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DAYS5 -7- 『果ての、果て』

 二振りの青が踊る。

 その一振りは荒々しく、その一振りは正確に。

 その一殺は胴を薙ぎ、その一殺は首を飛ばす。

  

 青刀を振るう俺達は、もう互いの目を見る必要すら無い。 ただ、時折俺も、ナムも、一瞬だけホールの入り口で銃を構えた少女の安否を気にする事だけは同じだった。


「そりゃ、気になるよな」


 もはや、聞こえているはずも無いナムに、俺は話しかける。


 これが、もしゲームだったなら。これが、もし何の重圧もない、ただの遊びだったなら、本当に良かったのに。


 武器持ちから不意に放たれた銃弾を、俺は見えていながらも、斬り落とせると思いながらも、その肩に弾を受けながら駆け寄ってその銃と、四肢を一瞬で斬り落とす。

 

 研ぎ澄まされすぎた感覚は、もはや自分自身でも恐怖を覚える段階にまできていた。ヨミが撃鉄が起こす音も、トリガーを引く時の音も、そうして銃弾が発射される音も、銃弾が風を切る音も、全て聞こえている。


 もはや見る必要すらも無かった。ヨミが放つその音が聞こえた方向を気にしておけば、銃持ちのノッカーがヨミを狙ったとしても、すぐにその肉盾になる事も容易だ。


 けれど、それは俺だけの特権だ。俺は飛び道具を持っている武器持ちノッカーを狙い撃って叩き切っていく。 イスルギを振動刀にする必要なども無い。

 

 俺自身に、身体変化は起きていない。それでも、もう何処までの握力や跳力といった力が引き出せるのかが分からない程には、血の滾りを自由に繰り出す事が出来るように思えた。

 きっともう、俺の身体の中身はどうにかなってしまっているのだろう。それは、人間に与えられた正常な進化を受け入れずに、俺が薬液によって自身をノッカーへと変貌させていったからなのだろうか。


――結局の所、俺はもう化け物なのだ。


 それに気付いた瞬間から青刀イスルギは武器では無く、道具になった。ノッカーを殺す分には、もうこの拳を叩きつけるだけで良いことは分かっている。だからこの手に持つイスルギは所長にコピーを作られない為、ノッカーを楽に分断する為の道具。


 だが、もしかするともう、その頭を叩き潰すだけで、事が済むのかもしれないと思った。思えば、ノッカーになってから、ナムはその刀を難なく片手で振り回している。


――だったら、俺もわざわざ両手持ちで刀を振るう必要も無いじゃないか。

 

 そう思い、俺は両手で構えていたイスルギを、右手で持ち、二度程その場で素振りをした。

 

 何の問題も、無い。


 その力に、笑みが溢れる。

 その笑みに、目尻に涙が浮かびそうになる。

 

 心は、最早裏腹だった。

  

「楽しいな、ナム。苦しいな、ナム」

 

 ナムは、答えない。分かっていても、懺悔のように話しかけ続けた。


「でもさ、強くなきゃ、守れないもんな」


 ホールにいるノッカーは、もう十体程だった。ノッカーは、ヨミに近付こうものならば一瞬でナムに切り捨てられ、俺は遠くでノッカーが何かをしようとしている気配を感じた瞬間に駆け寄り首を跳ねた。


 いつの間にかヨミは援護射撃を止め、ホールの入り口でボウっとこっちを見ていた。まるで観客かのように、その手には銃を構えながら、だけれどその銃で何かを狙う素振りすら見せずに、こちらを見続けている。


「なあナム。これが終わったら、また俺達はやり合わなきゃいけないのかな」


 この、悲しくなる程の幸せな共闘は、もうすぐ終わる。ナムがノッカーになってしまっていることは確実だ。その理性を失ったまま、自分自身の誓いにのみ突き動かされているとするなら、おそらくノッカー達の次に標的になるのは、俺だ。


 奴らは完全なノッカーだ。優先順位としては一番高いだろう。

だが俺もまた、ほぼノッカーと化している。であれば次にナムが殺すべきは、きっと俺なのだ。 


 俺の目の前にいるノッカーが、最後の一体。俺のイスルギの切っ先が止まる。だが、ナムに迷いなどはなく、最後の一体になったノッカーに駆け寄り、切り裂こうとする寸前に、最後の一体になったノッカーは、背後から心臓をえぐり取られた。


「じゃぁまだよ!」

 不快な笑い声の後に、肉を貪る音。


――所長オリジナルが、いる。


 気付けないはずが無いのに、と自分の力を疑った。だが、彼が俺の上を行く能力を持っていることなどは、よく考えたならば分かっていた事だ。彼は、俺以上にこの狂気なる力を手にしているのだから。


 ナムが所長に向けて斬撃を放つが、その直線的な斬撃は、意識を持つ者にとって避ける事等は容易だった。所長は彼女の斬撃を難なく避け、歪んだ表情からは笑みが溢れていた。


 ヒナにかき消されたはずの、左半身ももう既に完全に修復されている。


「いいね、いいねえ! 良い具合なのが、いるじゃないか! 後で食べさせてくれよなぁ!」

 この正確な発声、狂気という意識をハッキリと持った声は、間違い無い。こんなタイミングで本物が乗り込んできた。だとしても、コピーを作られる可能性はだいぶ減ったはず、心配は無いはず。全部屋からノッカーが這い出してきてから、もう既に百体近くのノッカーは処理している。

