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DAYS6 -AnotherEnd3- 『私の名前を、呼んでください』

『向き合う為の覚悟』を胸に抱いた少女の最期

【萩原郁花:ゼロ視点】

 フタミさんは、相変わらず真っ直ぐな人。

 ヒナちゃんは、それ以上、真っ直ぐすぎて猪突猛進。

 ヨミちゃんは、もっとそれ以上、フタミさんしか見えていない。


 だからまぁ、何とも揺れ動く私がこんな結果も仕方ないのかなって少し思った。

「違う! フタミさん! そいつじゃ……ッッ!」

 あいつは所長のコピー、それもその身体を滅茶苦茶にされた、成れの果ての果て。私が叫んだ瞬間、私の真後ろから物音がして、私は何者かに口を塞がれる。


――それが誰かは、分かっていた。


 こんな安易なブラフによくもまあ、私もかかってしまうものだなぁ。そう思いながら、私の口を塞ぐ男の目を見る。


 そして、その目を見た瞬間に、そのノッカーが所長だという事が分かる。私の記憶としても、手に持ったデバイスの中にも、確固たる証拠がある。だが私でなければあのデバイスは操作出来ない。だけれど、ブラフなら私にだって出来る。私は分かりやすいように、所長の目にもハッキリと映るように、デバイスを皆の方に放り投げた。


 きっと、フタミさん達ならこの意味を理解してくれるはずだ。



「じゃ、この子はもらってくよぉ!」

 誰が、貴方に貰われてやるもんか。叫びたい。叫びたいけれど、私のひ弱さに悲しみを覚える。けれど、それでも私にやれることが無くなったわけじゃあない。


――私、結構面倒な女ですからね。

 そう言いたくてたまらないけれど、口は塞がれている。

 だから私は所長の目を睨みつけて、左手でお世話になり続けた短刀を引き抜いて、所長の身体に差し込んでは、右手の熱線で、その短刀を折っていく。


 所長は、嘲笑っている。

 嘲笑っているけれど、私の意図には気付いていない。


 どうせ、ひ弱な少女が最期の抵抗をしているのだと思っているのだろう。


 けれど、この無数の刃を身体から取り除くのが手間だって事くらい、そのうち気付くはず。現にフタミさんはもう既にそれに気付いている様子だった。

 気づいてくれた彼に笑いかけようとするが、口を塞がれ息もできず、それも出来ない。

「相変わらず、君は馬鹿だよねえ」

 理性は、知性を壊していく。だから、こんな簡単な事にも彼はもう、気づけない。それが悲しかった。未だに私が、抵抗の為に所長を攻撃していると思っているのだ。哀れにすら、思えてしまう。


 そうして所長は私の口を抑えたまま私を持ち上げ、医療フロアの方へ走り出した。

「パンくずは、置いてくから!」

 口が自由になった瞬間に飛び出た言葉がこんなの、自分でも笑ってしまいそうだ。

だけれど、意味はきっと伝わる。だって私の指は熱を帯びていたから。


「……ゼロちゃん!!」

 ヨミちゃんの声と、銃声が聞こえても、所長には届かない。


「その子を……離せ!!」

 初めて聞いたヒナちゃんの怒号と共に放たれた熱線も、所長には届かない。


――これは、鬼ごっこなんだ。

 笑いながら私を連れ去る所長の腕に抱かれながら、私は嫌悪感を定期的に指から解き放つように、もがくふりをしながら壁に熱線で穴を開け続けた。


――だけど、かくれんぼになんてさせない。

 私が壁につけた熱線の跡を辿れば、私の元には確実に辿り着ける。


 私にとっての最重要目的は、私が所長に攫われてしまった時点で、生きる事から変化していた。


 もう、私はフタミさんに、この血の一滴を与えておくことだけが、重要なのだ。

 

