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DAYS6 -1- 『九十二回の私』

本章はフタミと登場人物が二人で話すパートと、フタミと別れた後の登場人物のパートが交互に展開されます。

毎話視点が切り替わりますのでご注意ください。

 眠りなど、きっともう俺には殆ど必要無いのだろう。目を瞑ればその疲労から眠りに落ちたのはまだ俺が人間である証拠だったが、それも小さいドアの開閉音で現実に引き戻された。それも改めてまだ人である感覚を思い出させてくれてホッとした。

 

 一歩ずつこちらに近づいてくる足音。眠りから覚めて尚、目を閉じたままの俺が気付く程の熱量は、おそらくその指先から出ているのだろう。

 そして、おそらく俺にその熱を溜めた指の先を向けている訪問者は"俺の名前"を口走った。


「起きてますよね? はよーッス。頑張れそうですか? れーじくん」


 その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。頭の中に火花が散り、血が沸き立ち、電撃を脳に直接流されたような、説明が追いつかない程の情報が流れ込んでくる。

 身体がノッカーへ変化しようとミシミシと音を立てているのが分かった。

 理性が飛びそうになるのを必死に抑える。

 

 抑えられる物なのかは、分からなかった。

 だけれど、気を強く持つ事で、俺の理性はギリギリそのままで記憶が蘇ってくる。


――二見零示(ふたみれいじ)、それは所長の息子の名前で俺の名前だった。


 そして、思い出すべきでは無かった記憶が流れ込んでくる。

「元凶が、俺だったか……」

 俺が、俺こそが進化を抑制すべきと言う所長と敵対していたのだ。自分が進化を求めている人間だったということを思い出し、吐き気を覚えた。

 血の繋がり故に所長へと無理を言い、俺の身体を実験台にさせ理性のあるノッカーになるための実験を受け続けていたのが俺だ。

「なぁ雛崎ヒナサキ。俺が、親父を狂わせたのか?」

 俺が、ヒナでは無く雛崎と呼んだことで、ヒナは少し嬉しそうな顔をする。俺は敵意が無い証拠に両手を上げると、その訪問者は指の先を俺から外す。何とか狂気は落ち着いたようで、ノッカー化も止まっているようだった。


「良いっスね。第一関門の黒の使用に続いて、第二関門も突破ッス。記憶を取り戻してもまだ大丈夫なんて、やるじゃないッスか。あと、所長は勝手に狂ったんです。フタミくんのせいじゃないッスよ」

 ふふ、と楽しげに彼女は笑う。俺をフタミくんと呼ぶ彼女は、おそらくあえて俺の記憶を呼び戻したのだろう。本来ならば、名前を呼ばれたところでその人生をハッキリと思い出せなければ意味が無いという話だったが、薬液によってほぼノッカーと化している俺には、名前を呼ぶだけで充分だったのだろう。


「さっきのは、俺が所長に言われる前にって事か?」

 

 俺はこの眼の前で笑う少女を、知っている。ゼロ――郁花イクカを「いっかちゃん」と呼んでいつも一緒にいた少女だ。

 あの当時、その二人の姿はまるで姉妹のように見えていた。けれど、こんな風な喋り方はしていなかったように思える。


「そうっスね……。それもありますが、ぶっちゃけちゃうと勝算を少しでも上げたいってのもあります」

 神妙な顔をしながらヒナは隣に座ってもいいかと目で聞いてきたので俺は頷いた。


「話を聞く前に、その喋り方さ。俺の前ではいいだろ?」

 思い出してしまえば、何とも違和感のある喋り方が気になって仕方がない。昔は普通の大人しい子に見えたものだから、尚更だった。


「分かりました。まぁ、いっかちゃんもいないですしね」


 彼女達の事は、本当によく覚えていた。親父の研究対象として愛されていた雛崎と、親父の拠り所として愛されていた郁花。

 特に郁花は、まるで家族のような関係だった。俺と親父は仲が悪かったが、俺も郁花のことは妹のように思っていた記憶もある。


「馳せる思いもあるでしょうけど、まずは本題です。思い出話は終わってからでもいいでしょ?」

 ヒナがそう言いながら、両手を握る。


「九十三回目。これが、"私"にとって九十三回目で、私達にとって一回目の実験らしいです。『九十二回目の私』の話では」

 言っている事が、よくわからない。

 だが、ヒナは首を傾げる俺に構わずに話を続けた。

「私の身体の中にある兵器の一つに、時間を遡らせるっていう割と禁忌な実験兵器があるんです。タイムマシンっていうにはちょっと違うんですけど……簡単に言えば別世界への移動みたいな物ですね」

 握っていた両手をパッと離すと、そこに黒い球体が生まれた。

「人智を越えてないか? そんなの不可能な話じゃ……」

「……そう、ともいえますし。そうじゃなくなる可能性もあった。可能かもしれないですが、不可能かは分からないという段階には来てたんですよね。ブラックホール、的な? 完全な状態で使った事は無いので詳しい原理は分からないんですけどね。でも『別世界で失敗し続けた私』は全滅の間際にこの力を使って、次の世界の私の部屋のコンピュータにメッセージを送ってくれていたみたいです。九十二回分の膨大なログと一緒に……」

