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DAYS6 -AnotherEnd2- 『恋、してみたかったな』

『戦う為の覚悟』を胸に抱いた少女の末路

【雪代垂:シズリ視点】

 ガチャン、と元私――"私達"の部屋の扉が閉まる。

 今は会議室のような、何とも言えない使われ方をしている医療フロアと居住フロアを繋ぐ部屋のドアの外で、ヨミちゃんは申し訳無さそうな顔をこちらに向ける。


『この子はどうして私が彼女の後を付いてきたかも分からないだろうにな』と思いつつも、私は出来る限りの笑顔で彼女に微笑みかけた。

「大丈夫ですよ、急ぎましょ」

 簡単な言葉ではあったが、此処で時間を取っていては仕方が無いことは彼女も分かっていたようで、彼女はホールの方へ足を進める。そこで、単純な落とし穴を見落としていた自分に嫌気が差した。

 

――そうだ、彼女の部屋は、取り替えられている。


 勝率だの、どの方法が一番良いだのと、そんなことばかり考えているだけで、私は状況というものをちゃんと掴めていない。ヒナさんなら考えもせずに分かり切っていた事だろう。

 

 馬鹿だ、私は大馬鹿だ。


 でも、だからこそ、一緒に出てきて良かったとも思った。

 彼女が向かう先、彼女の部屋があるほんの少し先で、ナナミさんは今死闘を繰り広げている可能性があるのだ。もしくは……それ以上の事は考えなかった。


 そもそも、私が警戒すべき場所、ヨミちゃんについていくというのはただの名目で、本来向かうべき場所もそこなのだから。


 ナナミさんが対多数戦闘のスペシャリストなら、ある程度のノッカーであれば殲滅出来ているはず。

 けれどこの時間になってもナナミさんが私達と合流出来ていないということは、何らかの異常事態が起きていることには間違いない。


 もし、ナナミさんがその生命を賭けてでも、そのノッカーを止められなかったならば、私達のパーティーは後ろからナナミさんを殺す程のノッカーに挟まれ、窮地に陥る事は間違い無い。


 だからこそ、私が来たのだ。三人であればと、後悔してもしきれない。

 ヨミちゃんを利用したとは言わない、言わないが、ヨミちゃんのその弾丸もまた対少数戦闘に於いて強い力を発揮する。


 だから、今の私とヨミちゃんのツーマンセルには、ナナミさんがもし何らかのノッカーを取りこぼした場合の、尻拭いという目的もあるのだ。

 尤も、それに気付いているのは私と、ヒナさんと……お兄さんも気づいているだろうか。少なくとも軽く走っているヨミちゃんすら気付いていないことだろう。


 それでも、彼女だってもしノッカーと接敵したならばやることは一つなのだ。だから、あえて言う必要なんて、無い。


 私はヨミちゃんより前に出て、それに合わせるようにヨミちゃんも軽くでは無く駆け足へと変わる。道中にノッカーの気配は無いが、それでも急がなければいけない事くらいは、誰にでも分かる。


 良く言えば、取りこぼしは無いと考えるのが無難だろうか。

 

 けれど、ナナミさんの姿が見える事も無い。

 それが私の心を不安にさせてならなかった。

 

