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DAYS3 -1- 『この浮気者めー!!』

 ドアから出てきた女性が口にした『ここから出ませんか』という言葉は、屈託のない希望に満ちあふれているようで、それを口にした彼女のその表情もまた諦めの目をしていなかった。だけれどもそれは、その言葉はこの施設で目覚めてから周りの人と交わした言葉の中でも、誰もがあえて避けていたであろう言葉だ。

「ここから出る、とは?」

 自分が訝しげな顔をしてしまっているのが分かる。急にこんな事を言われても、と思った。目覚めたばかりの俺に言ったから良かったものの、三年間戦い続けたヨミやナムにはこんな事、もし事情を知っていたならば口が裂けても言えないだろうし、もし言ってしまっていたらナムなんかは烈火の如く怒り出すだろう。ヨミからですら前向きな感情が返ってこない気さえして、彼女の苦笑する顔が思い浮かぶようだった。彼女達には『ここから出る』なんて、そんな簡単には言っちゃいけないくらいにここから出られなかったのだ。


「言葉通りの意味……、です。私……、私が貰ったこれでなら、多分この施設の出口も分かるはずなんです」

 彼女は肩にかけたカバンから、ワタワタとファイルのような物を取り出して、グッとこちらに渡そうとしてくる。俺はそれをとりあえず制止し、話を続ける。

「とりあえず、とりあえず挨拶の次は名前だ。キミの事はなんて呼べばいい? 此処にいる人達は皆自分の名前の記憶が無くて……、部屋の番号の語呂合わせで呼んでいるみたいだけど」

 そういうと彼女は意外そうな顔をして、手に持ったファイルを引っ込めて、少し思案しているようだった。その思案が、妙に長い。

「例えば四十三番、ヨミだとか」

 彼女からは沈黙が続く。

「他にも七十三番がナナミ、七十六番がナムだとか」

 知っている限りの例を挙げても彼女からの返答は無い。


 ひたすらに何かを考えているようだが、長い、長い。

「と、とりあえず、キミの番号は?」

 彼女の思案の時間が長過ぎるので思わず急かすように彼女に問いかけると彼女は身体をビクッとさせて言いにくそうに答える。

「えっと……、とりあえず私の部屋、見てもらってもいいですか?」

 そう言いながら、彼女は廊下のすぐ近くにあったドアの方を見る。俺はそれに頷くと、眠っているヨミとナナミを起こさないように静かに彼女の後についていく。二人を起こそうとも考えたが、目の前にいる女性から溢れ出ている無害さ、むしろそれを通り越してこちらが有害であるかと思えてしまう程に敵意の無い態度を見て、自分一人でついていくことにした。

 

 彼女がドアノブを掴むと、もう既に聞き慣れてきた解錠音が聞こえる。そうして、彼女がドアを開けるとそこは部屋というよりも、図書館のようだった。

「私の部屋ってわけじゃ、無いんですが……」

 部屋の中に一歩踏み込んだ彼女の後に続いて、部屋を見回すとよりその実感は深まり、俺は感嘆の声を上げてしまっていた。

「お……、おぉ……」

 綺麗に立ち並ぶ本棚に、横の広さはそこまでではないものの、奥行きは百メートルはあるだろうと思える広さ。何階まであるか一目で判断出来ない吹き抜けの天井。そもそも、この施設に二階や三階という概念があること考えてすらいなかったので、面食らってしまった。落ち着いてよく見ると四階まで続く階段が見え、その途中にも所狭しと本棚が並んでいる。


「私はここで目覚めたので、番号とかは……」

 相変わらずの小声で呟く彼女は、何故か少し申し訳なさそうにしている。

「な、なるほどな……。だとすると、なんて呼べばいいのか……」

 少しだけ困り顔を浮かべると、彼女は何かに気付いたようで俺に問いかけた。

「えっと……、とりあえずは、必ず部屋の語呂合わせじゃいけないってわけでも無いんですよね?」

「ああ、多分そうだと思うけど……」

「でも、皆さんは番号の語呂合わせですし。 私だけ番号無しっていうのも、ちょっとですよね……。だから、私は零番って事にして……良いですかね?」

 彼女は突飛なことを言い出す。確かに、部屋のような物に番号を付ける時は必ず一番から始まるはずだ。だからこの施設に零番の部屋は無いはず。

「零番の部屋は無いだろうし、良い発想だとは思うけど……」

 そう俺が答えると、彼女はほっと胸を撫で下ろして、はにかむように笑った。

「良かった……、私も自分の名前が無くて不便だなって思ってたから……」

 そういう彼女はおどおどこどしているが、この状態についての驚きをあまり見せる素振りがない。普通は記憶が無い事やこの施設の事に対して疑問を持つと思うのだが、そういった素振りが全くなく、彼女から感じるのは他人への恐怖のような怯えだけだ。

