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DAYS5 -1- 『彼の掌の上なんかじゃない』

 ヒナの後について目の前の曲がり角を曲がった瞬間に目の中に飛び込んできたのは、汗だくになっており見るからに満身創痍のゼロと、薬品庫で見た俺を息子だと言った言葉を話すノッカーだった。


――間に合った。

 

 今度は、間に合ったのだ。ゼロは薬品室から追ってきたであろうノッカーの横を通り過ぎ、こちらに駆け寄ってくる。

彼女は俺の目を見て頷き、その無事を伝えてきた。


 目の前には、衣服を来ている薬品庫のノッカーと、その奥に大型ノッカーが一体。


「バーン」

 

 だが、その言葉と共に、衣服を着たノッカー一体のみに変わった。ヒナの指から放たれた光で、大型ノッカーの目が潰れ、後ろに倒れる。


 ヒナはこちらを見ずに笑う。それはまるで、言葉を話すノッカーを挑発しているかのように。

「ま、アイツは邪魔ッスからね。所長とはちゃんと話したい事も……ありますし!」

 そう言いながら、ヒナの語気は強まっていき、青白く光る手の平を所長と呼ばれたノッカーの方に向けて、今にも放ちそうになっている。話したいではなく殺したいの間違いではないだろうか。


 所長と呼ばれたノッカーも流石に、それを放たれてはまずいと思ったのか、こちらへ駆け寄ろうとした足を止め、数歩後ろに下がった。


「あぁ……、面倒だ。けどさぁ、こっちはキミに話す事なんて、無いんだよねぇ!!」

 所長はそう言うと、自分の右腕に噛み付いて、肉を噛みちぎる。


 その不審な行動に、ヒナが指先から指弾のような物を放つと、所長の顎ごと右腕を貫き、その右上半身の殆どが焼け焦げて崩れ落ちた。


 だが、それでも尚所長は、歪な姿で笑っている。そして、未だ顎が半分消し飛んでいるというのに咥えたままの右腕から血液と呼ぶには黒すぎる液体が滴っている。所長は身体ごとその腕を飛ばし、そのには先はさっきヒナが撃ち倒した大型ノッカーの姿がだった。

 右腕が大型ノッカーの目玉の上に落ち、黒い血液が目玉の上に広がったと思うと、大型ノッカーは数秒の痙攣の後、立ち上がる。


それを見たヒナが慌てた様子で指先から指弾を撃ち込むが、大型ノッカーはそれを難なく躱す。明らかに大型ノッカーの動きを超越していた。


 立ち上がった大型ノッカーから床を伝わるほどの心音が聞こえ、あの漲るような赤い力を思いだす。


 そして、あろうことか、その大型ノッカーは俺の方を向いて言葉を喋った。


「なぁ、お前なら、分かるよな?」

 大型ノッカーは、その肥大した目を見開いたまま、俺を見て嘲笑う。

俺が思わず振ったイスルギを、元々その場所にあったかのように難なく避け、当たっていたら致命傷では済まないであろう強力な一撃が俺の目の前をかすった。


――この反応と力には覚えがある

 

 力の赤と、感覚の青と、生命の緑。俺を救い続けていたあの三原色の薬液を創ったのがもしあの所長であったなら、そんな嫌な予感が頭をよぎる。

もし、その力が彼の中で混ざりあっていて、その血液自体に薬液の効果が含まれているとしたなら。

「ヒナ、一旦引け! こいつの血は……」

 どうしてノッカーが喋りだしたかは分からない。それでも、コイツの血を浴びたノッカーは、全てを乗っ取っられたかのように振る舞う。


 右半身を撃ち抜かれた所長ノッカーは歪な笑顔のままに、痛みなど少しも感じないかのように颯爽とその場から走り去った。それを逃すまいと俺たちの後ろで短刀を構えていたらしいゼロがそれを所長の足に撃ち込もうとするが、大型ノッカー瞬時に飛び出してきてそれを弾ぐ。


「相手はこっちの僕だよ。向こうの僕は用事が出来た。一番のキミがしゃしゃり出てくるんじゃ、時間もかかるからね」

 今まで見た大型ノッカーの動きとは明らかに違う人間的な動きで、大型ノッカーは拳を握りしめながらこちらへ迫ってくる。


 その飄々とした態度に、苛立つと同時に頭を抱えたくなる。

 

 もし、こいつの血を与えられたノッカー達が、こいつの記憶と、三原色の力をまるごと引き継いで目の前に現れ続けるのなら、俺たちに勝ち目は……。


「面白いじゃないッスか」

 無い。という事も無いらしい。ヒナは両手を胸の前で組み合わせて、グッとその両手を捻りながら力を込めた後に、その手を離す。すると、その手の平の上に小さな黒球があることに気付いた。


「フタミくん! 動かないヤツなら斬れるッスよね!」

 ヒナはそう言いながらその黒球を思い切り所長の振りをした大型ノッカーの方へ弾き飛ばす。だがその黒球もまた大型ノッカーは難なく躱す。


 それでも、ヒナはニヤリと笑って、俺に目で合図した。つまり彼女の中ではその黒球が躱されるという事も織り込み済みという事だ。俺はイスルギを構えなおして、様子を見ながら軽く駆ける。