 しばらくして、私達はナナミさんの部屋と交換されたヨミちゃんの部屋の前に辿り着く。

「ヨミちゃん、用意にどのくらいかかります?」

 私が平静を装ってヨミちゃんに話しかけると、ヨミちゃんは片手で五本の指を立てて、指折り数えていく。

「んと……弾薬バラして、火薬を袋詰めして……五分がいいとこ、かな。シーちゃんが手伝ってくれたら……もっと早くなるけど……」

 折りきった指が、丁度カウントダウンになっているようで、少しだけ和んでしまった。


 けれど、私は首を横に振る。


 それにヨミちゃんは自室のドアを開けながら、上目遣いで私の事を見ている。その瞳に不安が滲んでいるのは、明らかだった。

 彼女は私に一緒にいてほしいのだ。

 私がそれを断るという事は、一緒にいないということは、つまりナナミさんの元へ行くということを意味していることくらいヨミちゃんにも分かっていただろう。


――それでも私は、頷かない。


「ごめんね、ヨミちゃん。こっからはちょっとだけ別行動。私は一人で残ったあの子をちょっと見てくるね。道中は平気だった……ってことはヨミちゃん、一人で帰れるよね?」

 私は、ひどく残酷な事を言っている。

 端的に言えば、私は『今から、もしかしたら私は死ぬかもしれないけれど、死んでそうなら一人で皆の所へ戻ってね』と、言っているのだ。 


 それに、ヨミちゃんが気付いていなければ、良い。


 ヨミちゃんは、少しだけ考えた後、おそらく"あえて笑顔を作って"こちらに手を差し伸べて来た。

「ん、ナナミちゃんを頼むね。こっちの事は、任せて」

 強く、短い握手をして、私達は互いに進む為、分かれた。

 

 もっと仲良くしたかった、ヨミちゃんは誰とでも気兼ね無く仲良くしてくれる良い子だったから。

 もしかしたら、姉さまの人嫌いだってこの子だったら治せたかもしれないと思う程だ。


――だから……、もし死ぬなら。

 そう思ってしまうのは少しズルいな。これは、私の望みだ。

 それでも、思ってしまったのだから仕方がない。事実レイ兄様だって、ヨミちゃんに救われた。

 だって、レイ兄様の笑顔を一番引き出していたのは、この子だったから。


「じゃあ、またあとでね……!」

 そうして、私は嘘をついた。

 これが、本当なら良いと思った。


「うん! 作り終わったら先に行ってるね!」

 ヨミちゃんは笑顔で自室の扉をバタンと閉める。

 その後、すぐに聞こえかけた嗚咽に耳を塞ぐように、私は全力でコンテナ部屋を目指す。

 でも、どうだろうなあとヨミちゃんと手を離した後に一人苦笑する。

 もしかしたら私がレイ兄様の大事な存在でも、もしかしたらこの瞬間の私の決意は変わらなかったかもしれない。二人が愛のような物で繋がっているのは察していた。

 私には、まだ淡いままで、よく分からない感情。

「恋、してみたかったな」

 そんなネガティブじゃ駄目だと私は切り替えて、一人呟いて笑って駆け出す。

「生きててね」と私は小さな希望を呟きながら、開きっぱなしの部屋を視界に捉える。、見えた。その部屋を一瞬覗くが、人の気配は無い。つまりは、思った通りに、一番かは分からないにせよ、悪い状況になっているのだ。


 そしてコンテナ部屋までの曲がり角には、遠くからも視認出来る程の水たまりが出来ていた。


 簡単には乾かないくらいの、大量の水。

 それは、ナナミさんが時間を稼ぐ為にどれ程氷壁を張り続けたかの証明にもなる。


 だがそれをガリガリと削る、化物が、もう薄くなった氷壁の向こうで嘲笑っていた。


――あぁ、ゴウ兄さんがああならなくてよかった。

 

 ひどくその四肢は崩れて、焼け焦げているのが見えた。だけれど生きている。果てしない進化を狂いながらその身に取り込み続けているのだろう。あれは、おそらく特殊進化例だ。


 成れの果てと呼ぶにも違う。果てなど、あるのだろうか。際限なく進化した結果の『理性の無い成れ果てず』がそこにいた。所長と同じ、だけれど理性が無いだけ、まだマシかもしれない。


――ただ、マシなだけ。


 そして、その肉片を無理やり繋ぎ合わせて人型にした『成れ果てず』から見えた腕。

 それを見た瞬間、私の心は初めて、全力の怒りを覚えた。


「……食ったな」


 怒りは、力になるのだろうか。


「お前は、彼女を、食ったんだな」

 

 その答えが、今から分かる。


「ナナミさんを! 食ったんだな!!」


 両手から迸る電流が、水浸しの廊下の床を焦がし尽くす。


 苦しみは、豪雷のように。

 悲しみは、豪雨のように。


 雷が届き、痛みに叫ぶ『成れ果てず』の声など、私にはもう聞こえない、耳鳴りと、私の叫びの大きさが勝っていた。


 それでも氷壁が割れる瞬間を、私は見逃さない。

 雷撃が『成れ果てず』の身体を貫く。

 雷撃はヤツの歪な、不快でしかない身体を伝い、床を伝い、空を伝い、空間全てを包み込み、その身体を硬直させた。

 

 だが、数秒の沈黙の後に、気付いてしまう。


――これで倒せるなら、ナナミさんが、負けるはずがない。


 プスプスと焼ける音がする。焦げているならダメージは受けている。これは間違いなく、死に近付く音の筈。

 けれど、この程度で倒せる相手なら、どうしてナナミさんが食われているのだ。


――あの豪炎を以て、あの凍結を以て、何故ナナミさんが、アイツに殺された?


