DAYS4 -2- 『最強の固有武器だよ』
ゼロがドアを開け部屋に入る。
それに続いて俺とヨミは、シズリとムク、そしてゴウの三つ子が生活していたという部屋に入る。
そこは、三人で過ごすには余りにも小さすぎる、まるで通路と呼んでも良いくらいの小部屋だった。
俺達が今入ってきた入り口を除いて、ドアが二つ、おそらく俺達が入ってきた入り口の反対側にあるドアは医療フロアに続いているドアだろう。
もう一つのドアが気になり開けてみようとドアノブを触った所で、俺はさっきの事を思い出して手を離す。間違えたばかりなのにまたドアノブを握っていた。管理権限の無い俺はドアを開ける事が出来ないのだ。
「ふふ、部屋内部のドアは単純な内鍵なので平気ですよ」
どうやらゼロが俺のその動作を見ていたようで少しだけ笑っていた。
そう言われ、ドアノブを捻ってみると、確かに回った。
中は、自分の部屋でも見た洗面台と、トイレだった。
だが、その洗面台にあるものを見た途端に、急いでドアを閉めた。
ノッカーの死体とおぼしき肉片と、こびりついたままの体液が広がっていたからだ。
「おにーさん、どうしました?」
ソロソロと部屋に入ってきて、トイレにも入ろうとしていたヨミに問われ、思わず誤魔化してトイレのドアを締める。
「いや……、タダのトイレだ。でも、まぁ……」
「あ、デリカシー! デリカシーですよ!」
ヨミは何かと勘違いしたのか、少し頬を膨らませている。
そうか、そういえばこのトイレを使っていたのはシズリとムクだけのはず、そう考えると俺は女子トイレを急に開けたという認識にもなるか。
「そういうとこ、そういうとこなんですからー。もー」
流石にこのトイレの中は見せたくなかったので、興味がトイレから俺のデリカシーに移ったのは良いのだが、何とも不名誉な評価を与えられている気がしてならない。
相変わらず苦笑しているゼロに助け舟を出してもらうのも期待薄だったので、ブツブツ言うヨミの横を通り過ぎ、医療フロアに続いているであろうドアの横に立った。
というか助け舟が出ないという事はそれってゼロも同じような事を……と考えかけて首を横に振った。誓ってそういう趣味はない。
「俺の薬液は残り赤が一回、青が二回、緑が一回。直接戦力になれる赤が一回分しか無いから、基本的に大物か対多戦闘の時以外は戦力にならないと考えてもらえると助かる」
情けない話だが、残り一回の力の赤については使い所を考えないと本当に大事な時に何も出来ないという事に成りかねない。
「その代り、目的地までのノッカーの位置は任せてくれ」
そう言いながら、感覚の青の注射器を取り出すと、ヨミとゼロの二人は頷いた。
「私もここからは地図と記憶を頼りに行くしかありません。基本的には私が先導しますが、何かあったら教えてくれると助かります」
ゼロがいつのまにか手にもっていたファイルをカバンに仕舞うと、短刀が入ったホルダーの固定器具を外し、手をかける。
「特に、曲がり角ですねー。私のぴーちゃん、あーんどスーパーな銃弾がどのくらいの威力なのか分かりませんけど……、強いと良いなぁ……」
ヨミも銃弾のスイッチを入れるのを一々確認しながら、手に持った銃に弾を込めていく。
「じゃあ、開けます。フタミさん、状況確認、お願いしますね」
言われると同時に、ゼロがドアを開ける前に俺は左ポケットに入れてあった感覚の青を取り出して、右腕に打ち込む。
同時に、透き通っていく感覚が掴んだ気配に、寒気すら覚えた。
「ちょっと待った!!」
流石にまだ開ける気は無かっただろうが、ドアノブを掴んでいるゼロに向かって思わず大きな声を出してしまう。
自分の声に耳を塞ぎたい程の声に、ヨミは「わあぁっ!」と拳銃を放り出しそうになり、ゼロも「ひゃっ!」と言いながら思わずドアノブを手放す。
二人のやや冷たい視線を感じながら、もう一度外の気配に集中すると、その医療フロア全体に、この距離から分かるだけでも十数匹の生命の気配を感じた。
「悪い、簡単に分かるだけでも十数匹いた」
俺のその言葉を聞いて、二人からの冷たい目線は青ざめた顔へと変わった。
「まずドアを開けて、真正面数メートル先に、まず二匹」
俺の言葉を聞いた二人に緊張が走るのが分かる。 ただ、無駄に緊張させてしまったことを申し訳無く思った。
――そう、このパーティーには遠距離担当がいるのだ。
「ただ、よく考えるとヨミが銃弾を撃ち込んですぐに扉を閉めたら良いんだよな、大声出してすまない」
そう言うと二人は「もー!」と言いたげな顔でこちらを睨む、実際に一人は声に出ていた。
「悪い、あまりに沢山いるようだったから、流石にこっちも驚いて……。改めてゼロ、ドアを頼む。近場で分かるのは……、ドアを開けて真正面の二体以外はやや離れている。そしておそらく、そのうちの一体が大型という事だけ」
『大型』という言葉にヨミの身体が一瞬すくむが、手に持った拳銃の撃鉄を起こし、すぐに撃てる体制を作る。
「私が撃って、まずは銃弾の効果を見ます。丁度良い機会なので、ヤバそうだったら閉めましょう。出来ればそれぞれに一発ずつで、確実に当てられるように頑張ります」
ヨミも流石に意識を切り替えたようで、少し真面目な口調でそう言うと、ゼロは頷いてドアノブに手をかける。
「じゃあ、行きますよ。三、二、一」
