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DAYS6 -AnotherSide5- 『諦めない覚悟』

『DAYS6 -5-』にてフタミとヨミが分かれた後の出来事

【ヨミ視点】

 走って部屋に戻ってから私は「ああああぁぁ……」とベッドに倒れ込み、顔を埋めて小さく叫ぶ。


 なんて事を言ってしまったんだ。

 私はなんて事を言ってしまったんだ。

 そうしてなんて事をしてしまったんだ。

「サービスとか! サービスとか! 私がサービスしてもらった側じゃんかあ!」


 おにーさんはきっと困ってた。すっごい困ってた……けれど、優しかった。


 後悔の笑みなんて、そんな物があるかと思うけれど、今の私はそんな感じの表情だろうと思う。最後だと思うと、伝えずにはいられなかった。

 もしかしたら最初から気付かれてしまっていたかもしれない。

 それでも、言葉で言わなきゃ気が済まなかったのだから、もうどうしようもない。 この施設では、後悔をした人から、悲しい人生で終わる可能性が上がっていく。


 そんな事は、今の私にとっては我儘の言い訳にしかならないという事は分かっている。

 だけれど、それでも私は、なるべく一瞬一瞬を後悔したくない。


 したくない……のだけれど、なんだこれは、なんなんだ私は、どうしてしまったんだ。足をバタバタとベッドに叩きつける。


「もう、やだぁ……。わたしはなんでこんな時に……」


 おにーさんが気になりはじめたのはいつからだっただろう。ナナミちゃんと一緒にコンテナ部屋の制圧に行く時には、もう少し気になっていたかもしれない。


――なんだか、おにーさんが取られちゃう気がして。

 そう考えると、ナナミちゃんは仲間なのに嫉妬なんてみっともないとも思う。

だけれど本当にそんな気持ちがよぎってしまったのだ。ズルいなって思っちゃったんだ。

 

 そもそも、お兄さんが言うには元々記憶を失う前の私だってお兄さんを好きだったなんて、そんな偶然があるのだろうか。同じ人なら、あるのかもしれないけれど、なんて偶然。生きていた事だって、記憶を失くしながら出会った事だって、偶然。

「運命、とか……。あー!! もう!!」

 ジタバタしながら、バタバタしながら、考えていくけれど、考えていけばいく程、頭の中がグルグルする。


 偶然の積み重ねの中で、私は恋をしたのだ。

 そうして、お兄さんもきっと、記憶を失う前は今よりももっと子供だったから目にも入っていなかっただろうけれど、今の私であるならば、そういった対象に入れてくれたのだろう。


――だけれどまさか、成就するかもしれないなんて。


 それより遡ってしまえば、この施設での本当に最初の出会いになるけれど、それはやっぱりいくら思い出そうとしても分からない。


 そうして記憶を失って、おにーさんがスリープから目覚めた時はやっぱりまだそんなに好意は持っていなかったはずだ。助けるべき人としての側面が大きかった。


 では少しだけ時を進めていく、この施設の説明をしている時は? まだ大丈夫。


 そうだ、大型ノッカーが出てきた時は? あれは私の無謀な義勇感のせいで飛び出しただけで、おにーさんが関係したわけではない。

 そうすると、おにーさんと私が大型ノッカーと対峙してから、ホールに行くまでの間に、私はおにーさんに惚れてしまったのだ。


 分かっている、本当は分かっている。


――あの寝顔に、やられたのだ。


 私を大型ノッカーから助けてくれて、私をベッドに運んでくれた後に、ベッドの淵で眠っていたあの顔に、私はノックダウンさせられてしまったのだ。


「悔しいなあ……」

 だってあんなの、まるで彼がヒーローで、私がヒロインみたいじゃないか。

 そんなの、そんなの、好きになるに決まってる。


「ズルいよなぁ……、ズルい、ズルいよ!!」

 埃が待っても気にしないくらいに、私はベッドの中を泳ぐようにバタ足を続ける。

 そして、埃まみれの空気をスーッと息を吸い込んで、少しの間気怠い「あ゛ーーー」という声を出した後に私は立ち上がった。


 愛を思うのも、これくらいにしなきゃいけない。

 思えただけでも、これ以上ない幸せだ。この施設で、あの人と出会えて本当に良かった。やってきた全てが報われたと思うくらいの、幸せ。


 だから、私はもっと幸せになるために、これからの事を考えなければいけない。


 決して、望みが無いわけではない。

 けれど、望みに辿り着けるかどうかの確約なんて、一つもない。

「それだって、諦めない覚悟は、しておかなきゃね」


 だって、今まで通り、これからも生命のやり取りが、待っているんだから。


 私は腰のホルスターごと取り外して、ピースメーカーことピーちゃんを机の上に置く。思えばこの子も、沢山私を助けてくれた。私だけじゃない、色んな人の事を助けてくれたのだ。


 これを私に与えてくれたヒナさんには、ちゃんとお礼を言いたかった。けれどまあ、伝わっているはず。私が今まで生きてきたことが、彼女に取ってのお礼のようなものであってほしいと、思った。それで足りないなら、これからどれだけ役に立てるかで、お礼をしよう。言葉も大事だけれど、行動だって大事なんだから。


 大量にあった弾薬は、まだストックがある。

 けれど、もうこの部屋に戻って来る事も無いだろう。

 

