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DAYS3 -5- 『紫は、流石に刺激が強いな』

 理性を失っているナムが、肩で息をしながらこちらを見ている。その顔はゼロと鍔迫り合いをしていた時よりも大分虚ろになっており、その表情自体に力強さは感じられなかったが、まだ話が出来る状態でないことは明らかだった。

 

 彼女は俺の顔をジッと見つめてから、自分の手首に視線を落とす。

その自分の折れ曲がった手首を彼女は強引に元の状態に戻すと、その手を握り込んだ。

 

 俺は彼女がこちらに駆け出し、殴りかかってくるのかと身構えたが、それは杞憂に終わる。

彼女は何かを考えるように数秒その場で立ち止まり、改めて俺の顔を見て、昔に見た何かを思い出そうとするように眉をしかめていた。


一瞬その行為に自我が戻ったのかと期待したが、彼女のその思考はすぐに流れていったようで、少しずつ敵意を感じる顔つきに変わっていく。

そして、ナムが急にハッと何かを思い出したように赤い目を見開いた事に俺が気付いた時には、彼女はもう既に俺に向かって殴りかかろうとしていた。


「どうせやなこと、思い出したんだろうなっ……!」

 俺の顔面を捉えようとしたナムの拳を俺は左手で受け止めた。

だがその直後、腹部に痛みが走る。

俺の腹部に、思い切りナムの右足がめり込んでいた。

 

――赤の薬液は、確か痛みも緩和させていたよな?


 おそらく、俺の固有武器である所の三色の薬液は使う度に状態が変化するようだ。痛みについての状態も変化していたのだろう。消えたいった奇妙な高揚感や、破壊衝動、反動といった物が痛みを誤魔化していたのかもしれない。


 だが、そもそも今までの俺は、戦闘中にダメージを負う事が無かった。

それでも渾身の一撃を放った時の拳に痛みを感じなかった事を考えると、俺自身が薬液を使う度に変化しているのかもしれない。

 

「クソッ、だからって今じゃねえだろよ!」

 俺は腹部の鈍い痛みを感じながら、受け止めたままのナムの拳を思い切り引っ張って、その反動を使って後ろに投げ飛ばす。

だが、ナムは床に着地した直後、もう既に俺への攻撃の準備をしており、今度は俺の顔面めがけて蹴りを飛ばしてくる。

 

――この速度では、避けられない。


 元々、ナムの戦闘行為の所作は常人からだいぶかけ離れた素早さではあったが、今のナムのスピードは常人どころの戦闘能力では無い。

この前ナナミといる時に遭遇した、速度ノッカーの比では無い速さで飛んできた蹴りになど、今の俺では対応が出来ない。


 首の骨が折れるのは痛いのだろうか、なんてことを思った瞬間に、ナムの履いていた靴にゼロの短刀の刃先が突き刺さる。

「忘れられるのは、流石に癪ですよ!」

 言いながら放たれるその刃先は器用に靴底のゴムを貫き壁へと突き刺さった。

その一撃でナムは身体のバランスを崩したまま、部屋の壁とゼロの刃の間でもがき続けている。


「フタミさん! 今のうちに青の方も!」

 そうしてこの子は中々どうして、ひどい無茶を言う。

「赤と青を合わせて使った事なんて無いぞ!」

 俺がそう言うと、彼女は一瞬険しい顔をしてから、左手に持ったままの短刀をガッチリと口に咥え、本型デバイスをカバンから急いで取り出し、俺の目を見る。

そうして、デバイスに目を落として何度か操作をすると、改めてこちらを見て叫んだ。

「大丈夫! 同時使用出来ます! 私の援護も今は運が良かっただけで、きっとそのうち彼女を傷つけちゃう! もしフタミさんが反動で倒れちゃっても私がどうにかしますから、彼女はフタミさんの手で止めてあげてください!」

 何も言っていないのに色んな事を把握してくれていて助かるが、それでもやはり無茶を言う子だ。

だが、ゼロが言い終わるや否や、ナムの抵抗によりゼロが口に咥えていた短刀が床に落ち、ナムの身体が自由になったのを目にした。


――なら、色を混ぜるしかない。


 急いでポケットの中の注射器の薬液の色を確認して、そのまま力の赤を使った時と同じ要領で、ポケットの中で感覚の青を身体に打ち込んだ。


 世界が輝き、爆ぜ、香る。一瞬にして目と耳と鼻が壊れる程の感覚が脳に伝達したかと思った次の瞬間。俺の視界に映る物全ては、まるで動きを止めたかのようにスローモーションにすら見えた。


 勿論、実際にゆっくりになっているわけでは無い。

けれど、今の俺の感覚の前では、何もかもの動作の結果が、何となく見える。


 より深く、澄んだ青が、身体中を巡っていく。

そして、赤と青が、俺の血管の中で、混ざり合うのが分かる。


「ほら、刀」

 俺は眼前に迫ったナムの横蹴りをかがみながら避け、ゼロの短刀を左手で拾い上げる。屈んだ俺の首元を狙った踵落としは、右手で止め、力を込めてナムの身体を押し飛ばす。


――見えていなくても、ナムの動きに纏う空気が、それを教えてくれていた。


「ナムは多分、外に出ようとしてる。だからドア前、頼む」

 感覚の青を使ってから、ナムの視線が常にドアの方を向いている事には気付いていた。先程はゼロのタックルにより事なきを得たが、ナムの目的はおそらく部屋からの脱出なのだろう。