「取り込むんだ、力でさえも……」

  その疑問に気付いた瞬間に、私の右腕がノッカーから伸びた触手によって斬り落とされたのに気付いた。

 ボトリ、と私の身体にしては重い音をさせながら、右手が落ちるのをスローモーションで見ているような気がした。

 痛みが、襲ってくる瞬間に、残った左手で、傷口を焼き切る。


――吹き出る血液等、邪魔なだけだ。


 何より私はもう、痛みに動じる程、人間じみてはいない。

「化け物同士、仲良くしましょう? 目が合った瞬間に敵同士なんてナンセンスですよ。あぁ、でも"今回"はこちらからでしたね」


 不敵な笑みが、覚悟を強めていく。


 後悔の連続が、精神を強めていく。


 正当な怒りが、理性を壊していく。


「私もね、特殊進化例なんですよ。貴方がそれ、出来るんなら、お揃いですよね」

 

 そして、その全てを引き換えにして、力が、増幅していく。


「ゴウ兄さん、ムク姉さん。全部、頂きます」

 私は、落ちたままの自分の腕を手に取り、その腕を思い切り食いちぎった。


――私は狂わない。けれど私は、自分の意思で狂う事は出来る。


 ゴウ兄さんの手を飲み込んだ事によって、鋭くなった牙で私は私の腕に食らいついていく。

 私の中に、兄さんと姉さんが取り込まれていくのを感じる。

 それが偽物であったとしても、私がナナミさんのオペルームの力によって、この身体の中に留めて、共に戦おうとしていた二人の力を食らうという行為は、私の特殊進化例としてのリミッターを外すには、もってこいの動作だったように思える。


 ナンセンスだと、私の脳が嘲笑っている。

 私の人間性が、進化に敗北していくことを、脳が嘲笑っている。

 けれど私は、私の魂は、今この瞬間、力に高揚している。

 

 自分の腕を齧るという行為が、中々に野蛮に思えて少しだけ恥ずかしいなんてのは、今更の事だ。

そふぇへも(それでも)ひゃま(邪魔)あんえんふ(ナンセンス)はんですって、ば!!」

 雷撃を叩きつけて、動きを止める。食事を邪魔するのは、ご法度だ。ヤツの腕をかじりつくゴウ兄さんの事を思い出して、少し嬉しい気持ちになりながら、私は私をむさぼり食う。


――そして、私は私なりの『果て』になった。


「ごちそうさまでした。そして、頂きます」


――勝率そんなものは、もう知らない。


 ただ、間違いなく、これは確定事項にしなくてはいけない事が二つある。

 一つはもう済んだ事。ヤツを『彼女が止めた』という確定事項がある。そのおかげで、少なくともヨミちゃんが襲われる事は無かった。


 もう一つ、今から確定させなければいけない事、それは"私達"で『ヤツを止める』という事だ。


 もう、私に言葉はいらない。そう思った瞬間に、私の脳から言葉が消えた。その代わりに、力が漲っていく。


 触手に斬り落とされたはずの右手が、メキメキと音を立てて修復していく。流石に、私の身体も常軌を逸したらしい。食べた分が、すぐに力になるなんて、便利な身体だ。


 そして、肉を食らい終えた私を待っていたかのように、すかさず飛んでくる触手に対して私は即座に反応する。

「ウゥ……アァ!!!」


――すごい、本当に言葉が出なくなっちゃった。


 思考が、まだ残っているのが救いだ。でも、もう少しで、これもいらなくなる。


 考えるべき事はもう少ない。

 ナナミさんはコイツを引き止めて、死んだ。


 ヨミちゃんは言いつけを守ってくれたならヒナさんの所へ戻る。

 言いつけを破ってこちらに来ても、その頃には勝負はついているはずだ。五分あるなら、それでいい。


 ナナミさんの全力を以て、倒しきれなかったヤツを野放しにするわけには、絶対にいかない。止めてくれなければ、全滅すら有り得たのだ。

 

