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DAYS5 -3- 『こんなのに、まだ足せって言うのか』

 シズリの部屋から廊下に飛び出すと、左の方から「うわちゃー……」というヒナの声が聞こえた。駆け出す前に横目で見ると、奥のホールには軽く見積もって二十体は越えているであろうノッカーの姿が見えた。


 流石にこの量は多すぎる。加勢しようか一瞬迷うと、ナナミが左手に冷気を携えながらホールの入り口まで駆けて叫ぶ。

「邪魔はさせないよ! シーちゃん、ホールにばら撒いて! あ、少しだけ残してね!」

 ナナミに言われるがままに、シズリが足止め用の電気が流れる罠をホールに思い切り投げ込むと、それを確認したナナミが左手を地面に叩きつけ、厚さにして一メートル以上はあるであろう氷壁を作り出した。

 今まで見た中で一番厚いであろう氷壁。それも、数メートルは離れているこちらまで届く程の凍えそうな冷気が俺の身体を冷やす。よく見ると、氷壁を作り出したナナミの左肩までが、自分が発した冷気に耐えきれず、硬く固まっているのが見えた。

 ナナミはその凍った左腕をなんら気にする素振りも無く、今度は右手から小さい炎の線を出し、たった今自分が作り出した氷壁に小さい穴を開けていく。氷壁の向こう側まで穴が広がり、その場には水たまりのような物が見えた。

「シーちゃん、この穴あたりにペタッと、お願い出来る?」

 ナナミがそういうと、シズリもナナミの言わんとしていることが理解出来ていたようで、水滴と呼ぶには大量の水が溢れていく穴の周りに、電気罠を仕掛ける。

すると発動した電気罠がその水滴を通り、一メートル先の氷壁の周りにいるノッカー達に電流が走るのが見えた。


「ただの氷壁じゃ電気は通りにくいからね! でも、これが私達の精一杯! ガリガリされたり溶かされたりしたらいつまで持たせられるかはわかんない! ヒナさん! それとお兄さん! 間に合わせてね!」

 こちらを振り返って、ナナミはウインクをする。その凍って動かなくなった左手を見るに、強がっているはずなのにそれを感じないような力強い言葉が俺の胸を打つ。


「ほら、行って! ノッカーは待ってくんないよ!」

 ナナミのその言葉を合図に、ヒナとゼロはヒナの部屋に入り、俺たちはホールとは逆方向に駆け出した。


 ホールにアレほどのノッカーが集まっていたなら、少なくともこれからの道中にも、間違いなく大量にノッカーがいる。今のヨミは銃弾が無い為戦闘行動が出来ないのは明らか。

 だったら、俺が先導してなんとか、ヨミを部屋まで送り届ける他無い。そうして、道中についても、ノッカーを撃ち漏らすわけにはいかない。俺達の後ろには、俺達の為に耐え忍んでいるナナミとシズリがいるのだ。倒せなければ最悪彼女達は挟み撃ちという事になってしまう。


「ヨミ、時間はかかるかもしれないが、ここから先は全て殲滅だ。俺が先導するから何かあったら教えてくれ」

 俺が後ろを走るヨミにそう伝えると、ヨミは少し不安そうな、けれど力強い声で「はい!」と答えた。


 一つ目の曲がり角に、大型が二体、盾持ちが一体。ありがたいことに、武器持ちはいないようだった。

 俺は両手で抱えた青刀イスルギを強く握り振動刀へと変え、大型二体を切り裂く。

 

 それを見たヨミが、俺の後ろで小さく「おぉ……」と感嘆の声を上げていた。

その声が気になり、ちらりと盗み見た彼女のその目は、その声とは対照的に、俺を通して誰かを見ているような、少し悲しい目をしていた。


――ずっと一緒だったんだもんな。


 少し胸が痛む。思い出す度に、痛む。


 だからヨミの心が痛まない訳がない。たった数日しか顔を合わせていない俺ですら、痛いのだ。

 

「おにーさん! 盾持ちはその刀じゃ……!」

 ヨミの声が耳に入るが、俺の刀は止まらない。盾持ちが素早い動きでこちらに突進してくるのを、右足を後ろに下げ、上段に構えて待った。

 

 俺がこの青刀を握るのならば、あの人のように……あの人以上に、強くあらねば、いけない。


 何故ならば、今ここでコイツに突き飛ばされでもしたら、約束が嘘になってしまう。

 

 右手に力を込める。

 力を、込める。力が、込められていく。

 

