DAYS5 -AnotherSide3- 『これがきっと、満点の私』
『DAYS5 -5-』にて
フタミとヨミ、ナナミとシズリが分かれた後の出来事
【ナナミ視点】
右から武器を持ったノッカーが数体、左からも同じく数体、こっちには何やら喋っているヤツまでいる。私はうんざりしながら、今置かれた状況を考える、考える。
お兄さんはまだ大丈夫そうだけれど、このままだと全滅は必至。
ヨミちゃんは一撃一殺なので大量にノッカーがいる今の状況には不向き、というか普通のノッカーであれば確実な対応が出来るのに今の状態で銃弾を沢山消費してもらっちゃうのは勿体無い。
シーちゃんは申し訳ないけれど、戦力としては数えられない。けれど、その頭脳と罠があれば足止めくらいは、といったところ。
それ以上に、まず問題は私だ。
左腕はもうとっくに限界が来ていて、おそらくもう氷壁は作れて一回が良いところだろう。それと同時に砕け散るのは目に見えている。
人工の腕だから感覚が無いのが救いだ。自分の腕が砕けたり焼け落ちるのはもう見慣れたけれど、それに痛みが伴っていたらと思うとゾッとする。
右手の炎はまだ温存しているけれど、それはどちらかといえば温存というよりも使ってはいけないという意識からだ。うっかり右手まで壊してしまうと、ドアノブを掴めない。
私の固有武器は、これがどうにも厄介でいけない。
私の部屋は残酷で、感覚も温度も無い悪魔のような場所であっても、私の手じゃないと、呼び出せないし、私にとっては必要なのだ。悪魔に魂を売ったと考えれば、この力は安いくらいだ。
『絶対追尾のマイルーム』我ながら少しふざけた名前だとは思うけれど、それ以外言いようが無いのだから、仕方がない。どうせなら、他の誰かの部屋であってほしいくらいだったけれど、それもまあ仕方がない。
いつかぼんやりと、こういう使い方をする日が来るのだと考えていた。もし、私が生命を賭けてもいいと思える人が出来て、そんな時が来たなら。
だけれど、これはよくある妄想のはずだったんだ。つまらない学校の授業中に考える妄想のような、私だけが対抗出来る何かとの戦い。
――そんな妄想が、実現しちゃうなんてなあ。
「お代わり……か……」
お兄さんが小さく呟く、さっきまで少し笑いながらノッカーを斬り伏せていたというのに、なんとも神妙な声を出すものだと思った。怖いけれど、頼もしくもある。
この施設の皆は、どこかしらおかしい。
それに当てはまらないのは、ヨミちゃんくらいのものだ。
だからお兄さんもやっとおかしくなってきたのかな、と思うと心配が勝ったものの、少しだけ面白かった。
けれど、様子がおかしくなってきたとはいえ、お兄さんに死んでもらうわけにはいかない。このノッカーの量は、誰かが犠牲になってもおかしくない量だ。
「私も、やります……。簡単な罠くらいなら……」
シーちゃんの声に合わせて、刀を握りしめるお兄さんを見た。
おそらくはその力に任せて正面突破するつもりだろう。ちらりとシーちゃんの顔を見ると珍しく失敗したなって感じの顔をしている。逃げる為の言葉が、進む為の言葉として伝わってしまったのだろう。力のある者と無い者の差が、此処で生まれてしまっている。逆に言えば、お兄さんが猪突猛進すぎるというきらいもある。
今生き残っている仲間達の中では、おそらくヒナさんが一番強いだろう。そうしてナムちゃんがいなくなった今、その次に強いのは紛れもなくお兄さんだ。その次に対多数に適応している私か、一対一に於いては最強とも言えるヨミちゃん。
その下にトリッキーな固有武器ではあるものの、その素の戦闘能力のが高いゼロちゃんが続き、最後に武器を持たないシーちゃんとなる。
シーちゃんにも固有武器があったらとは思ったものの、医療フロアとの通路の小部屋にいたなら持っていなくても仕方がない。
私と、お兄さん、ヨミちゃんと、シーちゃん。少なくとも、このうち二人は生き残るべきだと思った。