 ただ、今からきっと私の生命を以て更なる進化を得ようとする所長に対抗する為に、私の血肉を少しでも残しておく事。それだけが、私がこれから出来る唯一の行動だ。


 だから、お願いします。


 私を見つけて、そして間に合ってください。


 私を助けてくれる王子様は、きっといない、いなくてもいい。


 それでも、あの子の王子様が、少しだけ私の為に頑張って、世界を助けてくれるかもしれない。


――だったら私はそれまでの間、全力でこの生命を守らなくちゃいけない。


 所長が私を抱えてたどり着いた部屋は、私が狂った所長と初めて対峙した、あの薬品庫だった。所長は私を手荒く壁の方へと放り投げる。

 そのあまりにも強い衝撃に、左指に激痛が走るが、所長はそんな事など構いもしないようだった。


「あぁ、指が折れたね。でも別に、いいんだ」


 そう、いいのだ。彼が求めているのは、私の血肉のみ。

 

「一滴程度では、足りないんでしょうね……」

 私は痛みが迸る左手の指を無理やりに元の形に戻し、短刀を手に取る。

 私一人で彼に勝てる見込みは、当たり前ながら全く無い。


――けれど、負けるまでの時間なら、稼げる。


「血と、脳かなあぁ……」

 狂気の瞳が、私の顔をジロジロと見つめている。


――あんなに優しかった眼差しを私は覚えている。


 けれど私は、抗わなければいけない。

 向き合わなければいけない。


 死と、狂気と、絶望と、終焉が、目の前に迫っている。

 私は、私の死を許そう。

 狂気は、あの子と一緒に、彼に耐えてもらおう。

 そして、私の死を以て生まれる絶望が、どうかヒナちゃんを壊さないでくださいと、強く願った。


 ごめんね、と思いながら、左手に短剣を構え、右手の指に熱線を集中させる。


――それでも、終焉だけは、私が止める。


「鬼ごっこ……」

 私は呟く。

 今、私の眼の前にいるのは、紛れもなく人の形をした、成れの果ての鬼だ。


「いいよ。最期に、遊ぼう」

 鬼も嘲笑う。最悪な笑顔で、嘲笑っている。

 今、彼の眼の前にいるのは、遊びと言える程度の力しかない、ただ小娘だ。


 ただ、私には最期の策がある。

 ひどく残酷な策がある。


「手の、鳴る、方、へ!」

 狭い部屋を、とにかく熱線と何度も折って伸び切らなくなった短刀を駆使して、走り回る。勝つ必要なんて無い、時間さえ稼げたらいい。

 

 所長が求めている物を、フタミさんに与える。だから、それを伝えるまで私は死ねない。


 私は思い切り床を蹴り、薬品庫の奥へと走り抜ける。

 いつか私達が殲滅したノッカー達の姿は、一つも無い。おそらく、所長が喰らったのだ。


 笑いながら追いかけてくる所長に熱線を撃ち込むが、止まる気配等無く、攻撃は早々に諦めた。


「いつからっ! こうなっちゃったん、ですか!」

 走りながら、せめてもの時間稼ぎと思い、私は所長に話しかける。

 本来、所長が求めていた"力"は記憶を失う前のフタミさんが求めていたものだ。

 それがいつのまにかすげ変わってしまっているのが、どうにも腑に落ちない。


「いつからって、最初からじゃないか!」

 それは違う。

 最初の彼は、もっと優しい人だったはずなのだ。

 理性を失う進化は、退化だと言う程の、進化否定側の人間だったのだ。


「所長! そんなの、嘘です! 狂う前の貴方は! そんなこと!」

 その瞬間、私の左腕を所長の爪が切り落とした。

 私は激痛と共に、その左腕を即座に蹴り飛ばし、間合いを取って腕を取る。


「そもそも、その呼び方が、気に入らないんだ。僕には"フタミレイジ"っていう、名前があるのに」

 激痛に紛れて、おかしな事を聞いた。

 この人が、二見零示(フタミレイジ)なわけが無い。


――何故なら、彼は今私を必死に追いかけている筈だ。


「何度も、何度も何度も何度もやり直した。僕の思い通りの力になるまで。それでも、何度だって君達は邪魔をしてくる。邪魔を、してくる。出られないのは、僕も一緒なんだ。いい加減、全部を僕に、俺に、よこせ!」

