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RE:DAYS6 -5- 『答えなんて、いらない』

 医療フロアの入り口付近にいたノッカー達は、前の世界で見たのと同じようにヨミのお手製手榴弾で全てが吹き飛ばされていた。

「わー……」

 ヨミはその数十体近いノッカーを吹き飛ばした手榴弾を作ったのが自分なのにも関わらず、その威力については把握しきれていなかったようで想定外に強さに驚きの声を上げている。この柔らかな反応も、前の世界では見られなかった事だ。


 全員がシズリの部屋から出て、一旦は静寂に包まれた医療フロア入り口の三叉路に集まる。俺は、いつかのこの広い三叉路での一人一方向担当の戦闘を思い出していた。

「とりあえず、待ちで数減らします?」

 そう言うナナミに、ヒナは俺に視線を送る。そういえば、ここについては説明していなかった。本来は、ここは強制的に待ちの一手になっていたが、今であれば選べるのだ。


「あーっと、待ってたら多分三方向から合わせて百ちょいは来る……と思う。それを倒しきれば後はゴチャゴチャしたのはいない……はず」

 俺は唯一事情を把握していないヨミに気取られぬように言葉を濁しつつ、俺の見た来た状況を伝えると、ヒナは苦笑していた。

「待ってりゃ来るってんなら、やっちゃましょっか!」

 ヒナは気楽に言い、ナナミが意気込む。

 気楽に言えるのは当たり前だ。あの時は三人で何とか出来る量だったが、今はそれよりも味方の数が多い。どのタイミングで仲間が消えたかをもうヒナは知っている。そうしてその上で俺達がこの盤面を乗り越えた事も、ならば殲滅で問題は無いだろう。

 それに、目的地まで強行突破でも良いかもしれないが、必ず俺の知っているタイミングで、俺の知っている姿の所長が現れるとは限らない。それを危惧しての事もあるのだろう。ヒナが言わなければ、俺が止めていたかもしれない。


 だからこそ、ノッカーの数は減らしておくのが得策だと言う事で、待ちでの殲滅に話は決まった。

「じゃあ、フタミくんとシズリちゃんは前。私とヨミちゃん……ナナミちゃんが右ッスかね……。それで、キューさんとゼロちゃんが左、ってのが戦力的には妥当ッスか?」

 戦力的には、確かに妥当ではあるが、俺は首を横に振る。


「前はフタミとシズリで良い。ただ、左と右はそれぞれ俺とヒナだけで構わないだろ。ヨミとナナミ、ゼロは入り口で警戒が良いと思う。ゼロは怪しいノッカー、というか所長がもし現れたらすぐに警告を」

「えー、私一人ッスかぁ、まぁ良いっスけど……」 

 思わず仕切ってしまうと、ヒナは少しぶーたれたが、彼女の力は俺が誰よりも知っている。そうして俺の力も、彼女が誰よりも知っているはずだ。

「まぁ、キューさんも一人ですし、一応は納得してあげるッスよ」

「口を挟んで悪いな、一応入り口前のメンバーはヒナの方も警戒しておいてくれ。俺は……勝手にやるから気にしないで構わない」

 口を尖らせながらも、何とか俺の要望を飲んでくれたヒナにフォローを入れると、 すぐにヒナは機嫌を戻し、やる気になったようで通路の右方向へ一歩踏み出した。

 シズリとフタミも、もう既に前方の通路に進んでいる。


「何かあったら、頼むぞ」

 俺はナナミの目を見てから、その左手に目を落とす。そしてもう一度をナナミの顔を見ると、ナナミもまた真剣な顔で頷いた。その左手はもううっすらと、冷気を纏っているようだった。

 

 彼女が左手から繰り出すその氷壁は、本来は攻撃用途では無く防御用途として優れていると思っていた。味方と敵の分散や、咄嗟の攻撃からの防御、攻め続けられた時は四方を囲めば時間を稼げる。

 何より、氷壁を展開するまでのそのスピードと、展開場所の正確さが心強い。

 彼女はその性格から、どちらかというと氷壁を攻撃に使いがちなイメージがあったが、人間組を中心に、ナナミがその氷壁を準備するという布陣なら、俺も安心して戦える。


 俺が左側の通路に向かおうとすると、その背中にヨミが声をかけてきた。

「えっと、キューさん。私の弾……、当たると死んじゃうので……。すごく気をつけますが……」


 そういえば、俺はまだこちらのヨミからその銃弾の説明を受けていない。当たればノッカーを死に至らせる弾丸は、こちらの世界のヨミの手にもあるのだ。そして、俺は人間の姿は保っているにせよ、攻撃時に変異した姿はノッカーそのもの。

 人間に当たってもそれはそれで死に至らしめるわけだが、彼女の性格なら、一言言うのも当たり前かもしれない。

「俺だけは特例だ。何かあったら俺ごと撃ち抜け。そういう風に、出来てんだよ」

 あえて、少しだけ口調を変えて、優しさを抜いた言葉を告げた。少しヨミはビクついていたが、今の俺とこの世界のヨミとの関係はこれくらいが、きっと丁度良い。


 九十三番目――前の世界のヨミも、自分の銃については細心の注意を払って扱っていたが、それは九十三番目の世界の俺達がずっと一緒に戦っていて、ある意味動きの予測が出来ていたからでもある。

