DAYS3 -AnotherSide1- 『もし、アタシ達が』
『DAYS3 -7-』にて
フタミとゼロがホールに戻ってくる前に起きていた出来事
【シズリ視点】
カタカタと、キーボードを叩く音がする。この部屋は、部屋と呼ぶには、狭い部屋だ。正方形の部屋に、二つの出入り口と、個室トイレの為のドアがついているだけの、狭い部屋。
今でこそある程度の家具を揃えてはいるが、それらは自分達が密かに色んな部屋に行って集めてきた物だ。
部屋の端で、一人の成れの果てが黙って座り込んでいた。
"雪代業"
あんな姿だが、彼は私の兄さんだ。
成れの果てになって尚、私達の声が届くようで、制御可能な成れの果てとして、実験対象になっていた。業兄さんの隣には、彼と一緒に外に出る時の為の大きめのリュックサックが置いてある。元々小柄だった兄さんは、成れの果てになり、より洗練された細いが強いというような身体へと進化を遂げた。
そして、元々この部屋に置かれていたコンピュータデスクの前でキーボードを叩き続ける私と瓜二つの女性がいる。
"雪代椋"
私と瓜二つの彼女は、私の姉さんだ。姉さんもエボル現象では珍しい精神進化系の特殊例として、私と兄さんと一緒にディジェネに連れて来られた。姉さんがコンピューターを触っている時に話しかけるのは、未だに怖い。苛々していると怒鳴られそうで怖いが、実際に怒鳴られた事は無い。
「姉さん、兄さん、お食事の用意が出来ました。変わらず、粗末なものですけれど」
粗末とは言ったが、私達はどんな食べ物であっても、それが私達を生かす為の物であれば食事と呼ぶ。
――それが、何であっても。
私は、皿に乗せただけの携帯食料を、姉さんのデスクの邪魔にならない所に置く。
そして、姉さんがよく使っているノコギリで切り取ったノッカーの腕を皿に乗せて兄さんが座っている部屋の隅に置いた。
「シズ……、アンタ。 これが最後の晩餐かもしれないってのに、もう少しマシなのは無いわけ?」
こちらも見ずに、姉さんは携帯食料を手に取り、食べる。姉さんは私の事を『シズ』と呼ぶ、私が本当の名前を呼ばれる事を嫌っているのを知っているからだ。
私の本当の名前は"垂"と書いて"シズリ"と読んだ。
"雪代垂"
落ちこぼれの、一番下の妹。姉さんのように、コンピュータを使い、調達出来る範囲の物で成れの果てを捕まえる罠の設計図を作るわけでも無い。兄さんのように、多大なる戦闘力の上に、私達の声が届くわけでも無い。
私はただ、未来予測というつまらない精神進化をしてしまった、役に立たない妹。
予知では無いからより質が悪い、状況を見て今後起こり得る可能性を瞬時に想像出来るというだけだ。その予測も100%というわけではない。
私は、雪代という名字も相まって、木から落ちていく雪を想像してしまって、この『垂』という名前が嫌いだ。
姉さんの"椋"という名前も、好きではないし、兄さんの"業"という名前なんて、皮肉も良いところだ。
姉さんを名前で呼ぼうとする度に、椋木を想像して、木から滑り落ちて解けていく雪を思ってしまう。
ただ、生息地を考えて、椋木に雪が積もる事は無いのだけれど。
兄さんをリュックに入れ、背負って食事に連れていく度、そのくだらない言葉遊びの事実に笑えてしまう。
『業を背負う』なんて、私はなんてバカなことをしているんだと、思ってしまうのだ。
物思いに耽りそうになっている自分の精神を奮い立たせ、言葉を選んで姉さんに言い訳をする。
「ご、ごめんなさい……。ですが、残りは姉さんが嫌いな味でしたので……」
そう言いながら、姉さんの背中を見て、返事を待つ。
どうやら、返事は無いようだったので、私は兄さんに「どうぞ……」と言うと兄さんは私が皿の上に置いたノッカーの腕を、指の部分から器用に骨の部分を避けて齧りついた。
「まぁ、そんな暗い顔してもしょうがないんじゃない? そのうちこうなるって、分かってたでしょ?」
姉さんがキーボードを叩く手を止めて、私の方を振り向き、苦笑する。
その時にチラリと見えたコンピューターの画面は、真っ青なデスクトップ画面が表示されているだけだった。
「温かったよ、この半年。でもさ、自由に暮らせて良かったと思わない? 誰の手も借りずにさ、自分達で生きてきた。だから、アタシ達がそれを一日でも伸ばす為には、ヤらなきゃ」
姉さんがさっき私がノッカーの腕を切り落とすのに使ったタダのノコギリに目をやった後に、私の顔を見て笑う。
「弟くんが生きていけない未来なんて、アタシはいらないよ。ね、弟くんもそう思うよね?」
その言葉に、姉さんの笑顔は私では無く業兄さんに向けられていた事が分かる。
分かるというか、分かっている。姉さんは、私を通して兄さんに笑顔を向けているのだ。
何故ならば私達がディジェネの実験対象に選ばれてから、姉さんは兄さんを生かすという事が、生きる目的そのものになってしまっていたのだから。
