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DAYS4 -6- 『お揃いですね』

 勢い良く開けられるドアに押し飛ばされないように俺は一旦後ろに身体を引く。そして、そのドアを開けたナムの手を見て、医療フロアに行く前の休憩時間を呪った。


――明らかに、左腕が肥大化している。


「あはは、ナムちゃん……。お揃いですね……」

 右足が赤く肥大しているヨミが自嘲気味に笑う。ナムは虚ろな目でヨミを見つめ声にならない声を上げていたが、俺の目を見た瞬間に、初めて会った時を思い出すような、首筋に飛んでくる刃の気配を感じた。


 俺はナムと会う度に首を飛ばされかけてるなと思った。

 それも、その度に近くにいた女の子に命を救われている。


 そんな自分がどれだけ惨めだったかは、思い出したくもない。 けれど、前とは違い、もうその刃の動きは分かっていた。ヨミに当たらないという事も、それに俺に当たらないという事も。


――今度は、躱せる。


「取れる首は一つでも、三度目は無いからな、先輩!」

 身体を屈め、右斜め下から切り上げられる刃を避けながら、ナムの腹部に掌底を撃ち込む。その勢いでナムが部屋中央まで吹き飛ばされるが、上手く踏ん張って転ばないようにしている辺り、まだ知能はしっかりと残っているようだ。

「それに、ノッカーに獲物は扱えないもんな!」

 刀をぶらつかせているナムに向かって、俺はヨミと共にナムの部屋に乗り込む。どうすればいいか戸惑うヨミに、そっと声をかけた。

「発作であれば数分の辛抱。でも、とりあえずヨミは様子を見ていてくれ」


 そう伝えるとヨミはコクリと頷いて、ドア前に立つ。ゼロと来た時にノッカー化しかけていたナムはしきりにドアの外に出たがっていた記憶があるから、立ち位置も丁度良い。

それに何より、あのギミック付きの銃弾で撃たれては敵わない。今のナムが人間であれ、ノッカーであれ、急速進化の餌食にさせるわけにはいかない。

 

 俺は一歩進んで強がりを言い、構える。

「さあ、三ラウンド目は正真正銘二人きりだ。思い切りやろうぜ」

 ナムが持つその刀と技術、半ノッカー化による肉体強化、そうしてそもそもの戦闘センスの差で、俺が不利なのは間違い無い。

 

 それに、俺は彼女を殺せないが、向こうは俺を殺せるというハンデもある。だとしても、此処で無様に殺されちゃ何の意味も無い。


 刀を下段に構えて突進してくるナムに、俺はグッと距離を詰める。

そして彼女が刀を振り上げる寸前、手元に向かって思い切り蹴りを入れた。

 

――まずは、この刀をどうにかしないと。

 

 確実に、しかも強く当たったという感触、だが彼女の刀はその手に固定されているのではないかと思う程に微動だにしなかった。余程その刀を握る手の力は強いらしく、単純に俺を斬り上げる為の振り上げを妨害しただけで終わる。


 それでも俺は彼女の身体の軸がズレたその隙に腕を掴み、壁の方へと彼女の身体を思い切り叩きつけた。

 

――はずだった。

 

 そのつもりだったのだ。だが、叩きつけられる音が聞こえたかと思った数瞬後に刀が眼前に迫っている事に気付く。

「リングの上じゃないんだからさ……!」

 しゃがみこんで躱したが、ナムは壁に叩きつけられる前に体制を変え、壁を蹴りこちらへと跳躍してきたのだ。

 前回戦った時よりも強く、より異常になっているのは間違いが無かった。


 しゃがんだせいで隙が出来た俺の背中を、ナムが振り返り様に斬りつけたであろう事が痛みで分かる。


 もう、感覚の青の力は殆ど切れかけていた。それよりも少し後で使った力の赤だけで、ナムがはっきりと我に返るまで持ちこたえられるかは分からなかったが、とにかく、死ぬ前になんとかするしかない。


 だが、そんな中でも一つだけ気づいた事がある。不思議な事にナムはヨミに対して全く興味を示していないのだ。ゼロと一緒に来た時はゼロにも意識がいっていたはずだが、あの時はゼロも攻撃行動を取っていた、それにしたって、何もされないから何もしないという事は無いだろう。

 

 もしかすると、彼女の優先行動の一つとして、ヨミを守るという事でもあるのだろうか。そう思い、ドア付近にいるヨミの元へ数歩近付くと、ナムは声にならない声を上げながら俺に飛びかかってくる。そのスピードは、試しにヨミに近付いてしまったことを後悔するくらいに素早く、右太腿から血が溢れるのを感じた。


――愛のようなものが、壊れた理性を抑えている。


 そう言っても、ヨミに近づく全てを殺しにかかるのでは、話にならない。だがなんとなく、人間がノッカーになった後に取る行動については納得してしまった。


――患者の病室は、ノックするもんな。


 俺はヨミから距離を取ると、その行動がナムの精神状態に大きく影響を与えるようで、薄れかけている感覚の青でも一瞬だけ敵意の喪失を感じた。それにはドアの前で見ていたヨミもなんとなく気付いたようで、絶句しながら見ていたままだったヨミもナムに声をかけ始める。