順当に考えれば、お兄さんとヨミちゃんは確定だ。そして、戦闘への貢献度が低い代わりに、思考能力があるシーちゃんにも生きていてほしいと思った。私は真後ろで開きっぱなしになっていたヨミちゃんの部屋に三人を押し込もうとする。
ヨミちゃんとお兄さんをトンッと押すと、素直にヨミちゃんの部屋の中に入ってくれた。私には流石に油断している、少しよろけながら、部屋の中に入る二人。
けれど、シーちゃんはそれを躱す。
「流石に、一人では勝率、零パーセントですよ。私程度でも、いた方がマシです」
その言葉に私はハッとすると同時に、顔が赤くなるのを感じた。たった今まで私はこの子を、足手まといのように思っていたのだ。
けれど、この子はそれも承知した上で、そして私のすることを考えた上で、そして私と共にこの廊下に残る事を選んでいる。 自分が浅はかさが恥ずかしい、けれど、それを反省している暇なんて、無い。
私は無言のまま頷いてドアを閉じ、まだ健在の右手でドアノブを掴む。
「ちょっ!? ちょっとナナミちゃん!? ナナミちゃんも早く!」
ドアの向こうからヨミちゃんの声が聞こえるが、私は聞こえない振りをしながら、なるべく明るい声でドアの向こうのお兄さんとヨミちゃんに語りかける。
「ごめんねぇ、とりあえず、此処でジリジリとやられるのはマズいのさ。だから一旦空いてそうな向こうに飛ばすから、また会お! 二人で仲良くね!」
私のその声が震えていた事に、お兄さんとヨミちゃんは気付いたかどうかはわからない。けれど、私の顔が強張っていることだけは、隣にいるシーちゃんには気付かれていただろうなと思った。
私の部屋がドアノブに来た事を確認すると、私は急いでドアを開け、シーちゃんをその中に押し込もうとした。だけれど、そうする前にシーちゃんは開けたドアの中に一歩踏み込む。
「大丈夫、開けておきますよ。絶対にこのドアは閉めませんから」
その言葉が、私に勇気をくれた。
その信用が、信頼が、私に全力の力を出す為の勇気をくれた。
「ん……ありがと。じゃあ私、全力でやるね」
左手は、砕け散るだろう。
右手は、焼け落ちるだろう。
けれど、私の部屋は開いている。
――なら、私の両の腕が消えたところで、何の問題も、無い。
「これが私の……全力!」
叫びながら、全力の力を以て左手を振り下ろす。その左手が地面に付くと同時に、左腕が砕け散っていくのが見えた。
だが、その代わりに左廊下が銀世界へと変わる。
凍りついたノッカー達が、終わらない冷気に自壊していくのが見える。
「お、かわり……!」
そして、右手の先から一本の炎の線を伸ばす。
その炎は蛇のように右廊下にいるノッカー達の身体へと巻き付く。その炎は一筆書きのように、廊下の壁側まで一本の線で繋がった。全てのノッカーと、私の腕が、一本の炎で繋がっている。
私は真っ赤に染まった右手を思い切り握ると、その炎の線が何倍にも太く膨れ上がり、燃えさかった。その炎は、私の右手をも燃やし、右肩まで包み込み灰になる。だが、同時に右手側にいる全てのノッカーも、灰燼と化した。
両手が無いのは、流石に恥ずかしいが、これでとりあえず、この場だけは制圧した。
「おわり、おわり! もう、げんかいっ!」
自分の見た目の悪さに嫌悪しながらも、私は自分の部屋に倒れるように入り込む。
それを確認して、シーちゃんが扉を閉めてくれた。
「私が弱いのは、分かっていますけど、いて良かった、ですよね?」
少しだけ笑みを浮かべて、得意気に言うシーちゃんに、私は真面目に言葉を返す。
「ん……ごめん。確かに助かった」
彼女が実際にした事と言えば、ドアを開けたままにしていてくれただけだ。けれど、あの時の私は焦る余り、状況を正しく理解出来ていなかった。右手を温存と考えておきながら、切迫する状況に、守る事と倒す事しか考えていなかった。
両手を使い切ってしまえば、もうドアは開けられない。
たとえ目の前のノッカーは倒せても、その次は無かったのだ。
