RE:DAYS6 -2- 『無限の可能性があるんですから』
笑みを交わし合う俺とヒナを、不思議そうに見守る視線を感じていた。
その視線の方に目をやると、一人だけ不安そうな顔をした少女がいる。
実際に所持したことは無かった、というか使いようも無いのでピンとは来ていなかったが、ゼロは固有武器とも言えるデバイスで生体情報を確認出来るはずだ。ならば俺がフタミだという、フタミが二人いるという事実は誰よりも最初に気づいたはずだ。
俺はその、彼女にとってはよく分からない未知の不安を掻き消す為にも、精一杯の温和な表情を浮かべながら、皆へと近付く。
「改めて挨拶が遅れてすまない。ヒナの装置を使って、助太刀に来た。名前はキュー……さんと、呼んでくれ。フタミと顔は似ているけど、別人だと思ってくれていい、序列も、一番下で良い」
悔しいが、ヒナにああ呼ばれた以上はこう名乗るよりしょうがない。
序列について話した時に、シズリも何かしら理解が進んだように見え、ハットした顔でこちらを見たので、小さく頷いておいた。
俺とフタミの顔が似ている事についても、各々の中で飲み込んだようで助かった。
「じゃっ、ちょっくら私はキューさんとコンテナ部屋までしけこんでくるんで、皆は待機よろしくッス!」
なんだか、俺はこちらの世界のヒナに妙に気に入られてしまったらしい。まるで腕を組むかのような勢いで手を引っ張られる。
「あっ、そうかコンテナ部屋……」
ナナミのそう呟く声が聞こえたのは、もうホールから西廊下に出てからの事だった。
事実、医療フロアの攻略は結果として急ぐ必要は無かった。だからこそ、九十三番目の世界でナナミとシズリを殺したノッカーについて、全員で対処する手もあったのだが、ヒナはそれを良しとしなかったようだ。
廊下を歩く途中で、ヒナに今後の状況を根掘り葉掘り聞かれる。
「キューさん、さっき言ってた通り、完全にフタミくんや私よりも上位互換ッスよね? いっかちゃんの耐性を貰うって、何したんです? ねぇねぇどうしたんです?」
まるで子供のようにワクワクした口調で、ヒナは俺に聞いてくる。
「あぁ、キスだキス。キスされたんだよ」
ゼロとキスだなんて、流石に意地悪が過ぎたかもしれないが、それによってヒナは益々興奮してしまったようだ。
「えっ? ええっ⁉ そっちのフタミくんは郁花ちゃん狙いだったんッスかぁ⁉」
まさかここに来て恋愛話をするだなんて思っても見なかった。
黙って向こうの世界で何か方法を考えるべきだったかもしれないと一瞬後悔しかけたが、この余裕は俺がこの場に来なければ生まれなかったものなのだろうと思えば、納得も出来た。
状況が理解出来ているからこそ、もう少しだけこんな話をしていられるのだ。出来ればそれがずっとこの世界では続いて欲しい。
「いーや、俺はヨミだ。勿論、向こうのヨミだけどな」
俺がそう言うと、ヒナはジト目でこちらを睨む。
「じゃーなんでチッスなんてしてんスか」
それも尤もな話だ。だけれど、彼女の死に様を詳しく言う程、俺も無粋では無い。
「そのくらい、切羽詰まってたんだよ。まずゼロが攫われた。それで急いで追いかけて、しかも室内……薬品庫での出来事だぞ?」
そう言うと、ヒナも納得したようで、これ以上聞いてくることはしなかった。
それからもやいのやいのと詮索が続きながら話していると、曲がり角が見えた。この少し長い廊下にも、いい加減慣れてきた。
――アイツは、このドアの先にすら、辿り着けなかったんだな。
俺の世界でのナナミの最期を想い、俺がナナミに開けさせたドアをそっと触る。そして、コンテナ部屋へ向き直ると、そこはいつか見た地獄に思えた。山程のノッカー、ホールよりもずっと小さなコンテナ部屋に、大量のノッカーが密集している。
――こんな地獄を、アイツは一人で。
確かに、地獄。だけれど、今の俺には復讐すべき、決闘の地だ。
俺は「先に出る」とヒナに伝えながらコンテナ部屋へと歩みを早めて、イスルギを構える。
