DAYS6 -AnotherSide2- 『前を向く為の覚悟』
『DAYS6 -2-』にてフタミとシズリが別れた後の話
【シズリ視点】
レイ兄様は少しズルい。けれど、私はもっとズルい。
レイ兄様が謝らないなら、私も謝れない。けれど、私が謝らないなら、レイ兄様も謝れない。少しだけ、そのお互いがお互いを思いながらの均衡が綺麗に見えたのは、私の心が歪だからかもしれない。
それでも、それでいいのだと思った。
だから私はレイ兄様との話を終えてから、あえて背を向けたし、レイ兄様もまたそれを見送ったのだから。
謝らないのが正解だということも、私達は分かっている。
不正解だらけのこの施設の中で、これ以上悲しむ必要なんて、無いのだから。
私はレイ兄様に別れを告げて、少し駆け足で廊下の方へ進むと、ナナミさんに言われた通りにゼロさん、もとい郁花姉様がいる図書館を数回ノックしてから私は自分の部屋に入り、へたりこむ。
きっと、皆、それぞれに想いがある。
その想いの中心に、たまたまレイ兄様がいたという事だけの話なのだ。とはいえそれはきっと必然で、仕方がないなんて冗談でも言えなくて、彼が向き合い続けたからこそ、背負い続けたからこその結果なのだと思う。そうして彼を救えるのが、私では無い事も知っている。私が想いを背負える人は、きっとまだ他にいるはずだ。
それでも、まるでこの施設の中心のホールでレイ兄様が私達を待っている事を決めてかかるかのように、私達は一人ずつ順番を決めて、レイ兄様と話をすることに決めた。
自身の記憶がある人、無い人。レイ兄様――二見零示という一人の男性に恋慕の情を抱いている人、友情を強く感じている人、信頼を寄せている人、救いを求めていて、一緒に想いを背負わせて貰った私、それと、不安を抱いている人もいるだろう。
彼女達がレイ兄様と話したい理由はきっとそれぞれ別の事で、様々ではあるだろうけれど、どうしてか皆、決戦前夜に彼との会話を求めていたから、順番を決めて会いに行こうというナナミさんの提案はあっさりと受け入れられた。話し終わったら次の人の部屋をノックするという決まり、順番は公平にしたかったが、ある程度はそれぞれの部屋の場所から決める事にした。ホールを行ったり来たりなんて、流石に女性としても格好悪い。
こんな、最後の遊びのような事が、なんとなく勝ちに繋がる気がして、私は一人で笑う。
誰もが、負けるつもりも無いけれど、後悔もしたくない。
私も、きっともう後悔はしない
「でも、思い出しちゃうなんて、ズルいですよね……」
頭のてっぺんに残ったままのような熱を思い出しながら、私は呟く。
もしレイ兄様が忘れたままでいたら、彼の後悔はもっともっと軽い物だったはずなのに。
ムク姉さんやゴウ兄さんに抱くこの想いは、私が背負うだけで良かったはずなのに。レイ兄様は思い出してしまったせいで、私の背負った想いの半分をその背中に預ける事になってしまった。
――それでも、期待していなかったなんて、嘘だ。
きっと私は、ズルいから期待していた。
この罪を、一緒に背負ってくれる人として、レイ兄様を求めていたのだ。だから、余計に謝れなかった。
私は、最後の最後に、救われてしまったのだ。
ムク姉様も、ゴウ兄様も、結局は私が殺したようなものだ。
けれど、実際に殺したのはレイ兄様。
二人が彼に挑むのを知っていて、彼が二人を倒さざるを得なくなる事を知っていた。
けれど、それでも、それを分かっていながら止めなかったのは私だ。
誰が実際に殺したかという事実は変わらない。だけれど気持ちの上で、もっと深い所で、私達は罪を共有してしまった。
それが、私にとっての救いで、彼にとっての罪の意識を強めることは間違い無かった。
――救われてしまって、ごめんなさい。
謝ることが出来るとしたなら、それだけだ。
けれど、それはナンセンスだ。野暮だ。どうしようもない、言葉だ。
だから、口にすら出来なかった。
私は、私達は、最後まで互いの想いを告げぬまま、勝手にお互いの気持ちを探り合ったまま、そうしてそれが正解だと互いに理解して、納得してしまった。
それを私も彼も良しとして、それでいて私にとってその暗黙の了解はあまりにも心地の良い事だった。だから私はズルい。
――けれど、その分のお返しは、するつもりだ。
「戦う為の覚悟なら、もう出来ましたよ、兄さん、姉さん」
誰に届くわけでも無いその言葉を、魔法のように呟く。 拳を握ると、今までの私ではありえない程の力が込められていくのが分かる。
私の中に、雪代業がいる。いつもムスっとしていたけれど、それは単純に人を警戒していただけで、本当はすごく優しかったゴウ兄さん。姉さんの強い口調に落ち込む私の肩を、ポンと叩いて苦笑する姿が物凄く好きだった。
ノッカー化が進んでからも、その意識がある限り、私とムク姉さんの事を案じていたことは分かっていた。そしてその想いが、最後の一瞬まで宿り続けていたことも、今なら分かる。
「二人とも、見ててね」
誰に届くわけでも無いその言葉を、届けと念じながら呟く。 拳を開くと、今までの私ではありえないような迸る雷が両手に渦巻く。
私の中に、雪代椋がいる。
いつも口うるさく、時々我儘で、それでも面倒見は良くて、本当はすごく人見知りな大好きな姉さん。とうとう彼女から聞く事は出来なかったけれど、きっと本当は彼女もレイ兄様と仲良くなりたくて、そんなムク姉さんが目覚めてから嬉々として作り続けたあの電気罠達は、私達以上に、誰かの為を想って作られていたのだ。それも今は、私の力そのものになった。
