DAYS6 -AnotherSide1- 『勝つ為の覚悟』
『DAYS6 -1-』にて
フタミとヒナが別れた後の話
【ヒナ視点】
フタミくんに後ろ手に手を振ってから、私は自分の部屋に戻る。
本当は隠しておくべきだったかもしれない事実を、つい話してしまった。 でも、キーパーソンである彼に隠し事をするのは、なんだか負けに繋がるような気がしてならないのだ。
「話さないで負けた事とか、あったりして」
九十二回分の私は、どうだったのだろう。私に極秘に送られていたそのメッセージは、その全てがそこまで詳しいメッセージでは無かった。
最後の決戦に備えて、改めて私はコンピュータを立ち上げ、敗北してきた私の、私宛てのメッセージを眺める。最新の九十二回目の私のメッセージには、それぞれに与えるべき武器が書かれている。そして、これが私の力で送られた別世界の私からのメッセージだということも。
武器についてはおそらく、九十二回の試行錯誤によって一番生存適性の高い固有武器を選んで配っていった結果なのだろう。いくつか回数をさかのぼって見た事があるが、五十回目くらいのメッセージで書かれている配った武器の種類は、今とはだいぶ異なっている。ナムちゃんの適正が刀だと分かるまでは、全滅までが物凄く早いのも見て取れた。
いつも同じなのは所長が与えたフタミくんの薬液と、いっかちゃんの固有武器、そしてこれは不思議だが所長でもどうしようも無かったのだろうか、ナナミちゃんの部屋だけだ。
フタミくんは、そもそも固有武器が持てない。彼は所長の考えに真っ向から反抗し続けていた為、部屋の開閉以外の権限は持たされていなかった。つまりこの施設――ディジェネの役員にも関わらず医療フロアにすら入れなかったという事だ。
そして、いっかちゃんが眠っていた図書館は厳重な警備で私程度の権限では開けられなかった。ナナミちゃんの部屋もわざわざ武器を与える必要が無いからか、何かを与えるということは私自身もしなかった。
つまりは、最初はその三人以外の被験者の武器が、バラバラだった。ヨミちゃんが重い刀を持っていた時も、火炎放射器を背負っていた時だってある。けれど、それはその持ち主が死ぬ度にその周回での私によって考え直され、次の私にその考えを託されていた。
九十二回負けてきて、今の所のそれぞれの固有武器の最適解が、今の私達だ。
とは言っても、百人近くいて生き残りは数人だというのだから、生き残る為の難易度は狂っている。これだけ考えた所で、生き残りはたったの数人だ。
何より、私自身が部屋から出られるのが一番最後という事が、一番面倒な話だった。何故なら、最初のうちは人間同士の小競り合いすら起きるくらいなのだから。
何度かドア越しに外との会話を試みたことはあったようだが、それらも無駄に終わった事が記されていた。そりゃそうだと思う、だって誰も私の事なんて知らないわけなのだから。ある種の禁忌的実験の隠匿、私が施設で顔をあわせられたのは当時の所長に懐いていたいっかちゃんと、一応は所長の後ろについていたフタミくんくらいのものだ。零番の数字ということもあり、フタミくんにせよいっかちゃんにせよ目覚めるのが遅い事もあり、私からの声がけは大体無意味に終わった。
メッセージの最後の方には毎回、私なりの敗因がいくつか記されていた。
諦めではあったが、それは絶望に満ちた物ではなく淡々としていた。私がどの周回でも別世界への希望を感じ、自分自身の不死を悟っているからなのかもしれない。
『九十二回目、おそらく負けるだろうと思う。敗因は記憶の回復によるフタミくんの理性の欠如。
先程、完全に暴走したので私の手で動きを止めた。だが、おそらく早い段階で回復し、所長に食われるのは間違い無い』
『九十一回目、おそらく負けるだろうと思う。敗因は、郁花がもういない。フタミくんの状態は安定していても、あの子が所長に取り込まれた事により、所長の進化を止める術はもう無い。フタミくんであっても、勝てないだろう』
いっかちゃんを所長に取り込まれる前に完全に殺す事で所長の目論見の一つを消すことも出来ただろう。だがそれは私には出来ないし、全ての私が出来なかった。
何故なら私も、私達も、何十回も同じ時を繰り返してきた私ではなく、それぞれの世界でただ目覚めて、自分からのメッセージを受け取っただけの、たった一つの記憶と人生を持った私なのだから。
もし、前の私が背中を押してくれなかったら、きっととっくに私達は諦めている。けれど、全部違う経験をした、違う私達だったから、きっと全ての周回で、諦めずに戦っていたのだ。
私は、今のこの九十三回目の私が受け取ったバトンを九十四回目の私に繋ぐ為に、コンピュータに向き合う。
少し、長くなるかもしれない。 けれど、もしかしたら勝てるかもしれないのだ。
ほんの少しだけ、期待させてやろうじゃないか。
『九十三回目の私へ。
このメッセージ達は、私から私への戦況報告。
