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DAYS6 -9- 『行こう、ヒナが待ってる』

 ゼロが残してくれた『パンくず』のお陰で、俺達は目的の場所までヤツより数分遅れて辿り着く事が出来た。


 だとしても、この数分はまずい。彼女の抵抗を、祈るしか無いのだ。


 そうして、ドアを渾身の力で蹴破ったと思えば、途端ゼロの接吻。

 訳がわからなかった。けれど、身体に通う彼女の血が、すぐに俺に理解を与えた。そうして、彼女がそれを最期に、息絶えると言う事も。もう眼が見えていない彼女の頬を、右手にイスルギを持ったまま、ナナミと同じ、機械の手でそっと撫でる。人の暖かみなんて、与えられるはずもなかったが、それでもゼロは心地よさそうに、一人呟いて、逝った。


「まーた失敗じゃないかあッ!!!」

 死を嘆く暇も無く、喚き散らかしながら俺に飛びかかってくる所長(クズ)の、歪に折れ曲がった爪を俺はイスルギで受け止める。


 失敗も何も、あるものか。

 これ程の力があるならばもう、いいだろうに。

 この男の、成功はどこにあるというのだろう。


――俺は、たった今また、取り返しの付かない失敗を犯したというのに。


 ゼロの遺伝子を取り込み、更に強くなる足掛けにして、俺の遺伝子を取り込み、更に長く生きる為の足掛けにする。その二つが揃わなければヤツは失敗だと言う。


 ならばもう、俺達は勝利したということになってしまう。


 だが、所長の身体にその二つが揃った所で、どうなるというのだ。

「キミなら、分かるだろぉ? 力を求めていたキミなら。俺と同じキミなら、分かるだろ⁉ なぁレイジ、キミは俺だ。狂え、狂えよ!」


 所長の不快な声の意味が、ゼロの記憶と共に蘇る。 数分前の、所長とゼロが二人で交わした会話の記憶が、俺の頭に現れる。 これは、ゼロの血を取り込んだ為なのだろうか。

 

『いつからっ! こうなっちゃったん、ですか!』

 痛い程の想いが一緒に、飛び込んでくる。

『いつからって、最初からじゃないか!』

 眼の前で叫び続ける男の声とダブリングして、所長の声が聞こえてくるようで気持ちが悪い。

『所長! そんなの、嘘です! 狂う前の貴方は! そんなこと!』

『そもそも、その呼び方が、気に入らないんだ。僕には、フタミレイジっていう、名前があるのに』

 吐き気に紛れて、おかしな記憶を見た。

 この男が、二見零示なわけが無い。

 

 何故なら、俺は此処にいるのだ。眼の前にいる所長の爪撃をいなしながら、俺はゼロの記憶を辿っていく。もはや、多少のダメージ等、お互い気にもとめなかった。

 ヨミはゼロの身体を撃ち抜いてから、彼女の死を目の前に、放心しているようだった。

『何度も、何度も何度も何度もやり直した。僕の思い通りの力になるまで。それでも、何度だってキミ達は邪魔をしてくる。邪魔を、してくる。出られないのは、僕も一緒なんだ。いい加減、全部を僕に、俺に、よこせ!』


 この男は、もう既にヒナの力を使い続けているという事だ。それでいて尚、完璧を求め、俺達を殺し、時には自分が失敗し、今に至るのだ。

 俺達は九十三回目の俺達だと、ヒナが言っていた。ならばこの狂人にとって今この瞬間の死闘は何回目にあたるのだろう。


『気付かなかったか? まぁそりゃ、親父の真似をしてたからそうか。俺は、最初のフタミだよ。実験を失敗に追いやられて、ヒナから時間を戻すアレを奪った。僕が最初の二見零示だ、まぁこの身体の元々の持ち主は親父だから、思考は山程存在するけれどね』

 記憶の中の所長の、一回目の俺の言葉が流れ込んでくる。


――ならば、やはりこの男を殺すのは、俺しかいないのだ。


 残りのゼロの記憶は、頭からかき消した。接吻の、別の意味に辿り着いてしまうかもしれない。その想いを覗き見るのは"ナンセンス"だと、誰かに怒られそうな気がした。


 けれど、この男を殺す為の、この男の力を超える為の方法は、真後ろに立つ少女の、一発の弾丸。

 