 まあつまり、いつかの私が思っていた序列通り――その順番ももう忘れてしまったが、私が生命を賭けてヤツを止めてしまえば、いいだけの話。


 だから、私はもう、深く考える事をやめた。

 私は、『考える』という些細な挟持を、捨て去った。


 すぅっと、肩の力が降りる。ピタリと、脳を動かす力が止む。そして、その分の力が、全身に伝わるように、流れていく。


 さあ、怒れ、稲光れ、喰らえ。

 私はもう、雪代垂ではない。


――私は、死であり、業であり、無垢な、化け物だ。


 ただ純粋に、喰らうだけ。

 ただ純粋に、殺すだけ。

 そして、全てを背負ったまま、その先へ。

  

 触手を引きずり回して、ヤツの顔面に爪を立てる。そして、そのまま私はその耳に齧り付き、その肉を喰らう。


 ヤツは声を出さずに、もがいている。こいつも、声を捨てたのだろう。


 齧り取ったヤツの耳から、力が流れ込んでくる。


 私の右腕が、即座に肥大する。


 その右腕で、私を死に至らしめようと幾多にも身体を襲う触手をちぎり取った。そして、その手に残る触手を口に含む。


 左手でヤツの顔面を掴み、壁に思い切り叩きつけながら、ムク姉さんの電流を浴びせる。ヤツが怯むその間に、私の背中から生えた無数の触手が、ヤツの腹部を貫く。


 私はそこから数歩下がると、もうヤツは動く術を持っていなかった。


 何故ならば、最早ヤツは壁に張り付けの状態で、必死に伸ばす触手はただの『私という果て』という化け物の餌になるだけなのだから。


 ただ、いくら食らっても、斬り裂いても、かじりついても、ヤツは再生した。


 つまり、これのせいでナナミさんはやりそこねたんだろう。

 けれど、その生命の所有権が私に移れば、話は別なのだ。


 コイツを喰らい尽くすということは、ナナミさんをも喰らうという事だ。 

 その事実を打ち消すが如く、私はヤツに齧りつく。


――音だけが響く、声の無い、戦いだった。


 するとヤツはあろうことに、火花を散らして見せた。

 それが私の怒りに、更に火をつけた事も知らずに。

 

 その火花を上回る電流で打ち消すと、ヤツはすかさず私の左手を止めようと凍らせようとしてくる。

 それが私の怒りに、更に冷酷さを与えることも知らずに。


 もう、勝敗は明らかだった。ナナミさんが負けて、私が勝ったのは、単純な話だ。


――私が、本当の化け物になったから。

 

 打ち砕き、喰らう。

 きりさき、食らう。

 やきこがし、くらう。


 それが、ひたすら、つづく。

 ごふん、まにあわせ、なきゃ。

 

 すこしずつ、ちいさくなっていくばけもの。

 すこしずつ、おおきくなっていくばけもの。

 

 ばけものの、たたかいが、おわる。

 やつのにくが、うごかなくなった。


 わたしは、おおきなばけものになっていた。


 けれど、すくいは、まだ、りせいがのこっていたということ。

 ふかいこと、かんがえられない。

 けいさん、わからない。


 けれどわかる。


――おにいちゃん、おねえちゃん、かったよ。 


 おにいちゃん、おそろい。

 おねえちゃん、わたしとも、あそぼうね。


 こんてな、のなかで、くびをしめる。

 くるしい、けれど、しななきゃ、ころしちゃう、から。


 まちがて、なかったよね。

 だいじょぶ、だよね。

 あと、まかせて、いいよね。


 なんせんす? じゃ、ないよね。


 うん、だいじょぶ。


 きっと、みんなは、だいじょうぶ。


 くびがしまる、しかいがしろ、ぱちぱち。


 ゆきが、ふって、いる、みたい。

【雪代垂:シズリ】

DAYS3 -7~10,AS1~AS2- DAYS4 -1-

DAYS5 -9~10- DAYS6 -2,-AS2 -AE2

固有武器:『業力(ゴウリキ)』『椋雷(リョウライ)』『果て』

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