DAYS4 -4- 『ずーーっと、反抗期だ』
揺れるコウモリの成れの果て、蠢くネズミの成れの果て。こいつらはノックをしない、だからノッカーというのは、少し違う気がした。
ひたすらに、この部屋で蠢いて、蠢いて、蠢き続けて、待っていたのだ。名をつけるならば何だろうかと思う間も無く、何十の目がこちらを見ている事に気付く。端的に言えば、人型ノッカーを人型と呼ぶなら、ヤツラはネズミ型とコウモリ型だろうなと思い、拳を構えた。
そうしてヤツラは久々の餌であろう俺達に向かって声にならない声を上げながら、地を走り、空を駆けた。
「私は人型を!」
部屋内にいるのはネズミ型とコウモリ型だけではない、どうせならば共食いしてくれるのが良かったのだが、そのあたりは上手くやっているようで腹が立つ。
ヨミが声を上げて人型のノッカーに狙いをつけ、その手に持った銃の引き金を引くが、その銃弾は飛び回る一体のコウモリに阻まれる。
バサリとその身体が落ち、おそらくは感覚の青でしか聞き取れないレベルの音波を発しながら床に落ちるコウモリ。
銃弾は貫通するかと思えば、そのコウモリの質量はタダのコウモリと呼ぶにはサイズが段違いで、その身体は銃弾を止めるには十分な程の厚みになっていた。
「よく飛べるもんだな……」
ネズミもそうだ、サッカーボールくらいの大きさまで膨らんでいるが、その爪は鋭く、長いはずの尻尾はほぼ見えない程になっている。それなのに、素早さは失っていない。
「あぁ……、これは多分、もったいないですね!」
ボヤくヨミを尻目に、俺は力の赤が体中に回るのを感じ、一歩前へと進み出る。 感覚の青を使わずに、目視で敵対生命達を確認する。二十メートル四方程の部屋に、人型五体と、獣型がざっと三十匹。
助かったのは、遮蔽物が殆ど無いという事。 薬品庫と言う割には、物が殆ど無いのだ。紙で出来た箱の様な物が散乱しているだけで、机や棚等の邪魔な物は殆ど部屋の隅に寄せられていた。まるで、この部屋が戦いの為に作られたホールかのように。
「俺とゼロが雑魚を蹴散らす! ヨミは合間を見てデカいのを!」
足元まで迫っていた群れの中で一番早いネズミの成れの果てを蹴り飛ばす。
――残り六体と、二十九匹。
人型ノッカーを守るように飛んでいるコウモリの群れに入り込みながら、右拳を叩き込む。合間に、一匹のコウモリが右拳に当たったが、そのコウモリ毎人型ノッカーの頭を殴り飛ばす。
――残り五体と、二十八匹。
人型が倒れたと同時に、俺の周りにいたコウモリ型は分散して、一旦天井付近へ逃げ帰った。どうやら格付けは済んだようで、防衛本能のような物が働いているらしい。ゼロとヨミの方を見ると、ゼロはそのギミック付きの短刀を器用に使って、通常では届かない距離を飛んでいるコウモリ型を突き刺し、そのまま伸びた刃を振り回してコウモリ狩りをしている。
その足元に迫っているネズミ型数体を、俺が駆け寄り蹴り飛ばすと、ゼロは息を切らしながら、小さく「ありがとうございます」と呟いた。
俺がネズミ型を、ゼロがコウモリ型を牽制している間に、ヨミの銃声が響き、人型が一体地に伏せた。
――残り四体と、二十三匹。
ヨミの方を見ると、変わらず彼女は扉の入り口付近から、人型の中でも厄介そうな大型ノッカーに狙いを定めている。だが、大型ノッカーもそれを知ってか知らずか、動き回りながら俺達の方に敵意を向けてくる。
ヨミはその度に銃口を俺達に向けまいと他の人型ノッカーに銃口を向ける。だがその銃弾の性質故に、余程がら空きで無ければ簡単には銃が撃てないのだろう。慎重深く俺達と人型ノッカーの距離を測っているようにも見える。
俺の拳の一撃や、ゼロの短刀の一突きで絶命する獣型に銃弾を使うのは得策では無い、無いのだが、少し出し渋りかもしれない。
