DAYS5 -5- 『さよならは、もう言ったはずなのに』
俺とヨミは、ホール前での攻防の加勢に向かったはずが、反対方向に走り出していた。というのも、ホール側に向かう途中に、向こうから走ってくるナナミとシズリと合流してしまったからだった。
「ごめん! ダメだった! ホールのヤツら多すぎるし、なんか喋るヤツらがシーちゃんの部屋から出てきて……。ゼロちゃんとヒナさんにはドア越しに一声かけたけど、大丈夫だって言うから、とりあえず撤退! 武器は!?」
「ある!」
ヨミが元気良く返事をし、遠くにいるノッカーを撃ち倒した。
俺もナナミの顔を見て頷く。
「なら良かった! こっちはボロッボロ!」
おそらく、医療フロアで自分の血液をばら撒きまくっていた所長のコピーが動き出したのだろう。全部屋が開いているという事は、医療フロアも全ての施錠が外れている。誰かが意識的に鍵を閉めていなければその部屋は施錠出来ないはずだ。
特にシズリは慎重な世界のように思えたから施錠をし忘れる事など無いだろう。俺達についても施錠は徹底していたが、あの所長ならば何処かから強制的にシズリの部屋の鍵を開ける事なども、可能だったのかもない。
ともかく、状況が悪いのは間違い無かった。
所長のコピーから新たなコピーが作られる事は無いと願いたいが、コピーの振りをしたオリジナルの所長にこのフロアまで出張られて、武器持ちに知能を与えてしまうのは余りに危険だ。
武器を使う程度の知性があったとしても、要はそれだけに特化しているのだ。狂気に塗れていても思考を持ってもらうわけにはいかない。
「シーちゃん、ついて来れてる?」
「はっ、はい……。なん……とか……」
体力が無さそうなシズリを気にかけていたナナミだが、そう言うナナミの左腕は凍結を使いすぎたのだろう。分かれる時に見た時よりも酷い状態で、いつ砕け散っても分からない程だった。燃え尽きて崩れ落ちた右手を見た時を思い返してしまうような姿が、痛々しくて堪らない。
俺の心配そうな目線に気付いたんだろう、ナナミはトンと左手を叩いて何でもないように笑う。
「お兄さんは一々考え過ぎ! 何度も言ってるように切り替え切り替え! 部屋に戻れば元通り! 砕け散ったって痛くない!!」
そう言いながら、ナナミは笑う。
――痛くないのは、本当だろうけれど。
彼女に付き纏われっているような心の痛みについては、鈍っているのだろうか。それとも本当に、感じないのだろうか。笑う彼女の顔は、それを悟らせない。
ヨミの部屋付近まで戻るまでの間に、数体の武器持ちと出会ったが、俺が先導しトドメを刺した。後ろから追いかけてくるノッカーに対しては、定期的にヨミが振り向きざまに撃ち抜き数を減らしていたが、所長のコピーと思われるノッカーだけはそれを巧みに躱していた。
ただ、それ以外の通常のノッカーについては、全て一撃で仕留めている。シズリの部屋でヒナから話を聞いた時、中途半端な傷だと所長の血液によってコピーとして復活するという事を聞いていたからか、ヨミは正確にノッカーの頭を撃ち抜いていた。
知能を得られるという事が問題なのならば、脳を破壊すればいいという、単純明快な話。だがその射撃技術は、一瞬でもノッカーに近しい存在になったせいなのか、それとも元々持っていた射撃のセンスがこの限界状況で開花したのかは、分からなぁった。
あれ程の的中率ならば、対ノッカー専用銃弾でなくとも一撃だろうと思う程に、正確に脳天を撃ち抜くヨミの銃弾。彼女の持つ銃は決して反動が弱い銃では無いように思える。だがそれを撃った時に彼女の腕へと伝わる衝撃すら、次の獲物へと狙いを定める軌道を意識しているかのようだった。
「へへ、一回成りかけたからですかね」
俺が思っていても口に出さなかった事を、あえて笑い事のように自慢げな素振りをしてヨミは笑う。それに何とも言えない表情で返すと、彼女は少しムッとした表情をする。彼女なりの、前への進み方なのだろうと思っても、どうしても俺には未だに乗り越えられない死が頭を過ぎった。
「そこはー! 実力だって褒めるとこですからね!」
「んー……、ほんとお兄さんはそういうとこ減点だよねぇ」