私は、まだ姉さんの所有物だろうか。
違うよと悲しい顔をする姉さんの顔が浮かんだ。
私は、一番ズルい子だったな。
だから、一人だけ生き延びてしまったんだ。
これは、私が私を保ち続ける為の、単なる思い込みだ。
ナナミさんが見たゴウ兄さんとムク姉さんの死、それによって生み出された二人を象徴するガジェットと薬液。それを、私自身に打ち込んだだけの話なのだ。
そんな事、分かっている、分かっているけれど。
「見てて、じゃないよね。一緒に行こうだよね」
これは、今もズルい私が誰かにすがれるように、そしてこんな私自身でも求められるように、そして一人きりでも立てるように、必要な力だったのだ。
「これで、許してくれるかなあ」
こんな事を呟く私のことを、私は嫌いだ。
でも、ゴウ兄さんも、ムク姉さんも、レイ兄様も、郁花姉様も、許してくれてしまうんだろうな。
だから、だからこそ、ずっと私は、私を嫌いでいよう。
――ああ、いつか、こんな私を受け入れてくれる未来があったなら良かったのに。
そんな事を思って、急に自分の姿形を考えて私は思わず吹き出してしまう。十年早いなんて、そんなところじゃない。十五年、二十年は言い過ぎかもしれないけれど、若い姿のままというのは中々に困り物だ。
面倒な思考ばかり育って、悲しい事ばかり考えて、難しい事ばかり向き合って、忘れてしまうのだ。小さな指だなと、自分で思う。
大人になった気がしていた。あまりにも、現実離れした世界に紛れ込んだせいで、忘れていたのだ。
私には、まだ私には、未来があるのかもしれない。
そんな事にも気付かないなんて、バカな話だ。私は結局、目先の勝ち負けばかり見て、遠い未来の事を考えもしていない。
――全部終わって、もし今よりもマシな未来があったなら、レイ兄様に少し甘えてみよう。
きっとそれくらいなら、私の大好きなあの子も許してくれる。そんな我儘を思わず考えてしまって、一人笑った。
結局は私もまだ、ただの子供みたいだ。
頭を撫でられて頬を染めるような。
想いを見透かされて、涙が滲むような、ただの子供じゃないか。
格好つけが、過ぎていたのかもしれないと思った。
「けれど、格好付けなきゃ此処じゃやってけないですもんね」
この部屋に、一人でいることなんてほとんど無かった。
私はまるで隣に姉さんがいるかのように独り言を呟きながら、姉さんが一度もその席を明け渡してくれなかったコンピュータの電源をつける。
ヒナさんの部屋にあるソレよりも性能が良くないことは分かっていたけれど、もしかすると、何らかの有益な情報が入っているかもしれないと、そう思ったからだ。
けれど、その安易な希望は、起動した瞬間に姉さん自身が遺した言葉によって否定された。 コンピュータが起動した途端に開いたテキストファイルの文面を読んで、私の視界が霞む。
『どうせ、しょげてるだろうから、遺書を残しとくね。
遺書なんて縁起が悪いから意書って事にしとく。
こういう言葉遊び、シズは嫌いそうだけど。
これは、私が生きていたら誰の目にも届かないファイル。
ちなみにこの中に大した情報は無いし、シズ以外が見たなら絶対に忘れる事。
ま、何にせよどうせ、アタシ死んでるでしょ? 私はそのつもりでこの部屋を出ていったんだもの。
ゴウ君が殺されたら、私は自殺するつもり。
だから、それは誰のせいでも無いことを、此処に宣言しておこうと思うんだ。
勝てないだなんて、そんなのシズの顔見りゃ分かるわよ。
だからシズ、もし自分を責めているならやめなさい。
シズは、私の我儘に付き合い続けてくれたから、もし私が死んで尚、我儘を聞いてくれる気があるなら、私達の事で苦しむのはやめること
きっと、これからシズを生かそうとするのは、私の選択。
そして、私が死のうとするのも、私の選択。
私だけが背負うべき事。
死んじゃってごめんなんて言わない。
謝らないから、シズも謝らないで。
私達は、三つ子だけど、家族だけど、それぞれ一人の人間なんだもの。
私は私で自由にやったんだから、シズはシズで今更だけど自由にやってほしいの。
でも、これだけは言っとく。
こんな私達に付き合ってくれて、ありがとね』
――ズルい。
――――ズルい、ズルい、ズルい、ズルい。
私の目からボロボロと涙が溢れていく。
どうして、皆、私を救うんだ。
私を、悪者にしてくれないんだ。
救われた事すら、私は私のズルさだと思いたかったのに。
こんなこと、こんなことを残すなんて、ズルい。
――ならもう、私は前を"向く"しか無いじゃないか。
私は、目から止まらない涙をそのままに、コンピュータの電源を落とし、壁を背にして座り込む。沢山の想いが緩やかに緩やかに、混ざりあっていくようだった。
この涙は、そのうちに止まる。そして、私は泣きつかれて、眠りに付くのだろう。
私に眠りが、訪れる。そしてきっと、私は夢を見る。
それでもし、その夢で、先に逝った二人に会えたら、私だって言いたい事がある。
今会う場所は、夢の中でいい。
その先の、本当の二人が待っている、遠い遠い空の上に行くのは、少なくとももう少し後で良い。
「戦う為の覚悟じゃなくて、前を向く為の覚悟を、貰っちゃったんだな」
私は、救われてしまった。だから、その想いを返すまでは、死ねない。
それを返さないまま空の上に会いに行って、そこでもムク姉さんにどやされるのは御免だなんて、私は涙を流しながら笑って、眼を閉じた。