だからこそ、足元に近付いているネズミ型にヨミは気付けなかった。
「ヨミ! 足元!」
ここからだと俺もゼロも間に合わない。俺はヨミに向かって叫ぶが、その声に気付いて引き金を引くまでの一瞬の間に、ヨミの足はネズミ型の爪によって傷が付く。痛みは感じないはずだが、ヨミは心底嫌そうな表情を浮かべてネズミ型を蹴り飛ばし、そのまま宙に浮いたネズミを拳銃で撃ち抜き、ネズミは地面に落ち、天井に穴が開く。
「すいません! 油断してました!」
俺は手を上げてヨミに合図し、ヨミの周りにこれ以上危険が無いかを確認しながら、上げた手をそのまま近くに寄ってきたコウモリ型に当て、地を這うネズミ型の上に拳ごと叩き落とした。
ゼロの刃も動きが少ないコウモリ型には有効のようだが、常に地を這いまわるネズミ型には一々刃が地面に刺さってしまうようで、難儀しているようだった。
俺はなるべくネズミ型に注意しながら、ヨミの方を向いている大型ノッカーに向かって駆ける。向こうもどうやらその意図には気づいたようで、動き回るのをやめて俺の一撃に備えているようだった。だが俺はその一撃を放つまでの合間に一匹のネズミ型を高く蹴り飛ばし、大型ノッカーの近くに止まっていたコウモリ型に当て墜落させる。
一歩、二歩、三歩、四歩目。
丁度足元に落ちてきたコウモリ型を、改めて蹴り上げて大型ノッカーの顔面を塞ぐの同時に、俺の拳がコウモリ型ごと、大型ノッカーの大きな目玉がある場所を右拳で撃ち抜く。
俺から一撃が来るのだと理解は出来ても、こんな芸当を予測出来る程の知能は、おそらくノッカーには無い。
見えていた奇襲とも言える一撃で後ろに倒れ込む大型ノッカー。俺は身体をネジリながらノッカーの目玉から引き抜いた拳で後ろに迫っているコウモリ型を裏拳で叩き落とす。
もうこいつらの声で、俺の青は途切れない。
倒れた大型ノッカーの目玉を右足で踏み潰し、絶命を確認した俺は感覚の青を走らせ、正確な数を把握する。心音から、その数の把握は容易だった。
記憶するには手間だろうと思ったが、それも今は感覚の青と力の赤を同時使用しているせいなのか、効力が増しているように思える。だから正確な数を数えるくらいは造作も無い。
――残りは人型が三体と、獣型が十五匹、その内ネズミ型が七匹にコウモリ型が八匹……七匹。
「ヨミ! ゼロ! 大丈夫か!」
俺が振り返って声をかけると、ゼロは変わらずコウモリ型の撃退を続けており、ゼロはそれによって狙いが定めやすくなった人型を撃ち抜いていた所だった。残る人型は大型が一匹。それもやや戦意を喪失しているようにも見える。
「大丈夫です!」
「大丈夫ですよー!」
同時に発せられる無事の知らせに、安堵しながら俺はまだ多くそこらじゅうを這っているネズミ型を蹴り飛ばしながら、おそらくは一番驚異的では無いと判断したのであろうゼロに近付いていたもう一体の大型ノッカーに駆け寄り、両手を組んで背中に一撃を叩き込む。
膝を付いた大型ノッカーにヨミが銃弾を撃ち込む。人型ノッカーはこれで全て駆逐した。
後はゼロが突き刺す刃で、コウモリ型が一匹ずつ地に落ちていく。飛んでいる個体は俺が叩き落とした。ヨミは流石に銃弾を温存しているようだったが、それが正しい判断だろう。だが顔色が少し悪そうなのが気になった。
斬り、叩き、踏みつける。その内に、あれだけいた獣型の命の反応も消えた。
「ちょっとした、事件現場ですね……、銃も一杯撃ちましたし」
ヨミが丁度撃ちきった銃のシリンダーに弾を装填しながら、一息ついている。
「そんなレベルじゃな……、待て」
――残り、人型が一体。
ドアの方から、未だにある程度の警戒はしつつも、こちらに駆け寄ってくるヨミ。
だが、この部屋にはまだ、何かいる。俺の緊張している顔に、ゼロは何かを感じたのか、黙ってこちらを見て、俺の言葉を待っているようだった。
