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DAYS3 -3- 『こうしてまた一緒に』

 俺とゼロは廊下を歩きながら、ナムの部屋を目指す。聞こえる足音はまるで俺一人分しか無いかのように、ゼロは静かに俺の後をついてくる。まだ分岐路にも辿り着いていない頃に、ふと俺は彼女が俺の事を不思議な名前で呼んだことを思い出した。

「なぁゼロ、聞いてもいいか?」

「は、はい……? なんでしょうか……」

 彼女は少したじろぎながら体を固くする。確かにこの関係性じゃ何を聞かれるにも緊張するというものだ。特に彼女のような子であれば尚更。少し悪いと思いつつも、仲間としての距離を詰めたかったのもあり、素直に疑問を口に出す。

「フタミって?」

 そう言うと、彼女は一瞬の無言の後、口をパクパクさせ、何か言おうとするが言葉が出てこないようだった。彼女が歩を止めてこちらをジッと見ているので、俺も歩くのやめて彼女の顔を見る。だが彼女の顔は困り顔のまま、動かない。

「え……と、んーーーーー!」

 彼女が頭の中で何か言葉を紡ごうとしているのはなんとなく分かったので、なるべく温和な顔をしながら彼女の答えをじっと待っていると、彼女は思い切ったような素振りでもう一度あの呼び方を交えながらある質問を投げかけてくる。

「フタミ……さん。この呼び方に聞き覚えとか、この言葉を聞いた時に妙な感覚はありませんか……?」

 彼女は俺のことをフタミと呼ぶ。二十三番という語呂合わせなら、確かにこういう呼び方もあり得るが、彼女は今思いついたような感じではなく、妙に慣れ親しんだような言い方をする。

「フタミ、フタミ……。うん、特に変な感じは無いな。まぁ語呂合わせと言われたら、納得もするけれど」

 俺がそう言うと彼女は一人でブツブツと何か呟いてから、俺にとある思い切った告白をする。

「実は私、皆さんの名前を覚えているんです。けれど、皆さんが自分の名前を忘れているのには理由があって……」

「それはまた……、えらく大事な話を聞いちゃったな。ってことは、俺の名前はフタミって事か」

 俺自身が何の違和感も無く"フタミ"という言葉を使っているのを見て、彼女は少し安堵したような表情を見せて、首を振って答える。

「いえ、名前は別です。きっと、名字も名前もまとめて忘れさせられているけれど、名字の方は思い出しても平気なんでしょうね。最初に思わず呼んじゃった時は焦っちゃいましたけど、お兄さんの記憶に影響が無いっていうなら……」

 

――フタミが俺の名字。


 言われても、全くピンと来なかった。それならば、偶然というか、おふざけのような部屋番号だなと思った。

「お兄さんの名字はフタミさんなんです。部屋番の語呂合わせでもあるのは……。あはは……、多分誰かがふざけたの……かな……?」 

 その巫山戯たヤツを小突きたい気分になったが、それはどうしようもないので置いておくとして、しかし何度考えてもフタミという名字が自分の物だという事についてはしっくり来なかった。

「フタミ、フタミかぁ……」

 口に出せば違和感はあまり感じない、だが空いた記憶が邪魔をする、もし俺がこういう風に呼ばれていたならば、耳馴染みがあるのも頷ける。

「ピンと来ないなら、それが一番良いみたいです。忘れていることが、この施設では正常なんですから。だから名前だけは、言わないように絶対に気をつけます。でももし、もし貴方が良いなら、フタミさんって呼ばせてもらってもいいですか?」

 彼女は少しだけ上目遣いになりながら、断られるのを怯えているように、子犬のような目で俺を見る。俺自身はそのフタミという名前がどんな漢字を書くのかすら分からないままだったが、語呂合わせと言い張れば違和感も無いし、呼ばれる分には構わないだろうと思い、とりあえず頷く。