 俺達に敵意を向けているのは、おそらく俺達がドア前に陣取って動かないからだ。

ナムはただ、自分の目的を邪魔する対象を排除しようとしているだけなのだろう。


――だが、此処を突破されるわけには、いかない。


 俺に押し飛ばされていたナムは倒れもせずに地面に着地し、もう一度こちらに迫ってくる。だがその彼女の拳が俺に当たる直前に、俺は後ろを振り向きゼロに短刀を渡す。

そして、俺がそのまま一歩だけゼロに近付くと彼女は「えっ?」と不思議そうな声を出す。

それと同時に、俺の真後ろ、首スレスレの場所でナムの蹴りが空振った音も聞こえた。


「なぁナム、刀が無くても強いなんてのは、反則だぞ」

 そう言っても聞こえないのだろうなと思いながら、俺は振り向きざまにナムがもう一度俺に放っていた蹴りを左手で止め、その足を強引に床に叩き落とす。

俺はそのかがんだ体勢のまま、ナムの腹部に軽い掌底を打ち込んだ。おそらく骨までは折れてない程度の一撃。

両足が地面についたまま後ろに押されたナムは、数歩後ろに下がり、俺とナムの距離が少しだけ開く。

その距離は丁度、腕を伸ばせば顔面を捉えられるくらいの距離。


 よろけながらも、すぐに体勢を戻してこちらに新たな攻撃を仕掛けようとしてくる彼女の姿や、部屋の様子を、俺は一秒足らずの時間を使って、ゆっくりと眺めた。

 

 ナナミは、髪を整えるのが上手なのだなと思った。

思えばナナミが皆の髪の毛を整えている間に俺は眠りに落ちたのだから、バッサリと髪の毛を切り落としたナムの髪は見ていたが、整えてもらった後は一度も見ていなかった。


――やっぱり、ショートカットも似合うじゃないか。

 

 部屋の隅には、青刀が落ちているのが見える。

せっかくの刀を手放して、徒手で戦うにはあんまりに可哀想だ。

『秋刀魚』なんて名前まで付けているのに。


 ゼロは、ドア前で俺のことをじっと見つめている。

本当にそうなのかは分からないが、不安と期待が入り交ざった視線を背中に感じる。

その中に、緊張のような物も混ざっているかもしれない。


 感覚の青の力も、最初に使った時とは大分違って、使いやすい物になっている。

けれど、流石に感情まで分かるわけではない。

もし分かるのなら、たった今、目の前で血走った目をしている女性が、何を考えているのか教えてほしかった。


 こちらに近付こうとするナムが見える。

黙っていたら、一瞬で距離を詰められ、動かずにいたら首を蹴り飛ばされるだろう。

 

 思えば、ナムと初めて会った時にも、俺は感覚の青を使っていた。

あの時の俺は、彼女の叱咤で立ち止まり、痛みを受け入れる覚悟をしたのだ。

 

 だが、今度は立ち止まったままではいられない。 

あの叱咤で、俺はやっと目が醒めた気がしたのだから。


 彼女のおかげで、俺の目が醒めたのなら、今度は俺が、彼女の目を醒ましてやらなくちゃいけない。

 

 青く、青く、青く、感覚が澄んでいる。 

 

 赤く、赤く、赤く、力が漲っている。


「紫は、流石に刺激が強いな」 

 俺は両の手に力を込める、撃ち出すのは、零コンマ三秒後。

ナムが俺に向かってその足を踏み出そうとした瞬間、俺はその両の手をナムの眼前に突き出した。


 パァン!!


 響き渡る音に、後ろにいたゼロが身体を竦ませたのが分かる。

びっくりさせてごめんな、と心の中でゼロに謝りながら、俺の目はナムの瞳の赤が薄まっていくのを確認していた。


 響き渡った音の正体。それは、殴打の音では無い。ましてや、銃声でも無い。


 そして、誰かを傷つける為の音ですら無い。


「よう、目ぇ醒めたか?」

 彼女の眼前に撃ち込んだのは、両の手を叩き合わせてただ大きな音出す、いわゆる猫騙し。渾身の力を込めた、ただの拍手だ。


 ショートカットに切り揃えられた綺麗な黒髪が揺れ、ナムはその場に膝を付く。

俺とヨミの間で態度を変える彼女は、まるで気まぐれで、高貴な黒猫のようだと思っていた。

猫のような彼女に騙されていたかのような、嘘のような今の状況にピッタリだと皮肉を込めて撃ち込んだ渾身の一拍手。

俺ですら耳を塞ぎたくなる程のその音は本当に皮肉にも、この状況を打ち壊してナムの目を醒ます為には充分すぎる音量のようだった。


 猫騙しをした瞬間、俺の後ろで「ひゃんっ!!」という声と共にジャンプの音が聞こえた件については、聞かなかった事にしておいた。

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