このメッセージ達がどうやって送られたかは、私であれば分かると思う。
時間はたっぷりとあるから、ゆっくり目を通してほしい。
九十三回目は、もしかしたら、勝てるかもしれない。
生存者はフタミくん、ヨミちゃん、ナナミちゃん、いっかちゃん、シーちゃん、私の六人。
それぞれの武器と状況を報告する。
私は、郁花の血液により耐性を得た上で、人体改造は熱線のみ
萩原郁花は、従来の武器に加えて、八十回目から行われている熱線の人体改造を行った。
雪代垂は、姉と兄の力を人体に埋め込んでおり、身体能力の向上と両の手から電撃が放てる状態になっている。これは今回始めて行った事だ。
九条七希は、その身体の殆どを改造し、もう既にその身体はボロボロではあるが、戦力は従来の比ではなくなっている。この状態も、今まででは見られなかった状態だ。
二見零示は、今までには無い一振の刀を持ち、黒の薬液を使って尚、理性を保ち続けている。その理由は後述する。
葛原栞は、今回渡す固定武器をリボルバーとした結果上手く生き残った。
その代わりに、今までの多くの世界でギリギリ生き残っていた石動翠が現時点で死去している。おそらくは記憶を取り戻すのが早かったのだろう。
おそらく、九条七希の人体改造の度合いが強いのと二見零示が理性を保っている理由は葛原栞の生存と石動翠の死亡が関係していると思われる。
九十二回目との大きな変更点は、葛原栞葛原栞が固有武器との相性からか、生き残っている事。そして、おそらく、彼女の出会いと生存によって二見零示の状態が不安定ではなく、戦力として数えられている事。それに加えて、九条七希の力が今まで以上に強まっていることだ。だが、その代りに戦力として重要だった石動翠は生存していない。
今までよりは、勝算はあると思う。
けれど、もしダメだったら、次の私、頑張って』
私は文章を打ち終わってから、両手から黒い球体を生み出す。
そして、その球体を半分に分け、一つを自分の胸に強く押し当て、一つをコンピュータに打ち込んだ文章に押し当てた。これで、私がこの世界を諦め、自死を選んだ段階でこのメッセージは次の世界の私の元へと送られる事となる。
厳密に言えば、このメッセージが送信された時点で、この世界とは別の世界が生まれるのだ。だから、私達がもし勝ったのであれば、次の世界などそもそも無い。とはいえこのメッセージの意味が無くなり所有権が私に戻ってくるので、フタミくんが希望すれば後悔の無い可能性を追う事は出来るのだが。
この戦いは、パラレルワールドを作り出してまで、勝利を掴もうとしている私達の、抗い続けている戦いなのだ。
思うに、いっかちゃんとフタミ君を取り込んだ所長は、いくら世界が平和になっていた所で大暴れをして、世界は滅亡しているかノッカーだらけで新たな地獄と化しているかのどちらかだ。
そもそも、私の体内にパラレルワールドを産むこの装置を仕組んだのは、所長の予防線であったはずなのだ。まだ、五十年前当時で正確な実験結果すら出ていなかったこの装置を、最後の切り札として、最後の希望として、所長は私に組み込んだ。この世界が駄目だとしても、次の世界では成功しますようにと、まだ狂っていない所長の願いだった。
だから本来は、もし所長達がエボル現象を止められなかったら、という意味での予防線だった。それがまさか、もし世界が所長によって引き起こされるエボル現象を止められなかったという意味での使い方になるなんて、あんまりにも皮肉だと思った。
今の状態では、この体内装置はメッセージ程度を現世界に対するパラレルワールドに送る事くらいしか出来ないが、ロックが外れた後については私も未知数だ。
話に聞いた限りでは、物質そのものを同世界の過去に送ることが出来ると、所長が言っていた気がするが、その衝撃に耐えうるかどうかについての人体実験はまだされていなかった。少なくともネズミやコウモリ程度を使った実験では、粉々に砕け散っていた。
けれど、私達なら。私や二見くんのようなノッカーであれば、もしかしたら生きたまま過去に戻ることも可能かもしれない。
だから、もし二見くんがこの世界でちゃんと頑張ってくれたら、彼が間違えてきた事のやり直しを、彼が求める、彼なりの本当のハッピーエンドへのチャンスを、私は彼にプレゼントしてあげたい。
何度でも、何度でも、最後まで頑張って生き延びて、自分に負けてきた二見くんが、やっと自分に打ち勝って、前に進もうとしているのだから。
私は、もうこの世界だけで良い。ハッピーエンドの為の条件は、私には揃っていない。
けれど、ハッピーエンドを与える為の力があるなら、それが私に与えられた最高の配役だ。
きっと、勝てる。 何回もメッセージには目を通した。
その、どれよりも、今回の私達は強い。
「勝つ為の覚悟も、もう出来たもんね」
さっき二見くんに向けた指を撫でてから、私は小さく呟き、目を閉じる。
私にはもう眠る必要なんて無い。
けれど、今は何も考えずに、目を閉じていたかった。




