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DAYS6 -7- 『なら私は先に言っておきます』

 俺とナナミが二人でノッカーの状態を確認しに向かったのにも関わらず、俺一人がホールへと駆け寄って来るのを見て、すぐに何かを悟ったような表情をしていたのはヒナ、シズリの二人だった。

 ゼロとヨミの二人は状況をすぐに掴めずに不安げな顔をした後、俺の表情を見て、事実を悟ったようだった。

 

 そしてヨミが俺へと駆け寄ってくる。

「ナナミちゃんは!? ナナミちゃんはどうしたんですか!?」

 ヨミは俺の服を掴んで詰め寄ってくる。

 想像していた通りの反応に、俺はナナミと別れてからホールまでの道中を走って尚、未だに考えつけずにいたナナミについての説明を考える。


「あいつは……」

 俺がそう言いかけたところでシズリがヨミの肩を軽く掴んで、俺の言葉を遮った。

「適材適所……ですよ。どうせ、山盛りだったんですよね?」

 俺はシズリの言葉に静かに頷き、ヨミが俺の顔を不安げな表情で覗き込む。


「だったら、ナナミさんが一番適してます」

 ハッキリと、冷酷かとも思える程に、冷静を装って事実を言葉にするシズリだったが、その声は少しだけ震えていた。


「ドアは、開けてある。あいつの為の退路は、用意してきた」

 その言葉に、シズリは少しだけ意外そうな顔をしていた。そして、ヨミは少しだけ安心したような素振りを見せる。

 その安心からか、やっと俺の服を強く掴んでいた事にも気がついたのだろう、彼女は俺の服を慌てて離した。

「あっ……おにーさん。服、ごめんなさい……」

 そう言って、ヨミは俺から離れ未だ心配そうな顔をしているゼロの方に歩いていった。

 飛びかかって服を掴むなんて、ヨミにしては少し短絡的な行動のような気もしたが、親友が戦地に赴いて戻って来なかったのだ。

 そうして安否まで不明となれば、仕方もないだろう。俺だって、逆の立場だったら似たような事をしてしまっていたかもしれない。

 

 俺はシズリに事の顛末を説明すると、彼女は難しい顔をしながら、小さく息を吐いた。

「多分……駄目、でしょうね」

 俺以外には聞こえないように、シズリは声を震わせながらも、まるで自分を奮い立たせるかように、事実を口にする。

「せめて三人なら……、ただお兄様がいるなら、まだ……」

 彼女はブツブツと呟きながらも、その表情は暗い。

「でも、退路は、用意してきた」

 俺に言える事は、俺がしてきた事実を、改めて伝える事だけだった。


「そこは……気が効きましたね」

 シズリが意外そうな表情した理由は、おそらくそれだったのだろう。だけれど、それでもその扉を彼女がくぐらないであろう事をシズリは分かっている。


――俺ですら、分かっていたくらいなのだから。


「それでも、話を聞く限りは、私達はあの子が戻ってくるのを待つよりも、先に進む事を、あの子は望んでいるんでしょうね」

「ああ……だろうな」

 ナナミが言っていた今現在の俺達の中の生命の序列については、シズリも想像しうる所だっただろう。

 だから、ナナミがその序列の一番下にいるということは、残酷ながらもシズリは理解していた。俺もまた、ナナミ自身から聞かされて理解はしていた。

 

