DAYS4 -AnotherSide2- 『ッス』
ヒナが目覚めてから『DAYS4 -10-』でフタミ達と出会うまでの出来事
◆ヒナ視点◆
大規模スリープを突っぱねて、普通に寝て起きてみたらドアが開かない事に気付いて、もう数十年が経った。トイレのドアは開くし、水も出る。電気も付く、けれどご飯は無い。
とはいえ、私の場合はもう食事も必要としないし、別にトイレも必要無い。
私は、人類最初の成れの果てだ。始めはそれに誰も気付かなかった、私ですら。
だから、この施設の部屋番号は、私の番号だけ、意味が違っている。私の持つこの一番という番号は、耐性が一番高いからつけられたわけではない。
――進化成功例、一番目という意味だ。
私は、特段目を見張る程何かが進化したワケでも無い。極普通に、全ての力や思考が均等に、人並みを越えただけの存在。だから、理性が無くならずにいたのかもしれない。
その代わりに、この施設に連れて来られてからあらゆる武器や、戦闘の方法を叩き込まれた。私は、兵器利用を目的として訓練された成れの果て。
他の人よりも少しだけ広い部屋に、あらゆる武器が放り投げられている。自分で自分の身体を改造するための装置すら、置かれていた。人間に扱うには難しそうな武器のテストは基本的に私の役目だったし、新薬の実験も私の身体で行われた。
要は体のいい、実験動物のようなものだ。
人権等はもう無い。成れの果てだという事実は変わらないのだ。元々黒髪だった私の髪が急に真っ赤に染まったことからも、なんとなく理解は出来た。
それにお腹も減らない。食えと言われて出されたら食事は出来るが、いつまでも食べずにいられた。
だけれど、鏡を見れば私は私なのだと分かる。私の姿は成れの果てになった頃と、なんら変わりが無い。ただ髪が赤く染まっただけなのだ。だけなのに、果ての力が、私の中を巡っている。
「もっと長い時間眠れたらいいんスけどねぇ……」
私以外は誰もいない部屋で、発声練習も兼ねて呟く。長期スリープ用の装置が私の部屋に備え付けられているのは僥倖だった。
ただ、私が寝ないとダダを捏ねたせいで設定時間は最長でも半年。半年に一回は目覚めて、丸一日機械を休める必要があった。
それでも、部屋から出られないんじゃ、眠り続ける他ない。何か変化が起きるまで私は定期的に目覚めては確認の繰り返しをしていた。
正確には、一度だけ出る事が出来た。与えられた玩具のうちの一つ、コンピューターで無理やり所長が持っていた管理者権限を奪い、部屋の外に出て居住施設中の部屋に私の部屋にあった武器をばらまいた事がある。
それは、この施設の状態を危惧しての事だ。大規模スリープは、最後の実験と称されていた実験だ。その指定されていた時間は、約二週間程。
これが何十年も伸びているという事実は、最早絶望の種が撒かれているどころか、絶望の花が大満開の状態だ。
その予想が当たっていた事は、私が行動を起こしてすぐに分かった。この実験について、何十年でも付き添おうとしている狂人がいたのだ。その何者かは、私の行動に気付くと、すぐに私のコンピュータの回線を遮断した。
私が配った武器の使用者データを書き換えるのがもう少し遅れていたら、私の行動は意味を成さなかったかもしれない。施設とは関係の無い私独自のロックをかけたが、解除されていないかの確認も、もう出来なくなっていた。
もし、眠っている皆の運が良ければ、何かの役に立つかもしれない。そんな事を考えながら、長く眠り、目覚めて、身体を動かし、状況を確認し、長く眠るという事を繰り返し続ける日々。
それがやっと打ち崩された時には、涙が出そうだった。 施設の中で、人間が目覚め始めたのだ。
――だが、人間以外も目覚め始めた。
私は、誰かの部屋のドアが開いてから、私のドアが開く日までの間に、一度だけ、ドアノブを握った。そして、開かないドアを眺めながら、一筋の涙を流して、眠った。
長く眠り、目覚めて、身体を動かし、状況を確認し、涙を流し、長く眠るという事を繰り返し続ける日々が、続く。覗き穴から見える世界に人はいるのに、どうしても声をかけることは出来なかった。
私を人として扱ってくれたのは"あの子"だけだったのだ。おそらく、スリープ前の話から考えて、誰もが私の記憶も失っている事だろう。でも、きっとあの子だけは私の事も覚えている。だから、あの子が目覚めた時に始めて私はドアの中からでも、声を絞り出そうと心に決めていた。
