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DAYS4 -8- 『じゃあ、オペを開始します』

 ヨミの涙は、止みそうに無い。抱きしめながら、ナナミが慰めている。


「ダメ、だったかぁ……」

 いつものように軽く言おうとして失敗したナナミの声が震えているのも、その目尻に涙が溜まっているのも見えていたが、何も言わなかった。出会い方から考えて、ヨミとナムは姉妹のような関係のようだと考えていたが、その実ナナミを含めた三姉妹のようなものだったという事を考える。


 ナムの髪を切った時のあのやり取りを思い出すと、胸が痛んだ。


「ほら、ヨミちゃん。私の部屋、持ってくるから。そこで休もう? お兄さんも、その腕、動きそうです?」

 俺が首を横に振ると、ナナミが急いで立ち上がり、ナムの隣の部屋のドアまで駆け寄ってドアノブを掴む。彼女がドアノブを掴む度に鳴り響く大きな駆動音の後に、施錠音が聞こえる。

 部屋を目の前に呼び出したナナミがドアを開け、その部屋に俺達を招き入れようとした時に、おそらく何かが視界に入ったのだろう。

「ちょっと、待っててね!」という明るい声の後、ナナミは一瞬肩を震わせて、目頭を抑える。そして、数秒後、何も無かったかのように顔を上げるが、その涙で濡れた目は隠しきれていなかった。

 

 変わらずに明るく振る舞うナナミに後に続き、まだ泣きじゃくっているヨミを連れてナナミの部屋に入ると、ナナミが入り口で立ち止まった理由が分かった。

 よく見慣れた、青い刀がそこにあった。隣には、ナムが使っているのを見たことが無かったが、鞘もある。

「最低ですよね、この部屋」

 その言葉に、俺は頷きかけて、やめた。きっと、意味が、意味があるのだ。

 だから、その刀を見た時に、俺の中で一つの決心が生まれていた。


「ナム……ちゃん……」

 その刀がそこにあるという事実が、ナムという人間が死んだという事実そのものなのだ。その現実を、改めて目の前に突きつけられて笑顔でいられる程、ヨミもナナミも強くは無かった。

「これは流石に、しんどい……よねぇ……っ!」

 俺は、ヨミとナナミが二人でしばし涙を流すのを眺めていた。 


 その間に、右腕の状態を改めて確認すると、もうその機能がほとんど失われている事が分かる。生命の緑への淡い期待は裏切られ、俺の右手は使い物にならなくなった。俺のその動作を心配してか、涙を拭いたナナミが話しかけてくる。


「そうだ、お兄さん、もし良ければですけど」

 そう言って、ナナミは部屋奥のオペルームの方を見る。その視線は、おそらく俺の負傷をあのオペルームで治そうという提案だった。

「ただ、人間をやめるようなもんですから、お任せします。私がナムちゃんみたいになってないのは、身体の構造をいじりすぎているのが原因の一つだと思うんですよね。あそこは、オペルームとは言いますけど、治すことは出来ません。ただ、新品を作ってすげ替えるだけなので」

 そういうナナミは自嘲気味に笑った。俺は、彼女が『私はフェイクなんですから』と言った時の事を思い出す。


――それでも、ナナミは生きていく為、誰かを守る為、それを選んだのだ。


 だから、俺はナナミに頷く。

「あぁ、もう薬液は無いにしても、右腕が使えると使えないんじゃ、大違いだ。ナナミ、頼む」

 そう言うと、ナナミは神妙な顔で頷いた。そして俺は、もう一つあるお願いをする。


「なぁ、あれ……」

 俺はナナミの部屋が自動的に部屋内に配置したであろう、青い刀を見る。ナナミの視線は、それに追従しないが、求めた答えが返ってくる。

「はい……、同じ物です。人の場合は、同じ物が届きます。元々、二つ用意してあるんでしょうね。だから、最低の部屋なんですよ」

「アレを、俺にも使えるようにして貰う事って、出来るか?」

 俺の言葉に、ナナミは少し驚き、ヨミすらもその顔を上げてこちらを見たのが分かった。

「は、はい……。どちらにせよ使用者は固定なので、今あの刀を直接使える人はいませんが、オペルームを使えば……」

 困惑したまま説明を続けるナナミに背を向け、俺は部屋の隅に置いてある青い刀を左手で手にとる。

 さっきナムの部屋で一瞬手にとった時は、その感情の波の中にいて気付かなかったが、確かに手にした瞬間、持てないまでは行かないものの、振り回すには難しい程度に電気が走るのを感じた。

「あぁ、やっぱり駄目みたいだな。……皮肉な話だ」

 その刀をゆっくりと鞘に収め、鞘の部分を手に持つとその電流は止まった。


「すまないが、頼む」

 その刀左手に抱え、ナナミの方に近付くと、ナナミは少し困ったような顔をする。

「本当は、私がやろうと思っていました。ただすげ替えるのと誰かの力を付け足すというのはだいぶ意味が変わってきますから。でもお兄さんは……、お兄さん"も"引き継ぐ覚悟があるんですよね?」