「そろそろ、行かなきゃ。図書館で起きたヤツが、管理者権限持ちだからね。此処を通らなきゃ生活フロアから先へは進めないし、私達は此処を通せない。出口に繋がる医療フロアになんて、行かせられない」
姉さんがコンピューターの画面に向き直る。
その画面を横から覗き込むと、施設内の全ての部屋に配られた固有武器一覧が表示されており、最後の二つの固有武器のうちの一つの表示が非点灯になっている。
昔も見せてもらった事があるが、あれは姉さんが独自に作り出したプログラムだ。
この施設のデータベースにアクセス出来たのも、そこからありとあらゆる情報をかき集めてデータ化出来たのも、姉さんの精神進化があってこその事だ。
他にも、簡易管理者権限によって生活フロアの色んな部屋にある電子部品から、沢山の罠や、攻撃用の機械を姉さんは作り出した。私はそれを、目覚めてから半年間見ていただけだ。
その代りに、外に食事に出る時には業兄さんを背負う。姉さんの作った武器は、成れの果てにぶつける為に私が持つ。そして食事を用意する。
「ねえシズ、勝てると思う?」
私の力は、少しも役には立たない。ほんの少し、情報から得られる可能性について考える事が出来るだけだ。
まるで、ギャンブルのテキ屋にすら思える。そんな力だ。あることをするかしないかや、何をするか等の選択の結果が、なんとなく予測出来る。
だがそれはその人物の性格や精神状態を知らなければ使えないし、想像にも時間がかかる。
「ええと……」
思わず口を濁してしまった。何故なら今から始まるであろう戦闘の予測は、どちらかというと想像に易い方だったからだ。だから今回については、少しだけ役に立っているのかもしれない。
だからこそ悔しい。これから私達の、というよりも姉さんの選択に従った私達が、戦いに勝てる未来は、限りなく少ない事だけが、私には分かっていた。
今、外にいるのは五人。
一人は自身に成れの果てのような力を付与出来る薬液を持った人間。
一人は管理者権限と、情報デバイス、ギミック付きの刀を持った人間。
一人は振動刀を持った戦闘力の高い人間。
一人は身体を作り変えて自分自身を武器にしている人間のような存在。
それと、対成れの果て専用弾薬を持った、拳銃を使う、友達。
どうやらその友達は、銃に秘密があると思っているようで自分の弾薬のギミックがあることに気付いていないみたいだったけれど、何も言わないでおいた。
ノッカーはゴウ兄さんの大事な食事だから。
全員でかかってこられたら、兄さんの力がいくら強いとはいえど、勝ち目は無いだろう。姉さんがこの状況を変える事を良しとしないのであれば、戦闘を回避することも、おそらく出来ない。
図書館で目覚めた人間が誰であれ、管理者権限を与えられているのならば、施設についての記憶も消されていない可能性が高い。思い当たる人間は、ほぼ一人だ。
だとすると、あの人は図書館四階のドアロックを外して、この施設の全情報に辿り着くはず。それで、この施設で黙って生活しようなんて人間は、いない。被験者達がこの施設を脱出するということは、私達の生活の終わりを意味するのだ。姉さんはこの施設を出る為の協力や共存よりも、この歪な生活を続ける事を選んだ。
それがきっと上手くいかないことだって、分かっているはずなのに。
「多分、負けるでしょーね」
姉さんが部屋の奥のノコギリを手に取る。私達に、専用武器など無い。姉さんが手にとったノコギリは、ただのノコギリだ。私も、リュックのサイドに姉さんが作った攻撃用の機械や、拘束用のロープをしまうと、兄さんに向かって「リュックの中に、お願いします」と語りかける。すると兄さんはもう骨だけになっていたノッカーの腕を置き、リュックの中に入った。
チャックを閉めて、背負い上げた。
私にとっては少しだけ重たさを感じるが、その重さにももう慣れてしまった。
兄さんの身体は、元々は私達と同じくらいだったが、成れの果てと化してからはその肉のほとんどが無くなり、手足の爪が発達した、俊敏で人間よりも軽い生き物になっていた。
「ねぇシズ、アンタはほんとはさ。アタシの言う事、聞きたく無いでしょ?」
ドアに手をかける前に、姉さんが立ち止まる。
「いいえ……、そんな事は……」
嘘を付いた。本当は、私は生きたい。兄さんが死んだとしても、生きていきたい。
「もし、アタシ達がダメだったらさ。シズだけでも上手くやれそうだったら、生きなよ」
その言葉に、心を見抜かれた気がしてハッを顔を上げると、姉さんはもう部屋のドアを開けていた。
姉さんはノコギリを右手に持ち、ホールへ進む。私はその後ろについて、歩く。
廊下からほんの少しの距離のホールには、目的の人間では無く、私の友達がいた。
「あ! シーちゃんムーちゃん! 丁度良かった! 今呼びに行くところだったんですよー!」
ヨミちゃんが私達の顔を見て駆け寄ろうとしてくる。
