えば、この施設で出会ったのは女性ばかりだったから、男友達のような人間がいなくて少し寂しかったのかもしれない。
自分相手に、男同士の会話を楽しむというのも変な話だったが、俺はフタミを連れて右通路へと進む。 そこには、待ちわびたと言わんばかりの、ノッカーが十数体程いた。その中に見慣れ無いノッカーがいなくて安心する。
だが大型や盾持ちといった面倒なタイプが多かったのも事実で、二人で来たのは正解だったかもしれない。
「話す余裕は、あるよな?」
俺は挑発するようにフタミに話しかけると、フタミは鼻で笑った。
「アンタに負けてるつもりは、無いからな」
どうにも、フタミは俺に妙なライバル心を燃やしている気がする。だが、それは俺も同じかもしれない。
大人げないのは俺の方なのだから、もう少し引き下がらないとなと思うと、なんだか弟でも出来たような気分だった。
二人の同じ男が、同じ刀を持ち、ノッカーと対峙する。だがその構えは別々の物だった。一方は右手だけで刀を逆手で持ち、左手は握り拳を作っている。
一方は両手でしっかりと刀を握って、左足を前に出しいつでもノッカーを一閃出来るように構えている。
俺は、本当の意味で同じ人間でも、ほんの少しの、数時間の経験によってこうもスタイルが変わるものかと心の中で笑いながら、俺達は駆け寄ってくるノッカーに、違うスタイルで、同じく斬撃を放った。




