DAYS2 -AnotherSide2- 『なんか秋刀魚が電池切れ!』
『DAYS2 -4-』にて
二十三番とナナミがメインホールを出てからの出来事
『DAYS2-AnotherSide1-』の続きになります。
【ナム視点】
結果的に言えば、私が振り上げた刀は無振動状態で、大型ノッカーを切り伏せることは出来なかった。
「なっんでさ!」
今までだとこんな事は一度だって無かったのに、大型を切り伏せるどころか外側に大きな傷を一つ付けただけで、刀はノッカーの体の半分にも届いていない。秋刀魚は名刀ではあるが、大型を安々と切り伏せるだけの力は流石に持っていない。
刀に込める力を強めた時に、違和感を感じた。それは、ノッカーと刀が接触している事で、より強く私の手にも伝わった。振動の力が、弱まっている。というよりもほぼ無くなっているといっても過言ではない。
大型ノッカーやこの前始めて出会った盾持ちのノッカーでなければ、振動の力など使わずとも斬り伏せられる。けれど大型になってくるとその筋肉や骨格もしぶとく、振動の力がなければ簡単には斬り伏せられない。つまりこの時点、この瞬間から大型ノッカーは私にとっての大きな驚異と成り得たのだ。大型ノッカーの基本的な防御力は非常に高い、弱点といえばあの巨大な右目だけだ。
私の『青刀・秋刀魚』が振動状態であるならばどの部位であれ斬り伏せられるにしても、そうでなければその弱点を狙うしかない。出来ないとは言わないが、長い事この固有武器の力に頼ってきたのだ。有り余る程の自信は決して存在しない。このホールまでに仕掛けられていた罠についても、踏み抜いた所でアイツには大した効果が無いのは見た目からも理解出来る。
「なるほど……、ねっ!」
押し切るのは無理だと判断して、刀を引き抜き、ノッカーから距離を取る。
「ヨミごめん! なんか秋刀魚が電池切れ!」
後ろでノッカーに照準を合わせているであろうヨミにそう伝えると、向こうも大きな声で返事する。
「電池切れって! なんですか!!」
「なんか斬れないの! 振動が弱まってるっぽい!」
お互いにやや大きめの声でやり取りいる間も、大型ノッカーはこちらへと敵意をむき出しにしたまま近付いてくる。部屋開きのノックを邪魔されたノッカーは、まずその邪魔した対象を殺害しようと動くのだ。
「じゃあ目! 刺すしかないですよ!」
分かりきってはいるものの、的確な忠告は私の心を少しだけ冷静にさせてくれた。同時にヨミの銃弾がノッカーの右足元を撃ち抜く。有り難い援護射撃にかnysしながら私はいつものような単純な上段か下段に上げ下げしている構えではなく、刀の先と相手を真正面に捉えたやや上段の構えを取る。ノッカーが唸り声と共に歩みを止めた所を確認し、立ち止まったままのノッカーの目を刀で貫こうとする。
だが、その大きな目は刀が突き刺さる瞬間に厚い目蓋に閉じられ、刀の軌道が逸れた。
「いつもならこんなのっ! 一撃なのになっ!」
我武者羅に刀を振るいたくなる気持ちを抑えて、私は刀が通らないのならばと、刃先を押し込むようにノッカーの腹部に突き刺し、それを引き抜く勢いで後ろへ下がる。
――この程度でも、多少のダメージにはなるはず。
「大丈夫、大丈夫。負ける程じゃ無いはず」
小さく呟きながら状況を整理する。つまりは閉じた目蓋の間に刃先をピンポイントで押し込めば良いだけの事だ。
「ヨミ! あいつに膝付かせられる?!」
後ろにいるヨミに向かって呼びかけると「がってんしょうちですよ!」という元気な声と同時に銃声が聞こえ、先程彼女が拳銃で撃ち抜いた場所からやや外れたノッカーの右足上部を撃ち抜いた。銃弾を撃ち込む場所が右足という共通点はあれど、基本的に撃つ場所がズレているのが彼女らしい。
彼女の戦闘能力は天才的では無いが、それでもある程度の事は成してくれる。
「もう一発行きますよ! ちょっと左にズレてください!」
その声に応じ、素早く左にズレると、間髪入れずに三発目の銃弾が飛んでくる。ここに彼女の『撃ちます』という確認の一声が無い所は、私と彼女が三年程で作り上げた関係性だと思うと少し嬉しい。三発目も無事ノッカーの右足に命中。
思惑通りに「ゴ、アァ……」なんて呻きながらノッカーは私の前に跪く。私の背丈よりも高い大型ノッカーの頭が、丁度私の肩辺りまで下がり、目の前に目蓋の隙間が見えた。
私は今まで斬り伏せて来た視認出来る殆どのノッカーを、ちゃんと声すら聞く前に絶命させて来たから、ノッカーはこんな声を出すのだななんて事を思いながら、目蓋の隙間に刃先をあわせる。そして、渾身の力を込めて、貫いた。
「グウウウウ!! ガッ、アァ……」
こんな化け物にも痛覚があるのだろう、差し込むと同時に大きな叫び声を上げる。なんとも生物らしい痛がり方をするものだなと思いながら、それでも一思いに殺してやろうという情なのかよく分からない気持ちが沸き、刀を力一杯押し込む。すると、ガンという音と共に刃先が壁に当たる音がした。もう既にノッカーの唸り声は止まっており、刀にズシリとした重みが伝わった所で、ノッカーの絶命に気付いた。
