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DAYS3 -4- 『目ぇ醒めるまでやろうぜ、ナム先輩』

  ゼロの間の抜けた何とも言えない挨拶を聞いても、ナムの様子は変わらない。

怒りのような物に支配されているかのように敵意を顕にしている。

「ナム!! お前はほんっと! そういうとこあるぞ!」

 俺はゼロの後ろで彼女の短刀で食い止められたナムの青刀を見ながら叫ぶ。


 だが、その声はナムには届いていないようだった。ならばさっきのゼロの挨拶も、勿論届いていなかったのだろう。

 その姿をしっかりと認識してくれているかすら分からない。


 ナムはゼロの短刀を押し込むように刀に力を込めている。その力に負け、ジリジリとそれにゼロは後ずさりをしていた。

 こんな風景には少し見覚えがある。そのまま気絶した惨めな男がいたな……と思いながら俺は緊張で喉を鳴らした。

そんな俺に、余裕が無いであろうゼロが小さく「フタミさん、赤いのを使っておいてください」と呟く。

 

 あと数回しか残っていない固有武器を、人間――ナム相手に使う必要があるのかと一瞬考えたが、彼女の眼の色を見た瞬間にその疑問は晴れる。


――――赤い、あいつらの目だ。


 確かにナムは俺と初めて会った時も殺意を顕にして戦闘になりかけたが、話してどうにもならないような状態では無かった。

けれど、今のナムがもし、何らかの理由で、人間とかけ離れた状態だったら?

話す事が、出来ないとしたら?

「ナム! おい! 嘘だろ!」

「フタミさん! 話は後です! とりあえず数分持ち堪えたら話は出来るはず!」

 ナムを呼びかける俺に、ゼロがこちらも見ずに叫ぶ。

  

 ナムは確かに部屋に入る瞬間まで少し気の抜けた人間の声を出していたはずだ。

それが、自分以外が開けられない筈のドアを開けられた事により、余程驚いたのだろう。

初めて目覚めた人間以外にとって、自室は聖域なのだ。

特に、この施設で何年も過ごしていたなら、尚更。

 

 それが急に開けられてしまった時のナムの焦りを考えると、ゼロはノックだけにしておくべきだった。

だからといって、こんなに鬼気迫る表情と、赤く染まった眼で刀を向ける必要があるのかなんて事を考えていたが。

もう、彼女のあの赤い目を見てしまっては、そうも思っていられない。、

思い出してみると、彼女があの時俺に対して向けた殺意の始まりも、なんてことのない彼女の心への揺さぶりだった事を思い出す。

あの時の目は、確かに何らかの闇をその奥に感じたが、赤くは無かったはずなのに。

 

「間に合わせる為に来たんです! フタミさん、話はこの人の発作を耐えきってから!」

 ゼロがもう一度、叫ぶように俺に固有武器の使用を促す。

本当に、何がなんだか分からない場所だ。

理解が追いつくよりも先に、新しい事が起きる。

 

 俺が目覚めてから起きた事の数々、その時その時で、俺が選ぶべき正解は必ずあったはず。

でもそのほとんどを、俺は間違えてきた。

 

 ヨミをすぐに救出出来なかった事や、ナナミの悲惨な姿を見ることになってしまった事。ヨミは、仕方ないと笑ってくれた。ナナミも、元々考えていた事だと笑っていた。でも、俺が正解を選んでいたらば、彼女達の想定を越える正解を選べていたら、もしかしたらもっと彼女達の笑顔は明るかったかもしれない。


――けれど、ナムだけは俺のその間違いを許そうとしなかったのだ。


『だったら何故』と、俺の間違いを責め立てたのだ。その叫びは、俺の心を強く叩いた。だからこそ、彼女が俺に向けたその叫びを、ヨミやナナミに叫ばせるわけには、いかない。

 

 その刀を避けられる力があるのなら、今の彼女を止められるのなら。

「……正解は、これだよな」

 ポケットで握ったままの力の赤の先端を、服の中で太腿に当てる。

そして、いつもよりも強めにスイッチに押すと、薬液が通る注射針が俺の服を貫いて、身体の中を巡った。

一度心臓が強く跳ねたが、いつも襲ってきていた破壊衝動は感じられなかった。

ただ純粋に、綺麗に力だけが流れ込んで来る感覚。

 

――だけれどもう、俺の目も、きっと真っ赤に染まっている。

 

 眼前で、青刀と短刀を合わせるゼロとナムが見える。

そして、ナムに完全に力負けしそうになったゼロがよろけた瞬間に、最初に一度金属音を立てたまま膠着状態だった二本の刀が離れ、ナムの刀は空を斬る。

 ナムは無意識的に行っているのだろうが、地面スレスレまで落ちた刃先を翻して、ナムの刀がゼロの首を跳ねようとする。


 剣術について詳しくない俺でも分かるような、明らかに卓越した技術の流用、だがナムの意識が無いならば、この行為は彼女自身の後悔にも繋がる。


 だからこそ、俺の手はナムの右手首を掴んでいた。


「俺の事をハーレムだって笑ってんなら、新人殺しちゃまずいだろ」  

 破壊衝動が消えて一層、この力は便利になった。そう思うと笑みすら溢れる。声帯も不自由なく開いている。


 軽口だって、言いたくなる程に。


「ジョークじゃ済まないぞ、残念美人」

 俺はナムの手首を折ってしまわないように力加減をしながら、刀を止められて俺の顔面を殴ろうとしたナムの左手もまた掴む。すると両手を封じられたナムはおもむろに右手に握ったままの刀から手を離し、俺に手首を掴まれたまま大きく高く、前に跳躍する。

