DAYS5 -2- 『なら心臓を思い切りノックして』
ゼロとヒナの繋いだ手を眺めながら少し歩くとヨミとシズリとナナミのいる部屋に辿り着いた。途中でゼロが「こんなに近かったならなんで……」と辛そうな顔をしていたが、ヒナが「よしよし」と手を繋いだまま、もう一方の手で彼女の頭を撫でる。
なんだか姉妹を見ているようでホッとしながら見ていたが、どうやらヒナは俺の視線に気付いていたようで「見世物じゃないっスよー?」と言われて我に返った。
状況としては、決して良い物では無いのだ。確かに和んでいる場合ではない。
医療フロアからシズリの部屋に戻り、出迎えてくれたヨミ、ナナミの顔は、久々に心から明るい物に見えた。シズリも少しだけ嬉しそうにしていたのが印象的に見えた。
その中でも特に俺と一緒にゼロを残して退却したヨミの顔は涙が滲んでいるくらいには喜んでいるようだった。
だが、再会の喜びもそこそこに、ヒナとゼロから口早に説明される真相や解答は、辛辣な内容だった。それらが明かされていくと共に、皆の顔は暗い物へと変わっていく。
「つまりは、私達はアイツらを強くする為に戦ってたってわけかぁ」
ナナミが、少しふてくされたようにボヤく。
「まぁ、少なくとも所長の中ではって事っスけどね。反撃の太刀はまだ入れられると思うッスけど、じゃなきゃこんな所で集まって無いッスよ」
「それもそうだよねぇ……」
暗い表情のナナミにヒナがフォローを入れるが、以前ナナミの表情は暗く、ヨミの表情も暗い。だが、シズリだけは冷静にその話を聞いていた、取り乱したり驚く様子も一切感じない。
「目下、私達が生きるべきにやるべき事は居住フロアの奪還、ですね……。各々の武器のストックもあるわけですし」
シズリはムクの忘れ形見であろうコンピュータをいじりながら呟く。
「ある程度倒したとしても、数十体以上のノッカーが今でも居住フロアに溢れているわけッスからねー、所長がソイツラに知能を与えられたら洒落にならないッスから、早めに動くべきッスね。それを倒す為のヨミちゃんやナナミちゃんの武器補充も必要でー……。
「まぁ、まずは東側の制圧からが無難でしょうね……」
ヒナの言葉を補足するかのようにシズリが言葉を挟む。この部屋にいるメンバーの殆ど、おそらくヒナ以外の全員は対多数の戦闘を経験していない。
だからこそ、一体一体を確実に、そして負傷者を出さずに制圧していくのが肝要だと思った。
「ホール前で耐えるチームと、ヨミの部屋に行くチームで分けるのが無難か?」
俺がそう提案すると、ヒナは頷く。
「そっスねー。残念ながら今のヨミちゃんは無力ッスけど、部屋に入って銃弾を補充さえすれば対ノッカーについては最強の武器が手に入るわけッスから、最優先っスね。なのでとりあえうzフタミさんが一緒しちゃってください。拠点は此処か、私の部屋で。……出来れば、私とゼロちゃんをちょっと二人きりにさせてもらえると助かるんスけど」
そう言ってヒナはナナミの方をチラっと見ると、ナナミは神妙な顔で頷いた。
「私とシーちゃんで、ホール前はなんとかする……。まだ残ってるシーちゃんの罠と、私の氷壁で、ある程度の時間は稼げる……かな。ホールから西側のノッカー達についてはある程度足止め出来ると思う」
ナナミの言葉を聞いて、ヒナがナナミに近づき頭を撫でる。
ナと出会ってからずっとヒナに対してビクついていたナナミだったが、頭を撫でられると少しだけ安心したようで、リラックスした顔を見せた。
「へへ……、頑張ってくれる子は好きッスよ。まぁ元が男でも、可愛いのは正義ッスよね? じゃ、遠慮無く頼むッス。ゼロちゃんも、何するかは分かってますよね?」
ナナミがギクリと身体を硬くしている横で、ヒナは真面目な顔でゼロの顔を見ると、ゼロは少し考えた後、ゆっくりと頷いて、腰につけた短刀のホルダーを軽く触った。
「これじゃ、頼りないですしね……。行くのはヒナちゃんの部屋だよね?」
ヒナは少し神妙な顔をして頷く、つまりはゼロもヒナの部屋にある人体改造装置によって何らかの力を自分自身に付け加えるという事なのだろう。
何とも言えない気持ちになったが、それもこの状況では仕方がないと思い、俺は何も言わずに黙っていた。
「じゃ、ナナミちゃんとシズリちゃんはホールの出入り口を封鎖。ヨミちゃんは自分の部屋に戻って銃弾補充、フタミくんはその援護っスね。私とゼロちゃんは準備出来次第それぞれの応援って感じで、大丈夫っスかね?」
ヒナが話をまとめると、全員が頷いた。
「ほんとは、もうちょいゆっくりしたかったんスけどね。あんの馬鹿所長が動き出しちゃったから、ゆっくりもしてられないんスよね。あとそうだ、成れの果てを倒す時はなるべく身体を分断させてくださいッス。回復系の薬液が投与されているとしたら、千切らないと自然治癒しちゃうんで」
ノッカーをなれの果てと呼ぶヒナに、俺達だけのヤツラの名称であるところの『ノッカー』という名を教えると、彼女は少し笑った。