 彼女が言うそれは、その武器を使っていた人間の遺志を引き継ぐという事だ。

 

 それが、大事な人の物であれば、尚更。本当ならば仲間の形見として、自分自身で引き継ぎたいだろうに、それをナナミは譲ってくれようとしている。

「ああ、約束を守るために。その刀を、俺に使わせてくれ」

 その約束の内容を、ナナミは聞かなかった。けれど、ヨミは顔を俯かせ、何かを思い出すように、ナナミに渡されたシーツの裾を掴んでいる。


「うん……、分かった! じゃあやりましょっか!」

 空元気だった、明らかな空元気。だけれど、この時ばかりは、そんなナナミに少しだけ感謝したかった。


「じゃあヨミ、行ってくる」

 俺がヨミに話しかけると、彼女は少し身体をビクつかせてから、こちらを見て頷いた。

「ちょーっと待っててね! あ! 冷蔵庫の中の物、何でも食べてていいからねー!」

 あえて明るく振る舞うナナミの笑顔に、ヨミも苦笑で返した。


 そして、ナナミが奥の部屋のドアを開ける。

そこは、見た目よりも小さい五メートル四方程の部屋で、その中心には仰々しい装置に囲まれたベッドがあった。

 ベッドの隣には、パソコンがある。バタン、とドアを閉めた後に、ナナミは笑顔を崩した。


「間に合わなかったんだね……。それに、ヨミちゃんのあの顔……」

ドアの外を指差して「外には聞こえないから大丈夫」と指で小さい◯を作ったナナミは、状況確認を含めて俺に会話を投げかけてくる。

 いつものようなよく分からない敬語が抜けて、少しだけ気の抜けた口調になっているように感じた。

「あぁ、一個しか無かった進化抑制薬の押し付け合い。ゼロとは医療フロアの薬品庫で分かれた。この後向かうのは、それの救出だろうな……」

「成る程」とナナミは少し難しい顔をしてから、ハッとして俺に謝った。

「そうだ、ホールのノッカー、ごめんね。どうしても私達二人だと倒せなくて、一旦近くに私の部屋を呼び出して様子を見てたんだ」

 そう言われて思い出す。思えばシズリの姿を医療フロアから戻ってきてから、見ていない。

「シズリはどうした?」

「シーちゃんは、入れ違いかな。何か調べたい事があるからって言って、自分の部屋に戻ったと思う。その時にホールのノッカーが全部ヤラれてたから、私がそっちに行ったって感じだね。というか、あんな状態のナムちゃん、どう捌いたの?」

 勘違いしているナナミをそのままにしておくのも良い気がしたが、正しい戦力把握の為に俺はその勘違いを正す。

「全部、ヨミだよ。一時的に進化が進んでた事もあったんだろうけれど、全部一発だった」

「あー……、そう考えると、ノッカーになっても理性さえあったらって、思わなくもないけどね。私は多分、前話した通り、もうほぼ人間じゃないから、番号的には危ういんだろうけど、何も予兆が無いあたり、セーフかな?」

 そう言いながら、ナナミはベッド横のコンピュータを操作している。

すると、ベッドを覆う機械の一部が大きく開いて、そこを指差した。

「刀、そこに入れてもらっていい?」

 俺は言われるがままに、機械の開いた部分に鞘から抜いた刀と鞘を一緒にを入れると、刀はその機械内に収納されていく。

「ただ、持てるってだけでいいんだよね? 右手を取り外して隠し刀! とかじゃないんだよね?」

 この期に及んで変なことを聞いてくるのだなと思ったが、思えば彼女の両手はそんなギミックになっているのを思い出した。それらも元々この施設の被験者の固有武器が元だったとするなら、そういった形での使用もこのオペルームでは可能だということなのだろう。

 もしかすると、自分自身の身体を武器にするという事もまた、彼女の浪漫なのかもしれないとも思ったが、流石に断った。


「ん、じゃあ分かった。この刀に登録されている情報の上に、お兄さんの情報に付け足すね。そこ、横になってもらっていい?」

 そう言われ、動かない右腕を庇いながら、ベッドに仰向けになる。


「この感じだと、五分かな。一応、これ用の麻酔を打つから痛みは無いけど、気持ち悪さは勘弁してね? じゃあ、オペを開始します。これ言ってみたかったんだよねぇ、いつも私だけだし」

 ナナミは悲しい時に無理に余計に明るい事を口走る傾向があるような気がした。流石にさっきまでは真剣だったが、自分に纏わる話はそんな風にぼやかしながら、密かに悲しんでいるのかもしれない。


 俺を乗せているベッドが動き、身体全体が大きな機械の中に取り込まれる。そこはひどく明るく、思わず目を瞑ろうとしたが、ありがたい事にすぐに目元は覆われて、光は感じなくなった。

