DAYS4 -5- 『これが、ノッカーかぁ』
三人で歩いて来た道を、二人で駆ける。
時折、視界に入るノッカーは、右拳が砕いた。
盾持ちノッカー等がいて一瞬立ち止まることがあっても、ヨミがその異形を撃ち抜く事で、事なきを得た。精度は百発百中と言っても良い。俺の後ろで進む道をナビゲートしてくれているヨミは、俺が一撃で倒せないノッカーが来るやいなや、その銃で相手を撃つ。
その行為を危うく感じたのは最初の一回までだ。それは俺の杞憂に終わり。ヨミは、ちゃんと俺が意識して銃の射線から意外れた事を確認してから、即座に銃を撃っている。俺の動きをちゃんと見た上で、敵の動きも見えているのだ。両手で握りしめていた銃も、最早左手で地図を見ながら、右手だけで使っている。
新たな武器は彼女にこれ程の自信と強さを与えるのか等と考えていると、十字路に辿り着く。真正面にノッカーはいなかったが左には大型ノッカー、右からは通常の人型ノッカーが見える、ヨミが右へと駆け出すのと同時に俺が一歩後ろへ引くと、ヨミは右から襲い来るノッカーの合間をすり抜けて、そのノッカーの背中側から皮膚が薄くなっているノッカーの手を目掛けて、銃弾を撃ち込む。
その銃弾は、一体目のノッカーを貫通し、二体目の大型ノッカーにも確かに掠った。彼女には眼の前のノッカーの手と、通路の向こうにいる大型ノッカーが重なって見えたのだろう。二体のノッカーが倒れる。彼女の固有武器はもう、ノッカーに対してはそれだけで充分なのだ。
奥側にいた大型ノッカーが、その異変にもがくが、もう遅い。数秒後には床に伏せていた。 ヨミは「こっちです!」と言いながらそのまま彼女が進んだ方に駆け出す。余りに急いでいるのを見て不思議に思いながらも、確かにこの状況は急いで打破するのが最適だと思い、ヨミより前に出て、ナビゲートを待ちながら目の前に立ち塞がるノッカーを蹴散らしていく。
――思えば、強くなったのは俺も同じか。
明らかに、力の赤の使い方や感覚の青の使い方に慣れが出てきている。 それ以上に、これらは使えば使う程にその効力を増すかのようだった。だから、もう大型ノッカーが目の前に立ちふさがっても、俺はひるまずに拳を叩きつけられる。
「そろそろですっ! そこを右!」
どう見ても焦っている声のヨミに言われ、丁字路を右に曲がると、今まで見たことのないノッカーの姿が目に入った。
「ストップ。見たこと無いヤツだ」
その後ろに少しだけ開いている扉が見えた。間違いなく、俺達が目的としている扉だ。
だが、そのノッカーは、通路を塞ぐ程に巨大で、その姿全体が軟体動物のように崩れており、拳の打ちどころの無い身体をしていた。そしてどうやらコイツは、通路前に倒れていた盾持ちと大型を取り込んでいるらしい。
大きな口の中に、大型の目玉が見える。それを覆い隠すように、見え隠れする大きな盾のような部位。
「面倒なのがいるもんですね……。まぁ、今まで会わなかったのが幸運なんでしょうけど……」
変わらず、何かに急かされているようなヨミの口調は、珍しく少し苛立っているようだった。
「とりあえず、一発」
俺に言ったわけではないだろうが、ヨミは吐き捨てるようにそう言い放ち、軟体ノッカーとも呼べそうな、不快な柔らかさを持っていそうな肉塊に銃弾を撃ち込む。その大きな身体に鈍間な動き、銃弾を撃ち込むことは容易なのは見て取れた。
だが、銃弾が当たってから五秒、十秒待っても、その軟体ノッカーに絶命の気配は無い。思い通りにいかず、手元が狂いそうになるのを抑えながら拳銃に銃弾を込め直しているヨミに向かって、俺はノッカーの口の中を指差す。
「食って、耐性がついている。みたいなものかもな」
俺がそう言うと、ヨミもその口の中で蠢く目玉に気がついたらしい。
「あぁ……、成る程ですね……」
ヨミは、いつも聞いている声とは似ても似つかない、冷ややかな声で呟いた後、軟体ノッカーの口の中に銃口を向ける。
「要は、目玉を撃てばいいんですよね。それはもう、慣れました」
引き金が引かれる。火薬の弾ける音の数瞬後、軟体ノッカーがその身体の動きを激しくし、口をパクパクと開いては閉じるを繰り返している。
「邪魔が無くなったので、次は直接」
何をしているか、全く読めなかった俺は感覚の青を走らせる。 すると、軟体ノッカーの口の中にあった目玉に、斜めに銃弾が突き刺さっている。 そして、それを守る盾には、傷。
――跳弾を当てたのか?