ノッカーの目を貫通し、その後ろの壁にまで届いていた刀を引き抜くと、ノッカーは引き抜かれたまま、廊下に倒れ込む。この異様に肥大した右目は一体何の為の物なのか、そんな事も知らずに私達はこうして戦いを続けて来た。そして、その戦いの記憶から考えると少なくともこの後にもう一体から三体がこのドアを開けずいられた運の良い寝坊助の部屋をノックしに来る。
とりあえず視界の中にノッカーは見当たらなかったので、ホールに踵を返し、ヨミに手を振る。だがヨミは目を細めてこちらに拳銃を向けたままなのが見える。
「大丈夫! 一体目の大型はやったよ!」
聞こえるようにそう言うが、彼女はその目を鋭くさせたまま拳銃を構え続けている。ハッとしてドアの方を振り向くと、微かに聞こえる足音、だが姿は見えない。その代わりに、ドアから数メートル先の床にあった罠が作動して、何も無い空間に電流が流れているのが見えた。
「まずっ、ステルスか!」
何もいないのに罠が作動しているということは、ステルス型に間違い無い。そうしてどうにも嫌味な事にステルス型にもさほど電撃は効かない。あくまで場所が一旦分かる程度だ。
「とりあえず撃ちます! 先輩は一旦こっちに!」
流石に見えない相手では確認が必要だったのだろう。私は彼女に言われるがままにホールへと戻ると、ヨミはすぐに発砲し銃弾が罠の上をすり抜ける。
すかさず彼女は撃鉄を起こし、ソファの上を少し移動した後、もう一度狙いを定めて、作動している罠の少し横、ドア側に向かって拳銃を撃ち込む。その動作はさながらスナイパーのようだった。せめて重火器全般が固有武器ならばもっと彼女は輝けたのに、と思いながら私は通路からホールに入ってすぐの場所から、彼女が拳銃から発射したその銃弾を目で追うと、作動した罠から少し離れた場所の、ドアのすぐ近くの空中に銃弾が刺さっていた。
その銃弾が刺さった場所から、赤い液体が床に滴り落ちるのが見える。
「多分、お腹に命中! なむちゃん!」
「大丈夫! 見えた!」
まだ先程の大型ノッカーの返り血を浴びたままの刀を構え直し、空中から流れ、床に伝う赤い液体の出処に駆け寄り、その赤い点の右斜め上から袈裟斬りに切り裂いた。
「お前くらいならっ!」
生物を叩き切る感覚と共に、刀が左下に抜ける。そうして数秒後、何も見えなかったはずの床に、半分になっている人とそう変わらないサイズのステルス型ノッカーが絶命した姿を見せた。
ステルス型は攻撃面でも防御面でも他のノッカーに大きく劣るが、その代わりに基本的に私達にはそのままの状態では視認出来ない。カメレオンの超強力版と言えばいいのだろうか。視認出来ないだけで、決して消えているわけではないのだが、常時その姿を周りと同じ風景に溶け込ませる芸当が出来るようで、油断すると他のノッカーに戦闘力で劣ると言えども、気づかないうちに死傷を与えられてしまう。
事実、部屋開きの一体目で一番厄介なのがステルス型だ。部屋のドアには覗き穴がついている。だから余程のバカでなければノックの音に気付いても、ドアを開ける前にそれを覗き込むはずだ。見えてさえいれば最初の一体が視認出来るノッカーだったの場合、勿論部屋主はドアなんて開けない。けれど一体目がステルス型だった場合は別で、確認の為にドアを開ける人間が殆どだ。場所さえ分かりさえすればこんなに弱いノッカーなんて他にいないのに、この施設で人間を一番殺したノッカーのタイプは、このステルス型になる。
だからこそ、私達は大型よりもこいつを警戒すべきなのだ。
なのに、大型を倒してそれで一息付きかけるだなんて、やはり、最近の私は油断している。油断しているというよりも、いつも心が落ち着かない。ステルス型なんて今まで何体どころか何十体も倒して来た。部屋開きの二体目がステルス型かどうか警戒するはずの所を、何も見えないからと言ってホールに引き返そうとしていたなんて、私はどうかしてしまったのではないかと自分を心配すらしてしまった。何年も生きてきたというのに、こんな様子じゃ素人同然だ。
「これは、バチでも当たるくらいの失態かなぁ」
この油断は、あんなことがあった後にヨミが前線に出ていないという安心感からも来ているのだろう。けれど、前線で私が倒れた時にノッカーと直接対峙するのは彼女なのだ。
――気を引き締めないといけない。
「じゃないと、さっそくバチが当たるってもんだよね」
思わず目を覆いたくなる。今度は、すぐに音で分かった。気付かないわけがない、数分前に聞いたばかりの重い足音。
――部屋開きの三体目
斬り伏せたステルス型から視線を上げると、その足音の主が見えた。
再度相見える大型ノッカー。だけれど私の刀の振動スイッチは推してみてもヘタったままだ。勿論相手はそんな事も気にしてくれるわけもなく、大型ノッカーは双子のどっちかが作ってくれた罠をいくつも踏み潰しながら、こちらへ向かってきていた。




