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DAYS6 -10- 『サービスだ、愛してるよ』

 残ったのは、三人だけだった。

 一般フロアに繋がるホールの壁にモタれていたヒナは、俺の姿を見て感嘆の声を漏らす。

「あぁー……親子共々、似るもんですね。所長がヨミちゃん攫って戻ってきたのかと」

 

――彼女には、ゼロの亡骸が見えていない。


「でもだいじょーぶ、似てるのは身体付きだけ、顔はフタミくんのが良い男ッスよ!」

 明るく、明るく取り繕っている。だけれど、俺がそっと彼女の亡骸を置くと、ヒナは笑顔のまま、涙をこぼした。

「がんばり、ました?」

「あぁ。だから、勝てた」

 ヒナは大きく息を吸って、吐く。

 涙はポロポロと流れながらも、嗚咽は聞こえず、ただひたすらに深呼吸の音が続く。

「……ん、この為に仕込んだわけじゃあ、無かったんだけどな」

「ヒナさん……」

 ヨミが口調の違うヒナに対して、心配そうな眼を向ける。彼女が殺したと言っても、過言では無いのだ。

「大丈夫だよ。分かってた、事なんだ。二人とも下がっててくださいッス」

 熱線とはまた違う、彼女はいつか見た黒球を両手の平から1つずつ、シャボン玉のように創り出し、その黒球達を思い切り横から引っ張る。すると黒球は布のような形状に変化して、その黒布はふわりとゼロの亡骸の上へと落ちて、するりと彼女の亡骸の下に入り込み、彼女を包んだ。

「頑張ったね、いっかちゃん……また、いつか」

 涙混じりの声で、彼女なりの別れを告げる。

バチンという音と共に、ゼロの亡骸を包んだ黒布は小さくなり、消滅した。

 密葬というならば、こういう物なのかもしれない。ゼロの遺伝子はもうノッカーになった時点で耐性も何も無くなっていたにしても、血も骨も灰も残らせない、それが彼女達なりの、けじめだったのかもしれない。


「……終わりましたね。じゃ、これからどうしましょっか。化け物二体と、人一人ッスかぁ」

 自分の身体が何とか人型を保っていることは分かる。

 だがおそらく、それらはもう保つ事に必死で、造形等は二の次だろうことが分かった。起こった事をヒナへと淡々と説明をしている俺の声も、何処か自分の物ではないような感覚で、ずっと掠れている事に、気付いていた。


「外の人への、連絡は、どうでした?」

 ずっと沈黙を保っていたヨミがおずおずとヒナに話しかける。するとヒナはケタケタと笑いながらそれを否定した。

「あははー、今のフタミくん見せるわけには行かないでしょ。連絡ってのは、嘘です。私は此処でずーっと、待ってましたよ。三人の帰りをね」

 厳密には二人なのに、三人という彼女は、沈む俺達の顔を見て悪びれる様子もない。

「どちらにせよ、所長も此処からは出られなかった。だって、あの人だって被験者だったんだから」

 それは、言い得て妙だった。支配していると思いこんでいる彼でさえ、結局はこの施設で隔離された化け物だったという事だ。だからこそ、殺されない身体を望んだという事なら、合点が行く。


「どれだけ強かろうと、多少強いノッカーが一体外に出た所で、敵うわけないんス。外の世界には、もうノッカーなんていないのに。私達は結局、彼の永遠に終わらない実験に付き合わせ続けられていたんですよ。何回も死んで、死んで、死んで、繰り返したんでしょうね」

「その答えが、これか」

 ヒナが苦笑して、頷く。

「ええ、そうっスよ、その答えが、これなんです。終わってみると、正解不正解の問題じゃ、なかったんスね」


 ヒナは一般フロアを指差す。

「だからま、結局はみーんな、籠の鳥だったってわけですね」


 彼が言う"失敗"とは、そういう意味も含まれていたのだろう。この施設を出た彼に対する、あらゆる攻撃、あらゆる妨害、その何もかもを駆逐する程の力を以て、彼は自分を貶めたという石動家を潰したがったのだ。

 

 人間の分際で、と思うのは悲しいことだろうか。 人間は結局、いくら進化したとしても、人間だという現実が、そこにはあったのだ。

 

 けれど俺達には一つだけの"成功"がある、人は人を襲わない。

 それを信じられたとしたなら、少なくともこの施設で唯一人として生き残ったヨミは、安全にこの施設を出られるはずだ襲われない。


「なら、出られるのはヨミだけ、だな」

 俺がそう言うと、ヨミは少し寂しそうに目を瞑り、笑って首を横に振る。

「いーえ、私も、そちら側ですよ」

 そう言ってヨミが目を見開くと、その目が赤く充血していくのが見えた。


――つまり、もうここには、化け物しかいなかったのか。

 けれど、一人だけは、選べる。


「なぁヒナ、白いの、渡してたよな」

「えぇ、返しますよ。どうぞご自由に~。本来は暴走を懸念しての事でしたけど、いらなかったみたいッスね。まぁ、信じちゃいましたよ」

 最初俺と所長を見間違えかけたのにと言いかけたが、そんな空気でもなく、俺がヒナに注射器を返して欲しいと告げると、ヒナは俺の意図を理解したようで、ポケットから白い薬液の入った注射器を俺に手渡しながら「愛に水を差す程、野暮じゃないっスからね」と囁いた。