けれど、あの子の姿がドアの前を通る日は無かった。目覚めたと知った日は、その一日の殆どを覗き穴の前で過ごした。
私が眠っている間に、あの子が死んでしまうかもしれない事については、諦めがついていた。どうあっても、このドアが開くまで、私には何も出来ないのだから。
ドアの外の絶望も、伝わってきていた。
だからこそ私は、私がドアの外にいる人達の部屋に置いたプレゼントが役立っている事だけが嬉しかった。
所長が私のロックを解除出来ないのかは不思議だったが、おそらく私と共に五十年を過ごしていたのならば、彼は耄碌しているか、または成れの果てになっているのかの二択だ。あの食えない男が何を考えているのかは、昔から分からなかったが、それでもこの状況を見れば、もう狂っている事は分かった。
「そろそろッスかね」
五十年待った、そして、更に数年待った。眠ってばかりで、身体は訛っているかもしれない。でも、これが最後の眠りになるだろうという予感がしていた。
私は、スリープから目覚める時間と、ドアの開く時間を同期させた。いつになるかは、分からない。それでも、まだ開いていない部屋は私の部屋を含めて三部屋だけだ。生存者の数も、少ない。雪代ちゃん達の姿を見た時は、シズちゃんの背負ったリュックの中身に気付き不憫に思ったが、ずっと眠っていられたのが羨ましくも思った。
"あの子"の姿も、結局は見えず終いだ。まだ開いていない部屋にいる可能性もあったが、もう私が眠っている間に死んでしまったのかもしれないと、諦めかけている自分もいた。
それでも、あの子の優しさを思い出して、あの子がもういないとしたって、生き残りの為に頑張ってあげようと思う自分もいた。
「いつか、約束しましたもんね」
そう独り言を呟いて私は最後の眠りにつく。
喧騒が耳に届いた瞬間、飛び起きる。目が覚めたという事は、開いたという事だ。外で何やら戦闘の音がしたので、私は大声で叫ぶ。
「待っててくださいッス!」
ハッキリ言えば、真打ちの登場だ。自分で言うのはどうかと思うが、それでも期待して欲しいと思うくらいだった。体中に埋め込まれた武装を簡単に確かめていく。
そして、私はあの子にもらったリボンで髪の毛を縛り、私を人間たらしめていると笑ってくれたメガネをそっとポケットにしまう。
手の平に埋め込んだ、私だけの力も、まだ動くと良い。そう思いながら、手を握りしめていると、数度の銃声が聞こえる。どうやら戦闘は終わったようだった。
なんだ、頑張る子もいるんじゃないか。そう思いながらドアノブを回して、少し力を入れてドアを押すと、そのドアが開いた。
私はそれだけ少しだけ感動し、涙すら出そうになるのを堪えながら、近くのホールに入った。
「なーんだ……誰もいないじゃないッスか……」
銃声がしたのはたった今だったはずだが、そこにはあまり見覚えの無い変な形状の成れの果てが倒れているだけだった。
「こうなっていたかもしれないと思うと、ゾッとするっスねぇ……」
私は一人でそう呟いて、とりあえず近くにあったソファに座る。そのうち、誰か来るだろうと思いながら、じっと待っているとガン、ガンという音がフロア中に鳴り響いた。
そして、視界の隅でドアが開き、成れの果てがこちらを見ているのに気付く。
その手には私が昔、誰かに上げた武器がぶら下がっていた。明らかにその成れの果ての腕は、その武器を取り込んで使う為に進化したとしか思えない形状をしている。
「それ、アンタにあげたわけじゃないんスけどね……」
そう呟くやいなや、成れの果てはこちらに向かって銃を乱射してくる。
「アンタが使うくらいなら、私が使うんでっ!」
拳銃の形にした私の人差し指の先に、光が溜まるのが見える。単なる、熱線の放出。単なる人体、ではなく進化した人体の改造の結果の一つが、これだ。
――だけれど、あいつらを絶命させるにはこれくらいで充分。
私はソファを思い切り蹴り上げて、成れの果ての銃撃を防いだまま、そのソファごと成れの果ての身体を撃ち抜いた。狙うはソファの右部分、貫くは革、綿、革、心臓。
「返してもらうッスよ」
私は、心臓を穿った成れの果ての腕から、アサルトライフルを取り上げて、両手で握る。
そして、手に馴染んでいく。まるで私の為だけに作られたかのような感覚。その懐かしい感覚を邪魔するかのように、ホールに向かって数体の成れの果てが、それぞれの武器を持って近寄ってくるのが見える。
「私の武器で、私に適うわけ無いじゃないっスか」
笑みが溢れる。少しだけ、準備体操だ。
「ひの、ふの、み。とりあえず沢山。それじゃあ皆さんいっせーにどーぞ!」
