DAYS6 -AnotherEnd1- 『ちゃんと、楽しかったよ』
『守る為の覚悟』を胸に抱いた一人の少女の最期
【九条七希:ナナミ視点】
フタミ君……お兄さんが私の元を去って数分。
私が作り出した氷壁もそろそろバキバキと音を立てて削られていく。
「ずーっとイージーモードだったのかなぁ……」
一人、呟く。
氷壁の向こうでは、見たことの無いようなノッカーが目白押しだった。
死にかけは軟体ノッカーに食われて新しい生物へと進化するのかもしれない。
死にかけもまた、何らかの力を以て、どこかしらが肥大化していたり、見たことのない姿ばかり。
「それでも急にこの緩急の差は、クソゲーだよねぇ」
この調子で考えると、所長もものすごーく面倒な生物になっているんだろうなと、今更ながら皆を案じている私に思わず苦笑してしまった。
お兄さんが開いたままにしてくれたドアが、私に少しだけ生きる希望を与えてくれたのは間違い無い。けれど、希望だけで生きていける程、この施設は優しくない。
とはいえ、この前の改造で装置に映っていた表示、平たく言えば適切な処置が無ければ君の身体は限界だからねっていう警告通りを信じるのであれば、戻った所で……という話でもあるのだ。適切な処置など、この施設にあってたまるか。
それでも、まだ希望に繋がる可能性を信じている、彼の行為を無為にするわけにもいかなかった。
それ以上に、何より、ちょっとだけ嬉しかった。
本当に頑張ろうとしていることを、ちゃんと分かってくれたんだなって思った。
私の覚悟を受け入れた上で、彼の想いもちゃんと伝えてくれたことが、嬉しかった。
シーちゃんじゃなくても分かる。この戦いに、勝利は無いだろう。
それでも負けないかも、しれない。だからどうなるかはこれから次第。
「じゃあ、まぁ行きましょっかぁ」
一人呟いて、氷壁を削りきられる前に、両手に力を込める。時間稼ぎは出来たけれど、ここからはジリ貧ってわけにも行かない。
まさか医療フロアでの取りこぼしがこんな、居住フロアの端っこまでやってくるとは思えないけれど、それでも向こうの敵が減るならば願ったり叶ったりだ。
けれど、大して数も減らせずにやられちゃうわけにはいかない。
一体でも多く、仕留めるのが私の役目。
本当は、それだけだったけれど、今はもう一つだけある。
「そして生き残るのが私の役目、なんだってさ」
眼の前の氷壁に左手を当て、力を込めると、氷壁の向こうから数十本の氷柱が飛び出し、氷壁に群がっていたノッカー達を串刺しにする。
慣れと発想に力が加わったなら、要は有象無象など、相手にもならない。
ただ、それを物ともしない個体がいるのだから、困ってしまう。
手から伝わる廊下を横切る一枚の氷壁から、真っ直ぐに一枚の氷壁を伸ばし、コンテナ部屋を二つに分断する。
流石に数十体を一人でいなすというのは、面倒だ。
手強そうに見えるのは、その身体中を盾のような皮膚に包まれたスライムのような見た目をしているノッカー。
というよりも単純に物体とでも言った方が正しいような新型だった。
――緩やかな動き、だが明らかに歪な巨躯。
ヤツは砕けた氷柱の上をもぞもぞと這うようにして移動していた。敵意は見えないが、本能が変化していっているのかもしれない。けれど結局、相対するのは間違い無い。
――何故ならヤツは、ノッカーを食っている。
殺すべきを殺すだけ、ならば考える必要なども無いけれど、きっと多くの盾持ちノッカーを食べた軟体ノッカーなのだろうなと思った。どういう進化をすればこうなるのかは分からなかったが、その巨躯に隠れているる小型ノッカー達が、何とも鬱陶しかった。
「鬱陶しいなあ!」
私は自分で作って氷壁の右手側を蹴り壊し、部屋の真ん中を切り離す為に作ってある氷壁を溶かさない程度の右手の炎を、巨躯一体と小型の群へと叩き込む。
「氷岩戸……ひんやり火炙り!」
右手から迸る炎をその『盾持ち軟体ノッカー』なんていうなんとも名前の付けにくいカッチカチのうにゃうにゃ生物の周りに這わせると、吐き気のするような匂いと共に肉の焼ける音がする。
――これで盾の裏に隠れていた雑魚は多分、やれたはず。
だけれどそのカチうにゃは、固まったまま動かない。
しかも、その身体は肥大化しているような気がする。
「まずっ、ダメなヤツじゃんか!」