「なーんだ。やっぱ、コピーは雑魚じゃないッスか。ねぇ、偽物の所長さん、忘れちゃったんスか? こいつは当てる必要なんて無いんスよ」

 ヒナはそう言うと同時に、パチンと指を鳴らす。同時に黒球がバチバチと音を立て地面に固定されたかと思うと、大型ノッカーはその黒球へと引きつけられていく。

 まるでその黒球が磁石のS極でノッカーがN極かのように、地面に転がった黒球に大型ノッカーは吸い付いたまま動けなくなったようだ。


「あー……、面倒なヤツが生き残っちゃったなぁ。昔の僕は、本当にバカだった。

 今の僕はこんなにも、優れているのに」

 そう言いながら、ノッカーは黒球に吸い付けられている自分の足をもぎ取るが、それも意味は無く、黒球はすぐに他の部位を吸い付け、身体全体をその場に固定し続ける。


「いいえ、もう、終わってしまっているんです。どうあっても、貴方はもう、終わったんですよ……」

 ゼロが、小さな声で呟く。それが聞こえていたのか、ヒナも小さく目を瞑る。


「そういうワケだ。二度と起きてくれるなよ」

 生命の緑の効果があったとしたら、生半可な攻撃ではまた復活してしまう。だからもう二度と治ることが無いように俺は青刀イスルギでその身体を真横に分断した。更に念入りに、返す刀で肥大した右目を中心に、斜めに顔を切り裂くと、大型ノッカーはもう二度と言葉を発さなくなった。


「面倒だってのは、こっちの台詞なんスけどねぇ。一番一番って、自分をこうしたのはアイツだってのに……」

 ブツブツと呟くヒナを、ゼロが心配そうに見ていた。

「えっと……、ヒナ、ちゃん? だよね?」

 その言葉を聞いて、ヒナは破顔したのを、俺は黙ってみていた。

「あ、あぁ……、ええっと……。始めましてッスか? それとも、久しぶりで、いいんスかね? "ゼロちゃん"」

 そして、その言葉に、ゼロも破顔する。


「久しぶりのほうだよっ!」

 そう言って、ゼロはヒナに抱きつく。その顔には、嬉しい涙が滲んでいた。


「良かった……、覚えてた……。名前が飛んでるみたいだから、覚えてないのかと……」

「大丈夫、忘れちゃったのは名前だけだから……。ヒナちゃんの事は全部、覚えてる!」


 想像するに、きっとこの二人は親密な関係だったのだろう。出来れば、抱きしめ合い、再会を喜び合う二人をそっとしておきたかったが、ヒナ自身がハッと気付いたように、抱擁をやめた。


「っと……、フタミくんにサービスしてる場合じゃなかったッス」

 俺の微笑ましい視線に気付かれていたらしい。単純に微笑ましいと思っていただけなのでサービスと言われるのは不服のような気もしたが、それでもまぁ色んな意味で眼福なのは言うまでも無かった。


 ゼロが少し照れながらこっちの方を伺っている。俺は咳払いをしながら、とりあえず生還を喜んだ。

「とりあえず、無事で本当に良かった。ナムは……、悪い」

 俺がそう言うと、ゼロは首を横に振る。


「いいえ……、仕方、無かったんです。それに、間に合わなかったということは、所長が言っていましたから。自分の目に取り込んだ機械で、全部見てたみたいです……」

 ゼロが悔しそうに呟く。

「でも壊してきました! だからもう覗き見なんてさせません。所長には逃げられましたけど、私達は彼の掌の上なんかじゃないはず」

 そんなゼロの髪をヒナはくしゃくしゃと撫でながら笑う。


「ナイスファイトですよ。えーっと、"ゼロちゃん"。んーー、呼びにくいけど、名前は飛ばしたままの方がいいんだろうし、なんかむず痒いッスねぇ……」 

 撫でられるのを嫌がる素振りを見せつつも、ゼロは少し嬉しそうにその言葉に返す。

「ごめんね。いつか呼んでもらえる日が来るといいんだけど……」

 ゼロがそう言うと、ヒナは一瞬その撫でる手を止めて驚いた顔をしたかと思うと、急に真剣な顔になり思い出したように話を始めた。

「ん……、そのためにもまずは所長の、あのよく分からないコピーを止めなきゃだね。といっても、このフロアで追いかけっこするよりも、居住フロアの制圧のが先か……。ゼロちゃんは知らないとは思うけど、今あそこには武器を持った成れの果てで溢れてます。手ぶらのヤツラならまだしも、武器持ちに自我をコピーされたらまずいかも」


 そう言うと、ヒナはゼロの手を取って、こちらを見た。

「じゃあ行こう、ゼロちゃん。フタミくんも、さっさとついてきてくださいッス」

『ッス』がゼロと話す時にだけ消えているのが些か疑問ではあったが、二人の繋いだ手を見ながら、そんな事こそ些細な事だと思い、俺は小走りで二人の後ろに付いていった。

 

 俺が小走りなのは、ヒナの速度に合わせているから。

 ヒナが小走りなのは、おそらくゼロの体力消費を気にかけているから。だからこそ、ヒナはゼロの手を取って走りだしたのかもしれない。

繋がれた二人の手は、どちらからと言わず、強く握られている。後ろから眺めたその光景は、お互いの手をもう二度と離さないかのような、そんな絆を象徴しているようだった。

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