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RE:DAYS6 -3- 『勝率、上がったよな?』

 ヒナと一緒にホールに戻る途中で、俺はヒナを呼び止めて二つあるうちのコンビーフ缶を一つ手渡した。俺からヨミに渡してしまうと妙に角が立つ……というか警戒されてしまいそうだが、ヒナから渡してもらえたならそんな事は無いだろう。それに、ヨミにはどの世界にいたとしても好きな物を食べて欲しかった。

 すると、その意図を汲み取ったようでヒナはニヤつきながらそれを受け取る。

「いやー……、すげぇー。こりゃほんとのモテ男じゃないスか……」

 結局、向こうのヨミには渡せたんだったろうか。緩やかな時間が少なすぎて、失念してまっていた。だから未練がましくも、ポケットに入れたままの、少しゴツゴツしたもう一つのコンビーフ缶を触る。一つはこの世界の彼女の為に、もう一つは、見えもしない、夢の為に。


 そんな色々な想いを詰め込んだ、ただのコンビーフ缶だったが、ヒナにとっては誰かさんが言う所のポイントゲットな行動だったらしい。

 だけれど、格好をつけたつもりは無い。単純に、変わった可能性の先の小さな幸せを見てみたかったのも、あったからだ。


 ヒナに渡してもらった方が良い。違う世界のヨミであっても、彼女が俺の手に持ったコンビーフ缶を物憂げな顔で見るなんて想像もしたくなかったし、逆に尻尾を振って俺に寄って来られてもこちらのフタミに悪い。フタミの妬きコンビーフになってしまう。

 どちらにせよ俺かフタミか、どちらかは妬くわけだが、それはもう、俺が背負う事に決めた。


――だって、俺を愛した、俺が愛したヨミは"向こう"にいるんだから。


 ホールに戻り、ヒナの手に持ったコンビーフ缶を見て、ヨミは思った通りの反応を示した。

「あ! それ!」

 動物が餌を目の前に尻尾を振るようなその反応。

 どうして九十三番目の世界のヨミでこの姿が見られなかったのかと思い出していると、あの時は実質的に初のノッカーとの実践の後だった事を思い出す、コンテナ部屋から帰ってきて疲労していたせいか、渡す暇も無く眠ってしまったのだった。

 そして目が覚めてすぐにゼロと出会って、脱出の話になって、ナムの部屋、戻ってすぐにシズリ達との戦闘。そうしていつのまにか失くしてしまっていた。

 そんなこんなで、ホールが安らげる環境だったタイミングはあれからほぼ無かったと考えると、おそらくはあのコンビーフ缶は荒廃したホールのどこかに転がっていたのだろう。

 

「へへー、コンテナ部屋のヤツラ、とっちめてきましたよー。これはお土産ッス!」

 そう言いながらヒナは皆の方へ歩み寄り、ヨミにコンビーフ缶を渡す。

「嬉しい! まさかこんなタイミングでこんなご馳走を!」

 ヨミはパキュっと缶詰の蓋を開いて、戸棚からフォークを取り出している。

「食べたい人ー!」

 ヨミがそう言うと、ナナミだけが「はーい!」と元気に手を上げた。


 俺はそれを本当にホッとしながら、遠くから見守っていた。

 まだナナミが、皆が生きている。その事実を、守り通さなければならない。


 ふと、ヒナとフタミがボソボソと話しているので感覚の青を走らせ会話を盗み聞きしてみると「餌付けか?」などとフタミがヒナを軽く問い詰めているようで、少しだけ愉快だった。


 妬いておる妬いておる。なんて事を思って口元に巻かれた布の下で小さく笑う。

 なんだか、この世界に来て気が少し楽なのは、九十三番目の世界の結果について、割り切れたからなのだろう。九十四番目の世界のこの人達は、俺が知っている彼女達では無く、別人なのだ。だからこそ、少し気楽で、少し近寄りがたい。