「ほらナムちゃん! 私ですよー! 起きてー!」

 自分自身も発作が始まりかけていて辛いだろうに、おそらく頭の中は色んな感情が渦巻いているだろうに。ヨミは、さっきまであれだけ感情をあらわにしていたのを抑え、普段の柔らかめな雰囲気でナムに話しかける。


 少しだけ我を取り戻したのか、ナムは一瞬立ち止まるが。 俺の存在がやはり気に入らないらしく、刀を構え、俺と対峙する。駆け寄ってくるナムの刀を避けながら、合間合間に拳を入れようとはするものの、変わらない守勢に、体中が傷だらけになっていく。


 致命傷こそ避け続けている物の、それでももう長いこと持ちこたえられそうも無い。大振りの一撃が腹部に掠め、そろそろまずいと思った時に、ヨミが大声で叫びながら、こちらへと近付いてくる。

「ストーーーーップ!」


 いつか聞いたようなその言葉に、もう一度ナムは立ち止まった。それはまるで、ムクの声にゴウが立ち止まっていたあの時と同じ様な印象を受けた。


「おにーさん、ボロボロじゃないですか。いくらなんでも、これ以上は見てられないですって……!」

 俺とナムの間に入るヨミ、それを黙って見ているナム。 やっと正気に……、と思った瞬間に、ナムが今までには無い大きな叫び声と共に、数歩後ろに下がる。その時に見えた赤い腕の状態は部屋に入った時よりも酷く、音が聞こえるかと思う程に脈打っていた。


 そうしてナムは、目の前にいるヨミが見えないかのように、真っ赤な目をしたまま、俺に向かって刀を突き刺そうとしていた。


――だけれどその間には、ヨミがいる。


 ヨミが避けるには、もう遅い。突き飛ばしたなら、俺が避けられない。

だから俺は左手でヨミの肩を引き、その刀めがけて、右手を伸ばした。

右腕に力を入れ、刀の射線上に突き出す。

「グッ……、痛ゥッッ……ウゥゥゥウ!!!」

 刀は俺の右腕の中を通って行く。貫通してしまえば、今の状態のヨミにならば当たってしまう可能性がある。

 俺は全ての力を右腕の筋肉に集中させ、なんとか体内で刀を止めようとするが、虚しくも刀は俺の右腕を貫いて身体の外へと刃先が抜ける。


 ナムにヨミを傷つけさせるのだけは、ダメだ。こんなの、ナムは死んだって後悔し続ける。

俺は左手で刃先を掴む。そうしてやっと、両腕の激痛と共に、ヨミの眼前で刃は止まった。だがそれでも、その刀の先は、ヨミの頬を掠ってしまっていた。

「ナム……ちゃん……」


 ポタリと落ちる血液はきっと、今までのどんな傷よりも、痛いはずだ。


「あぁ……、後悔しか、ないな」

 痛みに耐えながら、右手の感覚が薄れていくのが分かる。左手の傷は掌だけだが、右手については腕の中身を思い切り貫かれ、裂かれている。これはもしかしたら使い物にならないかもしれないが、力の赤ももう切れる。

 

 そもそも、血を流しすぎた。俺という生命が退場の頃合いかと思いながら、未だにその刃に力を込めようとしているナムの顔を、ヨミがじっと見ている事に気付く。

 

 後ろからは、その頬しか見えないが、頬には血か涙か分からない、赤い液体が伝っていた。それを見たナムの表情が、怒りから、少しずつ恐怖に変わっていく。そして、俺の腕に込められた力が抜けた時に、やっとナムの発作は治まったようだった。

 

「あれ……、私……」

 ナムが言うやいなや、ヨミはその銃の持ち手で思い切りナムの肥大した腕を叩きつけた。

「痛ッ!!」

 ナムはそう言いながら、思わず持っていた刀を、手から離す。だが、その刃は俺の左手が握ったままだ。地面に落ちない刀を見て、ナムはカタカタと震え始めた。

「あ、あぁ……、私、また……」

 俺は刃を握っていた左手を離すと、カランという音と共に、血に濡れた刀が落ちた。

「まぁ……腕一本と引き換えだけど、初めて……引き分けくらいには出来たかな……」

 無理に笑ってみせるには、痛みが酷すぎた。だが死が近付いてくるような感覚は無い。味わった事も無いが、おそらく、まだ身体の中に前使った生命の緑の力が残っているのだろう、出血は少しずつ止まっていくようで安心したが、右腕自体の機能を回復させるまでにはいかないようで、右手で拳を作ろうとすることは出来なかった。


 だが、今大事なのは、そんなことではない。俺は、左ポケットに入れたままのゼロから託された注射器を取り出す。


「じゃあ……、話をしよう」


 今から始まるのは、現実の痛みよりも耐え難い、悲しい舌戦。


「これを、どちらに使うべきかっていう、不幸せな話を」


 それがたとえナムの為に取りに行ったものであっても、ナムが目の前のヨミの状態を見て、自分に使えと言うはずが無い。そしてヨミも、自分に使えなどと、言うはずが無いのだ。


 痛みが身体中を駆け巡っている。だが、これから始まる現実の痛みに比べたなら、それすらも些細な痛みに思えた。

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