攻撃手段がほぼ無い私が、その後も生きて廊下を抜けられたかなんて、言うまでもない。
「ごめん、一人じゃ立てないや、起こしてもらっても良い?」
倒れ込んでしまったせいで、うまく立ち上がることすら出来ない。何とも恥ずかしい限りだった。けれどシーちゃんはそれも分かっていたかのように何も言わずに私の身体を立たせてくれる。
そして、そのままオペルームの前に連れてきてくれた。
「とりあえず、行ってらっしゃいです。そして終わったら、私の番……いいですよね?」
私を送り出そうとしながら、シーちゃんは後ろを振り返る。そこに目をやると、薬液のアンプルと、昔私が使った事のある電気が出るロッドに良く似た武器が置かれていた。
――そうか、これが本来の彼女達の武器だったのか。
私はムクちゃんとゴウくんの死も見ている。ならばこの悪魔の部屋があの二人にちなんだ武器を運んで来る理にかなった話だ。
けれどこんな、新たに武器を与えるという事は、私達を優位に立たせるだけの事なのに、どうしてかと考える。この部屋はイレギュラー的存在なのかもしれない。いわば、ヒナさんの下位互換のようなもので、所長の手の届かない場所にある部屋が私の部屋なのかもしれない。といっても、私もこの施設に来た時の事を思い出せないから何とも言えないのだけれど。
とにかく、私は壊れてしまった私の身体を直そうと、オペルームに入ろうとする。だが、ドアの前で立ち止まってしまった。
――手が、無い。
「あ、ここもドアノブ、握らなきゃ……」
そう呟くと、シーちゃんが近付いて来てオペルームのスモークガラスをコンコンと叩く。
「硬そうですね……とはいえ、ガラスで良かったですよね」
そう言いながら、シーちゃんは私の下半身をジッと見つめた。
私の両足は、全く損傷を負っていない。
つまりは、蹴り壊せということだった。
この子、もしかすると戦力外だと思っていた事を根に持っているのかもしれない。
「まぁ……、もうそう何度も戻ってくることも、無いしね」
そう言うと、シーちゃんは数歩後ろに下がる。
「あと、これ。オススメはあんまり出来ませんが……、一応」
そう言いながら、シーちゃんはいつのまにか部屋で拾ったであろう雑多な武器を持っていた。思えば部屋中に私が視認した生物の忘れ形見が溢れている。もう、このオペルームを使うのが最後だとしたら、使う事に抵抗は無い。
私はもうほとんど人では無いのだから、いくら使ったって、良い。
「ん、じゃあさ。あそこのでっかいヤツと、隣のヤツ、それと、適当にそこらへんのを集めてもらっていい? ……いーや、いっそ全部で! ごめんね!」
シーちゃんに指示を出して、私は右足に思い切り力を込める。そして、シーちゃんが離れたのを確認してから、思い切り右足の先をオペルームのガラスに叩きつけた。
バリンとは言わずに、ミシッという音と共に、穴が空くガラス。そしてその直後大きな音を立ててガラス全体が砕け落ちた。
「あ、これは私が使うヤツです。ナナミさんのは今持ってきますね」
そう言いながら、シーちゃんは右手にもっていたロッドを床に置き、左手に持っていたアンプルをポケットにしまった。
「私は横になってるから、後はよろしくー」
このくらいは、頼んでもいいだろう。少し不満そうな声が聞こえた気もしたが、次々と装置に運ばれる忘れ形見達に思いを馳せながら、私は最後のオペを開始した。
きっともう、左手が砕け散る事なんてない。
きっともう、右手が灰になる事もない。
――だって、私は全てを取り込むのだから。
もうこれ以上、この部屋に仲間の武器は吐き出させない。
かつての仲間の忘れ形見達の全てが私の身体に収納されていく。これが終わってしまえば、私は補充が出来ない。その代わりに、きっと限界もずっと遠い。
全力を超えて尚、砕け散らない力で、挑むべき日が来たのだから。
ならばもう、出し惜しむ必要なんて、一つも無い。
「これがきっと、満点の私」
私は静かに一人そう呟いて、最後のオペを開始した。