何が『カチうにゃ』だ。そんな可愛い見た目でも無ければ、可愛い事をしているヤツでもあるまいに、可愛いのは私のネーミングセンス。それだけだ。
そんな事を思いながら、私はもう既に熱を感じていた。
巨躯の軟体ノッカーから炎が吹き出てくる。
つまりは、私の炎を取り込んで、そのままこちらに返して来たということだ。
――ということは、つまりさっきの氷柱もそのまま。
そう思った瞬間に、右足に違和感が走った。
「あぁもう、考える時間くらい、頂戴ってば!」
ヤツが勢いよく吐き出した私の氷柱で、私の右足が貫かれていた。
要は、こいつは手を出しちゃダメなタイプのノッカーなのだ。完全に今までにいなかったタイプ。倒す事自体が不毛なタイプだ。
じゃあ、どう殺せばいい? 頭をフル回転させるが、私の武装では方法が思いつかない。
「とりあえず、隔離!」
巨躯の軟体ノッカーが部屋に一体しかいなかったのは助かった。
右手側にはもうヤツ一体しか残っていないが、逆側で氷壁を叩く何十体ものノッカーは健在だ。ヤツラの目がこちらに向いているうちに、確実に数を減らすのが正解。
「キミの相手は、皆の後ね!」
私は軟体ノッカーを囲むように、厚い氷壁を張る。
見た所、ヤツは私の炎を吐き出し、私の氷柱で攻撃をしてきただけだ。ということはヤツ自身の攻撃手段自体はそう強くないように思える。ならばこれで少し時間は稼げるはず。
そう思い、後ろを振り返った瞬間、いつの間にか何処からか湧いて出ていた小型ノッカーの腕が私の首元を狙っていた。
「っぶな!」
燃える右手でその腕を掴み、そのまま焼き殺す。
こんな時、お兄さんみたいに周りの状況が把握出来たらなあなんて考える。
結局私は、武装頼り。
けれど対多数で譲る気はない。
「ほら、じゃあ皆まとめて、おいで!」
廊下まで一気に駆けた私は、厚い氷壁に包まれたヤツ以外全員に向けて、不敵な笑みを見せる
相手が私の生命を奪おうとするのなら、私が生命を奪ってもいい事くらい、とっくの昔に覚えた事だ。
「地を這うならば、動きを止める」
左手を、床に付け、ゆっくりと呟く。
これは氷壁の応用。
氷壁を地面に、それも横方向に張る。
単純な、氷の床。
だが急に足元が凍りついた為地面に足をつけていた全てのノッカーの動きが止まる。
「空を飛ぶならば、その羽根の灰も残さない」
そして、その氷が走った瞬間に地面にいなかった小賢しいノッカー達は、全員が右手から飛んだ炎が焼き尽くしていく。
まるで炎の一筆書き。
棒花火で絵を書くかのように、私の右手が生んだたった一本の豪炎が空を舞う。
その豪炎は、氷に囚われなかったノッカー全てを焼き尽くした後、氷に囚われたままのノッカー達の身体にも這い寄り、全てを灰にした。
流石にこれだけの量のノッカーを焼き尽くし、これだけの量の冷気を出し続けると、疲れも出てきたが、このペースであれば、この部屋のノッカーの殲滅はおそらく可能だ。
――尤も、私が今封じているあの妙な軟体ノッカーだけはわからないが。
結局、私はこの身に全武装を仕込むなんて大言壮語を吐いて置きながら、自分の身体に施す事が出来たのは、あらゆる方法でこの両手の炎と氷の力を上げる事だけだった。今更、銃弾を撃てたとしても技術が無い。
この右手の代わり、左手の代わりには、ならないのだ。
――それだけ、私はこの炎と氷の力に、頼り続けていたということになる。
「ん、ありがとね」
一人呟く。私の身体は、もう私だけの身体じゃない。だからこの両手もまた、私だけの物じゃないのだ。私は無理やりに忘れてしまった誰かを想った。
しかし、その炎と氷だけでも、だとしても何とかなりそうだ。
コンテナ部屋にいたノッカー達は、氷壁で囲った軟体ノッカー以外の全てを殲滅完了。
右足は負傷したが、歩くことくらいなら可能だ。
余力は少ないが、戦闘自体もまだなんとかなるはず。
もう一度くらい、改造しても自分の身体はもってくれないだろうかと考えていると、軟体ノッカーを隔離していた氷壁に穴が空き始める。
そして、その穴から出てきたのは、肉の塊、というよりも、触手。
「あぁー……、お昼ご飯……」
その触手を凍らせ、まだ無事な左足で叩き割るが、氷壁からは無数の触手が飛び出してきて、対処が間に合わない。
そしてその触手は、どうやら私を"狙っていない"ようだった。
「こんなに可愛い子がいるのになぁ……」
