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DAYS6 -AnotherSide3- 『向き合う為の覚悟』

『DAYS6 -3-』にて

フタミとゼロが別れた後の話

【ゼロ視点】

 私は零示(レイジ)さんに毛布を返して立ち上がると、向こうで少しニヤつきながらこちらを見てくるナナミちゃんの方へ歩き始めた。本当にもう、なんだか不思議な事を考える人だなあなんて思いつつも、きっとそれが皆の心に大事な物を与えてくれているのだろうという気がした。それに、姿形こそ大きく変われど、元々施設職員さんの中でも優しい心の持ち主だという印象も持っていた。


 事実、ナナミちゃん――七希(ナナキ)さん私だって零示さんと話したお陰で少しだけ楽になった。

 私の兄とも呼べる人が、やっとその記憶と共に帰ってきてくれたのだ。これが、喜ばしくないわけがない。


 勿論、本当に血が繋がっているわけではないけれど、零示さんは、どんな姿で、どんな性格だって私の兄さんのような人だ。

 だけれど、所長――私がいつか血が繋がらずともお父さんと慕っていた彼もまた、どんな姿で、どんな性格だって私のお父さんのような人なのは間違い無い。


 それでも、道を踏み外したなら、それを正すのも、娘の役目だ。それは、狂ってしまったのが所長ではなく零示(レイジ)さんだったとしても、私はそうしていたはず。


 けれどやっぱり、私一人では覚悟が出来ていなかったのだと思う。ちゃんと、私は所長と、疑似的とは言え親子として、もう一度向き合わなければいけない。

 その為の勇気を、たった今もらって来たところだった。ナナミちゃんとすれ違いざまに私は小さい声でナナミちゃんに呟く。


「ありがとうございます。向き合う為の覚悟、出来ました」

 私がそう言うと、ナナミちゃんは優しく笑って、手を上に上げた。

 それはバトンタッチの合図なのか、ハイタッチの合図なのかはわからなかったけれど、とりあえナナミちゃんのその手に私の手を合わせた。

「へへ、良かった。じゃ、次は私、行ってくるね」

 普段のおちゃらけた雰囲気とは少し違う、やや真面目な雰囲気のナナミちゃんがそう呟いたまま零示(レイジ)の方へ歩いていく。

 

 きっと、今のはバトンタッチでハイタッチだったのだ。


 この人が誰よりもこの施設の皆の事を気にかけてくれているのは、なんとなく勘付いていた。だからこそ、皆がナナミちゃんの最後の提案のような、我儘のような話に何も言わずに賛同したのだろう。

 

 私達はきっと、記憶を取り戻した零示(レイジ)さんと話す事で、少しずつ最後の戦いへの覚悟が出来ていくのだろうと思った。けれど、零示(レイジ)はどうなのだろう。私にはそれだけが気がかりで仕方がない。


「でも、それはきっと、あの子が……」

 図書館の中に入ってすぐに溜息と一緒に言葉が漏れた。気が抜けてしまっていた。これは、紛れもない嫉妬なのだろうと思うと、少し自分が嫌になる。

 

 彼を強くしたのは、私では無いことは分かっていた。 

 それがちょっとだけ、悔しかったのだ。


――私は嘘つきだ。


「もうちょっと、起きるのが早かったらなぁ……」

 悪夢のような場所で、ありえない夢物語を夢想する。

 もしかしたら、あの子より私の方が先に零示(レイジ)と出会っていたら彼の視線は私に向いていたのかもしれないのに、なんて意地悪な想像をすると、少しだけ胸が苦しくなる。


 良くないとは思っていても、人の心の揺れ動きは止められない。 私もそこそこの年齢の女性として、恋をしていたのだろうと思うと、少しだけおかしく思えた。

 そして、勝手に一歩引いてしまった。

「私って、こんなに弱い子だったかなあ」


 一人ぼやく、ぼやく、ぼやく。


 さっきまでの幸せな時間はナナミちゃんにバトンタッチしてしまった。

 だからもう、私はしばらく零示(レイジ)さんの優しさには触れられないだろう。でも、色んな気持ちと向き合う覚悟は出来た。

 

