DAYS3 -10- 『ここから、出ないか?』
ホールに戻り、シズリが手元のスイッチを押すと同時に、電流を帯びながらナナミとヨミを締め上げていたロープが緩む。そして二人の口元に張っていたテープを丁寧に剥がした。
「あばばばばば!! ちょっと! 解く時に電流はいらないでしょ!」
「お、おはよう……。大変? だったみたいだね。おにーさん……」
二人の目覚めまでには戦闘の気配は出来るだけ消しておいた。
嘘を付きたいわけではないが、あの光景と状況は、なるべく二人には知って欲しくなかった。顔見知りだったというなら、尚更の事だ。
ただ、大きく伸びをしながら言ったナナミの台詞は、何処かおかしい。
「でも、仕方なかったよ。私だって、身体が動けばそうしてたさ」
ナナミはまるで今までの戦闘を見ていたかのような口ぶりで言う。
ヨミはこの場にムクがいない事で何かを察したようで、口を結んだまま、何も言わない。
「む、気絶する程度の電撃が定期的に与えられていたはずなのですが……」
流石にナナミのこの台詞にはシズリも予想外だったようで、驚いたような顔を見せた。
「ほら、私はもう電撃くらいじゃ、ね?」
そういうナナミが笑顔を作ろうとするが、それは苦笑に終わる。
「成る程……、貴方はそういう武器でしたね……。そこまで強化が進んでいるとは、意外でした」
その言葉から、シズリ達が自分達以外の人間と積極的に関わろうとしていなかったことが見て取れた。
「強化ってのは、可愛くないなぁ。せめて変身! とかにしてくれるとナナミちゃん的には嬉しいんだけど!」
あえて明るく振る舞っているようなナナミの顔に比べて、ヨミの顔は暗いままだった。
何も無かった事を装いながら「どうした?」とヨミの顔を覗き込むと、彼女は不意に俺の胸の中に飛び込んでくる。
「ごめんなさい。あたしも、見ちゃったんです。ごめんなさい……」
ヨミは俺の胸に顔を埋め、涙声で呟く。
彼女には、その電撃に耐えうる術等は無いはず。
確かにあのロープは帯電しているように見えた、だからナナミのように身体強化をしていないヨミには、もし気絶を免れ続けていたとしても、あの戦闘をしかと目に焼き付ける程の余裕なんて無かったはずだ。
「実は、感覚がないんです。あれから」
あれから、あれからとは。考えはじめると、一つの答えが頭に浮かび上がり、その瞬間に自分の血の気が引いていく。
――俺はこの子に、生命の緑を、打っている。
「まさか」
「痛覚が無いんです。触られた感覚もほぼ……。黙っていて、ごめんなさい」
俺はその薬液の反動を、まだ知らない。
俺は左腕を右手で思い切りつねるが、痛みを感じてやめる。
どうやら、合わせて使ったからか、俺にはその症状は出ていないようだった。
「だから、見ちゃいました。全部、聞いちゃいました、ごめんなさい……。
おにーさんに……殺させちゃった」
ヨミの嗚咽が、俺の胸に響く。
「私が、私が止めなきゃいけなかったのに。友達だったのに、殺させちゃった。殺させちゃったよぉ……」
俺達がこの部屋に来てムクとシズリと遭遇する前の事は、分からない。
それでも、きっと、彼女達には彼女達の、選択があったのだ。
「また、間違えちゃったな」
謝る俺に、ヨミは小さな手で作った拳で俺の胸を叩く。
「バカです、おにーさんは本当に。でも、正解じゃなくても、間違いなんかじゃ、無い」
俺の胸の中で嗚咽を続けるヨミに、ナナミが近付いて来て後ろから抱きしめる。
それを、ゼロとシズリは少し遠くで、静かに見ていた。シズリは、少し気まずそうに、ヨミの背中を見ている。『友達』を縛り上げてたのならば気まずいのかもしれない。
ゼロのその手で作られた握り拳が震えているのを、確かに見た。あぁ、分かってる、俺も怒ってるよ。今日は、泣き顔ばかり見た。だからもう、沢山だよな。
「なぁ皆、ここから、出ないか?」
俺の言葉に、ヨミが顔を上げる。皆の視線が俺に集まるのが分かる。
これが、本来此処で"全員"で話すべきだった事だ。
胸元の涙が冷えて、少しだけスッとするのを感じながら、俺は続ける。
「その為の力を、彼女が持ってる。もう、誰かが死ぬとか、終わりにしよう」
ゼロの方を見ながら言うと、彼女はコクリと頷き、俺に変わって話を始める。
「まずは、この施設、ディジェネの事と、皆さんの身体に起きている状況の事をご説明します」
俺はもう先に聞いていた彼女の説明に合わせて、自分が"成れの果て"ヨミやナナミ達が"ノッカー"と呼んでいる化け物が元人間だったということや、長期睡眠後に経っていた時間の事や、この施設の外で起きているかもしれない事柄についての話を聞く。
