DAYS6 -AnotherSide4- 『守る為の覚悟』
『DAYS6 -4-』にてフタミとナナミが分かれた後の出来事
【ナナミ視点】
走るのは流石にやりすぎかと思いながらも、グイグイと勢い良くお兄さんから離れて、ヨミちゃんがいた方とは逆の廊下へ歩いてきた。
「安心してくれ、絶対に死なない」
そう言ってくれたお兄さんの言葉に、胸が痛むのと同時に動悸が治まらない。
今私の部屋があるのは東廊下の先、ヨミちゃんの部屋があった場所だ。そしてここは西廊下。
「私、逃げ出しちゃったんだよなぁ。これって」
それもこれも、仕方無い。呼びに行くまで待っててって言ったのに、あの子はどれだけお兄さんに早く会いたいのか。
昔から懐いていたのは間違い無い、けれど、記憶を失って尚、もう一度同じ人に恋などするものなのだろうか。
「あぁもう! 私どっちからも惚気られてるじゃん!」
誰もいない廊下で小さく私の声が響く。
私の知るお兄さん――二見零示は二面性を持っている。
勿論、今のお兄さんの方が好きなのは間違い無いが、昔の彼は今よりももっと冷たい人間だったように思えた。それでも、ヨミちゃんが彼に懐くなんてのは、運命だなんてロマンティックを私は推したい。それに、お兄さんもまんざらどころか。堂々と惚気けやがった。
顔が好みだなんて、そんなロマンティックじゃない理由は、お断りだ。きっと、ヨミちゃんはお兄さんを求める運命で、お兄さんはヨミちゃんを助ける運命だ。
そう思えば、序列に於ける強さについての考えも、少しだけ順序を変えられる気がした。実際の問題は分からずに、気が緩んでるなんて言われても仕方ないけれど、それでも、彼はあの子を本当に大事に思っていたのだ。
狂気を引き止めるのは、あの子のような人間なのだと、私もまた気付かされた。
「壊れないように見守るのが、私の役目だと思ってたんだけどなぁ。やっぱ可愛いだけじゃ駄目かー」
お兄さんと私の相性は悪く無いと思っていたんだけれど、運命のような愛には家内やしない、そもそも私はズルをしてこんな姿になったのだ。全部思い出したお兄さんには小手先の努力も何も通じない。
「じゃあまぁ、少し休もっかな!」
私は自分を奮い立たせるように声を出した後、適当な部屋のドアノブを掴む。
――私の大嫌いな部屋が、私の元までやってくる。
部屋に入ると、それはもう、ひどくとっちらかっていた。シーちゃんの改造をしたままの、決して乙女の部屋とは呼べない酷い部屋だ。けれどコイツには丁度良い。
オペルームのガラスはバラバラ、あらゆる武器の類いを探した形跡、そして、もう二度と使われないであろうオペルームの装置。
――この子には随分と世話になった。憎らしいけれど、愛憎入り交じっているというのがきっと正しいのだと思う。
ナナミという名前も、随分気に入った。この身体も、声も、私そのものだ。
動機こそ不純に思えるが、私の人生は幸せだった。やりたい放題出来て、まるで夢のような人間になれて、死ぬ事があったとしたって、きっと誰かを守って死ねる。
「守る為の覚悟は、出来てるもんね」
最後の手術は、全ての力を込めた。
もう私は、右手も、左手も、右足も、左足も、作り物。
肩も、顔も、髪の毛も、声帯も、作り物。
内蔵も、心臓ですら、作り物。
――けれど、この心だけは、私のものだ。
私は、誰かを幸せにしたい。
それだけの為に生きてきたのだ。
私自身は、もう充分すぎる程に幸せに慣れたのだから。
ディジェネに入ったのも、それが理由だった。警備員程度でしか無かったけれど、扱う項目が項目な以上、好まれる仕事では無かった。
ならば大した力の無い自分でも努力さえしたなら、誰かの役に立てる気がしたのだ。勇気を出せばすんなりとディジェネの生活フロアの担当役人になれた。
その結果が、被験者と共に居住フロアに閉じ込められるということだったとしても、自分は満足している。
人生は、そういうことだってあるのだ。 いくら、頑張りたくても報われず、思い通りの結果にはならず、絶望ばかり与えられる。そういうことばかりだとは言わなくても、そういうことが多いと思って生きていた方が良いと、自分は知っていた。
それでも、私は運が良かった。
"俺"が"私"になれたのは運が良かっただけ。
だとしてもその運の良さは"俺"の人生を一転させた、性別さえも、変えられた。
だからこそ"私"の目には光が灯ったのだと思う。その後の戦いは、紛れもなく私と、皆の努力だ。今この瞬間を作り上げる為に、私は生きてきたのだとすら思える。
だから、少しくらい私なりの夢を想ったってって良い。
昔から、ヒーローになりたかった。 けれど、いつもハッピーエンドの物語ばかりで、退屈していた。 どうして、幸せな結末ばかりなのだろう。
本当は、現実は、こんなに辛いことばかりだったのに。何をしても報われないような、しがない人生だったはずなのに。"私"が"俺"だった頃の人生は、思い出す必要も無いような、平凡以下のしょうもない人生だった。父も母も"俺"の死にそう関心を抱かなかっただろうし。私達が閉じ込められている間に何となく死んでいったのだろう。"俺"が感じていた絶望なんて、この施設の本当の絶望がぶち壊してくれた。