「あぁ、構わないよ。ちなみにどういう字を書くんだ?」

 俺の返事を聞いて、彼女の顔がパッと明るくなる、その裏に安堵のような吐息があったのも聞き逃さなかった。

「二つを見ると書いて、二見さんですね……! 私が忘れているのは自分の名前だけなので、多分他の被験者さんのお名前についても固有武器と記憶を頼りにすれば思い出せるとは思いますが……」

「混乱させちゃいそうだから伏せて置いた方がいいかもな。俺は最近目覚めたからいいとしても、あの子達はもう三年も新しい名前でやってるんだ。名前を知ると問題もあるみたいだし、教えるとしても最後の手段にしよう」

 俺の提案にゼロも「ですね」と素直に頷く。


「でも、フタミさんって呼べて良かった。施設側の悪ふざけだとしたって、二十三番で感謝しちゃいたいくらいです。最初フタミさんのデータをデバイスで見た時に、その番号で笑いそうになっちゃったくらい」

 彼女は微笑みながら少しだけステップを踏むように進む。俺自身はゼロの名前も覚えていないし、ゼロと過ごした時間の記憶も全く無い。だが彼女の口ぶりでは、俺と彼女は元々知り合いだった事が伺い知れる。


「頭を撫でるのも……」

 少し小さい声で、ゼロが呟く。

「頭を撫でるのも、フタミさんがよく私にしてくれていた事なんです。だからあの時は本当に、びっくりしちゃいました!」

 彼女は嬉しそうにはにかんだ。その言葉を受けて、一瞬今よりも少し幼い彼女の頭を撫でる記憶がよぎったような気がしたが、それはすぐに霧散してしまう。


「確かに、その事自体は忘れていても体では覚えてるような感覚はたまにあるな……。思わず何かしようとしている時があるよ」

「そういうものなのかもしれませんね。 でも、フタミさんとこうしてまた一緒に並んで歩けるのは、私嬉しいです」

 彼女は『また一緒に』というが、沢山の事を忘れている俺にとっては、彼女と並んで歩くのは一度目か、あの彼女が目覚めた図書館からホールまでのほんの短い往復を考えるとたったの二度目だ。彼女にとって、俺と並んで歩くのは何度目なのだろうと考えると、少し申し訳ない気持ちになる。だが、その記憶を強く思い出すつもりは無い。それが必要になるのは、きっと今じゃないはずだ。

「忘れたままで悪いな。思い出せた時に、もう一度謝るよ」

「いえそんなっ、謝るなんて。というか、きっと思い出せない方がいいんです。被験者さん達の記憶は、生きていく為に犠牲になった物なんですから」

 きっとそれも、まだ教えてもらっていない彼女の中にある情報の一つなのだろうと思う。事実として、俺たちは何も知らない。実験の理由すら分からないのだ。


「早く、ナムの所に行って、説明してもらわなきゃな」

 そんな話をしながら歩を進めると、一度ナナミと通った時にはあまり意識していなかった、例の分岐路に付く。

「あれ、右って言ってたっけ?」

「いえ、方向までは……。フタミさんが前行った時の逆方向とだけ教えてもらったはずですが……」


――まずい、どちらに行ったかも覚えていない。


 ナナミに翻弄された記憶しか無いし、右を見ても左を見ても同じ通路だ。なるべく急いでいるのだがと思いながら右と左の廊下を交互に見比べていると、隣でゼロが肩にかけているカバンからファイルを取り出しているのが目に入った。

「えっと……、確か、コンテナ部屋と逆だって言ってましたよね?」

「ああ、だから、えっと確か……」

「じゃ、左ですね」

 彼女はファイルをパラパラっとめくった後に、ファイルを水平に持ったまま分岐路とそのファイルの内容を照らし合わせる。横目でそれを見ると、どうやら地図のようだった。

「地図か、便利だな」

「固有武器ってわけじゃあないですけどね。図書館にあったんで、拝借してきました。フタミさんも見ます?」

 彼女は温和な顔で嫌味無くファイルを手渡してくる。

「正直、助かるよ。構造自体もチンプンカンプンで……」 

 俺はそのファイルを受け取ると、彼女は俺よりも先に分岐路を左に曲がる。

いつのまにか先導する人間が逆になっている事は、何も言うまい。自分の不手際を一人恥じる事にしよう。

 