言っている間にこの流だと"ゼロ"と言わなければ事に気付いたのか、ゼロは少し顔を赤らめ小さな声で「ぜろっ」と言ってドアを思い切り開ける。
それと同時に、ヨミが開いたドアの正面に立ち、拳銃を真正面に構えた。
その先にいるのは、大型ノッカーが一体と――
「盾持ち!?」
そう言いながらも、ヨミは大型に一発銃弾を撃ち込む。
その銃弾は無事、大型に命中して、大型はやや後ろに仰け反った。
「ああもう、もう。秋刀魚ちゃんでも斬れないのにー……。でもとりあえず、撃ちます!」
ヨミは愚痴をこぼしながらも、ドアが開いた事に反応してこちらへ駆け出した盾持ちノッカーの腹部を狙って銃弾を撃ち込む。
だがその銃弾は、腹部には当たらず、前に突き出された盾上の腕に弾かれた。
「ゼロちゃん! 閉めて!」
ヨミは急いで部屋の中に身体を戻すと、ゼロがその扉を閉めた。数秒後、ドンッ!と強い音がドアに鳴り響く。盾持ちノッカーがドアへと突進
「いきなりああいうのがいると、困るよねぇ……」
思わず素が出ているヨミと、自分の額に流れていた汗を拭うゼロ。
だが、ドアを閉める必要も、無かったかもしれない。
「なぁヨミ、やったな」
思わず、声が溢れる。
逆に言えば、早く気付いていたらという後悔もあるが、それでも、彼女は生きる事で、反撃の機会に恵まれたのだ。
「ゼロ、ドア開けていいぞ」
俺の声に不思議そうな顔をしているヨミとゼロだが、ヨミの方が先に気付いたらしく、顔がパッと明るくなった。
「おにーさん! もしかして……!」
シズリとムクも、早く教えてやれば良かったのに。それ程自分達以外の事に興味が無かったのだろう。
「あぁ、本当に助かった。今からこのパーティーの主戦力は、ヨミだ。多分ソイツは、ノッカーを相手にするなら最強の固有武器だよ」
外にいた二体のノッカーの鼓動は、ドアを閉める前に、もう消えていた。
ドアに当たったのは、おそらく勢いが止まらずにぶつかった盾持ちだろう。
尤も、ドアにぶつかる前にその命はもう消えていたはずだが。
「外の二体は銃弾が当たった数秒後には死んでいたと思う。とりあえず次のノッカーまでは、少し距離がある。この調子で丁寧に倒していけるなら、行けそうな気がする」
期待を込めてドアが開けられるのを待つヨミと、不安そうな顔をしながら恐る恐るドアを開けるゼロ。どうやらドアの前に盾持ちがいるようだったので、手を貸してドアを開けると、二人の表情は明るい物に変わった。
だがその明るさも少しずつ違う。
花が咲くように「やった! やった!」と小さく跳ねながら喜ぶヨミと、「良かった……」と安堵が含まれた表情のゼロ、その二人を見ながら、俺も少し笑った。
戦ってきたんだから、少しは報われなきゃな。この弾丸について気付かなかった事を仕方ないと言うには、少し勿体なさ過ぎるし、それで救えた命だってあったはずだ。勿論、それはヨミ自身が一度落としかけた命についてもそうだ。
けれど、あの銃弾のギミックに気付けたのは、データとして内部構造を知っている人間だけだっただろう。万が一、ギミックを知らずに発動していたとしたって、二度目にそれを行えるかどうか分からないぐらいの些細なギミックだ。
「そういえば、ゼロのデバイスのデータベースにその銃弾の情報は無かったのか?」
聞くと、ゼロは申し訳無さそうに頷いた。
「ごめんなさい……。対ノッカー用拳銃一式、としか……。色々な事がまとめられている分、詳細な情報は無いみたいです」
という事は、俺の薬液の組み合わせ等についても分からなかったのだろう。ゴウと戦った時のごめんなさいという言葉を思い出す。もしかしたら『ごめんなさい』という言葉が口癖みたいになっているのかもしれない。
「謝る必要は無いさ、今まで沢山助けてくれてるんだ。三人でこのフロア、なんとかしよう」
ゼロは俺の言葉に眼差しを強く頷く。
だが、彼女が部屋から出る時に、部屋を完全に閉じずに、間に何処からか持ってきた小さい木片を挟ませている事に、俺は気付いていた。
「三人で、戻るんだからな」
改めて念を押すと、ゼロは少しだけ申し訳無さそうな顔をしながら苦笑して見せた。
――笑うにしても、いつも困っているような顔をしているんだ、この子は。
隣にいるヨミは、興奮気味に今撃った分の銃弾の補充をしている。
「じゃあ、俺とゼロが先導して目的地とノッカーの位置を特定するから、ヨミは援護を」
今、そのドアを開けっ放しにした意味を問い詰めても仕方がない。ただ、三人で戻るのだ。
「あ、その前にちょっといいか?」
木片が挟んであるため容易に開けられるようになったドアから、俺は部屋の中に戻り、思い切りドアノブを蹴り飛ばす。二人はそれを怖そうに見ていたが、そのうちにドアノブが取れて、このトイレは使用不可になった。
「いやいやいや! 急にどうしたんですかおにーさん……」
「ちょっとな、あのトイレは使用禁止にした方が良い」
その発言でやっとゼロは理解が追いついたようで「成る程」と呟いていた。
「あれ? でも確かこの施設の設備ってそんな簡単に……」と続いたゼロの言葉はそこで止まり、俺の事をじっと見てから「何でもないです」と言って医療フロアへと戻っていった。
先導すると言った手前ゼロに先に行かれるわけにもいかないと、俺はもう誰も見るべきではない生活の一部が消えた事を確認し、未だ困惑気味にこちらを見ているヨミに「色々あるんだよ」と言ってゼロの元へと小走りで駆け寄った。