けれど、その隣にいたナナミさんが無言でそれを制して、私達の前に立ちふさがった。
「ちょーっと待った! 珍しーく部屋から出てきたと思ったら中々怖そうな格好してるねお二人さん! どちらにお出かけ? ナナミちゃんちょっと怖いなー」
そう言ったナナミさんに、ズイっと姉さんが近付いた。その後ろに、私は追随して、様子を伺う。
「ちょっと、ご飯をね」
そう言うと、姉さんがチラっとリュックを見る。ヨミちゃんは不思議そうな顔をして立っているだけで、ナナミさんもノコギリを持った姉さんに警戒していて私には目もくれない。
その視線の意味を私は知っている。姉さんは本当にやる気なんだ。
――あの視線は、成れの果てを拘束する時の合図だ。
「ごめんなさい……」
小さく呟き、姉さんの後ろから、拘束用のロープをヨミちゃんとナナミさんの足元に投げ入れる。
このロープは一見薄く見えにくいただのロープだが、手元のスイッチを押す事によって急激にそのロープの近くにいる対象を縛り上げ、身動きが取れない状態で一定の電撃を流し続ける。
姉さんがバックステップでナナミさんから距離を取ろうとした瞬間に、私は手元のスイッチを押す。
すると、ヨミちゃんとナナミさんの足元に落ちていたロープの端と端が強い磁力で結ばれ、彼女達を中心とした円が出来たと思った瞬間に、その足首を縛り上げる。
二人の身体が急速にくっついた所で、私はもう一つのロープを二人の上にそっと投げてスイッチを押す。
「まずっ! ヨミちゃん、離れ……っ!」
ナナミさんが言うのと同時に、丁度二人の腕が動かなくなる位置でロープが締まる。
その二人を姉さんは軽く蹴飛ばすと、二人はゴロンと床に転がった。
「シズ、足首はもういいよ」
そう言われ足首のロープを外すと、自由になった足でナナミさんが抵抗してくるが、姉さんは二人の腕を拘束しているロープを引っ張り、部屋の隅へ追いやる。
「悪いけど、目的はアンタ達じゃないんだ。邪魔しそうだから、眠っててくれ」
「どうしてですか!? どういうことですか!? シーちゃん!?」
私の事を"シーちゃん"と呼ぶヨミちゃんを、私は好ましく思っていた。
彼女達は自分の記憶を失っていて、番号の語呂合わせで名前を呼びあっていた。
けれど私達には記憶が全て残っていたから、あえて四番と六番という事にして通したのだ。
シズリのシと、ムクのム、丁度良く四と六の語呂合わせが出来たから、皆にはそう呼ばれることにした。あまり部屋から出ない私達について、一番気にかけてくれていたのは彼女だったのを記憶している。
おそらく、私達が彼女より年下に見えたから、尚更姉ぶりたかったのもあったのだろう。私の事を友達と呼び、シーちゃんと呼びかける彼女は、私にとって心休まる存在だった。
けれど、それでも、私は姉さんには逆らえない。
「ごめんなさい、ヨミちゃん」
電撃が流れ始めるのと同時に、二人は気絶したように目を閉じ、何も言葉を発さなくなった。あくまで気絶する程度の電撃が定期的に流れるだけだから、きっと死にはしないはず。
それでも、きっともう、友達ではいられないだろう。
「まずは二人、このままいけばいいんだけど。シズ、一応向こうの廊下にも罠仕掛けといてね」
言われるがままに、私は自分達の部屋があるのと反対側の廊下に走り、踏むと電撃が流れる罠を仕掛ける。
「これで、七割くらい、かな……」
罠を置きながら、私は戦闘予測をする。全員でかかられた場合の戦闘予測は敗北が濃厚だったが、二人を無力化出来た事で形成が逆転した。もしかしたら、姉さんの言う通り、勝てるかもしれない。
けれど、私はどうしても、残りの三割に期待してしまっている。 私達の歪な関係がいつまでも続く事に、私は幸せを感じられない。 だったらいっそ、そう考えてしまう私は、本当に業を背負っている。
罠を仕掛け終え、ホールの方に振り向くと、こちらに背を向けた姉さんが見えた。
姉さんは一体、何を考えているのだろうか。この歪な関係を、良しとしているのだろうか。これだけ一緒にいても、姉さんの想いすら予測出来ないのはきっと、私が姉さんを理解しようとしていないからなのかもしれない。
「仕掛け、終わりましたよ」
そう言いながら、姉さんの隣に駆け寄ると、今しがた仕掛けたばかりの罠が作動する音が聞こえた。その音が、私の心の弱さを切り替えるスイッチかのような気がした。
「ねぇシズ。もし、アタシ達が……」
その言葉に、珍しく憂いを感じた。だが、もう遅い。
――――あぁ、とうとう私達は、人を殺そうとするのだ。
「いいや、忘れて。行こっか」
もうきっと、戦闘は避けられない。
私は、姉さんの選択に従った。だから、それがどんな結果になろうとも、ついていくしかない。
敵意を放ったまま、振り返る。もう、覚悟は決まった。それが誰でも、戦うしか、無いのだ。
私に自由は、無い。だけれどもしそれが得られるなら私は、初めて幸せになれるのかもしれない。