 けれど、向こうから寄ってくるヤツもいる。

 ヨミがフォークを片手にトテトテとこちらに歩いてくる。

「キューさん、食べますか?」

 

――あぁ、この子はいつでもこうだ。


 向こうでフタミが少しだけムスっとした視線を送っているのが見えて、ひらひらと手を振った。

「いや、俺は大丈夫。とっておきがあるから」

 そう言って、チラリとまだ蓋が開いていないコンビーフの缶を見せる。

「あ、ずーるいんだ! でもまぁ……コンテナ部屋のルール的に、いっか!」

 朗らかに笑うヨミに手を上げ、俺は後ろの壁にモタれて座る。


「そうカリカリすんなよ。心配すんな、俺のヨミは向こうのヨミだよ」

 そして、おそらく感覚の青をこちらに走らせているフタミに向けてボソっと呟く。

 誰かが眼の前にいたとしても聞こえないくらいの呟きを、フタミだけは聞き取る事が出来たようで、少し睨んでいた表情を哀れみの表情に変えていた。

 そして口を動かす気配が見えたので俺も感覚の青を走らせる。

 するとギリギリ、フタミが発した言葉を聞き取る事に間に合ったようで、フタミの謝罪が俺の耳に届く。

「嫌な事を言わせた、悪いな……」

 その言葉も勿論、俺にしか聞こえない。

「良いんだよ。お前はお前の愛する人を愛せよ」

 なんだか男同士……しかも同じ人間同士で糸電話をしているようで、奇妙な気持ちになったが、何となく彼とは仲良くなれそうな気がした。同族嫌悪とはよく言ったものだが、どうやら俺達は逆に相性が良かったらしい。

「でもこれ、お互いに独り言を呟いてるみたいで気味悪がられそうだから緊急時以外禁止な」

 俺はそう呟いてから軽く笑って向こうのフタミに軽く手を上げると、向こうも苦笑しながら手を上げた。


 やはり奇妙に見られたのか、ヨミやナナミは不思議な顔をしながらそれを見ている。そして、その隣にいたシズリが、ゆっくりとこちら側にやってきた。


 警戒は感じるが、敵意は無いように思えた。

 それに応じるかのように、元々俺には敵意が無いが、より信用して貰おうと俺も手に持ったイスルギを床に置きながら、壁にモタれて座り込み、敵意が無いことを表現する。

「キュー……さん。っていうのも変な話ですけど、仕方ないんで私もそう呼びますね……少しお話、いいですか?」

 まるで少し前の晩のような気分だった。一人来てはまた一人、とはいってもシズリは二人目ではあったし、この世界のフタミも彼女と共に背負う事を誓ったのだろうが。それにしても、皆何とも言えない距離感で見ているのが感覚の青から伝わってくる。


 まさかナナミも、と思ってナナミの方を見ると、チラチラとこちらを伺っているのが見えた。


――俺は珍獣か何かか。


 けれど、それぞれについて正しい情報を与える事は大事な事だ。俺は頷いてシズリに言葉をかけた。

「あぁ。勝率、上がったよな?」

 その言葉で、流石にシズリも完全に状況を把握したらしい。


「はい……はい……ッ! 上がり、ました!」

 どうやら、言いたかった事はこの事らしい。

 シズリは興奮気味に俺の言葉に肯定する。

「ならまぁ、来た甲斐もあったかな」

 とりあえず、シズリとナナミはあのノッカーからは守りきった。だが、この二人は、死を厭わなかった二人だ。だからこそ、注意して観察しておくべきだと改めて思った。

「"キミ"は、このパーティーの頭脳なんだから、絶対に死んでくれるなよ。序列は忘れてくれ、俺以外は全員同列、ここじゃ、死んで良いのは俺だけだよ。まぁ、簡単には死ねないんだけどな、俺は」