 ノッカー化の完全な治療薬、他の薬液に合わせて言うならば『光の白』とでも言うべきか。

 赤、青、緑の三原色は実際の色として混ぜ合わせたなら黒になる、けれど光として合わせた時には白へと変わる。だから、彼女の未来を願って、光の白と呼びたい。

「俺は、これから二つのお節介を焼く」

 つまりはもう、俺とヒナの間では、三人の未来は決まっているのだ。


 人として、生きる者。

 化け物として、生きる者。

 化け物として、消える者。


 俺はヒナに目で合図すると、ヒナはコクリと頷く。大丈夫、認識は同じだ。


――使わせてくれるって、約束したもんな。


「戻れるのは、いつまでなんだ?」

 俺の覚悟はもう、決まっている。何もかもとは、言わない。

 けれど、これで彼女達の後悔が少しでも晴れるというのならば、俺が出来る事は一つだ。

「何、言っているんですか? おにーさん? 説明を……」

 問いかけてくるヨミには、何を言う事も出来ずにいた。今から俺がやることは、ただの俺の、我儘で、所長が犯した過ちの繰り返しかもしれない。


「大規模スリープから目覚めた時までッスね。私の場合は五十年前になりますが、それ以外の人だとまちまちかな……。けれど戻れるのは一人。つまりはまぁ、ここから先の未来を受け入れるべき二人が残るという事です」

 俺とヨミの目をチラチラと見ながら、ヒナは現実を俺達に伝えていく。それと同時に、空間に、小さな穴が開くのが見えた。


「厳密には、戻るんじゃなく、行くんです。創り出すって言った方がいいんスかね。このゲートをくぐれば、その時点から派生する別世界、要は新たなパラレルワールドが生まれるってわけですね。こんなもん、偶然の産物ですよ。だから一回しか使えないんス。所長は毎回その時の自分自身を殺しては食って、そうして私を使って次の世界に飛んでたみたいッスね」 

 その言葉に、ヨミの顔が青ざめる。

 おそらく、ヨミにも俺がしようとした事が伝わったんだろう。


「おにーさんが、戻るん、ですよね。この世界で死んじゃった皆を、助けに?」

 その確認をするかのように、ヨミは俺の目をじっと見た。その目は赤く、まるで泣き腫らした後かのような色だった。だけれどきっと、これから彼女は泣くのだ。


「あぁ、失敗だったこの世界の、答えを俺は知ってる。だから、違う世界のアイツらを、俺を、ヨミを、ヒナを、ゼロを、ナナミを、シズリを、救ってくる」

「でも、もうこの世界にみんなは……」

 そういうヨミをこちらに引き寄せて抱きしめる。

「全員、救われる世界が、見たくなった。それに、お節介のうちの一つは、今する」

 華奢な身体を壊さないように、優しく、優しく、抱きしめた。

 そして俺は、彼女の首筋に、白い注射器を突き刺し、押し込む。

「これはサービスだ。愛してるよ。"栞"」

 注射器を押し込んだと同時に、ヒナの本当の名前呼んで、彼女の唇にそっと自分の唇を合わせた。自分の顔が醜悪な物でなければ良いと思っていたが、ヨミは何も言わず、それを受け入れてくれた。


 唇を合わせている間も、ヨミはじっと俺の事を見ていたが、次第に彼女の目の色が、すっと元の人間の色に戻っていくのが分かった。だが、唇を離してすぐに、その目に涙が集まっていくのが見えた。

「……名前も、思い出も、いっぱい、頭の中に溢れているのに……なんでかな。みんなと一緒にいた時の事の方が、ずっと、ずっと」

「あぁ、大事だった。大事だったんだ。だから、さ」


――幸せな未来を想像するくらい、その可能性を掴みに行くくらい、許して欲しい。


 この白い薬液は、まだ親父が善人だった頃の、最後の良心だ。

 だからこそ、本当に善人でい続けてくれた彼女にだけはこんな世界であっても、どんな事があっても生きるべきだと、思ってしまった。

 離れ離れになったとしても、隔離施設なんかに、彼女を閉じ込めさせるつもりはない。


「悪いなヒナ、お前に使えばお前が出られたのに、愛が勝っちゃったよ」

 ヒナにそう言うと、ヒナは笑う。

「だーから、野暮ッス。良いんスよ、待つのには慣れてますし。まぁ、私は郁花(いっか)ちゃんとくっついて欲しかったんスけどねぇ……・でもその代わりにヨミちゃん、いつか出してね? 一緒にやりたいことも、出来ましたし!」