 "対ノッカー用銃弾"

 その言葉に秘められたもう一つの意味が、今生まれたのだ。

 ノッカーの進化を急激に促進させ、遺伝子崩壊を導くその銃弾。

 なら、もし撃ち込まれたノッカーが進化を受け入れ続け、崩壊しなかったなら、どうなるだろうか。

 

 ゼロは、所長の血をすすった。彼の血は、人類の中で一番強い進化耐性を持つ彼女ですら、ノッカーへと変貌させてしまう程の毒だ。

 

 けれど、俺の場合は取り込む順番が違う。所長もそれを求めていたのだから、間違い無い。


 もう既に進化という毒に冒された俺達の、限界を越える為の力を持つ少女こそが、ゼロだったのだ。

 

「ヨミ! 俺を、それで撃ち抜け!」

 俺は渾身の力で所長を跳ね飛ばし、放心しているヨミへと叫ぶ。ゼロがヨミにさせた事と同じ事を彼女に強いているのが、辛かった。

 所長は斬り落とされたまま残っていたゼロの右腕に気付いたのか、それを拾おうと俺から跳ね飛ばされたまま、距離を取っているようだった。

「でも! それじゃまた……!」

 ヨミの迷いは尤もだ。けれど、彼女がゼロにその銃弾を撃ち込んだ事に意味があった事を、彼女ももう知っている。

「俺は、壊れない。だから、撃ち抜け!!」

 

 その言葉を信じて、ヨミが引き金を引いてくれた瞬間に、所長がゼロの右腕を拾い上げようとするのが見えた。

 そして、俺の身体にヨミの弾丸が刺さる。

 

 力の赤が、燃えて、灰になる。

 感覚の青が、静かに、溶けていく

 生命の緑が、諦めるように、消えていく。

 崩壊の黒が、三原色を、かき消していく。

 

――俺はもう、完全に人間では無い。

 けれど、もう絶対に負けない。


 所長がその右腕に食らいつくのが見える。

「ゼロは、喰わせない。俺がそれを見逃してたなんて、おかしいと思わなかったか?」

 ヒナと入れ替えた右手の情報と、熱線を撃つ為に作り変えられた右腕。

 それはもう、ゼロという人間の腕ではない、ただの作り物だ。


 所長は腕を拾い上げてそれに気付いたのか、ゼロの作り物の腕を投げ捨てる。

「けど、そういう扱いは、気に入らない」

 俺は右手に持ったイスルギを所長の心臓目掛けて投げつける。そのスピードに、所長はもう対抗出来ない。


 ダンッと音がして所長の身体は壁に打ち付けられた。

 貫いている部位は、心臓。

 

 けれど、息はある。こいつもまた、化け物なのだから。

 首を落とせばいいのか、頭を潰せばいいのか。分からない。

 それでも、殺し切るまで殺せばいいだけの、話でしかないのだ。


「なあ、お前の成功は、何だったんだ?」

 もう、所長は俺には勝てない。結局の所、最初の俺が求めていた事を、俺が達成してしまったのだ。進化に耐えきった俺が、ゼロを取り込むという簡単な話。

 彼女はきっと、俺の未来の為にそれだけは隠していたのだろう。そうすればきっと、俺が狂うかもしれないという危惧もしてくれていたのかもしれない。


 だけれど、俺は狂わずに、狂気の前に立っている。

 だから、この狂った日々の目的だけは、知りたかった。


「嘲笑う奴らを、全員殺すための、力だよ」

 敵わないという事を悟ったのか、自嘲気味に、所長が語りはじめる。

「キミ達は知らないだろうけれど、結局エボル現象なんて時代の中で起きた些細な一過性の病に過ぎない。特効薬なんて、今や使われることすらないんだよ。最初の僕……というよりも親父が、現に作って世界中にばら撒いているんだから」

 

 いつのまにか、彼の興奮は収まり、定まらずにいた自我も落ち着いてきているようだった。それはきっと、諦めという感情なのだろう。いつのまにか『俺』が『僕』へと、そうして口調もおとなしい物へと変わっている。