 にわかには信じがたい話だったが、その球体に触れようとすると、まるで吸い込まれそうになって、手を引っ込めた。


「本当は、ロックがかかってるみたいなんですよねぇ。所長が言うところの"実験"が失敗した時に、何もかも最初からにしてまた所長がやり直す為の予防線みたいです。だけど、私達は九十二回途中で負けたのを数えたら予防線を所長が使う事も無かったんでしょうね。ともかく『沢山の一度目の私達』は何十回と所長と対峙したり、何十回と所長とも出会えず全滅したりを体験していて、一度も勝っていない。案外私は諦めが早いんでしょーね、結局は今までの『全ての世界の私』が正しく諦めて次の世界の私にメッセージを送ってきてくれていたわけです」


 黙って話を聞いていると、ヒナはこちらに身を乗り出して興奮したような素振りで話を続ける。

「で! その九十二回分と比べた例外が、今回。フタミくんと、いっかちゃんのどちらかが所長か、もしくはノッカーに殺されている時点でその世界はお終い。そして、二人とも生き延びたところで、所長に対する対抗策がなきゃお終い。けれど、今回は今までの中で、一番戦力が整ってます。何よりフタミくんがまともに戦えてる例がまず無いっぽいですね。あとはー……ヨミちゃんがその優しさからか、大体早めに死んじゃってます」


 ならば理由は一つ、ヨミ――葛原栞(くずはらしおり)が生きている事が、俺が此処で自分を保てている唯一の理由だ。どういった意味かは分からなかったが、今よりも三年分若い、というかまだ子供らしかったあの子は俺に懐いていた。その気持ちが今ならどういったものなのかなんとなく分かる気もするが、それを考えることはやめた。


「ま、今回はイケるかもしれない。それを伝えに来たわけです。ちなみに、記憶を受け継いでるなんて事は無いですよ。全部、違う世界の違う私です。だから知ってるのは『沢山の私』が残してくれた情報だけ、所長が潜ませた予防線ですから、勝敗が喫するまで、おそらくはある程度の脅威の殲滅が使用可能になるトリガーなんでしょうね。だから一応は今の私じゃ使えない力」

 笑いながら、ヒナは立ち上がる。


「きっと『沢山の私』が諦めながらも、抗う事をやめなかったから、今があるんだと思います。だから今回の私も――今回の私は諦めません。ねえフタミさん、今回の事で、後悔ってありますか?」

「むしろ、後悔しか無い。守れなかった事、間違えた事が、沢山ある。でも、今はもう、所長を止めるだけだ」

 俺がそう言うと、ヒナは少し力強く頷いて、こちらに笑いかけてから自分の部屋の方へ歩き始めた。

 後ろを向いたまま、歌でも歌うように、ヒナは俺に約束を告げる。


「じゃあ、もし、もしですよ。どんな手段でもいいから所長の実験を阻止出来たら、試してみましょうよ、ちゃんと戻れるかどうか。フタミさんの後悔を、やり直させてあげますよ。所長なんかに、やり直しをさせるつもりはありません。だから、頑張ってくださいね、フタミくん」


 ハッピーエンドなんて、もうあるわけがない。 それでも、彼女の言う九十二の世界では、世界が終わったのだ。だったら、もしこの世界を救う事が出来たのなら、俺はもしかしたら、間違えてしまったこと達を、やり直すことが出来るのかもしれない。


 けれどそれは、この世界で積み上げた全てを捨て去るのと同義だ。それでも、死んでいった人達の事を考えると、今すぐに答えを出す事はできなかった。


「やるかどうかの返事は……終わってからでもいいか?」

 ヒナの背中に向かって呼びかけるとヒナは後ろ手に手を振った。その素振りは、誰かに似ていて、とても懐かしく思えた。

「そりゃ勿論。考える時間はきっと、沢山ありますし……絶対に、勝ちましょうね」

 

 きっと、何もかもを、この少女は知っているのだ。 大量の敗北を、知っているのだ。そしてその上で、この勝負の勝利に全てを賭けている。

「しかし、敗北条件はハッキリしてたんですよね。でもクリア条件については、結局分からなかった。どんな分岐の先なんでしょうね、此処は」

「きっと、ヨミがいたから俺は狂わずに済んだ。ナムを撃ち倒す時に、ヨミが引き金を引けたからナナミは生きて戻れた。ナムがヨミを守っていたのは毎回だったかもしれないけれど、ヨミを早い段階で失くしていたらそもそも彼女が戦力として役に立たなくなりそうな気がする。俺に分かるのはそれくらいかな」

「惚気ですか?」

 真面目に答えたつもりが、ヒナは最初の言葉だけをとってからかってくる。

「……なのかもしれないな。もし、此処が平和な場所だったら」

「平和でも、惚気は勘弁ッスけどね! でもま、全部終わったら一回くらいは聞いてあげても良いかな! じゃ、そういう事で! よろしくッス!」

 いつの間にか口調を戻した、ヒナは明るく重大な事をよろしく頼んでくる。

「俺ら全員でやるんだろ。そっちもよろしくな、ヒナ」

「だいじょーぶッス。九十二回と、今回の私の覚悟が、詰まってますから……!」


 そう言って、ヒナはトンと自分の胸を叩いた。まずは、勝たなければいけない。俺の心の中に、その一人と九十二回分のヒナの覚悟が吸い寄せられていくような気がした。

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