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DAYS5 -6- 『やっと、共闘だ』

 自分達以外の生命が消えた、静かな廊下を、歩き続ける。おそらく、ナナミとシズリも、ヨミの部屋と入れ替わりに目の前にやってきたナナミの部屋へと避難が済んでいるだろう。そうであればナナミの武装は改めて使えるようになるはずだ。心は痛むが、今はそんな事を考えている場合じゃないと怒られそうだ。


 そうして、ゼロとヒナがまだヒナの部屋にいるのであれば、廊下にいるのは俺とヨミの人間二人と、大量のノッカーだけだ。もしかすると俺も抜いて、人間は一人かもしれない。


 時々倒れているノッカーの姿を見つけては、その四肢が欠損しているかどうかを改めて確認する。もう、俺の心は麻痺してしまっているのかもしれない。

 元々はこれら全てが人間だったはずなのに、四肢が残っているなら切り落とす事を考えている。銃弾の跡が見当たらなければ身体を蹴りその顔に空いた穴を探した。なければより入念に切り刻んだ。


 このノッカー達も、いつか笑った事があって、感動した事があって、人を愛した事があるかもしれなくて、生まれた日に涙を流して喜ばれた事があるのかもしれない。

そんな事は、分かりきっていた。それでも、もうそんな事すら、どうだって良いことの一つになってしまっていた。何故なら、そのノッカー達を殺しているのは、紛れも無い俺達自身なのだから。


 尤も、死体の欠損状態の確認をしているのは俺だけで、ヨミはそろそろと俺の後ろをついてきているだけだった。

「悪いな、嫌なモン見せて」

 独り言のように呟くと、ヨミは小さな声で返す。

「おにーさん。私ね、きっと甘かったんだって思うんです。こんな、生き死にの世界で三年も生きてきたんだから、もっと厳しい気持ちで生きるべきだったなって。全部、おにーさんに任せてる……」

 ヨミには珍しい、自嘲気味な声と台詞だった。それは、俺のこの冷酷な行動が出来ない事への、贖罪の台詞のようにも聞こえた。

「いいんだよ。こんな事、人間がやるような事じゃない。ヨミに救われたヤツは大勢いる。適材適所だって言うだろ?」

 彼女の言う厳しさは、持つべきでは無い物だ。本当の厳しさを、彼女はちゃんと持ち合わせている。彼女の優しさや、気の抜けた笑みや、理由も無い明るさに、どれだけの人間が救われただろうと思う。


 ただ、もしかすると、それは俺やナムがヨミに見出してしまったある種の買いかぶりなのかもしれない。俺達はただの少女に、期待をして、縋っていたのかもしれない。けれど、この施設に於いて、ただの少女で有り続けていた事こそが、奇跡のような事なのだとも思う。


 俺は、まだ温度がある人間の腕で、ヨミの頭を撫でる。

「皆……、ナムも、そんなヨミが好きだったんだよ。本当の厳しさは、もうとっくに持ってる」

 俺の力に押されたのだとしても、ナムの為に彼女はその銃の引き金に指をかけたのだ。それこそがきっと、本当の厳しさという物なのだと思った。


 おそらくヨミに効いていた生命の緑の効果も息を潜めてきたのだろう。俺の手にヨミは敏感に反応して、少しだけ固まっていたが、そのまま心地よさそうに撫でられ続けていた。

「これで、正解だったんでしょうか……。間違えちゃった事、一杯あった気がするんです」

「答え合わせ、出来たら良いのにな」

 俺も、この短い時間で沢山の事を間違えて来た。正解なんて、俺には一つも無かったように思える。 


 もしかすると、ほんの少しの掛け違いの連続だったんじゃないかと思う。けれど、その掛け違いの連続で、少しずつ、手遅れになっていったのだ。


 きっと、本当の悪人など、いなかったのだ。

 あの所長でさえ、本当は誰かを救おうとした人間だったのだから。


 それでも、力は、人を変えるのかもしれない。

 叶わぬ願望は、膨らみ続け、いつか人を狂わせるのかもしれない。


「ほんの少しの、掛け違いだったのかも」

 思っていた事がつい口から出ると、ヨミは自分の頭に乗せられていた俺の手を取って、その手を繋いだ。

「上手く、掛け合えてたら良かったですよね。こんな風に」

 ヨミは俺の指にその小さな指を絡ませて、しっかりと繋いだ。けれど、俺と手を繋ぎながらも、ヨミは俺に向けていないような、独り言のような風に話し続ける。


「こんな風に、青空の下でお散歩とか、出来たら良かったなあ」


 それは、ただの少女の、小さな夢だった。叶えられる気がしないとでも言わんばかりに、寂しそうに呟いた小さな夢。


「芝生に寝っ転がって?」

「あはは、そうですそうです。皆も一緒で、楽しそうですよね」

 明るく聞こえるその声色から感じるのは、希望ではない。


――羨望であって、希望ではない。

 

 そう思ってしまえば、彼女の心ももう、とっくに麻痺していたのかもしれない。

それでもヨミの目に光は灯っている。

 