 だから、とりあえずすぐ取り出せる分の銃弾は腰周りに付け、残りのありったけの弾薬を、ゼロちゃんから借りっぱなしだった肩掛けカバンに詰め込む。いつだったか、返そうとしたのだけれど、ゼロちゃんはそのカバンから何かを取り出して、空にして私に渡してくれた、そのお陰で丁度よく、私は今までの数倍の弾薬を持つ事が出来た。

 そして、もしもの時は、ナナミちゃんにカバン事燃やしてもらえたら……そう思って、考えるのをやめた。


 それは最後の手段だ。

 けれど、考えておくべき手段でもあるのは、間違いない。


 もし、相手が対多数なのであれば、一手目にそれをやる決断だって、大事なのだから。

 

 私は丁寧に大量の銃弾を手にとって、一つずつ愛を込めて、スイッチをズラしていく。殺す為の武器に愛を注ぐなんて歪かもしれないが、それでも、私はこの子達を愛している。

 

――あぁ、こんなことなら照れずに言えるのになぁ。


 そう思いながら、数十発分以上、百発以上の銃弾を身体中に携える。

 だいぶ重かったが、伊達にこの三年間走り回っていない。このくらいなら大丈夫だ。走るスピードが遅くても、それはある程度カバーしてくれるはず。

 

 私にはヒーローが、ヒーロー達がいるのだ。

 皆に期待してばかりなのは違うと思うけれど、同時に私も彼のヒロインになりたい。

 

 私の前を走る皆がいるから、私は私の戦いが出来るのだ。

 だから安心して、弾を体中のポケットに収めていく。


 世界は、平和になるだろうか。

 はっきり言ってしまえば、私にとってそんなことは些細なことだった。


 それは言うべきことではないから黙っていたけれど、私にとってこの世界なんて、大したことではなかった。


――目に見える世界だけが、私の世界だ。


 だけどあの人が、皆が、それを望むなら、私もそれを望もう。

 きっと、私の夢も、その先にある。

「答えを知るまでは、死ねないよね」

 まるで数十年来の友達に語りかけでもするように、私はピーちゃんに銃弾を込めながら話しかける。


――私は、私の恋の結果が、知りたいだけなのだ。

 

 冷たくて、自分勝手な人間だと思う。でも、絶対に手は抜かない。

 誰かが死ぬことで、彼が悲しむ事を私は知っている。

 そして、私が悲しいという事も、私は知っている。


 愛の為に、友情の為に、生きる為に。

 私の中のそれらは多少の優劣はあれど、ほぼ同じバランスを保って心の中で揺らめいていた。

 

――ほんのちょっと、愛が強いかもしれないけれど。


 とにかく、私は生き抜くんだ。この百発以上の銃弾、一つだって、外さない。

 

 私は、目を細める。すると、視力がグッと上がり、世界が揺らめいて見えた。

 それは一種のスローモーションのようで、周りがゆっくりに見える。

 

 これは、おそらく私の視神経が進化したのだろうと思った。心配させるから、皆には言っていない。勘付いている人も、おそらくいないだろう。


 進化抑制薬を使ってもらったお陰で理性は保てているし、精神状態にも問題は無い。お兄さんのように必要な時に力を引き出せるような状態だと、私は認識している。


 ただ、そんなに都合の良いことでは無いことは分かっているのだ。

 何故なら私は四十三番、半分よりは低いが、半分に近い数字。だからそこまで進化耐性が高くは無い。そのうち、処置が必要になるだろう。

 この力を使う事が進化促進になってしまうとしても、それでも、正確にこの銃弾を当てられるなら、少しくらい無理をしても良い。


「あいのために……、あなたの、ために」


 古い歌を、口ずさむ。

 生きていきたいのだ、皆で。

 

 数歩歩くと、流石に重い。

 長く走るのはしんどいかな、と想いつつも、私の武器はこれしかないのだから、と思い直した。ピーちゃんを構え、照準を絞ると、多少ブレはあるものの、立ち止まっていれば重さを強く感じることも無かった。


――大丈夫、当てられる。


 なら、私の準備はこれで大丈夫。

まだ、少しだけドキドキしている胸を抑えて、装備を机の上に置いた。 

私はベッドの上に横になる。


 おにーさんとのやり取りを、最後にもう一度反芻しておきたかった。

 記憶を失っている私の主観から考えるなら、初めての恋をしたのだ。

 それが、もし、こんな状況下でのみ生まれる恋だったとしても、私にとっては大事な恋なのだ。

 この施設では、そんな気持ちを忘れたものから死んでいくと、豪語したことがある。

 常に、人間らしくいなければ生きていけないのだ、心が死んでしまうのだ、と。


 それは、確かにそうだったのかもしれない。


 ナム先輩のことや、この施設の現実は、あまりにも重い物だった。

 だけれど、いつも隣で、私以上に顔をしかめる彼がいたから、私は時に涙を流す事はあっても、気丈に生きてこられたのだ。


 だから、私は間違ってはいなかった。

 

 命短し、恋せよ乙女。

 それは世界の終わりでも、明日終わる生命だとしても、間違った言葉ではないのだ。


 だって、その恋が、私に諦めないという力を与えてくれているのだから。

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