まるで私の事など興味無いかのように、そこらじゅうに散らばるノッカーの死体を自分の中に詰め込み続けている。この生物はこうやって、進化していく途中の生物なのだろう。ならば、なんとしてもこの場で倒しきらなければいけない。
何者かになる為に、死を食らい続けて、強くなっていく生物。
それはまるで、私のよく知っている、誰かに似ているようで。
私達が倒そうとしている大馬鹿野郎と、ヤツは同じ事をしている。
「だったら尚更、此処で止めなきゃ」
――守る為に、倒さなきゃいけない。
そのうちに氷壁が割れると、そこにいたのはもう軟体ノッカーとは呼べないような、自立した足を持つ化物だった。
天井にも届きそうな進化のスピードが、尋常ではない。
足のような物、手のような物、大きな口、そして大きな身体中の各所から伸び縮みする触手。その数は数十本といったところだろうか。
もう、この部屋にいる存在は私と、この化け物だけだ。
もう、この部屋にいる人ならざるものは、私達だけだ。
「試しに、もいっかい!」
氷壁をノッカーの四辺に張ろうとするが、それはいともたやすく阻止されてしまう。
数十本の触手を一辺の氷壁の上に被せたと思うと、その触手達が千切れることも厭わず、私の氷壁を力で押し崩す。
そして、今更になって、やっと私を敵と認識したのだろう。
その押し崩した氷壁の上にある触手の中から無事な数本を私にけしかかるそのスピードは、先程の鈍さとは比べ物にならない程で、対応すら出来ずに私は腹部を触手で貫かれる。
――その触手の先には、刃。
「だぁから、切れる、わけね……」
おそらく、小型ノッカーの腕から取り込んだ鎌の部分を使っているのだろう。氷壁を押し崩す触手達に混ざって、氷壁を切り落としすぐに動かせるのも納得出来る。
明らかな強敵。というよりも、強敵になるまでのスピードが速すぎる。
恐怖を覚える程の、進化速度。私を敵とハッキリと判断するまでのタイムラグも、知能の進化によりものであるならば、所長に近いレベルで放っておけない相手だ。
実際、時間稼ぎをして、居住フロアに閉じ込めたとしても、放っておくだけでこいつは行ける場所全てのノッカーを食らい進化していくだろう。
「そんなの、何人も、何体もいてたまるかっての!」
そんな事を言いつつ頭を抱えたくなりながらも、私はノッカーと距離と取り、廊下側に厚い氷壁を張る。
それまでの間に、右肩、右足、腹部をその触手で貫かれた。
奴は、歩く必要すら無いと言わんばかりに、動かずに私を甚振り続ける。
だけれど氷壁は張れた。
これで、少なくともこの氷が溶け切るまでは、とりあえずヤツが自由に動き回ることはない。最初にヤツを拘束した氷壁は炎で溶けかけていた事もあったから、すぐに無くなってしまったが。改めてこいつ一体であれば、少なくとも少しは保つだろう。
その代り、要するに私もこの部屋から出られない。
さっきのスピードから考えて、私が悠長に部屋から出られる時間など無い。
本当ならば、こいつだけをこの部屋に閉じ込めたかったが、それを安々とさせてくれる相手では無いことは、もう分かりきっていた。
襲いくる触手を、私は頭部を狙う物を中心に焼き切り、凍らせる。 右腕や、左腕を貫かれた所で、痛みなどはない。
だけれど、唯一改造を施していないこの脳だけは守る必要があった。 だが、そんな攻防が数分続くだけで、全ての触手が頭部を狙う物になる。
やはりこのノッカーには、学習機能がある。軟体からの進化速度、学習能力、そしてその強さ、明らかに特殊進化例だ。
もしこの事実を知れば、考えたくもないが所長はおそらく大喜びだっただろう。
「彼らを、彼女らを守れるのなら、この心臓ですら、くれてやる……ッッ!」
叫びながら、私は触手を受け止め続ける。
「だけれど、此処だけはまだ、あげないから!」
もういい。君の強さはよく分かったよ。
私も似たようなものだから、分かる。ヤツは沢山の仲間の死を見て、まだ悲しいという感情は抱けないだろう。
それだけが、羨ましいと思った。
遅い来る触手をあえて右手で受けて、その隙に私は一撃で触手が貫通しないであろう厚さの氷壁を目の前に張る。案の定パキッ……バキッという音を立てて氷壁に触手が当たる音がした。
私はそれが壊される前に、もう一度廊下に張った氷壁を厚く厚く張りなおし、万全を期して、覚悟を決める。