「じゃ、行くよー」

 その声と共に、肩にチクっとした感触を感じる。


 すると右腕の重さが消えた。


 今、俺の右腕は切り落されたのだろうという実感が、嫌悪感と共に身体の中を巡る。麻酔を打たれた時から痛みは無く、重さが消えた直後からはおそらく右腕自体が無い。その後にプチプチとした感覚が腕の先を突き続ける。


 その気持ち悪さに耐えていると、急に右腕に重さが戻ってきた。


「はい、グーパー、グーパー」

 機械内部にもスピーカーがあるのだろう。聞こえてきたナナミの声に従って、右手を動かすと、確かに動く。

「よーっし、だいじょぶそうですねー。じゃあオペを終了します!」

 その声と共にベッドがまた動き出し、俺の身体はベッドと共に機械の外に出た。横になったまま不思議な気持ちで右腕を見る、あれだけボロボロだった右腕は、もう既に傷一つ無い状態の物にすげ変わっていた。拳を握るが、力も入る。


 全く違和感が無い、自分の腕のようだった。

「あはは、不思議ですよね。でも大丈夫、動きは完璧ですよ。ただ……」

 言葉を濁すナナミは、変わらず手を握ったり開いたりしている俺の右手を手に取り、俺の頬に当てる。それでやっと強い実感を覚えた。


――右手に、温度が無い。


「作り物に温度はないですからね。血流は通っているように見えて、断面部から別の物に変化しているみたいです。だから私は基本的に冷え冷えなんですよねぇ」

『作り物に温度はない』というナナミのその言葉は、俺を差して、また彼女自身を差している。

この瞬間から俺達は、同じ悲しみを背負う事になったのだ。


「女の子を……」

 その表情をどうにか崩したくて、俺が口を開くと、ナナミは不思議そうな顔でこちらを見た。

「女の子を撫でる時は、左手の方が、良いかも、なんて……、な……」

 言いながら、後悔をした。 ナナミのキャラに合わせようとすると、いつもこれだ。 思わず変な事を口走っては、笑われるのだ。


 だが、ナナミは少し吹き出してから、俺をからかう素振りが一切無い、満面の笑顔で笑う。

「あははは! 分かってきたじゃないですか! そういうことです、そういうことですよー! お兄さんもやるようになってきたじゃないですかー!」

 パンパンと俺の肩を叩いていて笑うその顔は、嬉しそうで、俺も思わず笑ってしまう。そうしていると、急にピタっとナナミは立ち止まり、黙ってこちら見つめた。その眼差しに困惑しながら眼を合わせていると、ナナミは頬を膨らませる。

「いま! いーま!! ここで撫でるのが!! 色男なの!」

 それは流石に、くさすぎやしないだろうか。

「でも、ベタすぎて減点の可能性も? あるんで! まぁいいでしょ!」

 結局、ナナミのテンションは高いところで落ち着いたようで、多少騒々しく感じながらも、ホッとした。


 その高いテンションのままのナナミが鼻歌混じりでベッド横のコンピュータを操作すると、さっき刀を入れた部位が音を立てて開いた。

「あれ? 色が……」

 ナナミは中を覗くと、不思議そうな顔をしながら俺にそれを取り出せと指示する。その刀を取り出すと、真っ青だった刀身の刀先から翠色の線が横に一本入っていた。

「多分、お兄さんの情報を付け足す過程で、この刀も微妙に作り変わっちゃったみたいで」


 ナムが、この刀を使うことを許してくれたかのように思った。俺に引き継がれた彼女の想いが、刀に色を差したのだと、想いたかった。

「でも、綺麗でいいですね! それでお兄さん、この刀、名前はどうするんです?」

 

 名前は、もう決まっていた。少しだけ、照れくさいが、この部屋に入って、この刀を使う決心をした時から、決めていたことだ。ヨミにだけは、少し言いたく無いが、きっと分かってくれるだろう。


「『青刀イスルギ』石を動かすと書いて、石動」

 その名前に、ナナミは意外そうな顔をして驚く。

「意外、パッと出てきましたね。決めてたんですか? なんかの名前なんです?」

 食いついてくるナナミに「内緒だよ」と言いながら、青刀イスルギを鞘にしまい、右手にしっかりと持つ。

彼女は自分の名字を嫌っていたみたいだけれど、俺の知っている石動はアイツしかいない。


 遺志は、もう動かない。


 それでも、それを引き継ぐ事が、俺に与えられたナムの最後の願いであるなら、俺はその遺志を、意思を、この刀を以て答えたい。


 ドアを開けたナナミの後について、オペルームからヨミのいる部屋に戻ると、もうヨミは泣き止んでおり、弱々しい笑顔でこちらに手を振った。そして、俺の右手と、その手の先の刀を見て、何かに堪えるように目をつぶった後に、さっきよりも少しだけ朗らかに笑った。


――大丈夫、この子は守るよ。


 作り物の右手に伝わる刀の重みが、少しだけ切なかった。

左手の鞘に刀を納める時に一瞬だけ、翠色の線が煌めいたような、気がした。

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