「じゃあ、とりあえずはレイって呼べばいいか? それともゼロ?」

 俺が『レイ』と言った瞬間、彼女は一際大きく身体を驚いたようで、慌てて首を横に振った。

「いやいや! あぁ……っと、ゼロって呼んでくださればと思います」

「でも、レイの方が名前っぽくないか? 女性的というか、アニメでそういうキャラクターだっていた気がする、君が知っているかは分からないけれども」

 いかにも人型でいて巨大な決戦兵器に乗っていそうな名前だ。

「いや知ってます、知ってはいますよ。女性的というのも確かにそうです、でもとにかく! ゼロ、ゼロでいいんです……」

 急に少し語気を強める彼女に驚きながら、彼女の怯えているような瞳を覗く。彼女は何かを隠しているというか、何かを覚えているような仕草で「レイはダメなんです……」と呟いていた。

 それでも彼女に悪意は無い、純粋な子のように思えて全幅の信頼を置くにはまだ早いし、流石に甘いかもしれない。けれど信じる所から始まるのだと思ったからこそ、何も言わず、何も聞かず彼女の名前を受け入れようと思った。

「じゃあゼロ。とりあえずは、よろしく」

「あ、はい……! よろしくおねがいします。えっと、二十三番さん」

 彼女はその手に持った本を眺めながら、まだ答えてもいない俺の番号を呼ぶ。

「あれ? 俺の番号、言ったっけ?」

「あっ、えっと、そのですね。えっと、えっと、これを!」

 そう言いながら彼女は手にもった本型の機械をこちら側に見えるように裏返してグイッと俺の顔の前に突き出した。

「固有武器か?」

 その機械には、俺の身体情報が事細かに書き込まれているのが見える。こういう類いの固有武器もあるんだなと思いながら項目を確認していくと、俺の部屋番号から、測ってもいないから自分でも分かっていない身長体重、部屋が開いた年月日から、固有武器までが列挙されていた。それに倒したノッカーの数までもが表示されている。もしかすると本当の名前もあるのでは、と思ったがそれは表示されておらず、少し落胆した。

「えっと、つまりこれが私の固有武器の一つ目です」

 彼女は、目覚めて間もないというのにこの施設だけで使われているであろう『固有武器』という単語までもう既に違和感無く使っている。俺が口に出した時も違和感無く受け入れているようだった。であれば元々知っていたという可能性が高い。


 起きた場所も場所だ、彼女は一体何者なんだろうと思いながら、彼女が俺の目の前に出したままの機械に表示された俺のデータを眺めていると俺の部屋が開いた年月日の項目に違和感を覚える。

「あれ? なぁ……、確か今年って」

 言いかけると、ゼロの顔がハッとして、俺に見せていた機械を手元に手繰り寄せた。今の表示が正しいなら、確か俺が眠った日よりも、三十年も……。

「ごめんなさい……。後で言おうと思っていたんですけど、気付いちゃいましたよね……」

 彼女の態度が、俺が問いかけようとした事の答えになっていた。頭を抱えたくなるような衝動を抑えつつ彼女の顔を見ると、彼女の心情も俺と良く似た物のようで、頭を抱えたそうな困った顔をして俺を見ていた。

「何か、知ってるんだよな?」

 俺はなるべく嫌悪感を除いた真剣な表情を作り、彼女に問いかける。すると彼女は緊張した面持ちでコクリと一度頷いた。おそらく、彼女が最初にこの施設を出ないかと言い出した事とも関係があるのだろう。

「説明、出来そうか?」

 そう問いかけると、彼女は相変わらず何も言わずに、頭をブンブンと縦に二回程振る。きっと、彼女は少し口下手なだけなのだろう。であればきっと他の皆もフォローしてくれるはずだ。誠実さで向き合って誠実さで返さない連中だという事にはもう俺ですらちゃんと気づいている。

