DAYS5 -AnotherSide4- 『世界で一番優しい泣き真似』
『DAYS5 -AnotherSide3-』にて
ナナミとシズリが部屋に入った後の出来事
【シズリ視点】
先日、私の姉と兄が死んだ。
理解が出来ない姉と、理解の追いつかない兄から解放されたと思っていたはずの私だったが、楽になったかと言われるとそういうわけでもなかったらしく、実際の所、私はそれから呆けてしまった。
けれど、呆けていたところで、戦況は変わる事があるわけがない。
だが私に出来る事はほぼ見つからなかった。
何故なら、私に戦う力なんて無いからだ。
私に出来るのは単純な戦況予測。あれがこう来るなら、こちらはこうすべき。その判断がいくらか人より早いだけの私が、基本的に対多数での戦闘が少ないこの施設で役立つことはほぼ無いと言っても過言ではなかった。
とはいえ、さっき、ナナミさんが無茶をしようとした時には、はっきりと敗色が濃厚なのが分かったので、私も一緒に残る事を選んだ。その行為自体に後悔は一つも無い、少しでも役に立てたことが嬉しかったのと同時に、きっと私は戦力に含まれていないのだろうという寂しさもあった。
だが、壁に置かれているそれらを見た時に、私に一つの覚悟が芽生え始めた。
姉が得意だった電気を使う技術、それを体現したかのような電気棒。本来は拷問か何かに使うかような、雄々しい見た目をしているそれが、私の目には姉そのもののように見えた。それはまるで、この施設が姉を知っているかのように、そして、私に嫌味を言っているかのように、そこに置いてあった。
そう思い、少し自分に厭気が差した。私の姉の生き様を思い出した時に、拷問なんて言葉が結びつくわけがないのに、私はもしかしたら未だに姉に怯えているのかもしれない。
そして、その隣に置かれたアンプルは、おそらく兄が使うはずだったものだ。薬液によって身体を強化、というよりもノッカーとしての力を得る為の物だろう。兄がアレ以上の化け物になるのを考えただけで、寒気がした。
思わず最初は目を背けた。
けれど、アレらが兄と姉が遺した最後の力なのだと思うと。
私が、これからも皆の足手まといのまま生きていくのかと思うと。
――手に取らないなんて、ナンセンスだ。
ナナミさんをオペルームの前に立たせてから、アンプルと電気棒の前まで行き、それらを拾い上げると、覚悟が実感として沸いてきた。
「私は横になってるから、後はよろしくー」
私は腕を無くしたナナミさんがオペルームのガラスを叩き割るのを見て、一旦アンプルと電気棒を置き、ナナミさんに言われた通りに部屋中の誰かの武器をかき集めて装置に運んでいく。
それは中々骨の折れる作業だったが、それも、きっともう少しで終わる。
戦いも悲しみも、もしかすると誰かの生命も終わるのはそう遠くない。だから、もうちょっとだけ私も頑張れる。
きっとナナミさんもそうなのだろう。だからこそこれだけの力を、無理してでも身体に収めようとしている。
ナナミさんは無視しているようだったけれど、キャパシティオーバーの表示が出ているのは、装置に疎い私でも分かった。
それでもナナミさんは自分を兵器と化すべく、その改造を止めようとはしなかった。
「じゃあ、ちょっと変身してくるね。ちょっと長くなるかもだけど、大丈夫だから」
ナナミさんがそう言うと、ベッドが装置の中に収納されて行く。
そして、それからしばらく鳴り止まぬ機械音に混じり、ナナミさんの苦しそうな声が聞こえてきた。私は、何も言わない。だけれど、離れてはいけないような気がした。
止めるつもりもない、そんな権利は、誰にも無いのだ。
誰もがもう、それぞれの覚悟の元で、動いている。
この施設で生きてきた人間の、最後の明かりが、今灯ろうとしているのだ。
それが燃え尽きるためであっても、燃やし尽くす為であっても、私達はきっと戦い勝つ事を諦められない。
機械の駆動音が終わり、ベッドが装置から出てくると、いつもの彼女よりも少し大人びた、だけれどいつもの雰囲気を纏ったままのナナミさんが立っていた。
「へへへ、流石に小さすぎるとね?」
そう言いながら少し照れながら頭を掻くナナミさんの両手は、ちゃんと人の手をしていて、ホッとする。 たとえそれが偽物だったとしても、無いよりはずっと良い。
「じゃあ、次は私の、お願いします」
そう言って、私よりも少し背が高くなったナナミさんにアンプルと電気棒を手渡す。
「えっと……使えるように、じゃなくて、埋め込むことって……」
「ん、出来るよ。私の両手みたいな感じで良い?」
