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DAYS5 -10- 『ナムちゃん。私、頑張るからね』

 生き残り全員がホールに揃い、久々の安息が訪れる。

 ヒナとゼロは何やら言いたげだったが、お互いの無事を確認すると、俺達はまずナムの遺体を弔うことに決めた。


 意外にも、言い出したのシズリだった。

「死者を殺すのは、もううんざりですから」

 彼女はそう言いながら、ホールの隅へとナムの身体を運ぶ。

 ムクとゴウと運んだ時には人一人を抱えることなど出来なかったはずだが、おそらくゴウから力も受け継いだのだろう。安々とナムの身体を持ち上げたシズリの後を、ナナミが静かに着いていく。


「残酷かもしれないけれど、一瞬で、終わらせるから」

 そう言いながら、ナナミは右手を赤く染める。

「……うん、お願い」

 ヨミもその行動の意味は理解しているようで、覚悟を決めたように返事をした。


 ヨミのその返事を聞き、ナナミはその右手から一本の炎の線を引き伸ばすようにナムの周りに這わせ、その中が見えないように炎線を厚い炎壁に変える。その仕草は、慣れた素振りで、まるでこれが初めての事ではないかのようだった。その仕草をシズリが唇を噛んで見つめている。


――あぁ、彼女達は、これが初めてではないのだ。 


 首を斬り落とさなければ活動を停止させられない死人ノッカーに対して、一気に焼き尽くすという攻撃行動は実に合理的で、即座にそれが思いついたなんてことも考えられない。ということは、シズリとナナミも、東フロアの廊下で死人ノッカーと一戦を交えている。

 ということは、ノッカーとして死んでいたのゴウは、おそらく所長の血液により、復活していたはず。彼女達が生きて此処にいるという事は、そういう事なのだ。


 それに気付いた俺がシズリの顔を見ると、彼女は無言のまま小さく頷いた。

「じゃあ……お別れ」

 ナナミがそう言い、右手を掲げると、それをヨミが制止する。

「ちょっとまって! ナナミちゃん! ちょっとだけ……待って」

 ヨミの声が響くと同時に、スッと炎の勢いが弱まり、ナナミがヨミの方を振り返る。

「ん、良いよ。行ってきて」

 

 そうすると、タタタとヨミはナムの方に駆け寄る。俺はヨミには聞こえないようにナナミに話しかけた。

「なあ、でも急がないと……」

 だが、彼女は首を横に振って、ヒナも俺の焦りを諫めるように軽く笑う。

「大丈夫ッスよ。とりあえずこのフロアには今の所誰も入って来れません。あの所長すら」

 俺の懸念はヒナによって打ち消され、ゼロがそれを補足する。

「私の管理者権限と、ヒナちゃんの書き換え権限を合わせて、この施設のシステムは完全掌握出来ています。ただ、此処を出る為にはどうしても医療フロアを通らなくちゃいけないので、所長と相対するのは必至ですが……」

 二人のその表情で、彼女達にも彼女達の戦いがあったことが伺いしれた。


「そういうことみたいです。だからおにーさんも、行ったげて」

 ナナミが俺の背中をトンと叩く。遠目で、ヨミがナムの傍に弾丸を置いているのが見えた。それを眺めながら、俺もイスルギとナムの刀を持って、ナムの遺体に歩み寄る。


「お供えっていうには、物騒だな」

 今この状況では、供えるにはあまりにも勿体無いはずの弾丸をヨミは丁寧にナム身体の横に並べている。

「あはは……。一応部屋にはまだ持ちきれない程あるんで……。私が一番一緒にいたのは、ナムちゃんとこの子達だから」

 そう言われ、少しホッとしたが、ならば俺が今からしようとしていることの方が、危機感がない行動なのかもしれない。


「なら、俺もだ」 

 二本の刀を、ナムの目の前に、墓標のように突き刺した。

「おっ、おにーさん。流石にそれは……」

 焦ったようにヨミが止めようとするが、俺は首を横に振った。


 今の俺は、人の力を遥かに超えることは出来ていても、人の心をいつまで保っていられるか分からない。たとえヨミの言葉であっても、止まらない可能性だってある。信じてはいても、彼女の刀で誰かを傷つける可能性を一つでも残したく無い。

 この刀達を俺が持ち続けるという事は、もしもの時に誰かの身体を彼女の刀で貫いしまうかもしれないということだ。狂気に負けるかもしれないという、俺の心の弱さがこの刀を捨てさせようとしているのかもしれないとすら思った。


「元々は、彼女の物だから……」

 俺の言い訳は、苦しいものだった。その苦しさはヨミにも伝わったのだろう。

 何も言わないままのヨミにはきっと俺の心の内が見えている。

 