軽いランニングをしているわけではない程度には走っているのだが、この子達は随分と余裕そうな笑顔で走っている。だが、それが強がりなのは、言うまでもない。
「それはともかく、どうしたもんかね。俺達は自分らの部屋以降のノッカーもついては手付かずのままにしてあるから、いずれは挟み撃ちだぞ」
俺がそう告げると、ナナミが渋い顔をして、一旦立ち止まる。少し遅れて追いついたシズリの体力も、限界に近いようだった。
「まぁ……そうですよねぇ。やや広めのコンテナ部屋がある西側ならまだしも、東側のこちらは単純な行き止まり。走っててもーですね。ヨミちゃんの部屋、そろそろでしたっけ?」
ため息混じりの声で、ナナミがヨミに尋ねると、ヨミも一旦立ち止まって応える。
「うん、次の曲がり角を曲がってもう少し行けばすぐだね」
答えながらも、残弾のチェックが癖になっているようで、弾倉を開いて撃ち込んだ弾の数だけ補充をしていた。細かいようだが、対ノッカー用のギミックもしっかりと確認していた。
「じゃっ、まずはヨミちゃんのお部屋に行こっか! 出来れば周辺のお掃除だけしちゃいたいけど!」
あえて明るく言うナナミの声に少しだけ不穏な気配を感じたが、俺たちはヨミの部屋前まで辿り着くと、ヨミの部屋のドアを背にして、両方向から迫ってくるのノッカーと対峙する。
「ヨミちゃん! いつでも入れるようにドアだけ開けといてね! しーちゃんは先に入ってて休んでて!」
他人の部屋だというのに妙に仕切りたがるナナミを横目で見ながら、ナナミは廊下の真ん中に立ち、凍りかけて動くかも分からない左手を思い切り振り下ろした。
「避けられる知能があるんなら、避ける為の隙間が、なきゃいいわけだ!」
ナナミの左手から一直線に氷壁が走り、廊下の横幅を丁度半分に仕切る。
四体程いたノッカーがただのノッカーだと良かったが、どうやら俺達は全外れを引いたらしい、四体全てがその氷壁を素早く避け、氷壁に仕切られた廊下を駆ける。
それと同時に、ナナミの左手からバキっと何かが割れるような音が聞こえた。俺とヨミはその音に気を取られ、思わずナナミの左手を見るが、ナナミはそんな俺達に喝を入れるかのように指示を出す。
「お兄さん右! ヨミちゃん左! そして私は……後ろ!」
その声と共に、ナナミの右手が赤く染まるのが目の端に映った。俺がその顔を見る前に、ナナミがその視線を読み切ったかのように声を上げる。
「大丈夫! 流石に片手は残すんで!」
その声に安心し、氷壁に区切られながらもこちらに寄ってくるノッカーに対峙する。その力や感覚や知能の強化によって、いくらノッカーが強化されていたとしても、横幅ニメートル程の廊下を半分にされたなら、俺のイスルギも、ヨミの銃弾も、避けようがない。
ヨミが氷壁の左に立ち、拳銃を構え、俺は氷壁の右に立ち、イスルギを真っ直ぐと、突き刺すように構えたままノッカーへと直進する。
左斜め後ろから聞こえる二発の銃声と、倒れるノッカーの音を俺は通り越し、俺は二匹連なったノッカーに、イスルギを思い切り突き刺した。
一突きでは絶命していないノッカー達は不快な人の言葉を呟いていたが、俺はそれに耳も貸さずに刀に力を込め、左下に斬り裂く。
イスルギの刃先が氷壁に当たり、それが砕け散る音と共に、俺の目の前にいたノッカーが絶命する。
それを一応は確認しながらも、もう二度と起き上がらないように仲良く重なったまま死んでいるノッカーの脳天をイスルギで軽く突き刺してから、振り返る。
もう既に反対側のノッカーはナナミが焼き切り、ヨミもすぐに援護して撃ち殺した後だったようで、こちらを見ている二人と目が合う。どうやら俺は銃声も聞こえないほどに、集中していたようだ。
だが、二人の様子は何処かおかしかった。脅威は去ったのにナナミはやや引きつった笑みを浮かべ、ヨミは少しだけ悲しそうな顔をしている。
――あぁ、最近ノッカーを殺す度にこれだ。
「また、蘇られちゃ、たまらないからさ」
言い訳のような言葉が、口から溢れる。けれど、二人の表情は変わらない。
「いや、いいんです。ごめんなさい……、でもお兄さん、笑ってるんですもん……」