私はコクリと頷き、ナナミさんに指示されさっきまで寝ていたベッドに横たわる。だが、ベッドは動き出さず、装置に収納されていかない。
不思議に思いナナミさんの顔を見ると、難しい顔をしながら装置とにらめっこしているようだった。
「あのさ、シーちゃん、この薬……」
ナナミさんが言いかけたところで、私はその言葉を制止する。
「いいんです。私も、覚悟を決めましたから」
そう言うと、ナナミさんは意を決したように、装置を操作しはじめたようだった。十数秒後、ベッドは装置の中に収納され、外からナナミさんの「いくよー」という声が聞こえた。
そして、腕にチクリとした痛みが走ると同時に、私の意識は深い眠りに落ちていった。
だが、急にその深淵から意識を無理やり引っ張り出される。
それはおそらく、深い眠りのはずだったのだ。
――きっと、人間であるならば。
ドクン、ドクンという心臓の音がいやにうるさく、身体中に異常な程の痛みが走っている。声も出せない程の、痛みと、力と、痺れが、私の身体を包み込んでいる。
そして、頭の中に入り込んでくる沢山の感情。
きっとこれは、走馬灯のような物を自分で作り出しているだけだとは分かっていても、まるで兄と姉の心が自分の中に入り込んでくるようで――私は、その痛みの中で涙を流した。
――そうか、やっぱり私は、あの人達の事を、愛していたのだ。
徐々に痛みが消え、私を乗せたベッドが装置から出てくると、ナナミさんが焦りながらこちらに近づいてくる。
「あれ!? なんで? 麻酔効いてるよね!?」
その焦り方が妙に今のナナミさんの姿にミスマッチで、私は思わず笑ってしまった。
「最初は、効いてたんでしょうね。でも、もう効かないんですよ、きっと」
私は今まで感じた事の無い強い衝動、身体が言う事を効かずに走り出そうとしているのを抑えるように、両手を開閉する。力が、漲っていた。
そして、その両手に力を込めると、ピリっと電気が走るのが見えた。
「痛いのは……胸だけです」
私は、涙を拭って、立ち上がる。
「でも、温かいから大丈夫」
真っ直ぐにナナミさんの顔を見て、私は頭を下げる。
「今まで、足手まといですみませんでした。これからは、私も戦います」
私の下げた頭を、ナナミさんがポンと撫でる。その時に、ふと私ももう少しだけ身体を大人びた物にしてもらえば良かったと後悔したが、言うのも悔しいので黙っておくことにした。
そして、顔を上げるとナナミさんがニカッと笑ってこちらに手を差し出した
「じゃ、いこ。改めてよろしくね、シーちゃん」
その手を私は軽く握り返して笑う。
――姉さん、兄さん。私は、やっと前を向いて行けそうだよ。
短い握手を終え、ナナミさんは部屋の入り口へと歩みよっていく。
さあ、戦いだ。そう思い、ナナミさんがドアノブに手をかけドアを開けた瞬間、少し照れた声で「ばーん……」という声が聞こえた。
そして、手を銃の形にしているゼロさんと、思い切り目があってしまった。
「ばーん……?」
少しの間の後に、ナナミさんが堪えきれずに吹き出したのを見て、ゼロさんは顔を真っ赤にしている。
「ああああああ!! だから私は嫌だって!」
そう言いながら、ゼロさんは指の先から熱線を廊下の向こうにばら撒くかのように連射している。
「あはー、グッドタイミングッスよお二人さーん」
そしてヒナさんがゼロさんの後ろからニヤニヤと笑いながら顔を出す。
「もう! もう!」
私とナナミさんがあっけにとられながら廊下に出ると、ゼロさんはその『もう!』の度にノッカーを仕留めているようで、せっかく覚悟を決めた私達の出鼻をくじかれるかのような強さを見せつけられてしまった。
「負ける気はしないけど、結構キリ無いっス。だから此処は自分達に任せて二人はホールの方を頼んで良いッスか? フタミ君達が、多分向こうにいるはずなんで」
ヒナさんの言葉に私達は頷いてホールへ向かおうとすると、ヒナさんがそれを一旦制止する。
「ちょい待ち! あのクソ所長のせいで、死んだノッカーの復活が始まってます。首から頭を切り離すか頭を潰さなきゃ無限沸きッス。シズリちゃん、"気をつけて"」
そう言って、廊下の隅にあるゴミ箱を見た。
――つまり、兄さんが討つべき敵として、何処かにいるということだ。
「まだ、会ってませんか?」
兄の姿を見ているゼロさんに声をかけると、言わんとしていることにすぐ気付いたようでゼロさんは答える
「はい、私達が此処に来るまでの間では、まだ。でも、おそらくはそう遠くないうちに……」