 つまりは、まだ所長が狂う前に、この実験の当初の目的は、完遂していたのだ。けれど、ならばそれで良いはずだ。狂う必要なんて、どこにも無い。ヒナの力を使って、何度も何度もやり直す必要なんて、無いじゃないか。


「でもね、その薬の利益は、石動家に全て取られたよ。石動家の愛娘を実験対象にしていたという不正をばら撒くって脅されてね。そして、結局事実と異なる情報がばらまかれた」


 石動――あの気高い意志の元に生きた彼女は、腐敗の元で育った、一輪の花だったのかもしれない。そうして、イスルギと名付けられた刀に、彼もまた殺されようとしている。

 この人を狂わせたのは力ではなく、人間の悪意だった。その後の所長の失墜など、想像に易い。


「レイジ、一回目の、僕が薬を作り上げた時のキミはすごい怒り様だった。だけれど、それで良かったんだ。結局は、人間こそが化け物なのだから、それを淘汰した者が、世界を支配したら良い。その瞬間から、僕は俺になった」

 

 俺は、種だったのだろう。単純に"力"の必要性を説き続けた俺の言葉が、彼の中で過大解釈されていった。その結果生まれたのが、目の前にいる世界を渡り歩いてでも力を求める化け物だったのだ。

 

 彼は彼自身の人格を無かったものとして、フタミレイジを名乗り始めた。それは虐げられた自分との決別だったのかもしれない。

 

――そしてそれは、死んでいった全ての俺への、最大の冒涜だ。 


「けれど、僕が何度も何度もこの実験を繰り返すうちに、生き残った人間達とのやり取りによってキミの心が正義に傾いてしまう時があった。それが何より煩わしかったよ、キミは僕の癖に。そうして、今回は特にそうだ。此処まで、辿り着きやがったんだから、さ」

 初めての、到達点。

 だけれど、失った物を数えて、喜べるはずがない。


 そうして、俺は、俺でしかなく、また所長……親父は、親父でしかない。


「俺は、俺だ。なぁ親父、悪かったよ。だからもう、こういうのは、もうやめよう」


 首を落とすために、力を込める。彼が死ねば、力を求める化け物は、消える。

 だが、親父は掠れた声で嘲笑う。 


「今回は失敗も失敗、大失敗だ。けれど、キミも失敗だ。どうせキミも、戻るよな? 戻るんだよな? そこには、また俺が、いるんだよな?」

 下卑た笑いが木霊する。最後の最後で、まだ彼の中には悪意が満ちていた。


 俺も考えていた事だったからこそ、尚更苛立ちが加速する。


 それは、ヒナの力を俺が使って、やり直しを行うという事。

 ただ、所長にももう一度チャンスを与えるということになる。


 記憶こそ繋がっていなくても、それに俺が耐えられるのかは分からない。

 今度は俺が、目的に手を伸ばし続けるの化け物になるかもしれないのだ。


 所長は完璧を求めつづけた。その行動を、俺もし続けてしまうのではないか。


 そんな一抹の不安を抱えながら、それでも、目の前の巨悪を、俺はいとも簡単に握りつぶした。終わりなんて、呆気ない。


――これが、力か。


 そう心に走った感情は、正義だっただろうか。


――この力があれば、俺は。


 それとも、狂気の始まりなのだろうか。


「終わったよ」

 振り返って、ヨミに告げる。だが、ヨミの顔は決して明るい物では無かった。

 

 ただ、終わっただけだ。結局のところ、俺達は失敗した。

 所長の成功を防いだだけなのだから。


「行こう、ヒナが待ってる」

 ゼロの亡骸をそっと抱きかかえて、部屋を後にする。

 ヒナは泣くだろうか、それとももう分かっていただろうか。


 それは分からない。けれど、やり直せば良い。


 ただ、それだけのこと。それだけのことじゃないか。


 この力があれば、俺は、もう誰にも負けない。

 だからヒナには、約束どおりの事を、してもらえば、良いのだ。


 隣をヨミの顔は、曇っている。

 そして、何も言わない。


 俺は、どんな顔をしているのだろうか。

 それとも、俺にはもう、見せられる顔なんてものは、無いのかもしれない。

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