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DAYS6 -8- 『矜持も何も、あったもんじゃない』

 医療フロア入り口での攻防はごく単純で、今までの戦闘の中で一番楽では無いかと思う程だった。互いが互いの力を信用しあって、それぞれ背は向けていたとしても、目の前の敵を各個撃破していく。


 時折疲れたゼロをヒナがカバーしに行くのがチラリと見えた。

 逆に俺と、おそらくヒナついて疲れを感じていないのだろう。おそらく、半永久的に殺し続けられるのだろうと思った。


――もし"喰らえる"のならば、尚更ずっと戦い続けられるだろう、とも。

 けれど、それだけは最後の手段だ。


 完全にノッカーとして存在しているヒナがどうなのかは分からないが、少なくとも俺は俺自身の状態が上手く分かっていない。安易に所長の真似をしてしまえば、この期に及んで皆を危険に晒すことになってしまう。


 そんな事を心の隅で考えながらでも、眼の前に少しずつ押し寄せてくるノッカー達を斬り伏せ、生命をもぎ取る事は、最早俺にとっては容易な事になっていた。

「多分、三十と、あと少し」

 イスルギにこびりついたノッカーの体液を振り落とし、いつのまにか殺した数を数えるのも面倒になって来た頃、俺の後ろでドアの開閉音が聞こえた。

 誰がどれだけ倒したのかは分からないが、百近いノッカーの死体がそこらじゅうに転がっていた。


 歩くのにも一苦労となった肉片だらけの廊下を振り返ると、息を切らしながら医療フロアに飛び込んで来た少女が"一人"だけ、泣きそうな顔で立っていた。


 ヨミが、一人きりでここに戻ってきたということは、つまりそういう事だ。


――やはり、そういう事、だったのだ。


「おかえり、早かったッスね」 

 ヒナはまるで元々シズリがヨミと共に部屋を出ていかなかったかのような口調で話しかけ、三叉路の中心――ヨミが開けた医療フロアの入り口のドアに近づいていく。

 ヒナの言葉に、一瞬ヨミは身体を硬くさせていたが、震える手で先程医療フロアに乗り込む時に使った手製の手榴弾を、ヒナの目を見て投げ渡す。


「……ただいま。ヒナさん、頭下げてください」

 そのままヨミは、自分が投げ渡したその手榴弾の横スレスレをホルスターから抜いた拳銃で撃ち抜くと、ヒナの後ろに迫っていたノッカーの脳天を銃弾がブチ抜き、ノッカーはその場に倒れ込んだ。

「ん、ありがと」

 そして、ヒナもその手榴弾を受け取り、即座に指の先から熱線を放つ。

 その熱線はヨミと、ヨミに向かって駆け寄るゼロの横スレスレを通り、ゼロの後ろに迫ったノッカーの脳天を撃ち抜いた。


 俺もまたヨミに歩み寄りながら、イスルギを左手に持ち替える。感覚の青が右後ろの敵対存在を知らせるので、右後ろに向かって思い切り裏拳を叩きつけると、この三叉路の敵対生物はとりあえず一旦消え失せたようだった。


 だが、待っていたらまたすぐに溢れるだろう。

だから俺達は、進まなければいけない。


「さぁ……進みましょ」

 ヨミが呟く。

 ゼロが心配そうな顔でヨミに何かを伝える前に、ヒナが現実についてを悟す前に、俺が慰めを吐き出す前に、ヨミは自分から進軍を提案する。

 

 死地に仲間を残して来た側という点で、俺とヨミは同じだ。

けれど、その道中で使うべき言葉の用意と、すぐに先へと戦い進む覚悟が出来ていた分だけ、彼女の方が上等だと思った。


 だから俺達三人は、悔しそうに涙を堪えているヨミに何も言わず、先へと進む。

けれどその誰もが、何も言わないだけで、胸に何もかもを抱いていただろう。それもまた、きっとヨミは知っている。


 もう、誰も泣かない。ナナミが決めた事、シズリが最善だと信じた事。

 それを背に受けて、俺達も往く。


「外へと繋がる一般フロア用のホールがしばらく行った先にあります。外界との連絡が取れる部屋も、電気系統が生きているなら使えるはず。おそらく、所長は私達を出す気なんて無いでしょうから……殺しに来るか、もしくは私達を施設から出さない為にオ一般フロア前に陣取っているはずです」

 ゼロが冷静に状況を説明し、地図を見ながら、俺達を先導しようとするが、ヒナがそれを制止する。


「地図はこーっち! ゼロちゃんが前行くのはダメだよー。一番前はフタミくん、ガンガン切り捨ててね。二番目は私、道案内も私。そして三番目がヨミちゃん、前にも後ろにも気を配ってね。そして、ゼロちゃんは最後、怪しいノッカーはデバイスで情報を確認、戦闘行動はなるべく避ける事」