「お、おそらくは……」

 俺は少しだけ笑いかけ、彼女は変わらず緊張した面持ちでこちらを見ていた。じっくりと姿を見る余裕も無かったが、彼女もおそらくヨミやナナミのように、俺よりも年下なのだろう。とはいえ、ヨミよりは年上なような気もした。それは、そのおどおどとした雰囲気の中から時々現れる、落ち着いた表情からも読み取れる。

「じゃあ、皆の前で説明、出来るそうか?」

 少しだけハードルを上げてみた。いつのまにか、自分の言葉遣いが少し優しさを帯びている事に気付き、笑いそうになる。それを彼女は不思議そうな目で見てから、小さな声で「はい……」と答えた。


「それじゃ、行こう。っと! 危ない、俺じゃ開かないんだった」

 ドアノブに伸ばそうとした手を思いっきり引っ込めると、隣でフフッと笑う声が聞こえた。


 その声を聞いて少しだけ希望のような物が見えた気がする。

この子がどんな事を知っているとしても、どんな事実があったとしても、彼女はまだ笑う事が出来るのだ。それ以上に、ずっと怯えていた彼女の笑う声が聞こえた事が少し嬉しくて、つい横目で顔を覗き見てしまう。するとその視線に気付いたのか、彼女は少し顔を赤くしながら、無言でドアノブを握った。


 図書館の外に出て、ホールに戻ると、まだヨミとナナミは眠っていて、ナムの姿も無かった。だが、俺に眠気が無くなっている事も考えると彼女達ももう大分眠っているだろう。無理やり起こすのも手かと思い二人のソファに歩み寄ると、隣を歩いていたゼロに服を弱い力で引っ張られた。

 隣を見ると小声で「ごめんなさいっ!」と言いながら彼女は俺の服をパッと手放す。

「でも、起こすのは悪いかなって思って……」

 そう呟く彼女の頭を思わずポンと手を乗せる。大丈夫、きっとこの子も優しい子だ。そう思いながら彼女の頭を撫でそうになってやめる。ビクッと身体を震わせ顔を赤くする彼女の顔を見下ろした瞬間、今思わず自分がしようとした行動の理解に頭が追いつかず、俺の手と身体が硬直する。

「いや、悪い。何をしようとしてんだ俺は……」

 危うくセクハラ、だけれどどうしてかこの子についてもヨミについても甘やかしたくなるような衝動に駆られる時がある。気をつけなければ。

「いえ! いえ! いいんです! こちらこそなんか、ごめんなさいっ!」

 俺達は二人揃ってお互いに距離を取り、ヨミとナナミが寝ている事も忘れ大きな声で謝り合う。


 だからか、正確にはもう眠ってないヤツがいた。

頭を何度も上げ下げし続けるゼロの後ろのソファから、ナナミがニヤニヤと笑いながらこっちを見ているのが見えて、溜息が出そうになった。そして、ヨミを突っついて起こそうとしているのが見えて、溜息が出た。

「あぁ……、もう……。とにかくごめんな……」

「いえ……、いいんですいいんです……。前はよくしてくれてましたし……」

 ゼロが意味深な言葉の意味を問おうとするやいなや、俺達の会話なんて届いてすらいないだろうにソファにいるナナミから「この浮気者めー!!」という野次が飛んでくる。その声にゼロは身体が宙を浮きそうな程驚いたようで、その奥にいるナナミの隣でまだ眠っていたヨミまでがバッとソファから跳ね起きる。

「とにかく、起きるのを待つのはもう良いみたいだ」

「あはは……」と空笑うゼロの顔は、出会った時よりも疲れているように見えたが、それでも最初に出会った時に感じた怯えのような物はいくらか消えたように見えた。単純にびっくり屋なんだろうなと思いながら、俺は彼女に笑いかける。すると彼女も笑いながら、俺に聞き覚えの無い名前で俺を呼んだ。

「じゃあ、フタミさん。皆さんを集めてもらっていいですか?」


――フタミ


 その言葉は何処か懐かしくて、だけれど二十三番の語呂合わせ。偶然思いついて言ったのかもしれない、だけれども、その響きに違和感を覚えなかった事が不思議だった。

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