 少しだけ釘を差しておくと、シズリは少し焦った顔をしてからコクコクと何度も頷いた。

「わかり……ました。とりあえずは肉壁として、使えと?」

 ヒナには実際に言ったが、シズリは自分からそんな事を言うあたり、頭が回るというか、倫理観がややどうかしているというか。思わず苦笑してしまったが、俺はそれに頷いて、彼女の頭を撫でようとした手を、寸前で止めた。



 シズリも、ナナミも、それぞれの心に覚悟を持っていた。

 けれど、自分の死を厭わないという気持ちが強すぎたのだ。

 そして、俺はその気持ちを含めて覚悟として受け取ってしまっていた。

 

――だから受け止めてしまった、その死を、先に進む為の犠牲を。

 だけれど、次にそんな事があるとするならば、この世界の異分子である、俺でいい。


 事実、コンテナ部屋のノッカーだって九十三番目の世界の俺とナナミで連携していたら負ける可能性は少なかったはずなのだ。だが、それもこれも、終わったからこそ気付く事。

 

「コンテナ部屋の危機は対処した。だけれど此処から先は、皆がどうなるのかは俺にも分からない。だから、頼むぞ。シズリ」

 何か言いたげなままのシズリだったが、俺が後ろに次の俺への客人が待っている事を目で合図すると、そのままシズリは俺の前から皆の輪の中へ戻っていった。


 そして、うるさいのが来る。

「はっじめまして! 私は可愛いナナミちゃ……」

「それは知ってるよ。九条のオッさん」

 そういうとナナミは後ろに吹っ飛ぶくらいの勢いで後退りする。

「ななななななな!!」

 ナナミの声に周りが何かと思ってナナミの方を見るが、彼女は慌てて口を抑える。

 彼女はおそらく、ヒナの装置のことも知っていたのだろう。だから俺がどういう理由で現れて、俺が誰かということも、理解しているようだった。

 だが、それを知って尚、ふざけようとして来たのがハッキリと分かったので、少しだけお灸をすえてやったというわけだ。

 だが、まさか自分自身の事まで知られているとは思わなかったのだろう。

 

「モガガガガガガ…………」

 自分自身で口を抑えたまま、尚ワナワナと何かを言いながら震えるナナミに一歩近づき、デコピンを一発その額に撃ち込む。

「お前がカッコいいのは分かってる。でも死んでくれるなよ」

 俺のデコピンをくらったナナミはいつもの『アイッターッ!』という大げさなリアクションを、取らなかった。その代わり、おでこを抑えながら、俺の目の前にしゃがみ込む。

 

「私は……お兄さんを悲しませましたか?」

 複雑な表情をしながら、ナナミは上目遣いで俺に聞く。

「あぁ、アイツ……フタミは悲しむだろうさ。その一生を背負って、愛する人を置いて、別世界に飛んでくるくらいには、後悔する。だから"俺"が此処にいるんじゃないか」

 そう言うと、ナナミは立ち上がり、照れながら笑う。

「ポイント、ゲットですね」

 このポイントも、前の世界で貰った分と合わせるとそろそろ百点かもしれない。

 けれど、このナナミからもらったポイントは、計算しちゃいけないポイントだ。


「ポイントは良いよ。カードの種類が違うんだ」

 俺の世界のナナミと、この子は別なのだから。

 そう言うとナナミは少しだけむくれた顔をしてから、笑った。

「悲しんじゃうなら、しょうがないです。だけどその分、うんと頼りますからね」

 そう言いながら、ナナミは後ろを振り返る。


――そうだ、それでいいんだ。俺は、その為に来たんだから。

 

 死ぬべきは、お前らじゃない。この、九十四番目の世界で死ぬべき人間は、一人もいないのだ。

 "自己犠牲なんて"と思いながら彼女達を救いに来た俺が今しようとしていることこそが"自己犠牲"なのだということに気付き、そんな皮肉に、一人で小さく笑った。それでも、とナナミの後ろ姿を見ながら、何かを考えているシズリの顔を盗み見ながら、本当はこれを見たかったのだと、心から思っていた。

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