 急に現れた俺の動きが読めずに、もし当ててしまったら、と思って怯えるのも当然だ。けれど、もう俺には、そしておそらくヒナにもこの銃弾は効かない。

 

 だからこそ、ヨミにはこの戦闘に於いて、撃たせないという判断をさせた。

 それでも、ヨミとしては説明をすべきだと思ったのだろうし、俺の言葉も簡単には信用出来ないだろう。だから俺は振り返り、ヨミに向けて右手を差し出す。

「銃弾、一発もらっていいか?」


――いつか、彼女から銃弾を貰った事を、思い出す。

 それが、時を越えて、世界を越えて、俺から貰う事になるなんて、皮肉だ。


 俺の言葉に、ヨミは山程持ってきているであろう銃弾の一つを取り出し、そのギミックを入れた上で俺に手渡す。

 そして、驚かせるのは少々忍びなかったが、俺はその銃弾を、なるべく音が漏れないように両手で包み、手のひらで思い切り握りつぶした。

 小さいパンッと言う音に、ヨミはビクつき、ナナミとゼロも何事かとこちらを見る。

 彼女達にはなんでも無いと首を振るが、ヨミの顔は青ざめている。

 だが、数秒経って俺に何の変化も無い事を確認すると、ヨミは少し怒ったような顔でこちらを見る。


「もー! ビックリさせないでくれませんかね!」

 緊張からの弛緩が少しだけヨミの口調を和らげた気がする、とはいえ怒ってはいるが、それは仕方がない。フタミからじろりと睨まれるが、それは苦笑で流した。

 けれども、彼女の俺への警戒も少し解けたようで、打ち解けるのは本意では無いものの、彼女も俺を戦友として扱ってくれそうだった。過度な接触は避けていたいが、仲間としては意識をしていなければ、乗り越えられないことがあるかもしれない。

「だから、"キミ"ももし俺の方になんかヤバそうなヤツがいたら、容赦無く俺ごと撃ち抜いてくれ。予め遠距離で何か出来るヤツには大体……言ったはず、ゼロはまだだったか。ただまぁ、とにかく間違って俺に当たっても問題は無い」

 俺がそう言うと、ヨミは何とも言えない顔で「当てないように善処はします……」とだけ困った風な口調で返していた。そりゃ困るだろうけれど、迷いは消させておくに限る。


 これで、殲滅の準備が出来た。頭が良くなった馬鹿野郎共は全員向こうからこっちにやってきてくれる。なんせ、このフロアにいるやつらは元がどんなノッカーだろうと、所長の能力をコピーしている存在だ。


 それでいて、所長は俺達を完全に舐め切っている。 

 だからこそ、まずは此処で、有象無象を殲滅する。


 俺は改めて左方向の通路へ振り返り、丁度通路の向こうを曲がってきた大型ノッカーを見た。

 

 こいつが俺の、そうしてヨミとの、始まりの相手だった。

 全てが懐かしく思える、ほんの数日の出来事達が愛おしく、同時に憎らしくも思える。

 

 右手に力を入れたその時に、俺は急にとあるノッカーの事を思い出す。

 

――本来の始まりは、こいつじゃない。


 だから、俺は焦ってフタミへと叫ぶ。

「フタミ! 定期的に青を走らせろ! ステルスだけは、絶対に通すなよ! ナナミも、定期的にヒナ側に氷壁を!」

「いやまぁいいッスけどぉ! なーんか隔離の上に隔離って嫌ッスねぇ」

 氷壁で隔離される予定のヒナについては相変わらず不満たらたらだったが、ナナミは頷いたのが見て取れた。

 フタミについても、あえて皆に聞こえるように大きな声で「了解!」と返してくれた。俺が青を走らせるだけでも良かったのだが、こうやって全員へと意思疎通をちゃんと通してくれるあたりはとても助かる。


 俺はもうステルス型など見えているようなものだから大した敵だとは感じていなかった。それはフタミについても同じはずだ。

 ヒナについても、ナナミについても、攻撃を受けた時点で対処すれば良いだけだ。


 けれど、人間組にとって、アイツは驚異なのだ。


 そんな当たり前の事に、たった今気付いたという事実に、俺は一人で戦慄していた。

 もしかすると、九十三番目の世界での三叉路で、あっけなくゼロがステルス型にやられていた可能性もあったのだ。

 流石にあの時も感覚の青は常に走っていたが、三人での戦いだったら間に合っていたかは分からない。要は運が良かったのだ。


 危険で溢れている事を、ヤツラはいつも俺達の想像を行く事を、忘れるべきでは無い。知能を持ったステルス型、俺はそれらを感覚の青を使い、何とも構わず簡単に切り捨てていたから、忘れていた。