 生きているから、望んでいるから。


 ただ、それだけ。

 ただ、それだけの事なのだ。

 それでも、それだけが、この施設で過ごし続けた者奇跡だったのだ。


「きっと上手く行けば、もう少しで外だろ? 出たら皆を誘って行けばいいさ」

 何となく、あたかも簡単な事のように、言ってみる。

 

 一緒に行こうだなんて、言えなかった。

 ましてや約束なんて、出来なかった。

 

 何故ならきっとそれは、嘘になる。だから約束なんて、絶対に出来ない。期待を持たせて、裏切るなんて、死んでも死にきれない。

 

 俺が死んでこの子が生き延びる事があっても、俺が生き延びてこの子が死ぬなんて事が、あって良いはずがない。そうだよな? ともう少しで出会うであろう女性に心の中で問いかける。


 だが、俺のその少し冷たい言葉に、ヨミは少しだけむくれて、手を離そうとするが、俺はその手を離さずに、言葉を続ける。

「俺はこれだけで充分だよ。これ以上を望んだら、アイツに怒られる」

 笑いながら、少しだけ握る手に力を込める。熱を持った手の平が、心地良かった。


 けれど、それももう終わり。遠くで、声が聞こえはじめる。

 

 唸り声と、そして、叫び声。

 

「後ろは任せていいよな? 前は……俺がやる」

 ヨミと繋いでいた手をゆっくりと離すと、さっきはヨミが自分から離そうとした癖に少し名残惜しそうにしているのが可愛らしかった。その素振りを見ていると、恥ずかしそうに彼女は顔を横に振ってから、銃を構え、少し焦った風に答える。

「み、みた感じだと、平気でしょうね。ドアは全て開いていましたし、西側フロアはもう死体しか無いかと……」


 それを確認して、俺も鞘から青刀イスルギを抜く。青と青がぶつかるのは御免だが、それでも、やらなければいけないことがある。


 少しずつ、ホールが近付いて来る。次の曲がり角を曲がれば、ホールが見えるはずだ。曲がり角の床に転がっている、もう動かないであろう罠が懐かしく思えた。


 音が近付いてくる。まずは、人間らしき声、その声は男性の物で、狂気じみた意味不明な言葉の羅列。だが、何かを叫んでいるようにも聞こえる。


 次に、人間らしく無い声、聞き慣れた唸り声。痛みに唸るような声だ。 


 肉が切り裂かれる音。金属のぶつかり合う音。


――それは、紛れも無い、戦闘の音だった。

 こんな短時間でナナミ達が復帰出来るなんて事が無い。それにヒナ達がいたとするなら声で分かる。


 だから、今あの場で戦っているのは、彼女だ。

曲がり角を曲がると、見えたのは、ホールの中心を踊るように揺らめいている青い線だった。目を凝らし、感覚の青を走らせる。ホールにいるノッカーの数は、三十体。


 ただ、ひたすらにその青刀でノッカーを斬り裂いている彼女を入れるならば、三十一体。

 

 彼女は、まだ生きている。人として死にながら、生きている。ヨミの目が見開いて、目を擦っていた。

「対ノッカー用銃弾のギミック、俺の指じゃ上手く開かなかったのかもなぁ」


 俺達の存在に気がついた知能ノッカーが何やらブツブツと言いながらこちらに駆け寄ってくる。それを、青い線が貫いた。


 そして彼女は何も言わず、ヨミの目を見て、微笑んだ。


「私もあの時、おにーさんの指が半分トリガーにかかってて、ちゃんと引き金、引けてなかったかもしれない……ですね」

 お互いに、嘘を言い合って、心を落ち着かせる。


 それでも、人間としての彼女は、間違いなく死んだのだ。あの時、心音が止まっていた事だって確認したはず。

 

 それでも、人ならざる姿になっても、ナムは、ノッカーにその刀を奮っている。

 

――こんな奇跡があるんなら、外で散歩するくらい、約束すれば良かった。


 ふと、ホールに戻ろうとしているナムが、こちらを見て、俺の目を見た。その目は「まだ来ないのか?」と俺を挑発しているようなニヤついた笑みだった。


「じゃあ、行ってくる。援護、任せたぞ」

 ヨミにそう言い、ホールの中へ駆け出す。その瞬間に、俺を狙って飛びかかってくるノッカーを、俺はその手に持つ、彼女の名を冠した刀で斬り裂いた。

 

 だが俺に向かっていたのは二体だ。一体斬り損じた事には気付いていた。だが、その切り損じたそれを切り裂くもう一本の青い線の事も見えていた。


 もう、彼女は何も言葉を発さない。思考が残っているのかも、分からない。それでも、ノッカーと戦うという事、ヨミを守るという事。その、純粋な願いの為に、彼女が刀を手にとったなら。


「なぁナム、俺達は色々あったけどさ」


 俺はホールの中心に躍り出る。そして、ナムの背に自分の背を合わせ、刀を構えた。

 

「――やっと、共闘だ」


 

 二本の青が、ギラリと光る。


 そして、どちらからともなく、その青は、空を疾走った。

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