 そのやりたい事が何かは分からなかったが、ヒナの目には仄かな、白い光が灯っているように見えた。


「戻る日は、今日の正午、皆がホールに集まった時だ」


 仲間が散っていったのは今日の事だ。全員が生きて所長に勝つ可能性を考えるなら、此処しかない。ナムを救うのは、きっと無限の連鎖に陥るであろうことは目に見えていた。だから目覚めた瞬間に戻れたとしても、きっとノッカー耐性が一切無いナムの事は、救えない。


 あの日の前に、話した事。それらはきっと、全員の覚悟だった。

 失敗だらけでも、間違いだらけでも、それでも全員の覚悟があった。

 それを俺は、それぞれの死という形で終わらせる事は、したくない。

 

「じゃー、私とヨミちゃんはこっち。フタミくんは、アレね」


 ヒナはいつの間にか人が入れる程大きくなっていた黒い空間を指差す。

 

 別れは、もう済んだ。ヒナは待ち、ヨミはこの施設から出ていく。

 そして、俺は、正解を見つけに行く。

「ヒナ、ヨミの事、頼むな」

「がってん!」

 あえて、ヨミの方を見ず、黒い空間に歩を進めると、ヨミに呼び止められた。

「おにーさん待って! これ!」

 そして、彼女は自分がずっとマント代わりに使っていたせいでボロボロになった俺の部屋のシーツを破り、俺の腕に巻きつけるように縛り付けた。

 そして、同じ風に彼女の腕にも破ったシーツを巻き付けて、縛る。


 愛の誓いには陳腐な物かもしれない。

 けれど、それは俺達を永遠に繋ぐような、そんな行為に思えた。


「こっちのおにーさんは、私のだから!」

 そう言って彼女は、巻き付けたばかりのシーツで涙を拭い、笑って手を振る。

 

 これも、一つの終わり。

 九十三番目の世界は、結局守る必要も無いまま勝手に守られて、俺達の仲間は殆どが死んだ。これが、一つの実験の結果だ。俺は真っ暗闇の、次の世界への入り口へ足を踏み入れる。その瞬間まで嗚咽が聞こえなかったのが、俺の愛する人の、大好きな所だ。

「ぜったいに、また!」

 その言葉が、この世界で聞いた、愛する人の最後の言葉だった。

 

 ハッピーエンドでは無い。

 けれど、俺にとってはバッドエンドでも無い。


――だって、愛する人が生き延びたのだ。


 ただ、それだけでもこの世界の俺にとっては幸せなのだ。


 けれど、俺にはもう少しだけ、幸せになってほしい人がいる。

 そんな我儘を、愛が通じ合った瞬間に、一生離れ離れになってしまう我儘を、笑って送り出してくれた、愛する人の為にも、俺はやるべき事がある。


――彼女達の覚悟を無駄には、しない。


 俺はイスルギを持ったまま、真っ暗闇の中へと歩を進める。

 遠く、遠くに光が見えるような気がした。

 その向こうにあるのが、希望であるかどうかは、まだ分からない。


 けれど、不正解を見た、俺が行く。

 そうして、今から"力"がそこへ行く。


 九十四番目の世界に、もう窮地なんて物は作らせない。


「良い所は、全部もらうからな。向こうのフタミくん」


 不敵な笑みは、力のせいか。それとも、狂気のせいか。

「親父に、似たかな。いいや、元々、アレも俺だったか」


 それでももう、いいのだ。

 どうなろうと、何を言われようと、俺はもうただ己の決めた正解へと、突き進むだけだ。

 

「ヨミは守り抜いたんだ。なぁ、お前は許してくれるよな?」

 手に持ったイスルギに話しかける。


 心なしか、イスルギが輝いたように見えたのは、俺の願望だったのだろう。

 戻りたいと、思った。だけれどやはり戻るべきは、おそらく初日では無い。ナムを救うこともムクやゴウを救うことも、きっと俺には出来ない。

 

 それこそ、きっと所長が目指して狂った"完璧"という名の永遠の牢獄なのだ。だから、俺はあの場所にいた全員の眼差しを守り抜くことを完璧と定めた。


 そろそろ、光に辿り着く。面倒な事になるのは間違い無い。

 けれど、それでもなんとかしよう。

 

 もし、なんともならなければ、九十四番目の俺が九十五番目の世界を作って、何とかするんだろうと、一人笑って、俺は暗く血に塗れた世界から、まだ間に合うかもしれない光の向こうへと、足を踏み出した。

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