ナナミにそう言われて、ハッとする。
――そうだ、俺は、笑っていた。
どう殺してやろうか、どうすればもう生き返らないだろうかと、まるでゲームのように、考えながら殺していたじゃないか。自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。それと同時に、二人の表情が同情じみた表情へ少し変化していく。
「気付いて、無かったんですね……」
ヨミが小さな声で呟く。
「いつ……からだ?」
「その刀を、持ってから……、でしょうか。時々、ナムちゃんもノッカーを倒しながらそんな顔をすることがあったんです。だから、ちょっと怖くて……」
あぁ、それは、それはな。きっと、アイツも、俺も、同じ物になろうとしているからなんだ。
そんな事を、言えるはずもなかった。
俺が何も言えずにいると、気まずい沈黙が流れる。そして、そのほんの少しの沈黙の後、にわかに両方向が騒がしくなった。
「お代わり……か……」
さっきの量以上のノッカーが、両方の曲がり角から押し寄せてくるのが見える。それを感じ取ったであろうシズリが、ヨミの部屋の中から飛び出してくる。
「私も、やります……。簡単な罠くらいなら……」
シズリのその声を聞き、総力戦を意識した俺がイスルギを握りなおしていると、不意にナナミが、俺とヨミを部屋の中に押し込んだ。
シズリの事も押し込もうとしたが、シズリはそれを避けて、ドアの外で首を振った。
「流石に、一人では勝率、零パーセントですよ。私程度でも、いた方がマシです」
シズリにそう言われたナナミは無言で頷き、ドアを閉める。
「ちょっ!? ちょっとナナミちゃん!? ナナミちゃんも早く!」
ヨミがドアを開けようとすると、ドアの向こうからナナミの声が聞こえた。
「ごめんねぇ、とりあえず、此処でジリジリとやられるのはマズいのさ。だから、一旦空いてそうな向こうに飛ばすから、また会お! 二人で仲良くね!」
きっと、最初からそれも織り込み済みだったのだろう。シズリが出てきた事については予想していなかったが、彼女の無茶は、いつもの事だ。だが俺はそれも見抜けない程に、自分の中の敵に囚われていた。
ナナミが無理に作った明るい声を最後に、ヨミの部屋の主導権はナナミに奪われた。叫ぶようにナナミとシズリの名前を呼ぶヨミの声が、機械の駆動音と混ざり合う。
ナナミの固有武器"絶対追尾のマイルーム"
それは、誰かの部屋と自分の部屋の場所を入れ替えて、自分の部屋を目の前に持ってくる物だ。単純に言えば、誰かの部屋の場所と自分の部屋の場所を入れ替えるというだけの話。
つまりこの場合は、記憶が確かならば東フロアのナムの部屋の近くにあったナナミの部屋の位置まで、俺達を逃したのだ。
機械音が止むと同時に、急いで感覚の青を走らせる。
外敵は、無し。
「戻らなきゃ……っ!」
「ああ、急ぐぞ」
すぐにヨミに声をかけ、ドアを開けさせると、そこはさっきの廊下とはまるで別物のような、静かな廊下だった。だが、左右を確認した時に、一番見たく無いものが、左に映る。
――七十六番の部屋が、開いている。
その事実には、ヨミもすぐに気付いたようで、険しい顔をしながらナムの部屋に駆け寄り、中を覗き込んだ。その手に拳銃が握られていた事が、少しだけ誇らしくも、悲しくも思える。
「いないし、無いです」
少しだけ震えた声を出し、こちらを向いたヨミのその目は、懇願しているかのような目だった。こうであってくれ、頼むから、お願いだから、というような、願いを込めた瞳が少しだけ潤んでいた。
――何処かに、彼女がいる。
それも、あの青い刀を携えて、何かを求めて、彷徨いている。
「さよならは、もう言ったはずなのにな」
俺はノッカーの返り血をふるい落とし、刀を鞘に収め、ホールへ向かって歩を進めた。 ヨミが、弾倉に銃弾を詰め込んでいる音がする。
あぁ、きっと、俺の赤い目もまた、ヨミと同じ感情を抱いている。願わくばもう、彼女を弄ばないでくれという強い願いと、この事態を作り出した、狂人への怒りだけが身体を支配していた。