 その時、違和感が俺の身体を襲った。込めるべき力の限度が、分からないのだ。


 力を込めれば込める程に、力はその両手に集まっていく。そうしてその時、やっと俺は自分自身の身体の異常に気付いた。


――あぁ、なんだ。ずっとここにいたんじゃないか。


 力の赤が、薬液を打たずとも身体の中を走っていた。振り下ろす為の、盾ごとノッカーを切り裂く為の力が、その両手に集まっていく。人間の力ではなく、あの赤い力が、身体中を走り回っている。目を思い切り見開くと、感覚の青が走っていくのを感じた。


 赤を以てその持ち手を握り、青を走らせ間合いをはかり、そうして煌めく翠を振るう。

「名前を呼ぶ程、仲良くはなれなかったけどな」

 俺は"彼女"の名前を思い出しながら、小さく呟き目を見開く。


 感覚の青が青刀と共に、赤いの力に乗せられて走っていく。


 自分の中で使われるのを待っていたかのような力達に、思わず笑みが溢れた。 イスルギが盾持ちを一刀両断出来る距離まで、残り二秒。


 一秒。


 ダン、と右足を一歩踏み込み、イスルギを振り下ろす。ナムが切り裂けないと嘆いていた盾は、真っ直ぐに切り裂かれていた。


「おにーさん……」

 ヨミが少し、恐怖と喜びが入り混じったような複雑な声を出す。

だが、俺はそんなヨミに笑いかける。

「大丈夫。俺はもう、そう簡単には負けない」

 その言葉の返事を待たずに、俺は駆け出した。ヨミが何か言おうとしていたことには気付いている。


 けれど、それをあえて聞かずに、前を向いて走る。


 俺の身体は、おそらくもう既に人間のソレではない。所長が言っていた時から、少しだけ予想は付いていた。あいつは自分自身の血で、ノッカーを蘇らせたのだ。


 という事は、彼自身の身体の中に薬液の力達があったということ。


 ならば、これだけ薬液を注入し続けた俺の身体にも、力や、感覚や、生命が渦巻いていても、何らおかしくはない。ただ、それを認めるという事は、俺自身が彼と同じような存在になってしまっているということを認めるようなものだ。


 だから、何も言わずに走り続ける。

「おにーさん! 目の前!」

 曲がり角を曲がったところで、後ろにいるヨミから焦りが交じった声が聞こえる。顔を上げると、もう少しでヨミの部屋だというところで、銃器を持ったノッカーと、刀を持ったノッカーが目の前に立ち塞がっているのが見えた。

 

 だが、それも知っている事だった。それ以外にも、奥に大型が二体。

 

――もう、見る必要も無い。


「大丈夫だよ。分かってる」

 

 ヨミに当たりそうな射線の銃弾を、イスルギで叩き斬る。俺の身体を掠めただけの銃弾を無視をして、銃器持ちノッカーをその腕ごと叩き斬り、首を跳ねた。

 刀持ちノッカーが振りかぶってきた刀と一瞬鍔迫り合いになったが、刀のボタンを押し込んだ瞬間に、向こうの刀身が音を立てて弾け飛ぶ。

 

 その刃を拾い上げると一瞬身体に電流が走るが、すぐにそれを手から離すと痛みはすぐに消え去った。そして、俺の手から離れた刃は、遠くの大型ノッカーの目玉に突き刺さって、その生命を奪っている。


「あんなに、苦労したってのにな」

 ヨミに聞こえないように自嘲気味に呟いて、こちらに歩を進めていた大型ノッカーに思いきりイスルギを投げつけた。イスルギは大型ノッカーの腹部を貫き、そのまま大型ノッカーごと壁に突き刺さる。


 そのまま俺は壁に駆け寄り、もがいている大型ノッカーの顔面を斜め下から右拳で思い切り打ち上げる。そして壁に突き刺さったイスルギで腹部を切り裂きながら、大型ノッカーの首を跳ねた。


 もう、ヨミは何も言葉を発さなかった。

「大丈夫。俺はまだ人だ。ほら、部屋そこだろ?」

 俺が肩で息をしながら言い訳のように呟くと、ヨミは不安そうな顔で頷いた。


 ヨミが自分の部屋に入るのを確認してから、俺は大型ノッカーの四肢を切り刻み、復活の可能性を潰していく。

 

 俺の身体には、もう既に力が住み着いているようだった。それは反動とは言い難いが、一番悲しい副作用であり、俺が甘んじて受け取ってしまった力の代償だ。感覚の青は、ヨミの目尻に浮かぶ涙を見逃さなかった。


「こんなのに、まだ足せっていうのか」

 俺は一人ぼやいて、目覚めてから一度も帰っていない我が部屋の扉を開いた。

 

 シズリの話の通りであれば、残り二本分残っているという。

もう人間をやめかけている俺を、更なる何かに変える為の武器。

自分が壊れてしまうのでは無いかという恐怖を抱きながらも、守る為に、進む為に、俺はドアノブを握った。

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