 俺にとっては単なる雑魚だとしても、守るということを主軸に置いた場合は、一番気にすべき相手だ。

 気が引き締まると同時に、先程握りつぶした銃弾から進化促進薬が身体に馴染み、少しだけ両拳に変化が起きているのを感じていた。

 

 右手に持つイスルギを、俺は逆手に構えながら、左手に思い切り力を込める。

 すると、拳の先の出っ張り、中手骨が皮膚を貫き、尖った骨が姿を現す。その骨は、ある程度の距離ならば、伸び縮みするようだ。まるで拳から生えた爪。

 拳そのものに、打撃性ではなく斬撃性が生まれた。


 俺はイスルギで大型ノッカーの首を跳ねた後に、俺の横を通り過ぎようとしていたステルス型のノッカー二体をその拳から出た爪で両壁に打ち付ける。

「そりゃ、こんな状況ならすり抜けようとしてくるよな!」

 これは前の世界だと起こさなかった行動だ。おそらくは人間組を狙おうとしたのだろう。


――やはり、状況の変化は確実に起きている


 油断をしてはいられない。

 俺はそのまま逆手で持ったイスルギで長い円を書くようにステップを踏みながら、ステルス型二体の胴を薙いだ。


 殴る以外が出来るというのも、悪くない。

 おそらく、意識して使う事が無かったから気付かなかっただけかもしれないが、少なくともシズリのように爪での斬撃が出来るような力は、俺の身体には芽生えていなかったように思える。


 力を込めた一撃の引っ掻き程度ならば、多少の威力はあっただろうが、俺の指先の爪自体に進化は無い。それならばイスルギを振るう方がまだマシだ。

 腕を盾のように硬く変化することは出来たが、爪はどうだろうと指先に力を込めても、未だに鋭くはならなかった。その代わりに拳から刃とも呼べる新たな力。


 つまりは、これはさっきの進化促進による、今更ながら得た新たな進化……力なのだろう。俺というノッカーとしての本来武器は、この拳から生えた爪なのかもしれない。


「いつか見た映画みたいだ」

 思わず、その拳から飛び出た鋭い爪に既視感を覚えて、笑ってしまった。

 まるでミュータント、子供の頃に見たヒーロー映画にこんな力を持っているキャラクターがいた。思えば、俺の進化への憧れはこんな所から来ていたのかもしれない。

 エボル現象を知ったばかりの時の俺は、こういう、純粋な心で力を求めていたのかもしれない。

 

――つまり、俺はヒーローになりたかったんだ。

 昔のヒーロー映画を思い出して、そんな自分の夢に、今更ながら気付いてしまった。


 そして気付いた時には、その夢まであと一歩の所まで来ていたじゃないか。

 俺がヒーローになれたと思った時が、ヒーローになれた時でいい。

 

 だから、目の前に新たに現れるノッカーを、切り裂く、切り裂く、切り裂く。

 俺のその目はきっと、残酷ながらも、輝いているのかもしれない。


 それはまるで、新しい玩具を手に入れた子供みたいに。

 もしかしたら、人はそれを狂気と呼ぶのかもしれない。


 だけど、人を救う為に悪を殺す事を、人は正義と呼ぶ。

 ならば、狂気だろうがなんだろうがどうだっていい。

 

 「答えなんて、いらない」

 それでも俺はやっと、自分が力を求めた根源に気づけたのだ。

 それも、偶然にもこの世界のヨミをきっかけにして、気付かされた。それが少しだけ、悔しくて、ヨミという人間が、愛おしい。


 今更なのかもしれない。それでも俺の目的に、エゴかもしれないが理由が出来たのだ。


――なぁヨミ、俺はヒーローになるよ。

 

 そう思っていると、急に俺の眼の前に見慣れないノッカーが現れる。その速度に思わず一歩退いたその瞬間、銃声が聞こえた。その音に"向こうのヨミ"を思い出す。

 その銃弾は俺を撃ち抜く事無く、丁寧にそのノッカーに向かって飛んでいた。

 

 だけれど、その配慮に何かを思っている暇は、無さそうだ。


――やはり状況が変わっている。

 俺の知らない存在、イレギュラーが、目の前にいた。

 その巨躯は、一般フロア前で出会うヤツよりかは小さいにせよ。大型と呼ぶには大きすぎる。その背の高さは天井に近い。そうして、銃弾を手で掴んでいる。それでも銃弾が当たったのには変わりないのにも関わらず、それ以上の進化による自壊が見られなかった。

 

 ヨミの銃弾を受けて尚、立ち尽くすイレギュラーに、悪寒がする。


――俺はコイツを、向こうの世界に残してきたのか? 

 だが、それは、向こうのヒナを信じるしか無い。

 俺に出来る事は、このイレギュラーを排除するのみ。


 俺の知らないノッカーが眼の前にいる。

 可能性としては、ありえる事なのだ。

 確実に避けられると思っていたのは、コンテナ部屋で起きた事だけ。

 

 とうとう、案じていた事が現実になった。


 ここからは、俺のクリアデータは通用しない。


 俺は嘲笑うイレギュラーに、無理をして笑い返していた。

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