 元々考えてあったかのように、今いる四人の配置をスラスラを説明するヒナ。

 それはまるで、もう何度も何度もこの戦いを経験してきたかのような雰囲気さえ感じられた。


 ゼロは一瞬不服そうな顔をしたが、コクリと頷き地図を渡す。その頭をヒナはポンッと撫でて、笑った。

「ゼロちゃんの役目、本当に重要なんだから。悪い奴見つけたら、ちゃんと教えてよね」

 

 このパーティーに於ける、戦術的リーダーは、やはりヒナなのだろう。

 力量こそ分からなくても彼女こそが、このパーティーの指揮系統を担っているのはもう間違いない。


 俺は、その彼女の言う通りに、一歩前へ進み出る。

 そして、ヒナのゴーサインが俺達へ放たれた。

「人間組は私達ノッカー組に傷を負わせる事を絶対に躊躇わないように! それじゃ、スタートッス!」


『傷を負わせる事を躊躇わない』


 そんなヒナの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。中々、手厳しい事を言う。けれど、間違い無くそれは事実で、きっとシズリもそう言ってたんだろうなと思った。そして、ナナミもまたその傷を率先して受けると言い張るのだろうと思うと、胸が痛んだ。


 そして俺達四人の会話は、そのゴーサインを最後に、ほぼ無くなった言っても過言ではなかった。

 ただひたすらに、それぞれがそれぞれの思いを胸に走っていたのだろう。


 ヒナの目的地までのナビゲートだけが、医療フロアの廊下に響き渡る。

 眼の前に現れるノッカーは、全てがイスルギで切り裂かれ、全てが熱で溶け、全てが銃弾で撃ち抜かれた。


 そして、数度の右折左折を繰り返した先に、居住フロアのホールと同程度の広さのホールが見えた。その奥には、大きめの扉がある。

「あの向こうが、一般フロア!」

 ヒナが大きな声で、俺達に伝える。


 だが、その声をかき消すように、医療フロアの天井を爪が突き破るのが見えた。


――そりゃあ、見てるよな。

 

 あの男の身体に流れている感覚の青も、走り続けていたんだろう。


 それも、俺よりもずっとずっと広い範囲で。


 その爪の大きさは、1メートルは越えていただろうか。

 見たことも無い、鋭利な爪を持つノッカーは、バリバリと天井を突き破り、ホールの中央へとその巨躯とは似合わずにふわりと降りる。

不敵で、邪悪で、忌々しい笑みを浮かべながら、ヤツは仁王立ちして、俺達の前に立ちはだかった。

「行かせるとでも? この僕が、通すとでも」

「驚くとでも? この俺が、俺達がお前を見逃すとでも?」

 敵意が、弾ける。


 もはや所長と呼ばれていたその生物は、大型ノッカーや普通のノッカーを『出来損ない』と呼んでも良い程に、完成された邪悪だった。


 目玉と呼ぶべき器官があることは分かる。

 顔があることは分かる。

 口が、足が、腕が、あることは分かる。

 けれどそのどれもが、肥大ではなく、異常と呼ぶべき形状をしていた。


「矜持も何も、あったもんじゃないな、親父」

 俺はイスルギを構えて、動かないまま嘲笑うノッカーに滲み寄る。

 それに反応し、ヤツもその爪を振るう為に俺へと駆け寄る。

 

 だが、その瞬間、ゼロが叫ぶ。

「違う! フタミさん! そいつじゃ……ッッ!」

 デバイスを持ったまま、最後尾にいたゼロの声が聞こえたと思った瞬間、その声が途切れる。それと同時に、背後の天井を突き破る音。


 その言葉と音に俺は後ろを振り返ろうとするが、眼前に迫った爪を防がなければ、首を飛ばされる。だから、俺は動けない。


 けれど、誰もが動けなかったのだ。

 

 ホールの中心に現れたノッカーの登場に、おそらく全員が気を取られていた。

 デバイスで確認するまで、ゼロ以外の全員があのノッカーを所長だと思っていた。

 俺はイスルギを振るう寸前だった。

 聞こえたその銃声は、俺の眼前へと迫る爪へと向かう音だった。

 そして、あのヒナですら俺の眼前のノッカーを熱線で撃ち抜いていた。

 