「いや、まだだ。何か、いるんだ」
俺がそう言うと、ヨミは不思議そうに部屋中を見渡す。何らかの気配は、絶えず部屋中を動き回っている。だが、その姿は感覚の青を使っている俺の目を以てしても見えない。
「ただでさえ見通せるこの部屋の、一体何処に……」
見渡せている、見渡せているのだ。倒しそこねているノッカーの姿も無い。だが、確かに何物かの気配が、この部屋をじわりじわりと、覆っている。
青を走らせても、まるでジャミングされているかのように、その気配にしか辿り着けない。あの激痛は、コウモリ型が出していた高音のせいだったのかもしれないが、単純に詳しい情報を感知出来なかったのは、この何者かのジャミングだった可能性もあり得る。
「何か、まずいのがいる気がする。俺の感覚が邪魔されていて場所がハッキリとしない。早めに取る物取って逃げた方が良いかもしれない」
そう言うと、ゼロは床で絶命している沢山のノッカーを避けながら、薬品棚のガラス戸の中を確かめていく。だが遠目からも分かるくらいにその棚は荒れ果てており、中身等見る必要がないに思えた。
「ヨミ、一応先にドア前まで行っててくれ」
いつの間に仕込まれたかは分からないが、そのドアにも医療フロア入り口にゼロがしたように、小さな木片が挟まっていることに気付いていた俺は、ヨミをドア前に待機させる。
そのくらいに、この不気味な気配は研ぎ澄まされた自分の身体や神経を蝕んでいく。おそらく嫌悪感というのが正しいのだろう。
ゼロが、薬品棚には目的の物が無いと諦め、机の引き出しを開けた瞬間、笑みを浮かべてこちらを振り向く。
――それと同時に、その気配は、天井を突き破り、ゼロの目の前に現れた。
ノッカーと同じ、赤い手が、ゼロの前に大きく開かれる。
だが、その存在はしっかりと衣服をまとっていた。
「テストは合格ゥ……。だけどそれ持ってくのは、ダメだよぉ?」
そして、ハッキリと声が聞こえた。何処かで、聞いた事のあるような男性の声に、一瞬嫌悪感で殴りかかろうとしてしまう。
「貴方は……ッッ!」
一瞬前の笑顔を忘れたように、ゼロがそのノッカーから距離を取った。
そして、引き出しの中に入っていたであろう注射器を一つ、こちらへ投げる。
「フタミさん! それ、頼みます!」
叫びながらゼロは言葉を話すノッカーに臆さず対峙している。
「頼むったって!」
俺も叫び返すと、言葉を話すノッカーは、注射器を目で追い、こちらに駆け寄ってくる。
「だから、ダーメだってぇ……」
そう言いながら近付いて来るノッカーの胸を、ゼロは後ろから短刀の刃を伸ばし、貫いた。その刃が刺さった事に対する痛み等感じないかのように、そのノッカーはこちらへ向かって来るが、ゼロが渾身の力でその刃の矛先を横にずらし、少しだけノッカーがよろける。
「私がドア、開くようにしていたの、分かってますよね!? こういうことです! 私は自分で開けられるんですから! 先に行ってください! 私はこの人……このノッカーと、話があります!」
叫ぶゼロに、どうしようか戸惑っていると、後ろからヨミの声が聞こえる。
「おにーさん! こういう時に迷う男は……、分かってますよね!!」
そうだ、だから、俺は此処に残らなきゃ。残って、戦わなきゃ。一歩前に出て、拳を握りしめる。
「違う! 今一番大事な事! ゼロちゃんの言うこと! ゼロちゃんがやるって言ってんですから! 信じなきゃダメですってば!」
その言葉に、ゼロが少しだけ笑みを浮かべる。
その後、伸びたままの刃を収め、もう一度こちらに駆け出そうとしたノッカーの足に向けて刃を撃ち込む、その刃は、先程ネズミ型に難儀させられていた時と同じ様に、地面に突き刺さるが、今度はそれが逆に好都合となり、ノッカーは体勢を崩す。