「様子がおかしい奴にだけ気を配ってくれ、見覚えのある雑魚はさっさと片付ける。そっちも適当に援護を頼むぞ。なんなら俺ごと撃ち抜いても構わない、ただまぁ、脳は避けてくれ」
冗談でもなんでもなかったのだが、ヒナはあははと笑って、スキップするように、歩を早めた俺に追いつき、肩を叩く。
「こっちのフタミくんはおもっしろいッスねぇ! 私、こっちのが好きかもなぁ。でもま、降って湧いた勝利のチャンス、しっかりと物にしましょっか! じゃあ敵討ちの先陣、どーぞ!」
ヒナがパンッと俺の背中を思い切り叩くと、その勢いに任せて俺は地獄の中心まで駆けて、イスルギと共にノッカーを蹂躙する。
――イスルギが十体のノッカーを叩き斬る。
おそらくその狭い部屋に数十体。だが、ナナミの能力を以てして倒せないのは、おそらくいても一体から二体のはず。
ならば、それ以外は何てことの無い、雑魚だ。
二十体目をただの肉塊にした頃に、俺の身体を熱線が貫き、三体程のノッカーがその場で倒れる。
自分の口からクククッという声が漏れる。まさかヒナも本当に撃つとはと思いながら、その茶目っ気が何とも心地良かった。
俺達は、完全な化け物なのだ。もういっそ、言葉すらいらない程に。
四十もノッカーを切り刻んだ頃、熱線が俺の身体をもう何発か撃った後。、もう、コンテナ部屋にはほぼノッカーの死骸しか残っていなかった。
だが、視界の隅でゆっくりと動いている軟体ノッカーに向けて、俺はイスルギを投げつけて地面に固定する。
「こいつ……なのか?」
怪しみながら見てみると、軟体ノッカーから無数の触手が伸び、その口内に死骸を運び始めた。
――コイツが、殺した。
間違い無い。軟体ノッカーが、この部屋のノッカーを喰らい尽くした。そう考えるのが妥当だろう。触手を出すのは見たことが無いから、特殊進化例か何かなのかもしれない。
「ヒナ、仇を見つけた」
その声が、あまりにも冷え切っていたのだろう。
ヒナがビクついたのが部屋全体に張り巡らせた感覚の青から伝わってきた。
「ど、どうしたもんすかね、これ……」
触手をひたすら切り落とし続ける俺を見ながら、ヒナは対応を考えているようだ。
まるで、その隙をノッカーが理解していたかのように、ノッカーは口内から単なる触手以上に鋭い何かをヒナに伸ばす。
俺はそれを床に叩きつけると、ヒナの驚きの声が部屋に響いた。
「っぶな! ありがとうございます……。これは、刃……? 小型ノッカーの?」
どうやら、見た所そうらしかった。他にも、軟体だったはずの身体に変化が生まれ初めている。明らかに盾持ちノッカーの腕のような硬い皮膚が生まれ、大型ノッカーの巨大な目のような物がだんだんと小さな目から膨れ上がっていくのが見える。
――やはり特殊進化例だ。ノッカーにも、いたというわけだ。
なら、これ以上食わせるわけにはいかない。
「ヒナ、こいつは俺に任せて、部屋中の死骸を焼き切ってくれ!」
そう指示すると、ヒナは今までは指からしか出していなかった熱線を、球状にして手の平から生み出し、それを操るように部屋中を駆け巡らせる。
その球体が通った後は、もう炭しか残っていなかった。
こんな必殺技の存在は聞いていないと思いながら、俺はヒナを狙い続ける触手を切り落としていくと、流石に限度があったのか、今度は、斬り落とされた触手を喰らい始める。
まるでウロボロスか何かのようだ、自分を悔い続ける化け物。
永遠に自分の尻尾を食らい続けて、それも成長していくような、そんな印象を受けた。尤も、こいつはただの、下卑た成れの果てなのだが。
そう思った瞬間、ヒナが出した球体がノッカーの身体を通ろうとする。
まさか、と思った時にはもう遅かった。
球体が、消えている。ナナミが負けた理由が即座に理解出来た。
――こいつは、喰らうのだ、肉だけではなく、全てを。
「ヒナ、こっちへ!」
ヒナの前に仁王立ちし、イスルギを放り投げ、両手の肘と拳を合わせてガードのポーズを取る。そして、思い切り力を込めた瞬間、眼の前を熱線が襲うのを見た。すんでのところで俺の両手は肥大化し、身体全体を覆う程の盾型の腕へと変化していた。