 忌々しいと言わんばかりに、所長は吐き捨て、私にその首に爪をつきたてようとする。

 それを間一髪の所で短刀で食い止めると同時に、短刀は砕け散った。

 

 昔、ヨミちゃんに次元を操作する技術の事を聞いた事がある。

 そして、所長の研究成果によって、記憶をコピーする能力が存在していることも、事実。ノッカーで嫌という程体験させられた。


 ならば彼は、力を求めたまま狂ってしまった、二見零示の、コピー、なのか。


「フタミさん、なんですか……!?」

 私は痛みを堪えながら、それでも拾い上げた左手の管理者権限を焼き切る為に、熱線を自分の腕に撃ち込みながら、所長に話しかける。


「気付かなかったか? まぁそりゃ、親父の真似をしてたからそうか。俺は、最初のフタミだよ。実験を失敗に追いやられて、ヒナから時間を戻すアレを奪った。僕が最初の二見零示だ、まぁこの身体の元々の持ち主は親父だから、思考は山程存在するけれどね」

 

 パラレルワールドがあったとして、この施設からは、結局の所、まだどんな世界の私達も出られていなかったのだ。私達は、所長を阻止し、所長は私達を根絶やしにする。その繰り返しが、永遠と行われていた。

「九十三回目の、数十年の実験結果が、もうすぐ出るんだ。もうすぐ! もうすぐ! いつもは耐えられないアイツが、やっと、やっと適応したんだから!」

 彼の言っている事が本当ならば、彼の肉体はもう、数百年どころか、千年以上を過ごしている事になる。狂ってもおかしくない程の、ループに囚われていたということだ。


「今回は、あの銃を扱う女だ。変な奴が交じってる。だから俺も期待してるんだ。いつもと何かが違うのは、吉兆だよな? だから、俺の大事な大事な"俺"は、俺の遺伝子と、ノッカー化に耐えきったんだろ⁉ なあ!」


 この人を私は、フタミさんとは呼びたくない。

 もう、所長ですらない。『狂気の成れの果て』は、笑いながら私の傍へと近づいてくる。


 そして、所長の爪が私の眼を切り裂いた瞬間に、私が示し続けた熱線を辿ったであろう、本当のフタミくんとヨミちゃんが、薬品庫のドアを開けた。

「ゼロ!!」

「ゼロちゃん!!!!」

 叫び声に、所長は私に伸ばした爪を引っ込め、面倒そうにドアを振り返る。

「それでもさあ! 今回の"俺"は、今までで一番面倒だよ」

 その言葉を吐いた一瞬が、私にとっての最後のチャンスだった。


 そして、所長の腹部に出来る限り短刀を伸ばし、その勢いで、ドアの方まで下がる。満身創痍の私を、二人は心配しているが、そんな事はもう些細な事だ。


「んっ……、フタミさん、ヨミちゃん……。聞こえる? お願いが、あります」

 目が燃えるように熱い。私が消えていくようだった。

 

「ああ、ああ!! 聞こえる、此処にいるぞ、ゼロ!」

 フタミさんの声が聞こえる。

 愛しい彼の声が聞こえる。


「なんですか?! ゼロちゃん! 私どうすれば!」

 ヨミちゃんの声が聞こえる。

 可愛い妹のような、でもちょっとだけ羨ましい女の子の声が聞こえる。


 策と称して、私はこれからちょっとだけズルをしようと思う。

 ここからは私一人だもん、いいよね?


「フタミさん……、私の名前を、呼んでください」

 全部、計算通り。

 愛されずとも、名前を読んでもらうことだけで満足することすら、計算通りだ。

 そして、私の名前を呼ぶ事によって、私が私で無くなることも。

「萩原……郁花だ。意味を聞くと、香り高い花なんて恥ずかしいって、お前ははにかんでいたよ」

 その瞬間、自分の名前に纏わる全ての記憶が舞い戻ってくる。

 