「私は大丈夫です! ヨミちゃん! フタミさんの事、頼みますね!」
「ガッテンですよ!」
俺の後ろまで駆け寄ってきていたヨミが、俺の手を引く。
「ヨミちゃん! あとこれ!」
そう言われて、ヨミがゼロの方を向くと、ゼロが今まで身につけていたカバンが地を滑ってくる。
デバイスはまだしも、地図は戻るのに必須だ。それ程までに、彼女は俺達をこの状況から逃がそうとしているのだ。だったら俺は、彼女を信じるしかない。彼女だって無策でこんな事はしないはずだ。ならばこの謎のノッカーについても、おそらくその存在を知っているのだろう。
「後でお返ししますね!」
その言葉に頷いたゼロは、笑顔のまま、後ろを向くノッカーに声をかける。
「所長さん! そんな姿でも生きているなら、話さなきゃいけない事あるでしょう?!」
その言葉に所長と呼ばれたノッカーは、顔だけをゼロの方に向け、気怠げに言葉を発する。
「あぁーー、耐性ちゃんかぁ……。……元気?」
そのノッカーは言葉は発しているが、その言葉には明らかに狂気が入り交じっていた。その狂気の目の前に俺は、ゼロを一人きりで置いていけと言うのか。
「おにーさん! 早く!」
そういうヨミに、早く出ろという視線を送り続けるゼロ。
だが、その二人の期待を、俺は一瞬だけ裏切る。
「ヨミ、すぐに行くからドア開けて待っててくれ、ついでに方向も!」
そう言って、俺はゼロから投げられた注射器を左ポケットにしまい、右ポケットの生命の緑を手に、ゼロへ駆け出す。
動けないままでいる所長と呼ばれたノッカーを横切り、ゼロの目の前まで到達すると、焦りながら何かを言おうとするゼロの首筋に、生命の緑が入った注射器を当てる。
「きっと数分、それに多分、数撃なら耐えられる。いいよな? 生きて戻るんだよな?」
俺のその言葉に、ゼロはハッと目を見開き、しっかりと強く頷いた。
「はい、必ず……!」
ゼロのその言葉を聞いて、俺は生命の緑をゼロに打ち込んだ。 多少の痛みがあったのだろう、ゼロは一瞬顔をしかめてから、俺に脱出を促す。
「さあ! 行ってください!」
その言葉と同時に、俺はドアへと駆け出す。 すれ違い様に、立ち止まったままのノッカーに一撃を入れようかと思ったが、それは俺の役目では無いと考えて握り拳を解く。だがその拳は、ノッカーの言葉によってもう一度握られる事になる。
「お父さん、悲しい、なぁ……。
キミはぁ、ずーーっっと、反抗期だ」
――お父さん?
すれ違い様にノッカーが呟いたその言葉に、俺は一瞬拳を握りしめ立ち止まりそうになる。だがドア前にいるヨミの「早く!」という声にドアへ駆けた。
ドアへと辿り着いた時にゼロの顔を見ると、その顔は笑っていると呼ぶにはだいぶ苦しい顔だったが、気まずそうに苦笑を浮かべていた。
――悪いな、知っちゃって。
「おにーさん先行で! 私が道をナビしますね」
ファイルを開いて地図のページを見ながらそう言うヨミがドアを開く。俺達が廊下に出た途端、医療フロア全体に大きな破裂音が響いた。何事かと思って振り返ろうとするが、そのドアはもう既にヨミによって閉められている。
「行きますよ!」
ヨミのその言葉をかき消すような声で「行かせないよぉ!!」という男の叫び声が、ドアの奥から聞こえていた。
感覚の青を走らせても、現実は変わらない。 そう、このフロアにいるノッカーの数は変わらない。 けれど、あのガラス張りの扉の中身が、外に出たのは想像に安い。
「行こう。目の前にいるのは全部蹴散らす。
ナビゲート、頼むぞ」
俺はヨミにそう言い、後ろも振り返らずに駆け出した。
――残り、人型が……。
数えるのをやめ、拳に力を込める。ただ、今の俺に出来る事は、目の前に現れたノッカーを薙ぎ倒すだけだ。後にこの廊下を通る事になる、ゼロの為に。