 

 掴まれた自分の手首等、まるで気にも止めないかのように、俺とナムの手が触れ合っている部分に力を込めたのか、耳心地の悪いバキっという音が聞こえた。

その音が彼女の骨が折れた音だと気付いてしまったショックと、あまりに強い跳躍に俺は彼女の手を離してしまう。

「ゼロ! 扉を頼む!」

 目線は俺と向かい合ったまま、ナムは跳躍の勢いで壁を蹴り上げ、更に大きな、俺を飛び越す程の跳躍をする。彼女は俺と背中合わせの状態になった。そうして、俺の真後ろには開いたままのドアと一旦廊下まで下がったゼロがいる。


――この状態のナムを、自由にさせるわけにはいかない。


 もしゼロの言う通り、ナムのこの状態が数分で収まるというのなら、この部屋の中だけで事を収めるのがきっとベストだ。おそらくゼロなら、その意図を汲み取って俺とナムを部屋に閉じ込めてくれるだろうと期待していたが、彼女の取った行動は俺の想像を越えていた。

  

 それはおそらく、彼女と少しでも接したならば全く想像出来ないであろう大胆な行動。

「フタミさん避けて!」

 そう言いながら、ゼロは手元の短刀を逆手に持ち、スイッチらしき物を強く押していた。


 すると、短刀の刃先が勢いよく伸び、廊下の壁へと突き刺さる。

ガツッと壁に刃先が刺さって尚、短刀はその刀身を強い力で伸ばし続けようとしているようだった。だが、これ以上壁の方向にその刀身は伸び続ける事は無い。


 だから、その刀身が伸びる勢いがそのままに、その短刀の柄に伝わる。

ゼロはその勢いに身体を任せ、部屋を今まさに出ようとしているナムの腹部に思い切り頭突きをかましながら部屋内に飛び込んできた。

ナムを吹き飛ばして部屋に飛び込んだゼロは、もはや短刀と呼ぶにふさわしく無い長さになった刀の柄のスイッチを押す。するとすぐにその刀の刃先は短刀サイズにまで戻った。

「玩具みたい……」

 ゼロは呟きながら、思い切り吹き飛ばしたナムの方を一瞥し、左手に短刀を持ったまま、後ろ手でドアノブを握った。

すると、まるでそこが自分の部屋かのように、部屋の施錠音が鳴る。

おそらく彼女にもナナミと同じように、他人の部屋に影響を与えられる力があるのだろう。


「ナムさん? もあの様子ですし、これで部屋からは出られません。もしかしてフタミさん、一人で頑張る気でしたか?」

 ふふ、と少し不敵に笑ってこちらを見るゼロに、最初に対面した時の怯えていたような素振りは無く、少し心強く感じた。

ただし、ナムさんという禁句を口走っている事だけは、後で注意しておきたい。

ただ、それもこの事態をどうにかしてからだ。


「いや……、でもほら……、ゼロが戦えるのか分からなかったし」

 俺がそう言うとゼロはニコっと笑い、短刀のスイッチを押し込んだ。

すると短刀は先程と同じくその刃先を伸ばし、落ちているナムの刀の柄部分にピンポイントに当たり刀を部屋の隅に弾き飛ばす。


「お上手な事で……」

「ねっ? 多分二人の方がいいですよ? ただ、私は武器に慣れて無いので……。それでも足を引っ張っちゃったらごめんなさい」

 たった今えらく器用な芸当を見た気がするのだが、いつもどおりのゼロの声色にホッとした。

「とりあえずは、食い止めよう」

「ですね。お話が出来るようになるまで、ナムさんも含めて皆死んじゃダメですからね?」

 そうゼロが言ったところで、やっと彼女は自分がナムについて何か良くない事を言っている事に気付いたようで、ハッと口を噤む。

「あぁ……、気付いた? あいつに"さん"は禁句なんだ。ほら、怒ってる怒ってる……」


 おそらく、そんな言葉聞こえているわけが無いのだが、後々の為、上手く行った時の為を思って少しだけ脅してみせる。ゼロは起き上がろうとしているナムに向かって「あああ……、ごめんなさいナムさん……、じゃなくって! ええと……」とあたふたしていた。

 強気か弱気かわからないゼロはともかくとして、俺は起き上がったナムと対峙するように数歩前に踏み出した。

「よし、じゃあ目ぇ醒めるまでやろうぜ、ナム先輩。ゼロは援護を頼む」

 俺の『ナム先輩』という言葉を聞いて後ろから「成る程……!」という感嘆の声を上げている。どうやら呼び名は決まったようだ。

 どちらかというと『援護』の方に反応してもらいたかったのだが、さっき見た彼女の戦闘センスであれば問題は無いだろう。


 起き上がって、こちらを見たナムの目は変わらず赤く染まったままで、吐息も獣のように荒い。彼女の手首が痛々しく曲がっているのを見て、また俺は正解を逃してしまったと思いながらも、次の瞬間を待った。


 今失敗してしまったら、間違い無く誰かが多大な後悔を背負い、場合によっては死すらあり得る。

だが、今ならばまだ間に合うはずなのだと、ナムが一秒でも早く我を取り戻す事を祈りながら、俺は拳を握った。

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