 それでも、何も言わずに俺は立ち上がった。後ろで見ている誰もが、俺の顔を見ている事が感覚の青を使わずとも分かる。だが、俺は誰の目も見る事も出来なかった。


 俺は、ナムの想いを背負えるかどうかの、自信が無い。

 覚悟も決意もある、それでも、自信だけは、確実な自信だけは、持てなかった。


 力ならもうあるのだ。 だったら、ナムの刀を使ってまで、戦う必要はもう無い。


――嘘だ、こんなのは、嘘だ。


 ただ、これ以上の力を振り回すのが、怖いだけなのだ。それでも、俺は彼女の想いを彼女の力を以て踏みにじるくらいならば、俺だけの力で後悔をしようと思った。


 ヨミの横を離れると、俺があんまりにひどい顔をしていたのを見かねたのか、ヒナが俺の隣でボソっと呟く。

「いーんスよ。フタミくんがそれでいいんなら。でもまー、勿体無いとは思いますけどね」

 ゼロも、その隣で柔らかい顔で小さく頷く。恐る恐る見るその瞳はひどく優しくて、胸が痛んだ。


 そのうちにヨミがトテテとこちらに歩みよって、ナナミに向かって合図を出した。

「ごめんね、待たせちゃって。お別れ、言ってきたよ」

 その言葉にナナミは頷き、再度ナムを覆うように炎壁を展開した。

「ん、じゃあ。行きます。皆さん、ちょっと離れてくださいね」

 言葉の後に、ナナミはホールの中央くらいまで全員が離れたのを確認すると、赤く染まった右手を思い切り掲げて、その手の平から炎壁まで続く炎の線に向かって火を仰ぐかのように手を落とした。


 厚い、円柱の炎が外側から組み立てられていくのが見える。おそらくそれは燃える彼女の姿を見せまいとするナナミの配慮なのだろう。少しずつ、炎の壁によって彼女の身体が隠れていく。

 そして、その炎が中央にあるナムの身体に到達したであろう瞬間に、大きな破裂音が聞こえた。おそらくヨミの銃弾が、破裂しているのだろう。

 ヨミはそれを分かっていたのか、何も言わずにただ、炎を見つめている。


 破裂音が聞こえて数秒した後に、ナナミはその右手から伸びる炎線を途切れさせ、円柱の炎は、外側から少しずつ消えていった。

 

 炎が消え去った後には、灰一つも残っていなかった。文字通り、本当の意味で彼女と俺達は別れたのだ。俺が突き刺した、ナムの相棒だった青い刀も、跡形も無い。


 だが、地面に刺さったままの、一本の刀が、翠色に煌めいているのが見えた。

 炎に焼き尽くされかけて尚、気高く光っている翠が、そこにはあった。


「あははー、フタミくん。これは負けんなっていう、喝でしょーね」

 ヒナが笑いながら俺の顔を覗き見る。その顔はまるで、こうなることが分かっていたかのような素振りだった。


「おにーさん……」

 ヨミが、心配そうな顔をしてこちらを見ている。その視線は、ゼロからも感じていた。


「畜生……分かった。分かったよ」


 真っ青に一本の翠の線が入っていたはずのイスルギは、どうしてかその青い色を捨て翠一色の刀に変貌している。それは、この世から完全に消え去った、石動翠という女性の、最後の想いのようにすら思えた。


 俺は近づいて、まだ熱いであろうその刀の柄を手に取る。ヨミが心配するような声を出したが、俺の手に痛みはおろか、火傷の後など残るはずもなかった。だがいっそ、残って欲しいとすら思った。

「俺はこの刀で、仲間を斬りたく無い。けどさ……」

 弱音なのは分かっていた。けれど手に取った以上、言わなければいけないとも思った。そんな俺に向かってヨミがグイと前に進み出て、俺がこの前渡した白色の薬液が入った注射器をポケットから出して見せる。

「最後の砦があるんですから、負けないでください。ナムちゃんもきっと、そう言いますよ」


 だが、ヨミはそう言いながらも後ろを振り返り、ヒナにその注射器を渡した。

「でも、もうこれを私は持ちません。理由は、言わなくても良いですよね?」

 ヨミの声は真剣そのものだった、悲しみが混じり合うようで、その奥には小さな怒りすら感じる程の声。彼女からはあまり聞いた事のない声色だった。


――きっとヨミは今、甘えを、捨てたのだ。


「ん、任されたッス。私はしっかり容赦しないんで」

 ヒナは頷いてその注射器を受け取り、ポケットに仕舞った。


 俺は、俺が終わる時にはヨミに終わらせて欲しいと思っていた。けれど、それは甘えだったのだ。刀を、捨てようとしたのも甘え、そして弱さ。


 けれど、ヨミは残ったその一振を見て、そしてその一振を手にとった俺を見て、俺よりも先に、甘えを捨てたのだ。きっと彼女もまた俺を終わらせるのは彼女でありたいと思ってくれていたからこそ、あんな声を出したのだと、願いたい。