――諦めるなんて絶対にしない。

 それは私本位で恋慕する彼の事ではなく、私が向き合わなければいけない彼の事だ。


 優先するのは私でも彼でも誰でもなく、この世界そのものだなんてことは、もう皆とっくに分かっている。だから刺し違えてでも所長は倒さなければいけない。


 でも、私は欲張りだから、全員でそこに立っていたい。

  

 それでも、慎重なナナミちゃんは、終わりの時に誰か一人でも立っていられるように、その時に倒れてしまった人が、後悔の無いように、そのための時間を提案してくれたのだ。といっても零示(レイジ)さんに甘えさせてもらえなければ私の気合は全て霧散していたかもしれないので、そんなことにならなくて良かった。


 だから、つまりまあ私達はちょっとズルい。 私達ばかり得をして、零示さんには相手をさせてばかりなのだから。でもまあ、それも最後の一人が頑張ってくれたら、おあいこかな、なんて少しだけ思った。


 この前、ヒナちゃんから、沢山のパラレルワールドの存在を教えてもらった。その中に、私の恋が報われる世界は存在するのだろうか。そう思ってしまう私は、嫌な人だなと思う。

 

 いつまでも取り繕って取り繕って、報われない、

 

 でも、そんな私の取り繕いだって、少しも嘘じゃない。だから、胸を張って、苦笑いでも笑っていられる。相手が私を嫌な人だと思っていたって、私が自己嫌悪で包まれていたって、笑顔は、笑顔なのだから。


 善意は善意で、善行は善行なのだから、努力は努力で、結果を出せば褒めてもらえるのだから。

 

 私は私が嫌いだけれど、頑張れば誰かが愛してくれる。いいや、愛してくれる必要も無い。誰かが必要としてくれる。

 

 高望みは、毒だ。 そして、行き着く先は孤独だ。

 私はもう、一人になんてなりたくない。


 多くの家族を引き裂いたエボル現象。私の家族も例に漏れずその一つだ。

 それも、元々仲の良い家族ではなかったから、尚更。

 

 私は耐性を持っていたが、その強い耐性は、望みさえすれば金銭と交換が出来た。

つまりは私が売られたという事には、すぐに気づいた。


 両親を恨みはしていない。だって、この施設で暮らしていた時間は、人生のどの時間より幸せだったんだもの。

 

 所長がいて、零示(レイジ)さんがいて、ヒナちゃんがいて。だから私は、皆を救いたい。


 所長には、死を以て救済を。

 零示さんには、生を以て救済を。

 ヒナちゃんには、全てを以て救済を。


 私にはこれから"さよなら"と"またね”と”ずっと一緒”が、待っている。

 それを、全て"さよなら”にしてしまう可能性だって低くはない。

 

 けれど、もうそれもただ立っているだけでは絶対に終わらない。所長にやられるくらいなら、刺し違えてでも、と思ったのは、零示さんが私を守ると言ってくれたからだ。

 

――私はもう、救われている。

 だから、私に救済はいらない。

 

 頭を撫でてくれた事。

 廊下を二人で歩いた事。

 共に戦った事、尤もこれは後悔ばかりではあったけれど。

 

 沢山とは言い難いが、私のモノクロの人生に、色をつけてくれたのは零示(レイジ)さんと、皆の存在にほ他ならあ\無い。

 

 だから、私は戦おう。


 父と呼んだ存在を前に、もう逃げることはしない。

 兄と呼んだ存在を盾に、もう逃げることはしない。


――私は、私として、私だけの意思で、立つのだ。


 右手で取れるようにしていた短刀のホルダーを、左手で抜けるように位置を変える。

 ばーん……とは言いたくないけれど、右手に仕込まれた機械は単純に強力だ。

 短刀も沢山役に立ってくれた、けれどこれからはトリックとして上手に使っていった方が良いと思った。

 