――俺達は、俺達だけは、冷静でいなきゃいけない。


「確定された死が、俺は許せなかった」

 同じく、誰にも聞こえないように小声でシズリに返すと、彼女は小さく頷いた。

「だからこそ、少し意外でした。一番冷たいのは、きっと私ですね」 

 彼女は自嘲して、天井を仰ぐ。

 一番冷たいという彼女のその言葉は『冷酷』か『冷静』か、どちらの意味だったのだろうか。

「俺の悪い癖、なのかもしれないな」

「それを言うのは、ナンセンスですよ。美点でもあります」

 そう言って、彼女は足早に医療フロアの方へと歩き始めた。


 俺も、またシズリも、ヒナも、おそらくはもう気付いている。

 ナナミが、帰らないことに。


「けれど」

 俺が考えていた事を覆すかのような事をシズリが言う。


「それでも、お兄様のその優しさが、ナナミちゃんを、ナナミちゃんの心を、救ったかもしれない」

 気休めなのは分かっていた。

 分かっていたけれど、その理解が何より有難かった。

「あぁ、そうあって欲しい」

 まだ、想定外の現実に、眼の前にしていたはずの現実に、理解が追いついていない自分がいた。それでも、すべきことは、しなければならない。

 ヒナとゼロ、ヨミの元へシズリと共に歩み寄ると、ヨミの説明により大体の理解が得られているようだった。

「多少話す時間は大丈夫だろうけれど、出るなら早い方が良い」

 俺は、今俺がどれだけ残酷な事を言っているか気付いている。けれど、皆それを黙って聞いていた。ヨミでさえも、口を結んで黙って聞いていた。


「行きましょう……所長が本物かどうかの判別は、私が出来ますから」

 行動の開始を促したのは、意外にもゼロだった。

 その左手に持った本型デバイスを掲げて見せてくる。

「これを持ったまま、相手の目を見れば」

 要は向こうで精巧なコピーを作られていたら、倒したつもりでも偽物の可能性がある。それを危惧しての手段だ。


 ゼロは苦笑しながらそのデバイスを撫でる。

「あはは……言っちゃなんですけど、あんまり役に立たない子だと思ってたんですが……まさか最後の最後で大活躍とは……」


 そう言うと、ゼロは背を向け、医療フロアがある東側廊下の方を向いた。もう既に、ヒナは廊下の壁に背をもたれて立っている。


 そしてその隣でヨミが大きな袋を手にして、ボソボソとヒナと話しているのが見えた。

「じゃあ、行こうか」

 俺はいつの間にか、歩を止めていたシズリを促して、共に歩き出す。

「結局、私達は間違ってばかりですね」

「アイツに聞かなきゃ、分かんないさ」

 シズリを慰めるように、無理をして笑った。

「ケロっとした顔で、戻ってくれたら良いのにな……」

 彼女のその声色には、希望の音色が全くと言っていいほど、籠もっていなかった。

「意外と、あるのかもしれない、けどな」

 俺のこの声色にも、絶望の音色が漂っている事を感じていた。

 

 それでも、俺達はシズリが生活していた部屋の中まで入り、先へと進む準備の為に、一旦改めて作戦を確認する。

「フタミくん。こっから外、ドアのすぐ前にいるヤツラ、どのくらいか分かるッスか?」

 ホールにたどり着いてから、初めてヒナの声を聞いた。その声のトーンからはもう真面目な印象しか受けない。だが、その相変わらずのふざけた口調がバランスよく、言葉から冷たさを排除していた。


 ヒナに言われた通り、感覚の青を久々に走らせる。その量は、二十体程。さっきのコンテナ部屋の量を見ていなければ寒気がしていた量だ。


「大体、二十かそこらだな……。小さいのはほぼいない」

 そう言うと、ヒナがヨミの方を向いて頷くのが見えた。


「じゃー、切り札をまず使わなきゃですねぇ……」

 言いながらヨミはポシェットから袋を取り出して、こちらに見せてから、ヒナに手渡す。


「この中には、ヨミちゃんの弾薬と火薬が山のように入ってます。それを私かゼロちゃんの熱線、もしくはヨミちゃんの中で撃ち抜く。対ノッカー専用の広範囲手榴弾みたいなもんッスね」

「少しでも当たったら人も死んじゃいますけどね」

 シズリの冷静な一言を気にせずヒナは続ける。

「んー、本当は初っ端から使いたく無かったんですけど、入り口ならまだ取りに行く余裕がありますから、やっちゃいましょ。後一回くらいは、作れるんスよね?」

 ヒナがヨミに聞くと、ヨミはコクリと頷く。


「部屋まで戻れたら、後一回分は……。ごめんなさい、もっと用意して持ってきておけば良かったですよね……」

 申し訳無さそうに頭を下げるヨミをゼロは撫でる。

「いいんスよ、これ、女の子にはすっごい重いし、持ち歩くだけでも大変だったでしょ? 使えるか分かんない物を自分から作ってきてくれただけ有り難いッスよ。それに、取りに行く時間も無かったですし」

 ヒナのフォローに、ヨミは少しだけ笑みを零す。それが純粋な笑みで無い事くらい分かっていても、少しだけその強さに安心した。

  

「ただ、この扉を開けた瞬間に、医療フロアと此処を繋いでるロックが解除されるから、こいつを投げて爆破を確認したら、私達はこの部屋から出てジリ貧にならないように向こう側から来るノッカー相手にこの扉を死守。ヨミちゃんは急いでもうワンセット分の手榴弾をこさえて持ってくる。これでオッケーッスかね?」

 状況分析はシズリの方が勝っているにしても、戦闘の指揮自体はヒナに任せるのが一番正しいようだ。おそらく間違った事は言っていない。

 所長がどのくらい進化しているかは分からないが、ここで数十体を相手にしている程、時間の余裕も、俺やヒナはともかく他のメンバーの体力の余裕も無い。


 このドアの向こうは三叉路になっていたはずだ。

ならば大量のノッカーで溢れていなければ、三人程残れば一方向ずつ、対少数の戦いが出来るはず。

 

 そして、対少数に対してならば、ここにいる化け物混じりの人間達は、べらぼうに強い。


 ヒナの言葉に全員が頷き、ヨミが居住フロアに戻ろうとすると、さっき俺にしがみつくヨミを止めた時よりもずっと優しく、シズリがその肩を叩く。

「私も、行きますよ。その方が、安心ですから」


 どうやら、副指揮はシズリが取るのが正しいようだった。

 ヒナは少し考えた後に、頷く。

「そうッスね……お願いします」

 

 その意味を、ヨミはいまいち理解していないようだったが、少なくともそれ以外の全員は理解が出来ていた。

 

 ナナミが取りこぼしていたノッカーが居た場合の危険性の話だ。彼女が取りこぼす程の力があるノッカーがもしいた場合、まずはヨミを失う事になる。そうなった時に、俺が冷静でいられる自信が無い事も、情けないながらも全員分かっていただろう。