 ファイルにあった地図を見ると、彼女が俺よりも先に歩を進めた理由が分かった。

「これ、本当に便利じゃないか。ちゃんとそれぞれの部屋番号までついてる」

 彼女が俺よりも先に歩を進めていたのは、おそらくこの地図の精巧さにあったのだろう。今俺達が目指しているのは七十六番の部屋、俺が貸してもらった地図はその部屋が何処にあるかまでをも全て表記されているかなり詳しい施設内の地図だった。とはいえ、ナナミがその手で部屋の位置をめちゃくちゃにしていなければの話なのだが。

 

 七十六番の部屋は、今俺達が歩いている場所からそう遠くない位置にあり、その三つ隣に七十三番の部屋の表示があった事から、入れ替えていることも無いか、と思いファイルを彼女に返すと、もうナムの部屋は目の前だった。

「到着、ですね」

 ゼロは少し緊張した面持ちで、ナムの部屋の前に立つ。俺はその後ろで、ナムの事を呼ぼうとした瞬間に、ゼロがナムの部屋を三度ノックする。

「誰ー?」と言うナムの声を確認してから、ゼロは「失礼します!」と言いながらナムの部屋のドアノブを掴んだ。

 

 まずい、ドアノブについての説明、してなかった。そう思い、彼女にドアノブから手を離すように言おうとすると、何故かドアの解錠音が響く。

「あれ……?」

 そのまま、ドアノブを回し、ゼロはナムの部屋を開ける。

「こんにちは、始めまして、私は……」とゼロが、挨拶を始めるやいなや、ドアの向こうで刀を手入れしていたのであろうナムがバッと立ち上がり、こちらを睨んだ。


 ナムのあの目は、良くない目だ。


――まるで、俺とナムが初めて出会った時みたいな真っ黒な目


「なんで、開けられるのさ」

 そう言いながらゼロを睨むナムの声に、ゼロは何故自分が今凄まれているのかも分からないようでひたすら狼狽している。急にドアが開いたことに困惑するのは分かるとしても、俺達がノッカーなんかじゃない事なんて当たり前に分かるはず。それに見たことの無い女性であれば、新しく開いた部屋の住人だと言うことだって分かるはずだ。

「あ、そうでした。これは私の固有能力で……」


 ゼロの声は小さかったが、明らかにナムに聞こえない距離では無いはず。

だが、その声はどうしてか、どうしてかナムには届いていないように見えた。何故ならナムの目にはゼロの後ろに立つ俺の事すら見えていないようだったからだ。


 ナムは殺意が揺らぐ目のままに、刀を手にとってこちらへ近付いて来る。嘘だろと思いながら俺はポケットの中に入れてある注射器の色を手元で確認した。

「ちょっと待て! 冗談も大概にしろ!」

 赤の薬液を確認してから、俺はゼロの隣へと進んでナムへと呼びかける。俺の顔を見れば流石に少しは冷静さを取り戻すだろうと思ったし、俺の声を聞けばと思った。だが、おそらくナムにはもう俺の顔も俺の声も見えていないし聞こえていない。真っ黒な目で、青い刀を揺らしながら歩いてくる。部屋はそう広く無い。だからこそ、彼女の一閃の範囲まで、後ほんの数歩。


――まさか俺は、人間に対して固有武器を使わなければいけないのか。

 

 そう葛藤している間にも、彼女の殺意は俺達を貫こうとしている。その殺意が俺達に到達する数秒前、ゼロが太腿あたりまであった上着をバッと捲るのが見え、その腰元に何らかの武器らしいホルダーが見えた。


 ナムの放った一閃が俺達にたどり着く寸前に、金属音と共に彼女の太刀筋が止まる。

「ごめんなさい……、言い忘れてました。お邪魔します……」

 彼女は眼前に迫ったナムに向かい、ゼロは震えた声でそんな事を言う。

その左手には銀色に煌めく短刀が、強く握られていた。

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