それもまたきっと、皮肉だけれど自分がこうやって戦い続けられる理由なのかも知れない。
だけど、とうとう私がハッピーエンドに関われる日がやってくる。
それでも私達のハッピーエンドは、全員生き延びての大団円では無いのだろうと、私は小さく苦笑した。
結局きっと、それが現実だ。そこまで私も絶望から希望の人に変わる事は出来ない。
けれど、私が望むハッピーエンドは皆とは違う。これはエゴかもしれない、自分の事しか考えてないと思われるかもしれない。私の夢は、たった一つの愛を守る事だ。
だから、序列の話を切り出す時は辛かった。だけれど私の考えた序列はもう既に決壊した。ならばもう後は愛を守り抜くだけだ。
二人の愛がどうにかなるならば、見届ける必要も無いと思っていたけれど、それを考えると急に怖くなってしまった。死ぬのは、やっぱり私でも怖い。
けれどお兄さんは『絶対に死なない』と言ってくれた。
だから、やっぱり見届ける必要なんて無い。私は、私のすべき事をするのだ。
少しだけ、私は最強なのだと、念じてみる。でも、これはちょっと嘘だ、ヒナさんには敵わない。
私より強いからヒナさんは幽閉されていたわけで、私が自由に動けたこの部屋を含めた私の能力の限界を所長が理解していたからなのだろう。
けれど、そんなの悔しいじゃないか。舐められっぱなしは、嫌だ。
――だから"俺"は"私"になったんだから。
ナナミちゃんは、強いし、カッコいいんだ。
可愛いし、愛されるし、ちょっとおバカだけど、それが良いんだ。
最後は格好良く、仲間を救う。出来たら、ラスボスに一撃くらい入れてやりたい。
真面目に考えているつもりが、少しだけふざけてしまうのは、やはり、心の奥にまとわりついた諦観のせいなのかもしれない。
けれど私はそれを拭い去るように両拳を握る。そして、その拳と拳を合わせる。
炎と、冷気。
その二つが混ざりあい、光に変わるなんて漫画のような事は起きなくて、寂しかった。昔大好きだった漫画は、これで最強の魔法が出来たのに。
けれど、もう一度、今度は左手だけを握りなおして、両方の拳を合わせる。
「炎と氷は混ぜられなくても……」
そこには、炎と炎。
右手をグッと引くと、炎が矢のように伸びる。
「炎は炎とあるべきで」
そして軽く右手を離すと、勢いよく炎の矢が部屋の壁へと突き刺さった。
私はそれをもう一度握り直した左手からの冷気で消し飛ばす。
「氷は氷とあるべきだ」
今までは右手に炎、左手に冷気だけだったのが、ちゃんとハイブリッドに改造が出来ていて安心した。そして、身体に異常は感じない。
「これなら、死ぬまで戦える」
生きる気は無かった。
誰かが犠牲になる、それはきっと間違い無い。
でも、その犠牲が私であれば、それが私にとって一番幸せだ。
だからこそ、その最後が、私の人生の中で、一番輝ける瞬間であってほしい。
「それで、愛は愛とあるべきだ、ってね」
そう呟いて、私は約束の時間を待った。
不意に昔の、"俺"だった頃の私を格好良いと言ってくれたお兄さんの言葉を思い出した。そして、思わず一人で照れて笑ってしまう。
――あんな、あんな自分でも格好いいと思ってくれた人がいたなんてなあ。
そう思うと、私になる前の人生も、そう意味の無いものではなかったのだなという実感が沸いてきた。今更かもしれないが、教えてくれるならもっと早く教えてほしかった。
だけれど、どんな自分だとしたって、もしかしたら自分自身で気付いていないだけで認めてくれる人がいたのかもしれない。
ただ、出会えなかっただけで、私には少し、間に合わなかっただけで。
私はぼんやりと、自分の固有武器である部屋を眺める。
いつまでも、私の後をついてきたこの部屋の事を、私は好ましく思っていなかった。
けれど結局、私を私たらしめたのは、この部屋そのものだったのだ。
だから、最後に挨拶をしなきゃな、なんてキザっぽい事を考えてしまった。
でも、私の見た物を何でも運んで来る部屋だ。
もしかしたら、私の声だって聞いているかもしれない。
「ねえ、キミ達の本当の名前なんてわかんないけどさ。ありがと、助かったよ」
私の声が、部屋に響く。
部屋奥のオペルームにも聞こえるように、少しだけ声を張った。
「私が、私を死ぬところを見たらさあ。キミ達は一体何をこの部屋に持ってくるんだろうね?」
これは、独り言。だって、答えなんて返ってくるわけがないのだから。
だけれど、少しだけ気になった。きっともう、この部屋に確認にしにくる人間などいないだろう。
けれど、私が死ぬ瞬間を、私は観測する。ならば、私が観測したあらゆる死を追跡して物体にしてきたこの部屋は、一体何を作り出すのだろうか。
そんな事を思いながら、私は最後の戦いの為の、武装の確認を始める。
今頃、お兄さんとヨミちゃんが結ばれているといいなあなんて、呑気な事を考えながら、壁を撫でた。
そして、私が、美少女ナナミちゃんが言うべき、最強に可愛くて格好いい台詞を考えながら、ドアを撫でた。