ヨミは、あの見にくい口内の中で、跳弾によって急所であろう目玉に傷をつけたというのだろうか、その力は、もう簡単には説明のしようがなかった。 銃弾のギミックや、自信では説明がつかない。
――彼女自身の能力が、劇的に進化している。
悪い予感が、体中を駆け巡る。ヨミが、ノッカーの口内にある目玉に向けて、もう一発銃弾を撃ち込む。その銃の反動を、片手で受け止め、すぐさま撃鉄を起こし、もう一発。その全てが、口内の目玉、一点のみに集中して命中していた。いつの間にか一発で十分な事も忘れているように見えた。
音も無く、その場で動かなくなる軟体ノッカーを倒せたことを喜びもせずに「早く行きましょう」と目的はドアへ向かう彼女の足を見ると、赤く腫れ上がり、明らかにその付近は少女の物とは思えないような力強い筋肉が見て取れた。
――まるで、俺が力の赤を使った時のように。
ネズミが病原菌を振りまくケースがある事くらいは知っていたが、まさか、まさか、こんな事があっていいのか? あのネズミの噛みつきが、ノッカー化の進行を早めたというのか?
そうだ、俺は先導していた間、彼女の歩幅や走る速度等、少しも考慮出来ていなかった。
力の赤によって、人並み外れた速度で走っていたのにも関わらずだ。なのに、彼女が俺の後ろをずっと付いてきた事は感覚の青で気付いていた。どうして、その異常に今まで気付かなかったのだ。彼女が、俺に少しも遅れずについて来れるわけが無いのに。
――明らかに、ノッカー化が、始まっている。
挟まっている木片の間に足を挟み、医療フロアと居住フロアの間のドアを開ける彼女の横顔を見て、俺は絶句する。俺は、どうして彼女のその顔をゼロと分かれてから一度もしっかりと見なかった?
というよりかは、だからこそ異常を感知して彼女は俺を先に行かせたのか? ヨミの目が、赤く、赤く染まっている。
俺のその顔を見て、ヨミはやっと気付いたかと言わんばかりに、溜息を付く。
「歩幅と、相手を見ないのは、お兄さんの悪いトコですけどね。今日だけはありがとうって感じです。分かっているから何も言わないでください。まずは、ナム先輩の所へ」
何も言えず、ヨミの後ろについて、居住フロアに戻る。 だがそこもまた、地獄のような光景だった。 血まみれのホールに、傷は負っているものの立ち往生している盾持ちが二体、それと、さっき見たばかりの軟体よりも大きな身体をした軟体ノッカーが一体。
「ほったらかしじゃないですか!! もう!!」
怒りをあらわにしたヨミは、盾持ちに向けて銃弾を撃ち込み、倒れたことを確認する前に、軟体へ向かって残りの銃弾を全て発砲した。それでもカチ、カチとトリガーの音だけが鳴り響く。
おそらく、さっきの軟体ノッカーはヨミの銃弾を受けたノッカーを取り込んだ為に、耐性が出来ていたのは間違いない。だから一撃で倒せず、内部に取り込んでいる死んだノッカーを通して異常なまでの進化薬を送らなければいけなかったという事を、ヨミはおそらく理解出来ていない。
それを理解していたならば、同じ見た目の軟体ノッカーであっても一発で十分なのだ。現に、今初めてヨミの銃弾の効力をその身体に取り込んだ軟体ノッカーは、盾持ちと同じく数秒後に動かなくなった。
おそらく、ヨミはもう既にノッカー化が進行している事によって精神が不安定になっている。 ナムの時と同じだ、溢れる苛立ちを隠しきれなくなっている。
「ほら……、おにーさん……。行くよ……」
肩で息をしながら、ヨミはその銃に銃弾を込める。
今倒したのが部屋開きのノッカーであれば、その必要はもう、無いというのにも関わらず。
全速力で駆けるヨミのスピードに、俺は力の赤で筋力が上がった状態でも追いつく事が出来ない程だった。
「これが、ノッカーかぁ……」
そう呟くヨミの朧げな声を感覚の青が拾う。何よりも、聞きたい言葉だった。
だが、朧げに見えたヨミのその意識も表情も、ナムの部屋に辿り着くやいなやしっかりとした物になりとして、ヨミはナムに向けてハッキリと呼びかける。
「ナムちゃん! ナムちゃん! ヨミです! 開けてください!!」
その声と、ノックに、返事は無い。
「薬、持ってきましたから! 私にバラしたのはおにーさんですから、気にしないで開けてください」
その声に、部屋の中でドタバタと音がするが、変わらず、返事は無い。
「もう! 開けてください!! ってば!!」
ドン、ドンとヨミがドアを叩く。
そりゃ、見せたくないよな。
そりゃ、嫌だよな。
それに、俺もこんなの、見たくない。
「ヨミ、少し避けててくれ。俺が行く」
ドアの前を陣取っているヨミに避けてもらい俺は、ドアを軽く、ノックする。
もし、ナムがもう、人間の心を忘れかけていたとしたら。
もし、最悪な状態が待っているのなら、これで、このドアは開く。
ノッカーが、その進化前の行動に即した行動をするとしたら。
ノッカーもまた、思い出せないだけで記憶を持っていた人間だったならば。
コン、コン。
ノックを続ける。
「おにーさん! 今はそういう場合じゃ……、あっ」
コン、コン。
ノックの音に、ドアの解錠音が鳴る。
向こうからの言葉は、まだ聞こえない。
ノックの音は、ヤツラが来る音だと、目覚めた時に深く刻まれているのなら。 彼女なら、たとえどんな状態だって、刀を持って、飛び出てくるだろう。それがノッカーであっても、俺であっても、きっとその刀で斬るのだろう。傷つくのは構わない、だけれどヨミを傷つけさせるわけには、いかない。
俺はいつ効力が無くなるかも分からない薬液の力がもう少しだけでも保ってくれと願っていた。