ナナミさんは心配そうな顔をしていたが、私はその心配を打ち破る為にも、先に一歩を踏み出した。
「お二人とも、ありがとうございます。家族の尻拭いを人にさせるのはナンセンスです。行きましょうナナミさん」
兄はもう、姉はもう、私と共にいる。
だから、この眼は、前しか見ない。
形があれど、もはやそれは亡霊だ。だからこそ、私が改めて弔って然るべきだ。
そして、死者を弄ぶ輩もまた、弔う事等しないけれど、端的に言うならば、死ぬべきだと思った。
これから私が出会うであろう兄にぶつけるのは、怒りではない、悲しみではない。
ただ、哀れな私の家族に、向き合いに行くだけだ。
自然と歩みは早まっていく。兄さんと姉さんを眠らせた箱は、次の曲がり角の先にあるはずだ。
私は両の手に力を込めながら、私の後ろに続くナナミさんに声をかけた。
「最後までは、私がやります。弔いを、任せてもいいですか?」
「ん」
小さい声で返事をするナナミさんに申し訳ないと思いながら、曲がり角を曲がると、そこには見知った、小さな愛しい化け物がいた。
その化け物は、私達の姿を見た瞬間に飛びかかろうとしてきたが、その矛先が私ではなくナナミさんであることはその動きですぐに分かった。
「ゴウ兄さん、止まってください」
まだ兄さんのその手がナナミさんに届くまでには距離があったので、試しに聞こえるように兄さんに語りかけると、兄さんは一瞬立ち止まる。
私の声が届いた事が嬉しく、少し目尻に涙が浮かびそうになったが、それでも彼は亡霊だ。兄さんは立ち止まった事が理性の最後の抵抗だったと言わんばかりに、その場で唸り声を上げてから、今度は私に向かって飛びかかってきた。
「私はさよならなんて、もう言いませんからね」
――思い出は、花だ。散った花弁を集めても、花にはならない。
兄さんの爪はボロボロだったが、それでも殺傷能力は健在のように見えた。今まであれば、私の生命は後数秒だったかもしれない。
でも、今の私はもう、負けない。私は飛びかかってくる兄さんの腹部に右手で掌底を打ち込む。それと同時に放電、その場に立ち尽くす兄さんの足を私の左足で払うと、兄さんはその場で転倒した。
「兄さん、私も強くなったでしょ?」
躊躇いなど、なんにもならない。悲しみなど、苦しみなど、もうあってはならない。
――これ以上、兄さんを冒涜するのは、私が許さない。
倒れた兄さんの首元に向かって、右手で重い一撃を打ち込む。バキっという音と共に、骨が砕ける音が聞こえる。
躊躇いなど、躊躇いなど。
なんにもならない。
なんにもならないのだ。
だから、私はその手に、力を込め続ける。ジタバタと四肢を動かす力は、いつまでも弱まらない。私がどれだけ力を入れても、何の関係も無いかのように。
――だから私は、その首を。
ねじ切ろうとした瞬間、私の周りを炎が包み込んだ。
「シーちゃん、もういいよ。頑張った、頑張ったよ」
ナナミさんの右手から伸びる炎の線が、私と兄さんを包むように揺らめいている。
「でも、私がやらないと……」
そう言っても、炎は消えてくれない。
「私が、見たくない。お願い……、電撃で動きを止めて、離れて」
今にも泣きそうな顔で懇願するナナミさんに負けて、私はその右手から思い切り電撃を兄さんの身体に送り込む。
その電撃にもがいていた兄さんの身体の力が次第に抜けていくのを確認すると、私は兄さんから離れ、ナナミさんが作った炎の線の外側に飛び出る。
それと同時に、炎の線は厚い壁となり、またたくまに兄さんの身体を見えなくした。
「さよならは、言わないんだよね?」
その言葉に私が頷くと、ナナミさんはその右手を前に突き出す。するとまるで炎が光ったかのように勢いを増し、私は思わず目を瞑る。
そして、次に目を開けた時にはもう炎も、兄さんもいなくなっていた。ナナミさんの右手も、燃え尽きずにそのままの状態だ。
「ありがとう……ございました。じゃあ、行きましょう」
私が淡々と告げると、ナナミさんは少し心配そうに私の顔を覗いてくる。
「大丈夫ですよ。もう、ずっと一緒ですから」
私が笑って見せ、ホールに向かい歩き始めると、ナナミさんも納得したようで私の後についてきてくれる。
「世界で一番優しい泣き真似でしたよ」
小さな声で、呟いたが、聞こえなかったようだ。あえて、聞こえない振りをしたのかもしれない。
何も言わないでいてくれたのが、少しだけ有難かった。
私が兄さんを手に掛けようとした事について、私自身が何も思わないわけがなかったということを、分かってくれていたのが、気遣ってくれたのが本当に、本当に嬉しかった。