 

――だから、こいつを倒せば、きっと終わりだ。


「ヨミ! あいつが元凶だ! 気をつけろ!」

 そう叫び、目の前にいる所長の移動方向を察知し斬りかかるが、所長はそれを避ける素振りすら見せずに、その右腕一本を犠牲に俺の横をすり抜けた。ヨミが慌てて銃撃を放ち、所長の左指を撃ち落とす。だが、所長はその左指を即座に噛みちぎり、吐き捨てる。


 これじでは進化促進させる暇もない。尤も、彼にあの銃弾が通用するのかすら、もう分からない。


「楽しいかあぁい? 生肉を斬り落とすのはさあ!! でも、君達はリサイクル、リサイクルを忘れているよォ!」

 その声は、前に会った時よりも、より狂気を感じ、人間性の欠片が消えているように感じた。姿形も、人間の形を保ってはいるが、所々に異変が見られる。度を超えた力は、やはり人間性との等価交換なのかもしれない。

 

 俺の横をすり抜けた所長の狙いがヨミだと勘違いし、俺とナムはヨミの方に駆け寄ろうとするが、所長はヨミの事など目にもくれず、ホール脇のゴミ箱の蓋を叩き割り、その中へ飛び込んだ。

 

 同時に、ゴミ箱から駆動音が鳴り響く。ゴミ箱の近くにいたナムがそれに反応し、ゴミ箱に刀を突き刺すが、もうその中には所長はいなかったようで、斬撃の音は聞こえなかった。


 そして、数秒後、天井から、耳をふさぎたくなる程の声が聞こえた。唸り声と言うには、あまりにも鈍く、重い。呻き声にも聞こえる。気が狂いそうになるほどの呪詛。


 その声は、少しずつ近づいてくる。それも、全方位から。

 けれど、姿は見えない。


 一歩ずつ、一歩ずつ、何かが近づいてくる。


 そして、俺達がいるホールの上でその音が止まり、その途端天井に激震が走る。二度、三度、繰り返される衝撃に、ホールの天井の一部が割れる。

 天井の壁と共に、肉塊がドタっと倒れ落ちてくる。その腐臭を漂わせるナニカの上には、所長が笑いながら立っていた。


「じゃあまた、後でね。誰か生きていたら、食べに来てあげるよ」

 言うやいなや、所長は手に持った何らかの肉を齧りながら、廊下に飛び出し、医療フロアに逃げ帰るように走り去った。


 それと同時に、ゴミ箱からナニカが這い出してくる。 それらはもう、ノッカーとは呼べない。


 ヨミが思わず口を抑え、吐き気を堪えているのが見える。

「成れの果ての、果て……か」


 もはや、生物では、無い。こいつらは、死物。ただ、動かされているだけの傀儡だ。

 

 生命を蘇らす力を持つ薬液のことを、俺は"生命の緑"と呼んだ。だが、所長の身体を流れているソレは、生命を蘇らすと呼べる域を超えている。

 

 命を、無理やりに押し付けている。助ける為では無いのだ。 利用するために、無理やり、死を歩かせている。


 いつか、ノッカーはゾンビ"みたいな"感じのヤツだとヨミに説明されたことを思い出した。まさに今、その光景は、ゾンビの大群に囲まれているような状況だった。


 彼らはもう、ノックすら出来ない。理性など、勿論無い。

 そして、生前の何かに従って動く事も、しない。

 ただ、俺達の肉を貪る為だけに動く大量の死者達。

 

 異型、異型、異型。

 溶けている、蠢いている。

 硬くなり、鋭くなり、鈍くなり、速くなる。


 もうそれは、ノッカーに存在していた個性と呼ぶべきものではない。

 全てのノッカーをミキサーにぶち込み、適当に掬いあげて、そこに生命を埋め込んだような、生命への冒涜どころか、所長が求めているという進化への冒涜ですらある。


「……ナム。まだ、一緒にやってくれるか?」

 俺は、ヨミの目の前で刀を構えているナムに、言葉を投げかける。ナムは、何も言わない。だがその目は、俺の事をジッと見つめていた。その後ろのヨミは、今にも泣きそうな目で、こちらを見ている。


「ヨミ! もしもの時はアレ、頼んだからな」

 ヨミも、何も言わない。そりゃそうかと苦笑してから、俺は相変わらずこちらを見つめたままのナムに、イスルギを軽く放り投げた。


――今から俺がやる事に、その刀は必要無い。


 だったら、持つべきは彼女だ。

俺が投げたそれを、ナムはそれを器用に左手で受け止め、軽く振って見せる。


 それを見て、俺は思わず小さく笑ってしまった。両手に刀を持つ彼女の姿が、見惚れる程に、様になっていたからだ。

 

 二振りの青を揺らしながら、ヨミの騎士は、生を貪る為に蠢き出した死者を薙ぐ為に駆け出す。俺はその姿に少しだけ誇らしさを感じながら、俺もまたそうなる為に、人間をやめる為の最後の注射器を、身体に打ち込んだ。

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