――俺達は、騙されたのだ。

 コイツは、所長の血を浴びただけの、ただの傀儡(かいらい)。 


 知らないということは、恐れということは、色んな事を忘れさせていく。

 一番重要だと、ほんの少し前に言っていた言葉だったはずなのに。


 俺が奮ったイスルギはノッカーの腹部を貫き、ヨミが放った銃弾はノッカーの爪を割り、ヒナが放った熱線はノッカーの足を焼き切った。

 俺はそのままイスルギを横薙ぎに払い、抜けた刀身を跳躍しながらノッカーの脳天へ縦一線に振り下ろすと、その見た目とは裏腹に、ノッカーは簡単に息絶えた。


 だが、それはただのブラフ。

 腹部を刺した瞬間に、確かに聞いたのだ。

「バァカ……」と嘲笑う眼の前のノッカーの声を。


 眼の前の危機に気を取られた事を後悔する暇も無く俺達は振り返る。

そこには、ゼロの口を塞いで立つ、何の変哲も無い、男が立っていた。

「自身の身体制御も出来ずに、何が進化だって言うのさ? あんな化け物を僕だって? 笑わせてくれるね」


――俺達が倒すべき相手は、俺達の真後ろで息を殺して待っていたのだ。

 最後まで、小狡く、卑怯な手で翻弄してくる。正々堂々なんて言葉を、コイツは知らない。


「じゃ、この子はもらってくよぉ!」

 人間の形を保った、異型とは程遠い、俺達が倒すべき男が嘲笑う。

 だが、ゼロの抵抗など物ともせず、ヨミが咄嗟に撃ち込んだ銃弾を腕で受けたかと思うと、たった今まで極一般的な形状だったはずの腕は、禍々しい赤い肉塊へと変型していた。進化促進の弾丸も、届かなければ意味等無い。


 その肉塊は、ヒナの熱線も防ぐと、すっと元の人間の手に戻る。


 ゼロが何かを叫ぼうとしているが、その口は塞がれて、声にならない。

 だが、彼女は手に持ったデバイスをこちらに投げて渡すと、腰に付けた短刀で彼女の口を塞ぐ男の身体を突き刺した。

「おーおー、痛い痛い」

 所長が、身体から流れるドス黒い体液を撒き散らしながら、余裕の表情で嘲笑う。


 所長も、また俺達の誰もがそんな行動に意味が無いと思っただろう。

 だが、ゼロだけは違った。彼女の行動には、別の意図があったであろうことが、次の行動でやっと理解出来た。


 ゼロは少しずつその手に持った短刀の刀身を伸ばし、その度に彼女はその短刀を男の体内で折り続けている。

 左手で短刀を刺し、その部分に右手で熱を加え、叩き折る。

 それを何度も繰り返すことで、この男の体内には、傷ではなく、異物が混入することになる。


 おそらく、まだ誰もゼロ以外目にしていないデバイス。それを見たならばこの男こそが本物の所長であるという情報があるのだろう。

 そして、彼女が、今していることが、その裏付けなのだ。


 傷は治る。だが、異物はその数だけ、排除に時間がかかるはず。


 そう信じて、ゼロは今必死に抵抗しているのだ。

 デバイスは彼女以外扱えない。それをこちらに投げて渡したのもまた所長を油断させる為の彼女の渾身のブラフだ。


――だからこそ、ゼロは今、ヤツが所長だと分かる証を、つけようとしている。

 

 だが、それに気付かない所長はただ嘲笑う。

「相変わらず、君は馬鹿だよねえ」

 そして所長はゼロの口から手を離し、その身体を抱えると医療フロアの方へと走り去っていく。

「パンくずは、置いてくから!」

 その言葉の意味はすぐに理解出来なかったが、彼女の指が光っている事で何となく察する事が出来た。だがそれよりも前に、ヨミとヒナが所長の背中に攻撃を与えようとする。


「……ゼロちゃん!!」

 ヨミが放った銃弾のその全ては、銃弾が当たる瞬間に異形と化した身体によって防がれ、地面へと落ちる。


「その子を……離せ!!」

 ヒナが所長の脳天をめがけて撃ち込んだ熱戦は、それもまた異形の腕の防御により致命傷とは成り得ずに、まんまとゼロは連れ去られていく。


 思わず駆け出そうとするヒナの肩を掴み、俺はヒナに問いかける。

「一般フロアに入る為の権限を持ってるのは……ヒナも同じだよな?!」

 ヒナは苛立ちながらそれを肯定すると、またゼロを追って駆け出そうとする。


 だが、ゼロが連れ去られた今。この世界を救う為の方法を取るのならば、彼女を追いかけるのは、ヒナではない。


「俺が、俺とヨミが行く。だから、ヒナは一般フロアに出て、外との連絡手段を……頼む」

 

 理解はしているはずだ。

 けれど、その苛立ちと、歯がゆさが、ヒナの心をかき乱しているのは誰の目から見ても明らかだっただろう。


 だがヒナは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、頷く。

「……分かった……ッス。最悪、施設事吹き飛ばしてもらう」

 それが、きっと正しい。

 もしかすると、最初からそれこそが正しかったと思ってしまうくらいに。


 けれど、俺達は生きたかったんだ。

 それだけなのに、どうして俺達は。


 きっと、そんな事を考えてしまう人から、死んでいく。


――だから、俺は何も考えずに、所長とゼロが消えた医療フロアの方へ走り出す。


 ヨミもそれと同時に、俺の後ろを走る。銃弾は全て、装填済みなのは横目で確認していた。


 廊下には、定期的に焼け焦げた点があった。おそらくゼロが道を示してくれたのだろう。

 それはまるで、パンくずを落として歩いたヘンゼルとグレーテルのようだった。それも、小鳥についばまれる事など無く、転々と残り続ける。俺達の為の道標。


 だから、きっと俺達は彼女の元へ、辿り着ける。

ただ、この先にお菓子の家も魔女もいない。ただ、狂人が一人、いるだけだ。


 だからこそ、ハッピーエンドの気配は、少しも感じられなかった。

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