トリガーに指をかけた。
――戦闘、開始
飛びかかってくる爪を撃ち落とし、脳天を銃弾で撃ち抜く。
図体のデカイヤツの突進に向かって、残弾を撃ち切ると共に、アサルトライフルを投げ捨て、最初の銃弾で撃ち抜いたヤツの手から剣をもぎ取り、図体のデカイヤツの心臓目掛けて突き刺す。
「ほいほい、お次は?」
私に向かって、薄い氷壁が床を走ってくるのが見えた。それをサイドステップで躱し、剣で横一線に切り裂く。そのまま氷壁を切り裂きながら壁際まで走り抜け、奥にいる氷壁を作り出したヤツの胴を跳ねる。同時に氷壁を作り出す装置を破壊してしまったのは、少し勿体無かったかもしれない。
「流石にー……少し鈍ってるか!」
氷壁が大きな音を立て崩れると同時に、小さくてすばしっこそうなヤツが二体こちらに向かって突進してくるのが見えた。一体を蹴り上げ、壁に張り付けにするように剣を放り投げると、壁には雑魚の張り付けが一匹分出来上がった。
私がそちらしか相手にしていないとでも思ったのか、私の腕を切り裂こうとでもしているもう一匹の雑魚には、裏拳を叩きつけるとそのまま甲高い声を上げて動かなくなる。
「あ、アレはめんどっちーのッスねぇ……。まぁ、上手に使えるとは思っちゃいませんが……」
電気を発するロッドを持ったヤツがこちらに駆け寄ってくる。そのスピードが思ったよりも早かったせいか、武器の流用はやめて、指に力を込める。
「はい、ばーん」
脳天は外さない。こんな直進しかしない的で、私が外すわけがない。
床に落ちた電気ロッド付きの腕をもぎ取って、その腕をホールの入り口付近でこちらの様子を伺っていた銃持ちに投げつけると、そいつはそれを器用に撃ち落とす。
「成れの果ての癖に? 世の中変わるもんッスねぇ……」
発砲音が聞こえなかった、という事は、ヤツが持っている銃は無駄にサプレッサー付きだ。こいつがもし、冷静に何処かに隠れて撃つなんてことをしてきたなら厄介だったのかもしれない。
「けどまぁ、出来てそこまでッスよねー」
思ったよりも銃を使いこなせてはいたが、私はロッドのボタンを強く押し、床に叩きつけると、そこらじゅうに倒れ血を流しているヤツラの体液を伝って、その銃器持ちに電撃が届く。
「足元がおっるスー!」
私は動けなくなった銃持ちに素早く駆け寄り、心臓部に思い切り電気ロッドを当てると、暫くの痙攣の後、静かになった。
「それ、撃てなきゃ意味無いんスよ」
そうして更に後ろから駆け寄る音、不規則で気持ちが悪い足音はすぐに成れの果てだと分かる。私は電気ロッドを振り返りざまにホールの中心まで駆け寄ってきた刀持ちに投げつける。
「そんでね、それは届かなかったら意味が無いんス」
電撃により動けなくなった刀持ちに、銃持ちからもぎ取ったサプレッサー付きの銃の銃弾を撃ち込むと、ホールは静寂に包まれた。
身体は、返り血だらけだったけれど、少しだけ、ほんの少しだけスっとした。こいつらに、人間が殺され続けていたのを、私は知っていたのだ。私も、似たような存在だけれど、それでも、心がある限りは。
「あぁ、まだいたんスか」
ホールの隅で、何も持たずにこちらを伺うヤツを見つけた。向かってくる様子も無かったが、私はそいつに向けて、残りの銃弾を撃ちきって銃を捨てる。
私は、戦闘が終わった事を確認し、髪をまとめているリボンを解きポケットに入れ、同時にポケットから伊達メガネを取り出して顔に掛けた。その方が雰囲気良いよって笑ってくれていたあの子の姿は無い。そして、なるべく気の抜けた声で、向こうを向いて手を振る。
「ほらほら皆さーん、見てる暇無いっスよ~。まずは片割れちゃんの部屋でしょー」
相変わらず、いくら練習してもこの口調で人と話すのは少し照れくさい。あの子の提案は本当に正解だったのだろうか、本当にこれで話しやすい人間を演出出来ているのだろうか。『ッス』って本当に親しみ易いのだろうか。だがもう癖になってしまっているからどうしようも無い。
この状態でも生き残っている人がいるなら、とりあえずシズちゃんの部屋で作戦会議だ。私があげた武器を引っさげたヤツらを出してくるくらいだ。どうせ所長はこれからロクでも無い事をするに決まってる。
――それでも、私はこの五十年、この時を待ち続けたのだ。
やっと、全員揃ったよ。
私は心の中でそう叫びたいのを堪えながら、あっけらかんと笑った。
そうしてシズちゃんの部屋へと歩き出した途端、曲がり角に成れの果てが見えて、やっぱりもう一度、笑った。