――お兄さん、せっかく開けてくれたのになぁ。
そう思いながら、眼の前の氷壁が割れるまでの短い間に、皆の事を思い出した。
ヨミちゃんと、バカな事でハシャギあったのが懐かしい。
なむちゃんの、髪を綺麗に切りそろえてあげたのが懐かしい。
シーちゃんと、女同士の強い決意を確認しあったのが懐かしい。
ゼロちゃんやヒナさんとは、もっと仲良くなりたかった。
お兄さんとは、最後にちゃんと分かりあえる事が出来て、良かったな。
私としては、やった方だ。頑張った方だよ。
だってこんなのがいるなんて知らなかったし、だけれど、知らなくて良かった。
私だけで何とか出来て、良かった。
大丈夫、覚悟は、出来てる。
これで、皆を守れるなら、私は、死ねる。
氷壁が、割れる。
そして、私の脳天めがけて、触手が襲い来るのを、私はもう冷気もロクに出ない左手で掴み、腕が千切れる程の力で自分の方へ引っ張った。
理外の行動だと、理解出来ただろうか。
想定外の行動だと、焦っただろうか。ならばざまあみろだ。
ノッカーは思わず体制を崩しながら、こちら側へと引き寄せられる。
そして私は、その歪な口に、右拳を思い切り叩き込んだ。
突然の事にもがくノッカー、私の身体中を貫く触手。
だけど、今度はそっちがもう遅い。
私の心が、右手が、燃えている。
私の最後の炎が、熱く、熱く燃えている。
私を振りほどこうと、ノッカーは身体を振り回すが、それでも私はノッカーから身体を離さない。
「絶対に、離さないよ」
どこまでも、どこまでも、地獄の果てまで、追いかけてやる。
そして、私はノッカーの口の中で、右手の指をパチンと鳴らした。
――豪炎が、私達を包む。
多少の炎なら吸い込みも出来ただろう。
だけれどこれは、私のとっておき。
それも、至近距離から、私の全ての力を使い切る最後の一撃。
それに、身体の中からだったら、いくらアイツでも、耐えられないはず。
燃える、燃える。
ノッカーが、私が、燃えていく。
触手が一本ずつ、灰燼と化していくのが見える。
ノッカーの腕が、足が、消えていく。
私の右足が、左腕が、消えていく。
まるで、私とノッカーが一つになってしまったかのように、燃えていく。
そして、ノッカーが燃え尽きた後に残ったのは、見るも無残な私の姿だった。
皮肉な話だ。
自分が張った氷壁に、自分の姿が映っている。
身体中が焼き焦げ、もう、人の形をしていない私がいる。
久々に、痛みのようなものを感じている気がした。
つまりは、この生命もそろそろ尽きるだろう。
少しだけ、眠い。
――最後に見る死者が私だなんて、本当に、皮肉な話だ。
でも、良かった。
これで、良かったのだ。
少なくとも、皆のところに私が対峙したこの化け物は行かない。
プスプスと音を立てて動かなくなったノッカーは、私よりも一足先に生命を失ったように思える。
「駄目、なら、頼むね。精一杯、やったからさぁ」
誰に届く事も無い事を呟く、ヤツがこれくらいで倒せるか、少しだけ心配だった。
でも、少なくとも、時間は稼げた。大量のノッカーからは、守れたはずだ。
ただ、最後に自分のこんな姿を見ながら死ぬのは、ちょっと悲しい。
「あーあ、綺麗なまま……死にたかったな」
呟きは、声になっていただろうか。
分からない。とにかく、眠い。
私が最後に見たのは、氷壁に映る惨めな私だ。
私の部屋には、何が置かれるのだろうか。
少しは、悲しんでくれるだろうか。
けれど、満足だ。楽しかった。嬉しかった。
考える事はあるけれど、もう限界が近い事は分かっている。
可愛く無い私を見るくらいだったら、思い出に浸りながら、眠りたい。
そんな私の顔は、死を目の前にしているというのに、微笑みを浮かべしまっているのが分かる。
それが、やっぱりなんだか、私らしくて、少し笑えた。
――けれど、この微笑みはきっと、ほんの少しも嘘なんかじゃない。
「……うん。ちゃんと、ちゃんと、楽しかったよ」
掠れていく自分の言葉が遠くで聞こえる。思い出に包まれながら、私は大きく息を吸い込んで、小さく息を吐きながら、眼を閉じた。
【九条七希:ナナミ】
DAYS2 -4~10- DAYS3 -1,10-
DAYS4 -2,7~10- DAYS5 -2,9~10 AS3~4
DAYS6 -4,-AS4 -AE1
固有武器:絶対追尾のマイルーム、変幻自在のオペルーム