「あはは、自分はノックされなかったんで何とも違和感を感じちゃうッスけど。そっか、ノッカーッスか……。なら心臓を思い切りノックして、見渡す限りのノッカーの息の根を止めちゃいましょう! でもその後、出来れば部位を切り離すのを忘れtyは駄目ッスからね!」
彼女は笑いながら立ち上がろ、全員が彼女へと視線を向ける。
「今までは、所長の手の平の上だったかもしれないッスけど、でも今からは対等とは言い難くても、私達が何をするかなんて予想も付かないはずッス。実験動物なんてクソ喰らえッスよ。だからさっさとそのノッカー達を、所長も含めてぶっ潰して、出ましょ、ここから」
その口調は軽やかではあったが、力強い言葉に、全員の目に光が灯ったような気がした。
「ハッキリ言って私は強いッス。でも、一人じゃきっと絶対に勝てない。だからこそ此処に、生き残りが居てよかった」
優しい言葉の後に、ヒナは少しだけ考える素振りをしてから、ハッキリ年経告白をした。
「そう、言い忘れてましたが、私は皆さんの言うところの、ノッカーッス。赤い髪で、気付いてた人もいるかも知れないっスけどね」
そう言ってヒナはナナミを見ると、少しだけナナミは気まずそうに目を逸した。
「でも心は人間のままッスから、最後まで一緒に戦わせてください。ヤバそうなら、心臓よりも脳天を。ま、どうにかなるつもりも無いッスけどねー。だからまぁ、私の事は、来るべくして現れた最強の最終兵器か何かだと思ってくれると良いっスよ!」
ヒナがやけに自身ありげに言うと、ゼロがヒナの服の裾を引っ張って、何か言いたそうにしていた。
その手をそっと撫でて、ヒナは言葉を続ける。
「まぁとにかく私は、所長の狂っちゃった実験を成功させるわけにはいかないんス。外がどーなってんのかは分かりません。けどね、だからこそ、絶望の種をこの施設から出すわけには行かないんです」
ヒナが、深々と頭を下げる。それに続いて、ゼロも頭を下げた。
「お願い、します……。此処を出る為には必ず所長を倒す必要があるんです。フタミさんにとっては、後々辛い思いをするかもしれない、記憶が無い事を利用するみたいで、ズルいのは分かってます。けれど、倒さなきゃ、いけないんです」
その言葉に、俺も含めて異論を唱える者は一人もいなかった。
「まー、この完璧な美少女ナナミちゃんをコケにしてきたのは癪だしね
! 何より乙女の部屋を覗き見なんて、許せるはずがないです!」
ナナミが立ち上がる。
「大事な人達が、生きようとしていた人達が、一杯いました。 許せるはずが、無いですよね」
ヨミが立ち上がる。
「私は……、うん。良いですよ、勝ち目が無いわけでもないはずです」
シズリが立ち上がる。
それと同時に、シズリが何か思い出したかのように俺の方へ向き直った。
「それと、お兄様。この前から刀をお使いになっておりますが、お兄様の固有武器はまだ残っていますよね?」
妙な事を言う。俺の固有武器はもう既に全て使っているはずだ。そう思いポケットに入ったままの三原色の薬液が空になっているのをシズリに見せる。
すると、シズリは不思議そうな顔をして俺に尋ねる。
「あれ……、これだけでしたか? ムク姉さんが集めたデータでは、お兄様の固有武器はもう二種類、あるはずなのですが……」
シズリがチラリと全員の固有武器を置いたらしいヒナを見るが、彼女は肩をすくめる。
「フタミくんの部屋とゼロちゃんの部屋については、私じゃなくて所長が置いた武器っぽいんスよね、だから私はノータッチッス」
確か俺が見た時には、アタッシュケースにはこの三種類しか無かったはずだ。
だがあの時は焦っていたし、ちゃんと全てを確かめる暇が無かったのも事実だ。
「最初に見た限りでは、もう使い切ったこの赤と青と緑の三種類だけだったはずだけど……」
そう答えると、シズリは怪訝そうな顔で、俺に確認を要求してきた。
「なら、ヨミちゃんの部屋に行くついでに、確認してみてください。一応、赤青緑以外に、もうニ種類の薬液がお兄様の固有武器として登録されているのです」
その言葉には嘘が無さそうで、単純に疑問を抱えているような風だったので、俺は頷く。
「分かった。ヨミの部屋と俺の部屋は近かったから、向こうまで行った時に確認してみる」
そう言って俺も立ち上がると、全員が居住フロアのドアの方を見た。
「じゃあ……」
「行きましょっかね!」
ゼロとヒナが前に進みでる。
「一応確認ッス。フタミくんとヨミちゃんは部屋を出てすぐ左で道なり。それ以外のメンバーは全員右方向ッス。……フタミくん、ヨミちゃんを頼みますね。切り札ッスから」
それを聞いたヨミが少し身体を硬くするが、それをほぐすように俺は彼女の頭を左手で軽く撫でる。思わずナナミのように扱ってしまったが、ヨミは気にしていないようだった。手はすぐに引っ込めて、柄に収めていた青刀イスルギをポンポンと叩いた。
「大丈夫だ。必ず戻る。だから、そっちも頼む」
そう言うと、ヒナは頷いてドアノブに手をかけた。もう解錠の音はならない。
大きな音を立てて勢い良くドアを開けると、すぐ真右へと走り抜けるヒナ、ゼロ、ナナミ、シズリの四人。
俺はヨミの目を見て頷いてから、逆方向へと先導を切り走り出した。