「足、引っ張らないといいな」

 きっと、今時点で一番戦力が低いのは、私かヨミちゃんのどちらかだ。それも、対ノッカーであればヨミちゃんの銃弾の方が効果的だと考えると、ヒナちゃんに改造してもらった身体で熱線が撃てるだけの私は、他の皆に比べておそらく確実に一番弱い。ヨミちゃんと一瞬比べてしまった事すらおこがましい。


 そんな弱い私なのにも関わらず、この私がやられるのが所長の目標達成の片割れになってしまうなんて、皮肉な話だ。もう一方の片割れであるところの零示(レイジ)さんについては心配ないと思うが。


 考えていると、一人きりなのに思わず苦笑してしまう。この、苦笑いが私の癖になっているのは、もうとっくの昔から自分でも気付いていた。

 

 私はとにかく、嫌われる事、恐れられる事が怖いのだ。だから、笑う。

 どんな時でも、とりあえず笑う。でも、エボル危機が起きてからというもの、人間が怖いという認識が払拭された事は無い。だからこそ苦笑いになってしまう。

 たとえ零示(レイジ)さんの前でも、どれだけ本当の笑みを見せられただろうかと考えると、胸が痛いだ。


 いつか朗らかに、心から笑い続けられる日が来たらいい。そうしたら、その時にまだ、もし、もし、零示(レイジ)さんが誰ともお付き合いしていなかったら、少しだけ勇気を出してみようかななんて、細やかな夢想をする。

 

 そんな事を考えながら、一人で顔を赤くしていた。

それでも、もし私がこれから死ぬ運命にあるのだとしても、恋が出来たのだ。


 私はそれだけでも、うんと幸せなんだと思った。

「ばーん……」

 力を入れずに指を銃に見立てて、本当は発動にはいらないのだけれど、ヒナちゃんに言えと言われた言葉だけを口ずさんでみる。

 これで彼の胸でも撃ち抜いたならば、さながらキューピットの矢のようにどうにかならないだろうかと思ってから、一人で声を殺して笑ってしまった。


 だって、撃ち抜いたとしたって、それでも遅かった事に気付いてしまったのだ。


――あの子は、私より先に、最初から銃を持ってたじゃないか。


「だけど、私が引いたのは貧乏くじじゃないはず」

 恋で言えばそうだ。だって納得はしているのだから。


「昔から分かってましたよーだ……」

 それでも、自分を慰めるように呟く、あの子は、零示(レイジ)さんにべったりだったから。でも少しだけ、侮っちゃったなぁと思う、あの頃は可能性があったのかもなぁと少しだけ思っていた。だってロングスリープ以前については、あの子もまだ今より実際に三才以上若かったというか、子供だったから完全に対象外だと思っていたけれど、この三年で子供らしさがすっかり無くなって言わばレディになってしまっていたのだもの。


 でも、良いんだ。負けが確定しているような恋愛戦争は、全部が終わった後で。

 その恋愛戦争が敗戦濃厚だとしたって、挑もうと思う。それは私の我儘だ良いんだ。今は、ヨミちゃんとそれをすることが、今の私の夢だ。


 私はちゃんと、恋をしたい。

 愛を伝えたい。

 そして、少しだけ零示(レイジ)さんを困らせたい。

 ちゃんと、失恋をしてみたい。


 こんな我儘は、許されないだろうか。


 私が生きて戦う為の理由の一つは、こんな軽薄な理由だけれど。


 所長と本物の父のように慕った娘は、明日、貴方に反抗するつもりです。


 私は椅子に座り、最初にこの部屋で目覚めた時のように顔を伏せた。

 少しだけ眠ろう、せめて夢くらい幸せな物が見られることを祈って。

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