 

 シズリのその提案は、それを避けるべきの行動なのだろうと思った。尤も、シズリとヨミを二人とも失うかもしれない危険性はある。

 そして、ヨミ一人で逃げおおせる可能性もあれば、ナナミが全てのノッカーを排除して、生きているナナミと出会える可能性だってあった。


 けれど、シズリはその全てを考えた結果。

 一番の安定を選んだのだ。 

「じゃ、ヨミちゃん。お先にどうぞ」

 その言葉を聞いて、ヨミは何かを察したらしく、ドアを開けっ放しにして、こちらを見ていた。

「ナナミちゃんの事、『"あいつに聞かなきゃ、分かんない"』でしたよね? なら私は先に言っておきます」

 シズリが、ヨミにだけ聞こえないように、こちらに真っ直ぐ向き合う。

「私は、お兄様に救われましたよ。ゼロさんの事、頼みます」

 それを聞いたヒナは変わらず押し黙り、ゼロも何か言いたげにしていたが、黙っていた。

「それと同じくらい、皆さんにも救われました。だからもし、私が死んじゃう事があっても、必ずしもそれが間違いかどうかは分からない。だって私は絶対に、ヨミちゃんを守るから。だからお兄様も、ね? ナンセンスかも、しれませんけど」

 俺は彼女の頭をそっと撫でて、小さく笑った。

「俺の方が背中は大きいんだから、少し背負う量が増えるくらい。どうってこと、無いさ」

「その顔でその台詞は、ナンセンスですけどね」

 シズリは俺に柔らかい笑顔を見せてから、くるりと舞うように振り返る。

「じゃあ、行って参ります」

 そのまま、シズリはヒナと共に部屋を出ていった。


 それを確認して、やっとヒナが口を開く。

 そのトーンはだいぶ落ちていた。

「最悪のケースだと、ここから先は三人。誰か一人でも良い。刺し違えたら、こっちの勝ち……ッスよね?」

「うん、勝ち」

 ゼロが、即座に肯定する。

 そのくらいに、彼女の中ではもう、生命よりも世界を優先しているのだろう。


「ん、じゃあこいつの威力……見てみますか!」

 ヒナは明るく言いながら、医療フロア側のドアを勢いよく開け、大量にいるノッカーに一瞬顔をしかめながら、ヤツらに弾かれない程度の場所に、ヨミが持ってきた先がきつく縛られた袋を上に放り投げる。


 ジャラリ、ザラリとした音を立てながら袋が宙を舞う。


 そしてヒナは、その袋に向けて右手の指を銃の形にして熱線を放つ、それが袋を撃ち抜く寸前に、ドアを閉めた。

「ばーん、からの」

 熱線を当てるくらいはお手の物なのだろう。

 ドアの外で激しい破裂音がする。

「どがーんってわけっスね」

 そして、青を走らせて、その威力に驚いた。

 

 外にいたノッカーが、一体もいない。

「ヒナ、開けていいぞ」

 その言葉で状況が理解出来たのだろう。ヒナは不敵な笑みを浮かべながらドアを蹴り開けて、ニカっと笑う。

「ん、この威力を考えたら、持ってきてもらったほうが、良いっスよね?」

 全てのノッカーが、溶け、弾け、焼け、死に絶えていた。


「あぁ、まぁな……」

 シズリが命をかけている。ヒナもまた生命をかけている。

 確かに威力は凄まじいが、手放しで喜べるような状況では無かった。

 ゼロはその威力に小さく苦笑し、ヒナは笑っていた。彼女のそれが本心かどうかは、分からなかった。思えば少しだけ、ナナミに似ているような気がする。


「ほら、じゃあ私達はここを死守。フタミくんは目の前でお願いッス。

 遠距離攻撃が撃てる私達はお互いを気にしながら左右で!」

 

――そうしてすぐに出される的確な指示。

 未だに、ヒナ――雛崎奏(ひなさきかなで)という女性の心は分からない。


「じゃあ、私は左! ゼロちゃん、絶対に無理しないでね!」

 でも、少なくともゼロの事だけは愛以上の何かがあるのだろうことは理解出来た。

「はい! 持ちこたえましょう!」


 俺は、二人の会話を聞きながら、イスルギを構え前に進み出る。


 これは、守るの為の戦いで、待つ為の戦いかもしれない。

 一人の少女に守られた後で、二人の少女が走っている間にしている事だ。


――それでも、勝つ為の戦いだ。


 思えば、何かを求める為の戦いや、逃げる戦い、迎えに行く戦いばかりだった。

 今更ながら、誰かを待ちながら戦うというのは心がざわつくということに気が付きながら、俺はイスルギで目の前のノッカーの首を跳ね飛ばした。

 

「……一体目」

 俺は絶命したノッカーを見て、小さく呟く。

 二人が無事に帰ってくる事を祈りながら、心を冷静に保つ為に、数を数え始める。

 この数が百に届くまでには、無事に帰ってきてほしいと、心から願いながら。

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