 だが、実際の問題として、一番生き残る可能性が高い人間にこそ、俺を止める注射器を持つべきなのだと彼女は判断した。俺を救うのを放棄したわけではない、俺が狂気に支配された時に救われる一番の可能性を、彼女は選んだのだ。


 それを俺は、何も言えずに見ていた。その彼女の生き延びる為の覚悟に、水など、差せるわけがない。

「絶対に狂気に負けない、なんて事は言えない。けれど抗う努力はしてみる」

 そう言うと、ヨミはニカッと笑って頷いた。

「それでいーんですよ。でも、なんでおにーさんが使ってた刀だけが残ったんでしょう?」


 ヨミが首を傾げると、ヒナが俺が手にとった刀を見る。

「ま、フタミくんが使ってた方が本物だったんでしょーね。元々の刀の硬度、そして熱、ヨミちゃんの弾丸が弾けた事による薬液も関係してるかもしんないッスね。要は、アタシが配り回った武器は、フェイクだったんだろうって話ッス。使う奴が死んでから、本物を吐き出すようなトコなんスよ、此処は。その点では、皮肉ですがナナミちゃんの部屋が、最強でしたね」

 ヒナが苦苦しい顔で説明を続ける。

「そういうとこリアリストだよねヒナちゃん。そこはさ、持っていっただとかさ……」

 思わずゼロが真面目に本当の事のような事を早口でまくしたてるヒナに突っ込む。仲の良さからか、口調も砕けていた。


「はは……」

 笑いで誤魔化した。誤魔化せたのは分からないが、とりあえずヒナは笑って誤魔化していた。

 ただ確かに、ナムと一緒に無くなった一振りは、あの子が持っていったなんて言う人が、此処には多かった気もする。

「でも自分も要するに、被験者だったって事ッス。被験者は本物が出来上がるまで被験者であるわけッスから、まぁそういう意味では間違っちゃいないんスけど……」


 その言葉に、全員が沈黙する。

「でもほら! 一応、本物を持ってる人もね! いるわけじゃないですか!」

 ナナミが沈黙を破り、シズリの肩を叩く。

「私達は固有武器なんて与えられなかったのに、ナナミさんの部屋に出てくるあたり、嫌がらせみたいな施設なのは間違いないですよね……」

 シズリのその言葉に、一瞬またホールに沈黙が訪れるが、今度はヒナがそれを打ち破る。

「あー……、それは……。申し訳無いっス、自分が単純に医療フロアに行けなかったから配れなかっただけッスね……」

 重い空気が、なんとも言えない奇妙な空気に変わる。わざわざ言わなくても良かったのにとは思ったが、それでもまだ思い空気よりは耐えられた。


「とにもかくにも、残りは医療フロアと、所長です。システム権限はこちらの物ですから、医療フロアと所長さえ何とか出来れば、脱出は可能なんです」

 ゼロが口を開くと、空気が和らいでいくのが分かる。希望の芽が、少しずつ開いていく気がした。


「ということで、ちょっと休みましょっか。半日くらいが妥当ッスかね? まぁ、医療フロアと此処はお互いに隔離状態なので、食料が尽きるまでは休めるっちゃ休めるんですが、決着は早い方がいいッスよね?」

 ヒナが提案すると、皆それに賛同した。


「仕切ってるみたいでアレッスけど、各々好きな所で休めば良いッスよ。自分の部屋でもいいですし、まぁそこらへんはお任せで。時計はそこらへんにあると思うんで……、んっと、じゃあ次の十二時にこのフロアに集合ってことで!」

 そう言ってヒナは自分の部屋に戻ろうと背を向ける。


 それ以外の面々も部屋に戻ろうとしたのか、それぞれ固まって移動を始めた。だが、俺はどうにも自分の部屋に戻る気分にもならなく、ホールの隅に座り込む。

 

 すると、少ししてからヒナの部屋からゼロが毛布を持って来て、俺に渡してくれた。

「フタミさんも、少しくらい休んでください」

 そう言われ、簡単に挨拶をすると、壁に背を預けたまま、俺の意識は久々に眠りに落ちていった。


 これが最後の眠りにならなければ、良いなんて事を、思いながら。

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