眠ってから目覚める間に五十年経っていたという事実については、シズリ以外の全員が驚いていたが、ヨミとナナミは目覚めて三年間この施設の職員が現れないことからなんとなく似た予想をしていたらしく、そこまでの動揺は無いように見えた。
ただ、自分の本名を思い出してはいけないという言葉については、ヨミが少しだけ悲しがっていたように見えた。
「名字なら大丈夫みたいですけど、フタミさんは平気みたいですし」と俺の名字を暴露されるも、皆自分自身の名字には興味が無いようだった。
尤も「フタミさん、フタミさんかー」とブツブツ言う声が二人分聞こえては来ていたが。
そうして、ゼロの説明が一通り終わった頃に、ゼロが心配そうにナナミに語りかける。
「本来なら、ナナミさんに発作が起きている頃のはずなのですが。何か身体にお変わりはありませんか?」
ゼロがナナミに質問すると、ナナミは一瞬辛そうな顔をしたので、隣で聞いていた俺にも緊張が走る。
「ちゃん!」
返事になっていないが、言いたい事は分かる。
「え……?」
気付いていないが、言いたい事は分かる。
「ナナミちゃん!」
「へっ……? あっ、はい! ナナミちゃん!」
ナナミ"さん"って言ってた事に、俺は気付いていたのだった。
そして、そんな事を言い出すという事は、おそらく平気なのだということも。
「へーきだよ。今度は私達の話をしなきゃね」
そう言って、ナナミは自分達が目覚めてから"ノッカー"と呼んでいる敵と戦い続けてきた事や、それぞれに与えられた固有武器についての事や、俺が目覚めてからの事を簡単に説明した。
「ノッカー……、ですか……」
ゼロがその名前を得心したように呟く。
「確かにノック、してきますものね」
シズリがそれに続く。
ゼロとシズリの二人は記憶を多く保持している為、ノッカーという名前より"成れの果て"という名前の方が聞き馴染みがあるのだろう。だが統一しようというナナミの提案でノッカーと呼ぶ事になった。
「言葉はとーいつした方がいいからねー!」と笑いながら話すナナミに、ゼロが苦笑して、シズリが少しだけ呆れ顔をしている。
ヨミも少しだけ元気を取り戻し、取り繕う程度に笑ったのを見て安心した。
この子は、本当に強い。決して、生き死にに心が鈍くなっているのでは無いのだ。
泣いても、悲しんでも、きっと前に進んできたから此処にいる。
思わず俺はヨミの頭を撫でたが、彼女がそれに気付かなかった事に胸が痛み、手を引っ込めようとする。
だが、その素振りに気付いたヨミが、俺の手を掴んだ。
「生きているから、いいんですよ」
笑顔が、眩しかった。
こんな俺の手を掴んでも大丈夫なのかと、不安にもなった。
「生きて、出ましょ? でもその前に、皆少しだけおやすみした方が良いとは思いますが……」
ヨミがそういうと、ゼロ以外の全員が頷いた。
だが、ゼロは少し困ったような顔をしている。
ナムの件だけ、まだ伏せたままだったからだ。
「それに、まだ開いてない部屋もあるしねー」
そういうナナミの言葉に、ゼロは思い出したかのように口を開く。
「そうだ、その部屋については、多分明日開くはずです。
けれど、私とフタミさんは医療フロアに行かなければいけない用事があるので、二組に分かれられると助かるのですが……」
ゼロの言葉に、ヨミが食い気味に返事をする。
「私! そっち行きます!」
その勢いの良さにゼロが苦笑しながらナナミとシズリを見ると、二人は頷いていた。
「じゃあ、私達は部屋開きに対処するね。シズリちゃんも、今度は手伝ってくれるよね?」
「構いません、今や私は自由ですので、私が良しとするので、手伝いましょう」
それを聞いてゼロも頷く。
「では、それで決まりですね。本当は、今からでも私達は移動を開始したい所なのですが……」
確かに、ナムの状態について懸念事項はあるが、あの戦闘の後で、すぐに動き出すのも無茶かもしれない。
ゼロはナムになるべく早く戻ると言った手前、自分から休憩を言い出せないのが分かった。
「いや、少しだけ休もう。武器の準備や腹ごしらえも含めて、30分間だけってのはどうだ?」
そういうと、ゼロは少し考えてから「分かりました」と頷いた。
そうして、各々が携帯食料を手に、準備をしに部屋へと戻っていく。
俺は、両ポケットの注射器だけの身軽な身体だったので、ソファに座り込み、少し眠る事にした。
泣き顔ばかり見た一日だった。けれど、それもきっともうすぐ終わる。少し遠くのソファに座って携帯食料を食べているゼロと目が合う。
「ありがとうございます」と言いたげな顔でこちらに目で合図する彼女にヒラヒラと手を振って、俺は目を閉じた。いつのまにか、誰かの癖が移ったのかもしれない。