皮膚が焼け焦げる匂いがする。けれど、問題は無い。痛みも、無い。
耐え凌ぐだけ、そして、後は、斬り殺すだけ。
俺へと向けられた熱線が消えた後に、このノッカーが出来るのは、刃を飛ばし、触手を伸ばすだけだった。
――つまり、こいつは何もなければ、何もしなければ、何も出来ないのだ。
「あ、ありがとうございます……」
ヒナも死なない癖に、妙にモジモジとしながら俺の後ろから顔を出す。
「どうせ死なないだろ。でもまぁ、こういうのがポイント高いって、先生に教わったんだよ」
そういうと、ヒナは笑い、あの先生と同じ言葉を言った。
「それ、減点ッスよ」
「知ってる。わざとだ。ポイントは、他に使うつもりだからな」
そう言いながら俺はイスルギを拾い上げ、何も出来ずにいるノッカーを切り裂く。触手を切り裂き、目玉をくり抜き、盾状の皮膚を剥がし落とす。
本体から離れたそれらを、ヒナは一つずつ焼き尽くしていく。
残ったのは、ごく小さな、今まで見た何よりも弱そうな、ノッカーの姿だった。
「相性ってのが、あったんだろうな」
思わずそう呟いていた。そして、踏み潰せるサイズにまで小さくなった仇を、俺は踏み潰す。
「じゃ、行こう。後ろを気にする必要はもう無い。そして、ナナミとシズリを此処で失う事も、もう無い」
少しだけ、涙が出そうになったのを堪える。でもまだ、早い。
クリアデータなら、持っている。けれど、それは失敗した未来の物なのだ。
ここから先の、ナナミとシズリが生きている未来の事を、俺は知らない。
だからまだ、序の口。
「でも、ここから先は俺にも分からない。有利に事が進むのは確かだとしても、絶対に失わせないから、油断するなよ」
そう言ってコンテナ部屋を後にしようとすると、ヒナがコンテナをガサガサと漁りながら、こちらに携帯食料を投げてきた。
「ま、これでも食べながら、考えましょ」
思わずナナミを思い出すような気楽さだ。けれど一つ目の目的は達成された。
廊下を歩きながら、携帯食料を開けると、チョコレート味。
隣を見るとヒナはプレーン味の携帯食料をバリバリと齧っていた。
そういえばチョコレート味はナナミに取られた事を思い出す。
あの時の事を思いながら、俺はチョコレート味の携帯食料のパッケージを開けた。
あたりに広がる血の匂いを遮断して、甘い香りだけに意識を集中すると、その香りは少しだけ俺の心を暖かくさせた。
「あ、コンビーフ……」
いつかヨミの好物と言われ、ホールの机の上に置きっぱなしだったコンビーフの事を、今更ながら思い出してしまう。
「え、コンビーフ? 食べたかったんスか?」
せっかく忘れていたのに、どうせなら、喜ぶ顔くらい見ておけばよかった。
「あぁ、ちょっと待っててくれ」
そう言って、俺はまだそう離れていないコンテナ部屋からコンビーフの缶を二つ持ってきた。携帯食料を食べ終わったヒナが、訝しげに俺の顔を見る。
「まさか……、こっちでもヨミちゃんを……」
どれだけコンビーフ好きを覚えられているんだと苦笑しつつ、思えばずっと前から好きだったなと思いを馳せる。
「いや、この前は渡せなかったのを思い出しちゃったからな。いつか……もしまた会えたら渡す為に一つ、もう一つはこっちのヨミに見つかったら可哀想だから、もう一つ」
そう言うと、ヒナは何とも言えない顔で、俺の肩をポンポンと叩いた。
「会えるといっスね」
その言葉が慰めなことくらいは、分かっていた。
「未来を信じましょ。"いつか"なんてのがあれば、無限の可能性があるんですから。それに私達は簡単には死ねない、そうでしょ? 寿命だって分かりませんよ?」
慰めのように聞こえても、その実言っている事は彼女の心の底から出ている言葉のように聞こえた。事実俺の世界のヒナだって、一人きりになると分かっていながらも笑ってみせたのだ。
きっと、あちらのヒナもこちらのヒナも、彼女達なりの希望を俺に分け与えてくれている。俺はその気持ちを噛み締めながら、チョコレート味の携帯食料を、初めて齧った。