――あぁ、私は本当に本当に、この人を愛していたんだな。

 私に寄り添うフタミさんに、私は唇を合わせる。

 そして、私はガリッと自分の舌を噛み、フタミの口内に私の血液を流し込んだ。

 彼は一瞬戸惑いつつも、私のこの行為の意味を理解したようで、コクンと私の血液を飲み込む。


――これで、彼には進化耐性がついた。


 血が混じった、つかの間の接吻。


 ヨミちゃんもそのくらい許してよね、と思いながら私はヨミちゃんに笑いかけるが、彼女は私の突然の奇行にそれどころではないようだった。

 そして私は、所長から短刀を引き戻した短刀にこびり付いた血液を、口に含む。


 身体中が燃え盛っていくような感覚、記憶が溢れかえっていく感覚。

 全ての記憶を取り戻した私に、耐性というものを全てかき消す程の力が流れ込んでくる。

 所長――狂気の成れの果てがノッカーという存在そのものになろうというのなら、いくら耐性の強い私であっても、ノッカーになるにはその血を舐めるだけで充分だ。それに、記憶もまた、名前を呼ばれる事によって取り戻しているから、より確実に、迅速にノッカーへと変われるはず。

 私の血を飲んだフタミさんに、進化に伴う理性の消失を抑える力が伝わったように、私もまた所長の血によりノッカーへと変貌していく。

 

――絶対に、私を、アイツなんかに、喰らわせない。


「ヨミちゃん、ごめん。私を、撃って」

 突然の接吻以上の唐突な言葉に、ヨミちゃんの動揺を感じる。

 けれど、その言葉に焦って飛びかかろうとしてきた所長を見て意味を即座に理解したのか、彼女は私の心臓部分をその拳銃で撃ち抜いた。

「へへ、そのくらいの度胸、無くちゃね」

 私は振り返って笑う。

 もう既に私は、心臓を銃弾で穿たれた所で、そう簡単には死ねない身体になってしまっている。それでも、異常な進化の波が身体の壊していく未知の感覚に襲われていた。

 

 ヨミちゃんの銃弾によって、ノッカーになった私を殺す。

 それはつまり、所長が求める私を殺すということだ。

 

 ノッカーになった私になんて、所長は興味が無い。

 ほぼ完全な進化耐性を持つ人間としての私を喰らわなければ、理性を保ったままの進化の力は得られないのだから。でもそれはもう、フタミさんにしか無い力だ。


 私達に飛びかかってくる所長の爪を、フタミさんがその刀で防ぐ。

 そしてそれを見ながら、私は動かなくなっていく身体の、最後の力を振り絞って、ヒナちゃんと入れ替えた書き換え権限のある右手の情報をかき消す為、自ら食いちぎって、それを飲み込む。


 私の行動を見た所長の顔は、溢れんばかりの怒りにまみれていて、私としたことが、少しだけ胸がすっとしてしまった。

「あは、ざまぁみろですよ」

 心臓を撃ち抜かれてもまだ、言葉すら出せるノッカーという生物にやや驚きながら、私は所長に聞こえるように嫌味をぶつける。

 所長が何やら言っているが、そんな暴言なんて気にならないくらいに、心持ちが良かった。


 身体中が、溶けていくような感覚。

 痛みではなく、ひたすらに熱かった。


 死とは、こんなものなのだろうか。

 それとも、ノッカーの死がこんなものなのだろうか。

 いや、きっと私が幸せだっただけなのだろう。

 愛する人に接吻をし、可愛い友達の手によって最期を迎え、大嫌いな狂人に一泡吹かせてこの世を去るのが、死だとするなら。


 ひたすらに熱い身体に、ふと誰かの冷たい手が当たる。

心地良い温度、青く、冷たい、まるで機械のようだけれど、私には、丁度良い。

「へへ、意外と、悪くない、なあ」


 私は、ただ、ただ、私の生命が尽きるまでの間、何がおかしいのかも分からないままに、苦笑し続けた。

【萩原郁花:ゼロ】

DAYS2 -10- -AS4-  DAYS3 -1~10-

DAYS4 -1~4- -AS1- DAYS5 -1~3- -10- -AS1-

DAYS6 -3- -AE3-

固有武器:『検知デバイス』『伸縮短刀』『ノッカー化耐性』『管理権限』『熱線』

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